33、魔法行使
「ぎょわー!?」
突然、奇声とも叫びともつかない声が三人の耳に聞こえた。小屋を出た直後のことだ。
声をあげるは一人の通行人。
理由はおそらく……、
「見えないんだろうな。この小屋が」
つまりは、魔法が使えない通行人には、星達が何もない空間から突然現れたように見えた訳だ。驚かずにはいられないだろう。
「だが、念のため聞いておくか」
そう言ってディオネは、通行人に、
「突然すまないが、あの小屋が見えるか?」
と尋ねるが、通行人は、
「い、いえっ! 何も見えません、はいっ!」
そして、スタコラと走り去っていった。
通行人にはディオネは明らかに普通じゃない人だと思われただろう。実際、普通の人ではないのだが。
「あの小屋は魔法を使えない者には見えないというのはどうやら本当らしいな」
では、一体なんのためにあんな手の込んだ小屋を造ったのか。手記によると、小屋自体は特に変わったものではなく、幻術によって普通の人には見えないようにしてあるだけらしい。幻術とは、魔法の類だろう。
普通の人には見えない、ということは、見せたくなかったのだろう。逆に魔法を行使する者にしか見えないというのは、魔法を行使する者には是非とも見つけて欲しかったと考えられる。魔法を知らない、知っていても使えない者にタナトスのことを説いたとて何もできないと思ったのだろうか。別に魔法が使えないからといって弱いと言えば、それは嘘になる。カノンやディオネは、その身体能力の高さは常人のそれより圧倒的に高いし、他にも強い人はたくさんいるだろう。
しかし、魔法を使えれば強いというのは確実だ。
魔法を行使する者。
星、カノン、ディオネの三人に見えて、そこら辺を歩いていた通行人には見えない小屋。もはや星が魔法を行使できるのは確定だ。
「俺も、俺にも、魔法が使えるのか」
現実感がない、というように星は呟く。
「使えるさ、きっと。試してみるか?」
「はい!」
とは言うものの、ここは道の近くだ、通行人がたまに通るのが窺える。
三人は、道から少し離れたところに生えている、人気のないちょっとした茂みに向かった。
星は期待と不安で表情を硬くする。
「確か、星君が見た夢でアグライアが言ってたのは……」
剣を振り、エクレンド、と唱える。
そうすれば魔法が使える、と明確に言われた訳ではないが、助けになるとは言われた。いずれにしろアグライアの言だ、きっと星にとって、エクレンドと唱え魔法を発動させることが、救世主としての大きな転換点となるだろう。
カノンとディオネは星から少し離れる。近くにいては邪魔だと判断してのことだ。
星は、なぜか着用しているジーパンと黒シャツをパンパンと叩いて汚れを落とす。その後大きく深呼吸。
緊張で心臓の鼓動が速まる。
彼は以前、まだ中学生だった頃に全校生徒の前でスピーチをしたことがあるが、今はその時の十倍は緊張していた。もし魔法が発動しなかったら、もし大爆発でも起こってしまったら……そんな不安は拭いきれない。
その一方で、やはり、確かな期待も不安に負けないくらい心に存在した。何事も期待通りにいけば言うことはない。しかし、期待というものは案外あっけなく消滅する。残念な結果によって。
何か大変なことを成し遂げようとするならば、過度な期待はせずに、ある程度は失敗も考慮しておいた方が、いざ失敗した時の精神的なショックも減るということだ。
ゆっくりと、ウィーク村でもらった剣を抜く。この世界ではそこら辺で普通に手に入りそうな、ありふれた鉄製の剣だが、問題はない筈である。
目を瞑る。
魔法を自由に使える自分を創造する。ウェリアルに飛ばされた日にデータが消えたRPGで、最強の裏ボスを倒した時に使った究極の魔法だ。もちろん魔法を使ったのは二次元上のキャラクターだが。
目を開け、剣を頭上に構える。
「星君……」
カノンは静かに呟き、星を見守る。ディオネも同じような感じだ。
(魔法……こいよっ!)
