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サクラソウ

 僕が彼女――小野夏美と出会ったのは一年前――高二の秋だ。

 彼女は転校生だった。

 父親の転勤で遠くから越してきたらしい。

 一目惚れだった。

 彼女が初めて教室に入ってきたとき、初めて顔を見たときに感じたなんとも言い表せないような不 議な感覚はきっと、一目惚れだったのだろう。

 だって、思ってしまったのだ。


 ――あぁ、この人だ……きっと、この人が僕の運命の人だ……と


 呆然と教卓の隣に立つ彼女のことを見つめていると、僕の視線に気がついたのか目が合った。

 僕は慌てて、顔を真っ赤にしながら背けた。

 自分でも分かるくらい心臓がドクンドクンと鼓動していた。

 そんな中、彼女は軽い自己紹介を終えると担任の指定した窓際の席に着く。

 それは、僕の隣の席だった。

 より一層心臓が跳ね上がるのを感じた。

 席に着いた彼女は「これからよろしくね」と微笑みながら言ってくれた。

 僕も「よ、よよろしく」と答え返した。

 少し挙動不審だったろうか。

 それから担任が「姫宮~席が隣なんだから小野に色々と教えてやれよ」と僕の方など見ずに生徒名簿 を見ながら言っていた。

 慌てて発言をしようとしたため「ひゃ、ひゃい!」と噛んでしまった。

 一瞬でクラスメイトの大半が笑い出す。

 彼女も笑っていた。

 少し恥ずかしかったけれど、とても嬉しかった。

 それから僕は彼女と色々な話をした。

 学校のこと。

 教師のこと。

 クラスメイトのこと。

 そして、僕自身のこと。

 すると彼女も自身のことを語ってくれた。

 好きなこと。

 趣味のこと。

 他にも色々なことを話してくれた。

 僕たちはお互いに転校生ということもあって、すぐに仲良くなれた。

 実は僕も一年の夏に転校してきたのだ。

 僕たちはしばらくの間、くだらない会話を繰り返した。

 彼女と話しているだけで嬉しかった。

 それだけで幸せな気持ちだった。

 そんな彼女への思いは日に日に増していった。

 

