46、星の戦い
話し合いが終わった後、カノン、ディオネは大浴場へ汗を流しに行き、星は一人部屋に残った。
「疲れたな。俺はほとんど何もしてないのに」
はあ、と一つ溜息を吐いてからベッドに仰向けに倒れこむ。
「寝るか」
そして瞼を閉じ、眠りに就こうとした。
が、突然扉がドンドンと音をたてた。どうやら外から誰かが叩いているようだ。
「寝ようとしてたのに……まあ、いいか」
再び億劫そうに立ち上がり、扉に向かう。
「は~い、どなたですか~」
と言って開けようとすると、先に外にいる人がガタンと大きく開け放つ。
「!?」
「ああ悪りぃ、驚かせちまったか」
ははは、と豪快に笑うその青年は、晩餐会、それと今朝の朝食時に同席していた、レフェリア王家の長男、ギャノン・レフェリアである。
「ギャノン……さん?」
「ギャノンでいいぜ」
「じゃあギャノン。何か用か?」
「ああ。聞く所によると、お前は救世主だそうだな。つっても俺にはよく分かんねえけど」
「まあ、な。でも、今の所は名ばかりの救世主だよ」
ここで胸を張って自信たっぷりに救世主だと言えればいいのだが、あいにく星には胸を張れるだけの実力がない。たとえまぐれでディオネを倒していてもだ。
「そうかっ。なら頼みがある」
「?」
「俺と戦ってくれ」
「えっ」
(また戦いかよっ! ってか、絶対勝てねえよっ!)
目の前に立つギャノンは星より十センチ程背が高く、体格も格闘家並みにいい。そんな男に、少し前までゲームばかりやっていた中肉中背の少年である星が勝てるとは思えない。
ギャノンは星の返答をゆっくりと待っている。
正直彼は今、断るための言い訳を探していた。
情けないことだが、自分一人ではそこら辺の雑魚モンスターにさえ勝てる気がしない。
(いや、そんなんでいいのか、俺。勝てる勝てないが問題じゃない、逆に稽古をつけてもらう気で挑めばいいじゃないか)
「……わかった。俺の方こそ頼む」
「おうっ! じゃあ早速……」
「ああ、って言いたいとこだけど、今仲間が大浴場に行ってて、俺一人なんだ。彼女達が戻って来た時に俺がいないと、無駄な心配を掛けさせるから……」
「その心配は不要だぜ」
問題ない、という風にすまし顔で言うギャノンは、廊下の方に向かって、
「おーい!」
と叫んだ。
直ぐに彼女はやって来た。
おなじみのメイド。
「はい」
「俺は今からこいつと闘技場に行く。こいつの仲間が戻ってきたらそのことを伝えておいてくれ」
「了解しました」
相変わらず表情の読めない顔、淡々とした口調が逆にキャラを立たせている、というのは星の見解である。
「ありがとうございます」
星は感謝の意を表す。
「いえ、仕事ですので」
メイドはまったく気にしていない様子である。
「じゃあ、行くか」
「あ、ああ」
逸る心から、早く闘技場に行きたいギャノンは星を急かす。
廊下に静かに佇むメイドを一瞥すると、星は先を行くギャノンの後を追った。
一往復した路を再び戻り、星は闘技場に足を踏み入れた。
自然と身体に緊張が走る。
こんな場所に自分が入っていいんだろうか、という場違い感が否めないが、今更戻ることはできない。ただ全力でギャノンの相手をするだけだ。
「ちょっと待ってろ」
と言って小スペース存在する武器置き場に向かっていったギャノンは、やがて兜と鎧を一人分、それに木刀を一本持って戻ってきた。
「ほらよっ」
星に兜と鎧、木刀を渡す。
「ギャノンは何も装備しないのか?」
「まあな。しいて言うならこの拳が武器だな」
筋骨隆々のレフェリア国王子は、自慢気に腕を掲げる。
(なんつう筋肉だよ。あんな腕の一撃食らったらどうなるんだ。って、そのための鎧か)
憂鬱になりつつ鎧を身につける。革で作られた、防御力などほとんど無いように見える鎧だが、意外と作りは頑丈で、半端な攻撃なら通すことはなさそうだ。ギャノンの攻撃が半端だとは思えないが。
兜の方は、金属製の楕円型の球をそのままくり抜いて作ったような、実用性重視のものだ。これをかぶっていれば流石に頭は平気だろう。
「あの、俺、二時間後くらいに王達と話し合いがあるからその前に終わらせてくれないか?」
「おお。そんなに長引かせるつもりはねえよ」
二人は闘技場の段上に十分に間合いを開けて立つ。
星はもう一度、スニーカーの靴ひもを結び直し、深呼吸をする。
(ギャノンの攻撃はおそらく拳、いや、身体全体を使っての重い一撃が主だろう。なら、俺は素早く動いてそれらを避け、隙を見て攻撃すればいい)
腕を振り、前運動をするギャノンを見やる。
(だけど、俺にそれほどのスキルがあるのか?)