そして――
星は勢いよく剣を振る。
「エクレンドッ!」
大声で叫んだ。通行人に聞こえるとかは気にしない。
全力を込めて剣を振ったため、星は前のめりになり、剣は地を軽く抉る。土が靴上に飛散する。
一秒が過ぎたが、何も起きない。
その時点で、カノンとディオネの顔には焦りが見て取れた。
一分程が経っただろうか。茂み周辺では何も起こらない。
星の額には汗が溜まり、指は震える。
彼は理解した。
そう、失敗、だ。魔法は発動しなかったのだ。
「なん、で……」
掠れ、震えた声が漏れる。失敗が理解できない。
と、カノンが思い出したように言う。
「まって、星君。夢でアグライアが言っていたことを思い出して」
その声を聞き、星は冷静になるよう必至に努める。瞼をギュッと閉じ、動揺を静める。こんな時に限って、いや、こんな時だからこそアグライアの台詞が一字一句正確に思い浮かんだ。
「モンスターなどに会い、本当に危なくなったら、剣を振り、エクレンド、と唱えなさい。必ず助けになる筈です……まさかっ!?」
気づく。
「ようするに、逆境やピンチになったら使えるってことか」
脱力。膝から崩れ落ちる。そんな大事なことを考えていなかったとは、我ながら不覚だ。しかし、ピンチの時になっても魔法を発動できなかったら、それはそれでヤバい。
カノン、ディオネが苦笑する。星は自嘲の笑みをこぼしながら剣を鞘に納めた。
「なんか、ごめん。無駄に期待させちゃって」(ったく、アホか、俺は)
自分がとんでもなく残念に思えてくる。
女性二人が星の方に歩いていき、膝をつく星に合わせてしゃがんだ。
ディオネは慰めるように言う。
「案ずるな。前にも言ったが、魔法はそう簡単に発動できるようなものではない。だが……ピンチになったら発動できる、か。そんな状況にならないのが一番だが……もしなったら、直ぐに今のようにしてくれ」
それに星は、
「はい」
と短く答える。流石にまだ動揺が治まった訳ではない。自分にはどんな魔法が使えるのだろうとドキドキしていた結果がこれでは、いい気分にはなれないだろう。
と、突然星はカノンに言う。
「俺を殴ってくれないか?」
「へ?」
呆ける。いきなり殴ってくれなんて言われたらそういう反応をするのは当たり前だ。黙って殴る者はそんなにいないだろう。
だが、カノンは星を見て察した。ああ、彼は自らを罰するためにそんなことを言っているのだ、と。
カノンは星を見返し、頷いた。
拳を握り、思い切り振る。思わずといった感じで目を閉じた星に彼女は──コンッ、とデコピンをした。
「痛てっ」
と反射的に言って星は目を開ける。珍しくカノンがムスッとしていた。
「アグライアの言葉を忘れていた星君に非はある訳だけど、それは私やディオネにも言えることだわ。だから、そんなに自分を責めないで」
そう言った後、こんどは微笑を顔に浮かべる。
「それに、私だって最初から魔法を完璧に使いこなしていた訳じゃないわ。ひたすら練習を積み重ねて、やっと今の自分になれたの」
「本当、に?」
信じられない、といった表情で星はカノンを見る。カノンのことだから、最初から自由自在に魔法を使いこなしていたものだと思っていたのだ。
「ええ、本当……。だから、鍛練を怠らなければ星君もいつかきっと魔法が使えるようになるわ」
星はみるみる顔を輝かせる。さながら小さな子供のようだ。
たとえ今魔法が使えなくとも、次第にその片鱗を習得していけばいい。そして実戦で思い通りに使いこなすことができれば、合格だ。
落ち込みやすいが、立ち直りも早い、意外と子供っぽいところがある星であった。
皆さん、こんばっぱ~。
星がなんかヘタレっぽくなっていくような……。いや、ちゃんと主人公らしい働きはしますよ、いずれ。
とまあ、なんだかネタもなかなか浮かばず残念な私ですが、今後とも《異世界物語~剣と少女と少年と~》をよろしくお願いいたします。
それでは