26、目指せ! リフレルム山
カノンの目覚めは良好だった。生命の水の驚異的な治癒能力による所が大きいが、久しぶりに師匠に会えたことも大きい。
彼女が目覚めた時には、星とディオネが会話を始めてから三十分以上経っていた。太陽? も上半分を地平線の彼方に出現させ、辺りはだいぶ明るくなってきた。
「星君、ディオネも、もう起きてたんだ」
近くに立つニ人に直ぐ気づいたカノンは、声を掛ける。二人も、カノンが伸びをした時点で彼女が起きたことに気づいていたので自然な流れでお互い朝の挨拶を交わす。
そしてカノンも会話に参加。再び話し合いが開始された。
「何話してたの?」
カノンがどちらともなく、どちらにも答えられる質問をする。
わざわざ嘘を言うことでもないが、先の話は、カノンが寝ている故にした話だ。彼女が起きていても別に話せない内容ではないのだが、そこはディオネなりの気づかいというものだ。
しかしまあ、今のカノンがそんなに弱い心の持ち主な訳もないので、
「カノン、お前が私と来てから最初の一ヶ月のことだ」
その台詞から始め、さっき星に言った内容を掻い摘まんで話した。
ディオネが話し終えると、カノンはどこか懐かしむような顔をした。
「あの頃は本当に、気持ちの整理がついてなくて、ディオネには凄く迷惑掛けちゃってたよね」
「別に気にはしていなかったよ。あの頃のお前の気持ちを察すれば、無意味に何かをしても逆効果だったしな」
寛大とかそういうものではなく、本当に、当たり前のように気にしていなかった。それは、興味がなかったとも言えるかもしれないが、ディオネもディオネなりに心配していたのだ。
そして、カノンに魔法や剣術を教えつつ、彼女の心を癒していったのである。
その後しばらく思い出に浸っていたカノンとディオネは、ハッとしたように直ぐ近くにいる星を見る。彼はもちろんカノンとディオネの過去の話などはほとんど知らない訳なので、ただ立って二人の話を聞いていただけだ。それを不愉快だと思う星ではないし、むしろ二人の話を聞いているのも面白いので全然問題はないのだが、当の二人は彼に対し少々悪い気を使わせてしまったと思っていた。
「ごめん、星君」
カノンが謝る。
「いや、いいよ。むしろ二人の話を聞くのも面白かったし」
微笑みながら返す星。
何はともあれ、本来の話題、即ちウェリアルの滅びに関することを話し始める。
「コホン、では私から話そうか。この世界の滅びについて分かったことを」
まず、ディオネが口を開く。
「私は一年前にカノンと別行動するようになってから、アグライアの居場所について探っていた。結果的にはそれは分からなかった訳だが、色々と奇妙な出来事の情報を得たり、様々なモンスターを倒したりと、一年を無駄に過ごしていた訳ではなかった」
「奇妙な出来事、っていうのは?」
星が質問した。
「集団失踪、町や村の崩壊、見たこともない生き物の発見。最後のは、私が実際に倒した結果、創造の粉によって造り出されたモンスターだった」
「最初のと、ニ番目のは?」
今度はカノンが尋ねた。
「最初のは、出掛けたまま何者かに襲われて殺されたか連れ去られた、というものだ。これもモンスターによるものが多かったが、連れ去られた、というのは盗賊によるものだ」
星とカノンは沈痛な面持ちでそれを聞いていた。今まで数多くの人間の屍を見てきたカノンは、殊更だ。星は平和な国で生まれた故に、大量に人が死ぬ出来事というのは、遠くの国での紛争や、自国日本では地震による大規模な被害を新聞やニュースで見聞きするくらいだ。だが、自分が関わる、この世界の滅び、それにおそらく関係しているモンスターによる被害というのは、彼にとっても悲痛極まりない。
ディオネはニ人の内心を察したが、あえてそのまま話を続けた。
