24、ディオネ登場
タナトスは、カノンの腹部に突き刺さっている槍を引き抜いた。
温かな鮮血がドクドクと身体の外へと流れる。それに伴い、意識の糸も次第に切れてゆく。
「星、君……ごめん、ね」
そして彼女の意識は途絶えた。
槍を片手にカノンを見下ろすタナトス。
「所詮こんなものか」
そうつまらなさそうに言うタナトスは、カノンの頭上に槍を構える。
「じゃあな」
軽く槍を持つ手を離す。重力の為すがままに自由落下する槍は、カノンの頭に刺さり──はしなかった。
どこからか吹いた強風が槍を吹き飛ばし、そのまま槍は創造の粉となって消え去った。
「誰だ!?」
と、こんどばかりは焦りと怒りが入り交じったような声色で叫ぶタナトス。
刹那、翼付きのタナトスよりも速く移動してきた一人の人間が、タナトスを思い切り蹴り飛ばす。
あまりの運動エネルギーに、空中で半爆砕するタナトス。
タナトスの体内には、内臓といった器官や、骨がない。ただ創造の粉があるのみだ。よって、彼は再び元通りに身体を造りかえる。
「お前はァッ!?」
タナトスは突如現れた人間を見て、焦燥が小、驚愕が中、苦々しさが大といった感じの表情を作る。
――一人の女性。頭の上の方で結び、腰辺りまで伸びている黒髪。カノンのような、綺麗な翡翠色の瞳。整った顔立ちが特徴的な、見た目二十代中頃の長身の女性だ。
「大、賢者ッ!」
「……私の弟子が世話になったな」
彼女はタナトスを、その翡翠の双眸を細めてねめつける。それだけでタナトスは、焦った顔で1歩後ずさった。
彼女の名はディオネ。ウェリアルに3人存在するという伝説の大賢者の一人にして、カノンの師匠だ。
「なぜお前がここにッ!?」
タナトスは叫ぶ。その声に余裕は微塵もない。
タナトスにとって彼女の登場というのはそれほどまでに大きなことなのだ。もはや伝説として語られている大賢者にはタナトスでは手も足も出ない。先に会ってから九年経った今でも、だ。
互いに戦ったことはないが、確実にディオネが勝利するだろう。それが分かっていたからこそタナトスは最初から戦わなかったのだが。
「退け。そうすれば命までは取らない」
ディオネは言う。
殺そうと思えば殺せるが、強大な力を持つ二人が戦うとなると、激戦になることは必至だ。下手をすれば、森自体がまるごと吹き飛びかねない。
大量に血を流して倒れ伏しているカノン、そして少し離れた所に倒れている少年──天枷星のためにも、それは避けたい。
タナトスは、怒りを露にディオネを睨み付ける。が、
「クソッ!!!」
と大きく舌打ちすると、蝙蝠のような翼を羽ばたかせてどこかに去って行った。
ディオネはまずカノンの許に向かって行った。
血まみれで倒れる弟子の前で申し訳なさそうな顔をするディオネ。
「すまない。私がもっと早く来ていれば……」
そう言いながら、懐から小さな小瓶を取り出した。中身は、透明の液体だ。普通の水か何かに見える。
彼女はそれを一滴、カノンの口に含ませた。
「んっ……」
と、一瞬苦しげな顔をするカノン。
その後直ぐに、信じられないようなことが起こった。
なんと、カノンの腹部の傷が何事もなかったかのように、跡形もなく塞がった。いや、元に戻った、と言った方が正しいかもしれない。
何にしても、カノンの身体から出血は止まり、体力、そして魔力は全回復した。よって彼女は、白雪姫のように穏やかに目覚めた。
「カノン……」
「ディオネ? おはよう。…………………………って、ディオネ!?」
非常に驚くカノン。反応が遅いのはご愛嬌か、それとも、ただ寝ぼけていただけか。
「ああ、おはよう、カノン」
ディオネは気軽な調子で答える。
解せぬ、といった風な表情で、師であるディオネを見るカノン。
だが、さすがに慌てふためくことなく状況を鑑みる。
突然現れたタナトス。倒された星。過去の恐怖に怯えていた自分。頭の中に直接話しかけてきたディオネ。タナトスに立ち向かった自分。だが、腹部を槍で貫かれて、気を失った。そして今。目を覚ましたらディオネが側にいた。
彼女が持つ小瓶には見覚えがあった。
『生命の水』
この世界のどこかにあると言われている、生命の泉というところから採取された水だ。
名前の通り命を生かす水で、少量飲むだけで、深い傷、病、魔力等々をまるで何事もなかったかのように回復させる。ウェリアルでこう言うのもなんだが、魔法のような水である。
カノンも、ディオネと共に修行していて命の危険に晒された時に何度かお世話になった。
が、カノンにとって最も気になるのはそのことでもなく、タナトスがどうなったかでもなく、ディオネがなぜここにいるのかでもない。
星だ。
自分よりもずっと非力なあの少年がタナトスに立ち向かい、遊ばれていたとはいえ殺されなかったのは不幸中の幸いだ。
しかし相当なダメージを負っていることは確かである。カノンは、
「早く星君をっ!」
とディオネに、頼むというよりは強要するように言う。それ程星のことが心配だということだ。
「ああ」
ディオネはそれだけ言って頷くと、星の方へと歩いて行く。全快したカノンもついていく。
星の身体には打撲や擦り傷が多数窺えたが、実際はそれ以上のダメージを負っているだろう。
先のカノンと同様に、生命の水を一滴、星の口に含ませるディオネ。カノンはそれを隣で心配そうに見ていた。
みるみる傷が回復していった星は、ゆっくりと瞼を開く。
「俺は、…………そうだっ! タナトスは!?」
「いずこかへと去っていった」
「!?」
いきなり聞こえてきた声にビクッとする星。そちらに振り向くと、カノン、そして彼女の隣にはディオネが、しゃがんで星を見ていた。
(誰だ? この人)
首を傾げる星。
それを見て、ディオネは星に話しかける。
「私はディオネ。カノンの師だ」
「ええっ!? ディオネ、カノンの師、ということは、大賢者?」
「ああ、一応大賢者の一人だ」
驚きを隠せない星。カノンと違ってディオネとは面識がないので、余計に面食らう。
カノンはディオネの方をチラッと一瞥して、星に、彼が気絶した後の事の仔細を説明した。1つ、自分が致命的な傷を負ったことは伏せておいた。無論星に心配を掛けないためである。ディオネも何も言わなかった。
星は終始――と言ってもそんなに長くはないが――真剣にカノンの話を聞いていた。そして、ゆっくりと口を開く。
「そんなことが……。なんか、ごめん。俺、出過ぎたマネしちゃって」
「そんなことない」
カノンは即答する。
「私を守るために戦ってくれた訳だし……かっこよかったよ」
本当はそんなこと考える程落ち着いていた訳ではないのだが、カノンは確信をもって言う。それに星は顔を赤くする。結果、こそばゆさと共に嬉しさを混ぜ、こう言った。
「……ありがとう」
開けた森に訪れる静寂は、心地よいものだった。
皆さん、こんばっぱ~。
次回は、未定です。思いつきで書きます。
それではまた