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51、狂った正義

 早朝。

 深い森、さながら樹海と呼ぶに相応しい広大な地の中央に、その山は聳えたっていた。

 普通なら鬱蒼と生い茂る木々が方向感覚を狂わせ遭難者が出る程だが、幸いなことに、東西南北には馬車が二台は横に並んで通れそうな道がそれぞれ舗装されており、そこを進めばまず迷うことはない。だからこそ、その四つの道を抑えている山賊をどうにかしなければ旅人や商人の行き来ができなくなるのだ。

 では、そんな木々ばかり、さらに山という環境に、どうやったら五千人もの山賊が住まうことができるのか。

 多くは山に穴を掘って洞窟を造り暮らしている。無論雨風をしのぐためだ。

 しかし、いかに山が大きかろうと限界がある。残りの者は、木のうろを見つけてはそこで寒さや風雨に耐えていた。

 加えて、食糧も安定しているとは到底言えなかった。奪った物資はそろそろ尽きようとしていたし、山の動物は山賊達の人数に比べてあまりにも少ない。

 山の、地上から五十メートル程の高さに、簡素な木製の牢獄があった。簡素と言っても、常人が簡単に破れるようなものではない。そこに、一人の男が囚われていた。

 三十歳前後の男だ。ボロボロに擦り切れたズボンにシャツ、ボサボサの髪、こけた頬、そしてもともとの細くて長身という体型も相まって余計細く見え、非常に痛々しい。しかし、どうしてか両の瞳に込めた生気だけは一般人以上だった。

 そこにもう一人、男がやって来た。

 牢の中の男とは打って変わり、痩せこけた印象は全くない。衣服に汚れは無く、指や首、頭と、とにかく光り物を身に付けている。明らかに山賊達の中でも上の方に立つ者だと分かる。実際この男が『現在の』山賊の首領だ。

 牢の中の男は、やって来た男の顔をじっと睨み付ける。

「おぉ、怖い怖い」

 言葉とは裏腹に、彼の顔には愉快そうな色さえ窺い知れる。

「何の用だ」

「お前に知らせてやろうと思ってなぁ」

 牢の中の男は、表情を一切緩めない。やって来た男の知らせというのが良いことでないのは確かだ。そしてそれは、やはり最悪の知らせだった。

「二日後、俺達はレフェリアを襲撃する」

「なんだと! なぜだっ!」

 痩せ細った身体のことさえ忘れ、牢の中の男は声を荒げる。

「決まってるだろうが。レフェリアを占拠し、のうのうと暮らしてる奴らをモンスターの餌食にしてやるのさ。そして俺らがラフェリア王国を支配するんだ!!」

「オルフォー、お前はモンスターへ復讐するんじゃなかったのか! 俺達でモンスターを根絶やしにするんじゃなかったのか!」

 名を呼ばれた山賊の首領、オルフォーは、興が冷めたとでも言いたげに牢の中の男を見下ろす。

「……そんなこと、もうどうだっていい。お前は、俺達だけがこんな目にあって不公平だとは思わないのか? ニヨルド」

 ひどく憎々しげにオルフォーは牢の中の男、ニヨルドに言った。

「だから他の人間も俺達と同じ目に合わせるっていうのか!」

「ああそうだ。そうすれば、俺やお前、同胞の死んでいった家族達も浮かばれるだろう」

「ふざけるなっ! そんなこと、誰も望んじゃいない! オルフォー、お前自身がモンスターになるぞ!」

「なんだと?」

 オルフォーは目に見えて不機嫌そうな顔をする。

「よりにもよって俺がモンスターになるだと。お前じゃなければ殺している所だが……ニヨルド、お前は俺の友だ」

 しばらく、静寂が場を支配する。

 ふと、オルフォーが口を開く。

「ニヨルド、俺と共に来い」

「…………」

「それがお前の答えか。……しばらくそこにいろ。レフェリアを取ってきたら出してやる」

 そうしてオルフォーは反転、ニヨルドにはもう目もくれずに歩き去った。後に残ったニヨルドは、ただ絶望に打ちひしがれていた。

「オルフォー……」



                              ◇



 その日の午後。山での出来事などいざ知らず、星、カノン、ディオネは順調に山への道を進んでいた。

 女性二人は当たり前として、星も長時間とはいえ公道を歩いたくらいでは大して疲れを感じなくなっていた。

「……四時過ぎか」

 いつものように携帯電話で時間を確認する。予定通りならば、あと二時間程で山へ到着する。

「天枷、そう緊張するな」

 優しげに星に話し掛けるのはディオネ。

 賊蔓延る山へ近づくに連れて星の表情も固くなっていくのだった。

「はい。でも、下手したら、その、血が流れることになったりとか……」

 なんだかんだで星は、人を斬る、いや、そもそも真っ赤な血を見ることに恐怖を感じていた。

 自分が斬った人間から迸る鮮血。考えれば考える程に恐ろしい。

 これにはカノンもディオネも下手には返せない。二人、特にディオネは、既に血に慣れているからだ。

 この世界では盗賊や軍の衝突、近年増加しているモンスターと、理由はどうあれ殺しを行う人間が多い。その点で星がもといた平和な国である日本とは正反対で、血を見る頻度は圧倒的にウェリアルの人々の方が多いのだから、血への耐性に違いが出るのは当然と言える。

「もちろん無駄な血を流すことは避けるよう三人で策を講じよう。だが、この先旅を続けていく内に確実に誰かの死を見ることになるだろう。そこは覚悟しておいた方がいい」

 少々厳しく言うディオネだが、こればかりは仕方がない。

「……はい」

 薄汚れた自分のスニーカーに目をやりながら一定間隔で歩みを進めつつ、星は短く、そう答えた。

皆さん、こんばっぱ~。

新年早々明るくはない話ですが、物語の展開上暗めの話を書かない訳にもいかないんですよね。星にいつ殺しをさせるか、もしくはさせないかも悩みどころです。下手に主人公に殺人をさせても、ただの愚者で終わってしまいますし。


それではまた

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