50、賊蔓延る山へ
目覚めはとても良好だった。
最高級のベッド、程よく溜まった疲れ、そして何より、信頼する仲間が近くにいることで安心感を得られた。
三人は、順番に洗面所で顔を洗う。冷たい水が起きがけの頭を覚醒させた。
各々自らの衣服に着替えしばらくすると、アリスが朝食を知らせにやって来た。
メイド服に乱れは無く、凜とした表情からは眠気が全く感じられない。まさにメイドの鑑と言えるだろう。
所々に絵画や壺などが置かれた、豪華過ぎず、かと言って何もない訳ではない絨毯敷きの廊下を歩き、何度目かの食堂を訪れる。
王族は皆既に着席しており、星達が来るのを待っていたようだ。
「来ましたか」
例によって、シュリテアが一番最初に気づく。物音に敏感なのだろうか。
「悪い、また待たせてしまったな」
「全く問題はない。それより、身体の方に支障はないか、天枷殿」
王に話しかけられ多少たじろぐ星だったが、
「大丈夫です。ギャノンもキレイに打撃をいれてくれましたから」
「あったり前だ。俺が真剣勝負でそんな雑に殴るかよ」
「そうだな」
軽く言葉を交わすと、三人も席に着く。
今日も楽しい朝食が始まる。
この平和な都にいると、本当にウェリアルは滅びるのかと疑問に思えてくる。
例えば、後一ヶ月特に何もせずにここレフェリアに滞在すれば、危機感、使命感といったものは薄れてゆくのだろうか。
答えはおそらく否、だ。
カノン、ディオネは何年も前から確固たる意志と共に、アグライアの予言に基づき行動しているし、星は当の予言の主役である。彼の性格に難があれば、救世主などという一般人には受け入れがたい称号を捨て去り、『ウェリアルでの一般人』として暮らすことにもなったかもしれないが、幸い、星はやるべきことはやる人間だ。そんな彼が一世界の滅びを止められる存在でありながら何もせずにいられる筈がない。
今回の山行とて、ゲームで言う所の何か重要なイベントなのだろう、旅を続けるにあたって決して避けては通れない道だ。
正直、五千人の山賊相手に自分にできることはあるのかと思うが、カノンとディオネに全てを任せたままではいけない。いつかは彼女達と同じくらい、いや、彼女達よりも強くならなければならない。
星個人としては賊退治自体を憂慮してはいない。カノン、ディオネならば、一万の人間を相手にしても余裕で打ち倒して見せるだろう。
――しかし、全ての事がそう簡単に運ぶ筈など、ない。
◇
一日が経つのは早い。
出発の時はあっという間にやって来た。
携帯電話を開き時刻を確認すると、現在八時ちょうどであった。
流石に城門前までは王族であるクレイド達は来れなかったが、代わりにアリスが来てくれた。
「心配は杞憂かもしれませんが、一週間して戻らなければ、わたくしが向かいます」
アリスは二日前に比べれば随分と『無』以外の表情を見せてくれるようになった。
「わかった。できるだけ降伏を呼びかけるが、場合によっては……」
「ええ。わかっております」
それからアリスは、三人の顔を順に見回す。
「それでは、お気を付けて」
それに星とカノンは、行ってきます、と言い、ディオネは心配を打ち消すようにゆっくりと頷く。
「行ってらっしゃいませ」
◇
午後一時。
たまたま通りがかった商人の馬車の荷台に乗せてもらい、本来七時間程掛かる道程を五時間程で進んだ。そして近くに人があまりいない開けた草原で降り、現在昼食を食べ始める所である。
城のコックに朝一番で作ってもらった、新鮮な野菜や果物を挟んであるサンドウィッチを口にし、三人は満足気に微笑む。
流石に食欲は人間の三大欲の一角を担うだけあって、美味しいものを食べると自然と笑みがこぼれてくるものだ。
「そういえば、この前星君が美味しいって言ってくれた私のサンドウィッチ、覚えてる?」
「あ、ああ、それがどうかした?」
あれは嫌でも忘れられない。もちろん悪い意味で。
まさかカノンの料理の腕があそこまで壊滅的だとは思ってもいなかった。
「星君さえよければ、また作るわ。……美味しいって言ってくれて嬉しかったし」
「カノン……。是非作ってくれ!」
もう星にとっては味なんてどうでもよかった。カノンの嬉しそうな顔が見れるならばそれだけでいい。
「喜んで!」
こんな無邪気に会話を楽しんでいられるのもそう長くはない。何か策でも考えようかと星、カノンに提案しようとしたディオネだったが、楽しそうな二人を見てそれを辞する。
休憩を始めて三十分程経った。
「さて、そろそろ行こうか」
「ええ」
「はい」
賊蔓延る山まで歩いてあと五時間程。夜が訪れるくらいの時間には着くだろう。
そして再び、星、カノン、ディオネの三人は歩き始める。