5、奇襲
姿を現したモンスターは合計十体。他にも、密林に隠れている可能性がある。
彼らは、血走った目で星とカノンを睨み付けていた。
「なっ!? あんなにいっぱい」
再び現れた、それも前回の五倍の数のモンスター。星は、昨日殺されそうになった瞬間を思いだし、戦慄した。
それを後ろ目に認め、カノンは呟く。
「星君。君は私が絶対に守るから」
そして、十体のモンスターが海岸に雪崩れ込んだ。逃げようにも二人の後ろには海。文字通り背水の陣だ。
まず一体が先立って突貫を仕掛けた。
その直線的な攻撃をカノンは身をひらりと横に移動して避け、がら空きになった身体に容赦なく剣を降り下ろす。
結果、胴体と下半身が分離し、血の代わりに黒い粉塵が吹き荒れる。だが、他のモンスターがそれを見て怯む様子はない。寧ろ、おぞましい雄叫びをあげ、三体が左、中央、右から同時に突進してきた。
「グギャアアアッ」
それらのモンスターをギリギリまで引き付けたカノンは、勢いよく地を蹴り、真上に跳ぶ。
突進の勢いを殺しきれなかった三体のモンスターは、互いに頭を思い切りぶつけ合い、その衝撃にふらついた。
カノンは空中で剣の切っ先を下に向け、五メートル程の高さから落下する。
「グアアアァァァッ」
見事に一体の脳天に剣が突き刺さり、断末魔をあげ黒い粉塵となり、消えた。
着地すると同時にカノンは、未だにふらついている二体のモンスターに向け剣を横凪ぎに一閃する。
「はあああっ!」
すると、それらも黒い粉塵となって風に流れていった。
後ろに下がり過ぎて海水に足が十センチメートル程浸かっている星。恐怖があるのは確かだが、今彼は同時に情けなさも負けず劣らず感じていた。
「女の子が一人で戦っているっていうのに、俺は何も出来ないのか」
その間にもモンスターは突っ込んでくる。
カノンはそれらのモンスター一体一体に目をやり、星の方に近づかないように牽制する。
ある時は海岸の砂で目眩ましをし、またある時は胴体に蹴りを放つ。そして隙を見て一体ずつ斬っていく。
次々とその数を減らしていく恐竜モンスター。
そしてカノンは最後の一体に上段から斬りつけ、これもまた黒い粉塵となって消えた。
カノンは安堵のため息をこぼし、星の方に向きなおる。
「もう大丈夫」
だが、星は驚愕の表情になると同時に叫んだ。
「カノンっ、後ろだっ!」
「えっ!?」
咄嗟に後ろを振り向くカノン。彼女の直ぐ目の前には三体のモンスターが迫っていた。おそらく密林に潜んでいたのであろう。
三体のモンスターが一斉にカノンに襲い掛かる。
凄まじい速度で剣を振るうカノン。その剣撃に二体のモンスターが消滅する。しかし残りの一体がその隙に鋭利な爪を降り下ろした。
「っ!?」
思わず目を瞑ってしまうカノン。
だが予想に反しその華奢な身体は引き裂かれない。
「うおおおおおぉぉぉぉぉっ!」
天枷星。
彼が全力を込めてモンスターに体当たりを仕掛けたため、モンスターはあらぬ方向へと吹っ飛んだのだ。
「今だっ! カノンっ!」
星が叫ぶ。
一瞬で状況を把握したカノンは、倒れているモンスターへと目にも留まらぬ速さで剣を凪ぐ。
「はああああっ!」
そしてモンスターは為す術もなく消滅した。
◇
「カノン、大丈夫かっ!?」
心配そうな顔でカノンに駆け寄る星。
「うん、大丈夫、だよ」
「そうか。本当に良かった」
しかしカノンは、やるせない表情をして言った。
「星君を守るって言ったのに、逆に助けてもらって。ごめんなさい」
それに対し星は、そんな事ない、という表情で返す。
「いや、俺の方こそごめん。君が戦っている間、ただ見ている事しか出来なかった」
彼自身そうは言っているが、恐怖に立ち向かうにはそれなりの覚悟が必要である。ましてやゲームの中でしか戦闘経験の ない星にとっては、未知の怪物に立ち向かえただけでも好成績だといえる。
だがカノンは、非常に心配そうな、逆に見ている方が心配しそうな顔で言った。
「いえ、この世界の救世主が怪我でもしたら、私……っ」
悲痛の表情で話すカノンに、星は微笑み言う。
「いや、人の命に救世主も何もないよ。だって俺達は同じ、人間なんだから」
それに面食らったように口を手を当てて驚くカノン。しかし次の瞬間には星の言葉の意味を噛みしめ、同調する。
「同じ、人間……」
「そう。確かに俺はここでは特別なのかもしれないけど、 誰かが傷付くのなんて見たくはないんだ」
我ながらゲームやアニメの主人公みたいな台詞だな、と鼻の頭を擦りながら苦笑する星。
「なんか偉そうに言ったけど、そういうものなんだと思う」
モンスターの痕跡の残らない、さっきと何ら変わらない海岸から遠くを見つめ、星は最後にそう語った。
「やっぱり君は、救世主なんだね」
カノンの嬉しそうな小さな囁きは波音にかき消え、海の記憶の一ページに深く刻まれていった。
◇
「そういえば、昨日とさっきのモンスターは何で 血が出ずに黒い粉? になって消えたんだ?」
雑学を聞く探求者よろしく星がカノンに尋ねた。
ちなみに今現在、二人は密林の出口へ向け歩いている。旅人であるカノンが地図を携帯していたのだ。
「ああ、あれは『創造の粉』って言われていて、十年前に突如出現したモンスターがそれで造られていたみたい」
「誰が、何のためにそんな物を……」
わざわざそんな大層な物を使って有害なモンスターを造る狂者って、と付けたし、難しい顔をする星。
「アグライアの予言と関係があるって言われているわ」
「予言、か……」
下を向いて考え込みながら歩く星。
と、カノンが前方を指差し、声をあげた。
「出口に着いたよ」
星は顔を上げて、木々に閉ざされる事のなくなった陽光に目を細める。自然とその顔には笑みが浮かんでいた。
「じゃあ、行こうか」
「ああ」
そうして、星とカノンは長い旅の一歩を踏み出した。