29、蝕む狂気(前編)
星、カノンが村人達を集めるために走り始めて直ぐのことだった。
「うわあああああっ!?」
これは──、
「悲鳴! ──早く行きましょう!」
「ああ!」
おそらく、村人の誰かがモンスターを見つけたか、逆に見つけられたかしたのだろう。早くその場に行かなければ村人がモンスターに殺されるのは必至だ。
星は足場の悪い地を全力で駆ける。もはや疲労を通り越した身体を動かすと、却って倦怠感を忘れることができた。
しかし彼がいかに全力で走ろうと、カノンには到底追い付かない。彼女は星に合わせて常に十メートル程先を走っているが、明らかに全力で走っているようには見えない。呼吸は全く乱れていないし、足の運びもしなやかだ。一体彼女が本気で走ったらどれぐらいの速さになるのだろうか。
叫び声が聞こえたのは、星達がいた場所からちょうど二キロメートル程先、つまりは外周ぎりぎりの地点である。
四分三十秒で、目的の場所に着いた。全く息を切らしていないカノンに対し星は、ぜぇはぁ、と止めどなく過呼吸に近いぐらい息継ぎを繰り返す。それと同時に目眩が生じ、視界もちらちらと白くなる。
嫌な汗が、背中を這うように流れていく。
正直、今直ぐにでも吐いてしまいそうな程気持ち悪かった。しかし、目の前で今にもモンスターの爪に引き裂かれようと、或いは牙に噛みちぎられようとしている村人を見てはそれも憚られる。
四十歳ぐらいの男が必死にモンスターと戦っていた。手には木の棒。凶暴なモンスターと戦うにはあまりにも心もとない。
カノンが駆ける。
モンスターは億劫そうに反応する。どこかのザコが乱入してきた、ぐらいにしか思っていないのだろう。……いや、造物の塊であるモンスターが何かを考える、思うといった行動をとるとは考え難い、か。
モンスター二体の内一体が狼さながらの身体能力でカノンに襲い掛かり、喉元に噛みつこうとする。
カノンは軽くしゃがんでこれを回避、と同時に刹那的な抜刀切り上げを繰り出し、モンスターの胴体を両断。舞う創造の粉の確認はせず、再び駆ける。
残るもう一体のモンスターは、鋭い牙が並ぶ大口を開けてカノンへと真正面から突っ込む。カノンは同じく正面から突貫。モンスターが到達する前に、彼女は剣をその大口に突き刺す。
黒き粉が吹き荒れる。 あっという間の出来事だった。
「ふぅっ」
カノンは、驚いたような顔をしている村人を見てひとまず安心したように息を吐くと、村跡の中央部に行くよう促した。モンスターのことなど知らない村人は、やはり怪訝な顔をするが、感謝の念が勝るのだろう、何も言わずに中央部へと向かった。
その次に彼女は星の許に向かう。毎度のことだが、それ程星のことが心配だということだ。
星は、いつも自分を心配してくれるカノンに心から感謝した。が、いつも自分のことで気を遣わせてしまうということに情けなさも多分に感じていた。
しかし、今の星はかなりヤバかった。視界は明滅を繰り返し、足取りもおぼつかない。ろくに走っていない者が急に、それも全力で二キロも走るのは割と身体に負担が掛かるのだ。
ということで、星は罪悪感や情けなさを感じつつも、カノンに肩を借りて近くの水道で水を飲んだ。もちろん状況が状況なので直ぐに終えたが。
「はあ……情けねぇ」
一人自嘲気味に呟く元男子高校生(現在救世主)天枷星であった。
村跡中央部。
少ない村人を集めるのに、それ程苦労はしなかった。というのも、村人達は複数人でいることがほとんどで、各所をくまなく探す必要があまりなかったのだ。
本日二度目の災難に怯える村人達に向かって、カノンは、モンスター出現の旨を説明した。
男達はいきり立つ。全ての元凶タナトスに。
女子供、老人は嘆き悲しむ。なぜこの村が破壊されなければならなかったのか、と。
ともかく。
現時点での最大の問題はモンスターだ。もしかしたら村跡の中にモンスターが潜んでいるかもしれない。
「ここはディオネが来るのを待った方がいいわね」
「ああ。……それにしても、酷い有り様だ。本当に、村人達はこの後どうなるんだろうな」
村人達に活力があれば、また村を興すこともできるが、皆が絶望にうちひしがれたままであれば……。
依然として燃え盛る炎は、村人達の闘志の具現化か、或いは村人達の心さえも焼き尽くす悪夢の災禍か、どうなるのかは村人次第だ。
◇
その頃。
ザシュッ。
何層もの風の刃に切り裂かれ、モンスターは消滅した。
「これで終わりか」
三日月を手に、ディオネは呟く。
「やはり、魔法は疲れるな」
言葉とは裏腹に、彼女から疲労はあまり感じられない。
彼女程の魔法の使い手ともなれば、魔力の精密なコントロールも可能なのだ。
「戻るか」
ディオネは、星、カノンが待っている場所へと歩を進めた。
なんか短いですね。
私は基本的に夜に小説を書いているのですが、話が思い浮かばない上に眠くて眠くて。文章力と想像力は日々養っていくものなんですね。
それではまた。