39、大浴場にて
豪華な食事をたらふく食べて満足そうに部屋に戻った星達は、少し談笑して再び部屋を後にした。食堂を出る際クレイドが、是非とも浴場で身体を洗い流してくれと言ったので、お言葉に甘えることにしたのだ。
三人の中でもカノンは、よほど湯船に浸かるのが楽しみなのか、鼻歌を歌っている。
カノンも年頃の女の子だ。旅でなかなか風呂に入れない中、身体を綺麗に洗い流し、ゆっくりと湯船に浸かることができるのだから、嬉しがるのは当然である。
ちなみに、今現在この広いレフェリア城内を、三人で仲良く浴場を探してさ迷っている、ということはない。
彼らの部屋の前には、先程部屋に案内してもらったメイドが待機していたため、またまた彼女に案内してもらっているという訳だ。
仄かに明かりの灯った複雑な廊下を歩き、階段を一階まで下り、更に廊下を幾らか進んだ所に浴場はあった。
「右の扉が男性浴場、左の扉が女性浴場となっております。わたくしはここで待っておりますので、ごゆっくりどうぞ」
無機質にメイドが言った。ただ与えられた職務を全うするように。
三人は姿勢よく立つメイドに軽く会釈すると、まずはカノンとディオネが女湯への扉を開け放つ。星は女性二人が入っていったのを確認すると、二人に続き女湯へ……は当然のことながら入らず、男湯へと入っていった。
◇
カノン、ディオネは服、下着を脱いで備え付けの高そうなカゴに畳んで入れ――剣、及び荷物は部屋に置いてきている――、浴場へのガラス製のスライドドアを開く。流石に軋むような音はせず、滑らかに開いた。
石造りの立派な浴場が、二人の前にその堂々たる偉観を現した。
十数台はあるシャワーは金色に光り輝いており、安易に使うのを躊躇わせる。浴槽の中からは微かに湯気が立ち上ぼり、入る前から湯加減の良さを感じることができる。そして端の方には、獣か何かをあしらった像が口を開け、お湯を噴水の如く吹いている。
浴場に来たらまず身体を洗うのがお決まりだ。ということで、二人はシャワーを浴びつつ、置いてあったボディソープとシャンプーで身体と髪を洗った。
入念に洗うと、今度は髪を後頭部のあたりで結い、ゆっくりと湯に浸かった。
「はあぁ、気持ちいい~」
「ああ、たまにはこういうのもいいな。ゆっくりと……」
揃って瞼を閉じる。水面を伝う波の音やシャワーの先端から零れる雫の音が心地よく耳に届いた。
一分後。
「カノン」
ディオネは慈しむように目を細め、カノンのすらりとした肢体をじっくり見る。
「な、何?」
「お前がこんなに立派に成長していたのが嬉しくてな」
微笑むディオネに、カノンは感動した。
「ディオネ……」
うるっとした瞳で見つめてくるカノンの頭を、ディオネは優しく撫でる。
「お前は私の娘みたいなものだ。立派に育ってくれたらそれ程嬉しいことはない」
ディオネは大賢者という立場上、あまり人と関わることがない。それこそ何世紀も生きているが、夫がいたことはない。年齢的に少女だった頃は人並みに恋をしたこともあったが、それも昔のことだ。
「それにしても……随分と魅力的になったな。天枷もお前と初めて会った時、見とれていたんじゃないか?」
「そ、そんなこと……」 とカノンは恥ずかしそうに否定する。
「本当か? では、天枷に裸を見せたか見られたことはあるか?」
いじらしげに軽く追及した。
「な、ないわよ!」
裸に近い姿を見られたことはあるが、星の目は変態のそれというよりかは純情な少年のものだったので、カノンは恥ずかしくはあったが星を見損なうことはなかった。
「そんなに真っ赤にならなくてもいいだろうに。で、天枷とはどうなんだ?」
「どうって?」