 一ヶ月が経って秋も中盤。

 丁度、秋花も芽吹き出している頃。

 「咲いたコスモス、コスモス咲いた」

 と、彼女が窓の外――紅や黄に染まる葉が散りゆく花壇の付近に目を向けながら呟いた。

 「え?」

 僕は訳が分からず聞き返した。

 たしか最近やった数学にそんな公式があった気がする。

 そんな考えが顔に出ていたのか、彼女が窓の外から僕の方へ視線と向け、呟いた。

 「違うよ、コスモスの花が咲き始めたってことだよ」

 「コスモス?」

 また聞き返してしまった。

 「そう、コスモス」

 彼女は嫌悪することなく答えてくれた。

 「私ね、コスモスの花が好きなの」

 再び、くるりと窓の外へ視線を移すと続ける。

 「コスモスはね秋桜って呼ばれてるんだよ。私はソッチも好きなんだけど本当のところは花詞の方に興味があったのかな?」

 「花詞? どんなの?」

 また聞いた。

 そろそろしつこいかもしれない。

 「うんとね」と小さく言うと、彼女は再度僕の方を向いて、

 「……乙女の真心と愛情……かな」

 頬を紅く染めながら微笑んだ。

 僕は見惚れてしまっていた。

 体がガチガチで、まるで体が石になったような感覚。

 そんな僕を見て彼女は「どうしたの?」と首をかしげながら心配してくれていた。

 我に返った僕は「大丈夫」と手を横にパタパタと振る。

 すると彼女は「変なの」って言いながら笑っていた。

 「じゃっ、帰ろっか」

 彼女がそう提案した。

 僕はその提案に頷く。

 お互いに鞄を手に取ると、その日は二人だけになっていた教室を後にした。


 ――僕はこの時、人生において最初で最後の決意をした。


 昇降口につくと、下駄箱は紅く染まる夕焼けの様に紅かった。

 彼女が僕よりも早くローファーを手に取る。

 僕はそんな彼女の後ろ姿を見て立ち尽くしていた。

 先ほど心に決めた決意を表現しようとしたが口から言葉が出なかった。

 緊張のしすぎなのか、喉が枯れているようだ。

 喉から言葉を絞り出そうとした。

 だけど、やはり声が出ない。

 やはり決意したとはいえ怖かった。

 心臓は今までに無いほど強く波打っている。

 今にも口から心臓が飛び出しそうだ。

 体が焼けるように熱い。

 足なんてガクガクと小刻みに震えている。

 その時は決意よりも恐怖心の方が勝っていたのかもしてない。

 だから僕は、これ以上ないくらいに拳を握り締めた。

 案の定、手のひらからは血がにじみ出ている。

 手から地面へ血がポタポタと滴る。

 上履きからローファーに履き替えた彼女が僕の異変に気がつく。

 「どうしたの!? 血が出てるよ!?」

 と、慌てたように彼女がハンカチを取り出す。

 そんな彼女を見ていると、今までの恐怖感がまるで嘘だったように無くなっていた。

 むしろ、安心した。

 「大丈夫」といつの間にか普通に声も出せるようになっていた。

 「で、でも血が……」と彼女が続けるが、僕がそれを遮る。

 「小野……いや、夏美、少しでいい聞いて欲しいことがあるんだ」

 自分で言うのもなんだが、僕がこれからを生きる一生の間で一番真剣な表所だったと思う。

 そんな僕を見て「な、何かな?」と両手でハンカチを掴みながら心配気に顔を上げる。

 やはり安心した。

 ――やっぱり間違いじゃなかった。

 素直にそう思った。

 だから僕は、彼女に言おう。

 「僕は夏美が好きだ。

 生まれて初めてこんな気持ちになったんだよ。

 それは君が教えてくれたんだ。

 17年間、無気力に生きてきた僕が人を好きになるなんて思いもしなかった。

 だけど、君と出会って全てが変わったんだ。

 毎日君に会えることが嬉しかった。

 毎日君と話せることが嬉しかった。

 君に会えるなら毎日学校に来るのも悪くないと思えるようにもなった。

 ありがとう……本当にありがとう。

 僕は君と出会えたことは『運命』だと思う。

 僕はきっと、君に会うために生まれてきた……なんて思える。

 だから、


 夏美……僕と……付き合って欲しい」


 僕は彼女の返事を待った。

 どのくらい経ったのかは判らない。

 けど、僕はその一瞬を――何千倍にも、いや、無限のように感じた。

 だけど僕は心配なんてしなかった。

 恐怖心が無くなった今、決意は揺るがない。

 もう怖くは無かった。

 言えるだけのことは言ったんだ。

 もしも、返事が――結果が駄目だったとしても悔いはない。

 すると彼女は目を大きく開いたまましばらくの間、硬直していた。

 その刹那、彼女は顔から火を吹いたように赤くなっていた。

 そのまま顔を俯ける。

 そして、

 「……………………うん」

 蚊の鳴くような、か細い声を出した。

 続けるように言う。

 「わ、私も君と……うぅん姫宮君と会えたのは運命だと思う。

 私も初めて姫宮君と会ったとき、そう思ったんだ。

 私は姫宮君のことが好きなんだって……。

 いつも一人になると姫宮君のことばかり考えていた。

 姫宮君に会えない時は辛かった。

 だから嬉しかった。

 好きだって言ってもらえて嬉しかった。

 だから……」

 話の途中で彼女は顔を上げる。

 顔を上げた彼女は涙を流していた。

 が、どこか嬉しそうな表情だった。

 そして続ける。


 「私も、姫宮君が……彩君が好きです」



  こうして僕は出会って一ヶ月、


彼女――小野夏美と正式に交際を始めた。


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