勝つ自信はあまりない。
だが、勝ちたい気持ちは十分ある。
「……やるっきゃないか」
彼が呟いた直後。
「もういいか?」
「ああ!」
気合を込めて答える。
ギャノンが走ってくる。思いの外速いが、星よりは遅い。
星も走る。姿勢を低くし、攻撃をできるだけ食らわないように。
互いに接近すると、ギャノンは左足を前に出して身体全体の軸にし、右拳を思いきり振るう。狙うは星の胸部。
「りゃあああああぁぁっ!」
星は右足を軸に、弧を描くように身体を少し回転させてこれを回避。そのまま後方に跳び、間合いを開く。
迷いなくギャノンは追撃する。
重い拳の連打に、星はしかし冷静さを失わない。角度を変えたり、時にはフェイントをかけてくるギャノンに合わせ、星も対応を時々で変えつつ避ける。
そんな中、ふと疑問が湧いてきた。
(あれ、なんか拳が遅く感じるぞ。何でだろ)
確かにギャノンの拳は重く、速い。だが星の目には、振るわれるギャノンの拳がおよそ半秒程遅れて見えていた。拳の速さに対してそれ程の間があれば、楽に対処できる。
(カノンやディオネの戦いを見てきたからかな)
確かにそれもあるだろう。今戦っているギャノンも十分強いが、まだ人の領分に落ち着いている。それに引き換え、カノン、ディオネ、ファイやタナトスの強さは人知では計り知れない程他を圧倒している。そんな強者の戦いを目の当たりにしてきた星にとって、ギャノンの拳が遅く見えるのは当然のことなのかもしれない。
しかし、戦いを見ただけで強くなるなどありえない。レベルの高い戦いを見て、自分も強いんだという暗示を掛けることくらいはできるかもしれないが、せいぜいその程度だ。今現在、星がギャノンの攻撃を余さず避けているのは、彼自身に何か変化があったと考えるのが妥当だろう。救世主としての力に目覚めつつあるとか、鍛練の成果が出たとか。
以前よりだいぶ体力もついてきたが、流石に星も疲れてきた。回避動作をとるたびに若干だが呼吸が乱れていく。逆にギャノンの拳は勢いが全く衰えない。
「っ!」
ついにギャノンの鉄槌のような拳が星の直ぐ眼前を掠めた。それによって星は体勢を崩してしまう。
「おりゃあああああああっ!」
ドッ、と星の腹部に拳が炸裂する。
「がはっ」
反吐を吐き、五メートルの距離を転がる。
「どうやら俺の勝ちみてーだな」
ギャノンが歩いてくる。
「ほらよ」
と大きな手を差し出してくる。
「悪いが、俺はまだ負けた訳じゃない」
ふう、と一呼吸入れてから星は立ち上がる。
「この鎧がなかったらやばかった。礼を言うよ」
ギャノンは呆れたように頭を掻く。
「ああ。だが、普通の奴じゃあれを食らったらなかなか立ち上がれないんだぜ、その鎧をつけてても」
「まあ、俺は普通じゃないからな」
ふっと笑うギャノン。
「違えねえな」
星はもう一度、瞼を閉じて深く深呼吸をする。それだけで痛みがかなり消え去ったような気がした。
(思えば、さっきもここにいたのに、俺はほとんど動きすらしなかったんだよな)
そう思うとこの戦いへの意気込みも高くなってくる。
(――負けたくない。最低で引き分け、勝てば最高だ)
「いくぜっ!」
星の様子を見てもう平気だと察したギャノンが、早速突貫してくる。
今度の初撃は左拳。下からの振り上げを顎に命中させ、一撃で終わらせる気だ。
星は左側に跳んでこれを避けるが、ギャノンはそれも想定済みなのか、迷わずに右拳を顔面目掛けて振るってくる。
「もらったぜ!」
――だが、この攻撃が星に直撃することはなかった。
星は拳が振るわれるであろう位置の直ぐ下に自身の頭頂部がくるようにしゃがんでいたのだ。
「何っ!」
ギャノンが驚く間に、星は木刀を振り上げ、未だそのままのギャノンの右拳に当てる。
「ぐっ」
怯む間に素早くギャノンの背後をとる。
「うおおおおおぉぉぉぉぉっ!」
ギャノンの背に思いっきり木刀を打ち付ける。
「があああぁっ!」
地に伏すギャノン。
今度は星が手を差し出す。
「……ったく、お前みたいに立ち上がりてえけど、流石に効いたぜ、今のは」
「無理すんなよ。王子なんだから」
しっかりと互いの手を掴む。
その直後。
「星くーーーん」
カノンとディオネが走ってきた。メイドもいる。
迎えに来てくれる仲間を、勝利も相まって、星はとびっきりの笑顔で迎えた。
皆さん、こんばっぱ~。
星がこんなに強い訳ないとか言わないでくださいね。彼は救世主ですので。
それでは