「そしてニ番目のは、何者がやったのかは不明だ。私が噂などを聞きつけてその場に赴いた時には、既に町や村は跡形もなく崩壊していたからだ 。ただ、色々な人に話を聞くに、それはそう多くない人数で行われたらしい」
ということは、それをやった誰か、或いは何かは、相当な実力の持ち主ということになる。
そんなことを平気でやる冷酷さ、そして村や町を一人、もしくは一人に近い程の少人数で崩壊させる程の実力を持った人間を、星、そしてカノンは、一人知っている。
タナトス。
昨日突然現れ、星、更にはカノンにまで痛手を負わせた、謎の男だ。世界を自身の手中に収めるために行動を起こしているため、ある意味世界の滅びとは最もかけ離れている。
彼が町や村を破壊していった可能性は多いにあり得る。カノンとディオネは九年前実際に現場に居合わせたからである。
タナトスが町や村を破壊する目的は、おそらくは、カノンの故郷を滅ぼした時と同様、即ち強大な力を持っている者の抹殺。
まあ、もちろんタナトスがやったというのは仮定にすぎない。ただ、星とカノンにはあの男しか思い浮かばなかった。
場の雰囲気は暗い。陽はすでに、その八分は姿を現しているというのに。
「そろそろ朝食にしようか。私が作っておいたから」
ディオネが明るい声で言う。
その直後。
ぐうううううぅぅぅぅぅ、と、星、カノンのお腹から何とも間の抜けた音が漏れた。
頬を赤らめる二人。
「直ぐ食べれるから、少し待っていてくれ」
五分後。
「待たせたな」
カノンの荷物の中から勝手に取った皿三つ――折りたためる便利な代物だ――に、三人分の食事を乗せて戻ってきた。皿に乗っているのは……、
「団子、ですか?」
「ああ、そうだ」
それぞれの皿には、五センチくらいの団子が五つずつ乗っている。タレはもちろんというのか何というか、かかっていない。味があるのか星は疑問に思ったが、ディオネ、そしてなぜかカノンまでも得意気な顔をしている。
「ああ、そうだ、タオルを濡らしてきたから、それで手を拭いてから食べてくれ」
そして皆手を綺麗に拭き、まずは星が団子を口にする。
もぐもぐ、もぐもぐ。
「!? こ、これはっ!?」
星の口に団子が入った瞬間、それは起こった。口の中いっぱいに広がる甘酸っぱい香り。星はその味を知っていた。そして思い出した。ズボンの左ポケットに入っているモノを。
赤くて小さな木の実である。この世界に来て始めの頃、その木の実を摘んで食べたら美味しかったので、ズボンの左ポケットに十粒入れておいたのだが、すっかり忘れていたのだ。
星は木の実を取り出す。ディオネはそれを見て、驚いた風に少し目を見開く。
「それは、チュリーの実じゃないか。この団子の味付けにそれを使っているんだが、君の知っている味だったか」
「ええ。カノンと出会う前、食べ物を求めてデルー密林をさ迷っていた時、この木の実を見つけたんです」
そんな他愛のない会話をしながら、朝の食事は進んでいった。
昨日の朝以来何も食べていなかった星とカノンは、満足そうにお腹をさする。
「ところで、二人はどこを目指して旅をしているんだ?」
ディオネが二人に問うた。
カノンが答える。
「リフレルム山よ。そこにアグライアがいるらしいわ」
「アグライアが? どうしてそんなことが分かるんだ?」
「それは、俺が説明します」
そして星は、アグライアが現れた、夢、或いは現実ともとれるそれをディオネに説明した。
「……なるほど。いかにもアグライアらしい」
続けて言う。
「……私も共に行ってもいいか?」
星、カノンは、もちろん大歓迎だ。
そんなこんなで、ディオネという大賢者にしてカノンの師匠でもある心強い仲間が加わった。
皆さん、こんばっぱ~。
今回も会話主体の話となりましたが、次回はまた北のリフレルム山を目指して旅立ちます。
それではまた