27、燃える村
朝食の団子を食べた三人は、三十分程休憩してから、出発した。
ひたすら北に向かう、と言っても基本は道なりに進んでいく訳だが、この森は道と呼べるものがない。故に迷いそうだが、しかし、星達が方向が分からなくなって森中をさ迷い続けるということは皆無に等しい。なぜなら、ウィーク村でもらったものの中に実はちゃっかり方位磁針があったからだ。
まあ、方位磁針などなくても彼らなら難なく進める筈だが。
一時間程歩くと、森の出口に着いた。カノンとディオネは息一つ乱していないが、星は相変わらず疲れたような表情をしている。この世界に来たての頃よりはましになったが、女性二人を見ていると自分の体力が疑わしく思えてくる。
と、前方ニキロメートル程先で何やら煙が上がっているのが確認できた。森の中では高木がたくさん生えているので分からなかったが、煙は一筋ではなく幾筋も上がっている。
家が一軒炎上したとして、そこから連鎖的に他の家にも火が燃え移る、ということはよくあることだが、事今のこれにいたっては、その可能性は薄い。煙は視認できるだけで十筋は軽く越えているが、普通に家々が乱立しているのではそこまで火の手は広がらないのだ。
アパートメント等、家々が繋がっている場合は次々と燃え移っていくが、現在進行形で濛々と上がる煙は一定の軌道を描かず、各所に不規則に点在している。
よってこれは単なる火事ではない。
考えられるのは、何者かによる意図的な放火、或いは破壊に伴う炎上。
このタイミングで、おそらく村か何かが燃えている状況を鑑みて、犯人は……、
「タナトス……っ!」
星が唸る。
そう、タナトスがやったと見て間違いないだろう。
先のディオネの話、即ち、町や村を破壊する者の話を聞くに、星とカノンはそれがタナトスの仕業だとほぼ確信していた。
加えて、タナトスは昨夜ディオネの登場によって退くを余儀なくされた身である。自分が世界の王になるなどと言う程の男が、一人の女性が現れただけで何もせず退いたのだ。自分の多大なる自尊心を傷つけられたタナトスが、憤怒の赴くままに見かけた村や町を破壊するというのは十二分にあり得る。
「やはりあの時倒しておけばよかったか……」
悔やむように呟くディオネ。
「とにかく行ってみましょ」
そのカノンの言で、三人は煙の上がる場所へと足早に向かった。
村、いや、村の跡がそこにはあった。
遠くから確認できた通りにあちこちから立ち上る煙。燃え続ける家の残骸。
――そして。
人。
傷だらけで横たわり、虫の息で命を保っている人。
そんな人達の傍で泣き叫ぶ人。
果ては死体。だが、それが圧倒的に多い。
生き残っている人は、全体の一割にも満たない。
「うっ、ぅぅ……」
必至にこみ上げる吐き気を堪える星。頭では駄目だと分かっていても、生理的な嫌悪感は彼の心を抉る。
彼は死体を見たことがない。ましてや、無残に焼かれたり裂傷を伴ったりしているものなどはなおさらだ。日本でそんな死体を見たことがある方がおかしいのだが。
「まずは、怪我人に生命の水を施そう。そして次に、死体を埋める。天枷、できるか?」
ディオネは一応これからの方針を決めたが、星のことが心配であった。
「……できます。いえ、やります」
それが強がりだと、彼の顔を見れば一目瞭然だった。しかしディオネは、
「……そうか、分かった」
と、静かに言った。それは星の目──揺るぎない意思を秘めた目を見てのことであった。
生命の水は一瓶しかないので、回復はディオネが一人で行った。息がある人間の口に生命の水を一滴ずつ含ませる動作をひたすら続ける、というものだ。
三十分程掛けて、村人──ではない人もいるかもしれないが──四十数人の傷を快癒させた。と言っても治ったのは外見上の傷だけで、内面――心の傷は一片たりとも癒せはしなかった。
ともかく、その後三人は気力のある村人数人と共に死体を埋め、木で簡易的な墓標を立てた。星もカノンもディオネも、村人達も終始無言だった。とても何かを話す気分にはなれなかった。
星はとりわけ気を沈めていた。カノンとディオネから離れた場所に一人で立っている。
「……これが、現実ってやつか……」
誰にも聞こえないくらいにかすれた声で呟く――
「これで精神崩壊しない俺って……」
――自重気味に。
「こんな俺が救世主なんかでいいのかな……?」
今や星は、彼自身の最大の行動理念、即ち救世主としてこの世界を救うこと、そのためにウェリアルに飛ばされた自分に疑問も持ち始めていた。何度そのことについて考えたか分からない。カノンに優しい言葉を掛けてもらうたびに何も考えず立ち直ったふりをしていたのかもしれない。
「俺は、君に甘えていたのかもな……」
恐竜モンスターに襲われまさに絶体絶命という時、颯爽と現れ次々とモンスターを倒していったカノン。星にとっては、彼女こそが救世主だった。
「星、君……」
星からは死角となっている物陰。
カノンは、星の呟きをこっそりと聞いていた。
皆まで聞き、彼女は直ぐに「そんなことない!」と星に言ってやりたくなった。
しかし、言ってしまってもいいのか、とも思う。
たとえ今そんな言葉を掛けても、それは偽りでしかない。また星は何かがきっかけで彼自身に疑問を持つことだろう。
もちろんカノンが言ってきたことは、偽りのない彼女自身の本心だ。星が救世主に相応しくないなどとは欠片も思っていない。
物陰から少し顔を出して、星を見る。彼は疲れ切ったように立ち尽くしていた。
今の星の気持ちを、カノンは痛い程理解できた。
九年前。自分が帰る筈だった場所が燃え、村人達と死別したあの時に。
星、カノンは、そんな訳で異変に気づけなかった。
即ち。
「天枷っ! カノンっ! モンスターだっ!」
「「っ!?」」
ディオネのその声でやっと気づいた。モンスターがこの村跡に現れたことに。
皆さん、こんばっぱ~。予定より少し遅れがちな投稿です。森を出た星達ですが、いきなりシリアス展開になるという。星が死体を見た時の反応をもっと過剰に表現した方がよかったかもしれませんね。
次回はできる限り早く投稿できれば幸いです。
それではまた