「意外と鈍いな。まあ、そういうこととは無縁の生活を送ってきたのだから仕方ない、か」
「?」
「簡潔に言おう。天枷とは恋人同士になったのか?」
カノンは直前より更に顔を赤く染める。風呂で火照ったのか、余計に赤く見えた。
「そんなんじゃ、ないわ。私と星君は、大切な仲間同士で……」
「そうか。指輪を贈り物にするぐらいだから、天枷はカノンを……いや、余計なお世話だったな」
そして一分が経過した。
「私はそろそろ出るが、カノンはどうする?」
「それじゃあ、私も出るわ」
再び軽くシャワーを浴び、二人は浴場を後にした。
更衣室に戻ると、髪、身体を拭き、カゴに入っていた浴衣を着た。
先程着ていた衣服、下着を持ち、カノンとディオネはメイドが待つ廊下へと出た。
◇
「はあ~、いい湯だな~」
頭に小さく畳んだタオルを乗せ、星は疲れを外に出すように息を吐く。
(ダレッタにもちょっとした大浴場はあったけど、やっぱ城のは次元が違うなあ)
透明に若干濁りを加えたようなお湯を手ですくって顔にかける。大浴場、もしくは家の風呂でも、浴槽に入るとまず顔にお湯をかけてみる人は案外多いのではないだろうか。
星はふと考える。
(となりの風呂には、カノンとディオネが入ってるのか……)
ふしだらな想像をして赤くなる。
(ったく、俺って奴は……)
自分自身に呆れる星。呆れるだけの心を持ち合わせているだけ、まだましというものだ。
それにしても、この広い浴場に星一人だけというのも不思議なものである。
日本にいた頃はたまに旅行に行き、旅館やホテルに泊まった際には大浴場を利用する星だが、一人になったことはない。夜中に行けば人はいないか、いたとしても一人か二人程だろうが、そんな時間に行ったことはなかった。
初の一人大浴場が異世界の城のそれとは、つくづく浮世離れをしたものである。
(そういえば、俺以外に他の世界から来た人っているのかな。……いや、いる筈ないな)
ふう~、と一息吐くと、勢いよくという程でもなく、ゆっくりという程でもなく立ち上がる。
「出るか」
◇
カノン、ディオネが出た頃には、星は廊下でメイドと話していた。と言っても星が一方的に話し、メイドは聞き手に回っていたのだが。
「悪いな、待ったか?」
ディオネが星に話し掛ける。
「いえ、俺もちょっと前に出たばっかで──」
カノン、ディオネの方を向いた瞬間、星は言葉を失った。
美しさ、妖艶さを兼ね備えた女神がそこにはいた。
上気した頬は凄まじいまでの色香を醸し出し、浴衣の隙間からはちらりと豊かな胸が垣間見える。
そして妖艶さの象徴とも言える濡れた髪だが、ディオネがいつもは結っている髪をおろしているのも、また違った良さがある。
「天枷、目付きがイヤらしいぞ」
「あ、いや、その、あまりにも美しくて、つい」
「ふふっ、ずいぶんと上手いな。まあ、美しいと言われて悪い気はしないさ」
「でも、ちょっと恥ずかしいわ……」
メイドは無表情でこのやり取りを見ていた。ある意味凄い。
「この後はどうされますか? お部屋に戻られますか?」
「そのことなんですけど」
と星が言ったときだった。
「星さ~~~~~ん」
長い廊下の奥の方から、一人の女の子が走って来た。シャリイ・レフェリアだ。
「シャリイちゃんの部屋に行く約束をしてまして」
そのときカノンの瞳に浮かんだのは、嫉妬か羨望か。ただ、ディオネはカノンを見て微笑んでいた。
まず始めに、星はロリコンではありません。シャリイに対しては子供を愛でるような感じです。投稿日がエイプリルフールなんで、なんとも胡散臭いですが……。
途中のひし形みたいなやつの位置が変な場所になってることと思います。パソコンでも携帯でも真ん中にするにはどうすれば……。
それではまた。