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19、魔法

「悪気は無かったんです。すいません」

 気絶から覚めたタナトスの第一声がそれだった。凄い変わりようである。

 今はとりあえず縄できつく縛ってある。

「それなら、どうしてこんなこと……」

 呆れ気味に言うカノン。

 それにタナトスは悪びれたように語る。

「俺さ……僕は、つい先日まで木こりだったんです。それで、いつものように森で木を切っていたら、突然変な男が現れて、創造の粉を渡されたんです。そして『町を破壊しろ。そして、以降はタナトスと名乗れ』とか言って、去ってったんです。なんだこいつ、ってその時は思ったんですが、創造の粉を実際に使ってみたらその凄さが分かって。それで、僕は選ばれた存在なんだ、とか勝手に思い込んで。知らないうちにおかしくなっていったんだと思います」

 カノンはすっかり呆れたような表情になる。それだけの理由で町が破壊されるなんてあまりにも馬鹿げている。

 彼女はタナトス――本当の名は違うようだが――の話の中で気になることが一つあった。

「その男っていうのは、どんな人?」

 少し考え込むタナトスだが、しどろもどろに口を開く。

「赤い髪で、マントを羽織った、僕ぐらいの歳の男です」

「名前は?」

「そういうことは一切言わなかったです」

 割とすまなそうに言うタナトス。

 周囲――と言っても随分離れているが――では、逃げなかった、或るいは騒ぎが治まったのを聞きつけた住民達がタナトスへと視線を送っている。もちろん睨んだり恐れたりといった悪い視線だ。自分達の町を破壊、及び自分達を殺害しようとしたのだから無理もないが。

 逆に彼らの視線に怯えるタナトス。本来だったら森でひっそりと木こりをやっているのが似合う、そんな人間に見える。

(それ程までに創造の粉の力に魅入られた、ということなのか……)

 今は雷を纏わぬカノンの傍らに立つ星はそんなことを考えていた。もし自分が強大な力を手に入れたら、その力に振り回されてしまうのだろうか。

「それで、僕はこれからど、どうなるのでしょうか?」

 不安そうに尋ねるタナトス。

「ダレッタ庁舎に連れて行くわ」

「――そうですか。分かりました。罪を償えるのなら」

 以外と潔いタナトスであった。


                               ◇


 ダレッタ庁舎の奥のこじんまりとした部屋。

「君はこの町を破壊、そして民衆を虐殺しようとした」

 事務官の初老の男が、小さな石のテーブルを挟んで向こう側に座っているタナトス――本名はウッダーというらしい――に向けていう。壁の前には星とカノンが立っている。

「はい。確かに無差別虐殺をしようとしました」 

タナトス改めウッダーは深く頷き返答する。

 事務官はそれを聞くと、顔を変えることもなく言った。

「死罪だ」

 死刑宣告。

 当たり前と言えば当たり前だ。もしダレッタにカノンがいなければ、今頃この町は廃墟と化していたであろうから。

「っ!」

 分かっていても、その無常な一言は動揺するには十分すぎる。ウッダーももちろん例外ではない。精神的な病がある訳でもなく、意識的に町を襲ったのだから言い逃れもできない。今の気弱な彼は言い逃れしようとは思わないだろうが。

 しかし創造の粉を失っただけでここまで気弱になるのも変である。

「処刑日は未定だ。それまで君には牢に入っていてもらう」

 ウッダーに向けて事務的に言い放つ。そして次にカノンに話しかける。

「娘。君の働きに感謝する」

 死刑宣告をした事務官は話は終わった、というように部屋を出ようとする。

「ちょっと待って!」

 と、カノンが事務官に焦り気味に言う。

「なんだね?」

 煩わしそうに、そして面倒くさそうにドアに手を掛けながら、首だけカノンの方に振り向く。

「殺すことはない、と思います」

「は? なぜ? その男は町を破壊しようとしたのだ。処刑が妥当だ」

「彼は本来はおとなしい木こりで、ある男が彼に力を与え、それに魅入られただけで。彼に罪はないと言えば嘘になりますが、処刑する程ではない筈です」

「ふん、戯れ言を。その男の処刑はもはや決定事項なのだ。直ぐに役人がこの男を牢に入れるためやってくる。貴様らはとっとと立ち去れ」

 そして今度こそ部屋から出て行く事務官。

 後には虚しい静寂が残る。

 口火を切ったのは、今まで聞きに徹していた星だ。

「何とかして助けられないかな……?」

「……強行突破しかない、かな」

 いつもの穏やかなカノンと違った強気な意見だ。

 その後あれこれ二人で話し合うも、なかなか良いアイデアが浮かばない。

 と、突然ウッダーが席を立ち、言った。

「僕なんかのために、ありがとうございます。一度は殺そうとしたのにそこまでしてくださって。でも、もう覚悟しました。潔く――死にます」

 その発言に目を見開く星とカノン。

 ウッダーはもう異存はない、というような顔をしている。それ程に死ぬ覚悟ができた、ということか。

「あんたは……そんな簡単に命を捨ててもいいのか?」

「当然の報いというものです。悔いはありません」

 文字通り必至の覚悟をした人間にどうこう言っても逆効果だと感じつつも星が堪らず尋ねるが、ウッダーは死を受け入れようとしている。

「それに、生きていたとしても一生笑いものにされるでしょう。ですから、僕は死を選びます」

 それには二人も黙り込むしかない。

 そんなこんなで、しばらくすると役人の男が三人やって来た。

「では、これからお前を牢に連れて行く」

「はい」

 そしてウッダーは彼らに取り囲まれて牢へと向かって行った

「……私達も宿舎に戻りましょうか」

「……ああ」


                               ◇


 騒動から一時間が経過。時刻は五時。

 町はだいぶ落ち着きを取り戻していた。

 市場では商人が店の準備、各家庭では早めの朝食の支度、役場では職員が騒動の事後処理――ウッダーの処刑日程など――に追われている。

 ダレッタ宿舎。星とカノンが泊まる部屋。

 星がカノンにずっと気になっていたことを質問する。

「さっきの雷って……何?」

「あれは、魔法」

「魔法……か」

 魔法と言われてもあまり驚かない星。カノン程の強さなら魔法を行使できてもおかしくないし、何より彼女の師匠は大賢者の一人、ディオネである。

「そういえば、魔法って詠唱が必要なんじゃなかったっけ」

 それはカノンが何もせずに魔法を――その時は魔法だと分からなかったが――行使していたのを思い出したから言ったことである。割と周りをよく観察している星である。

「私はなぜか詠唱なしで魔法が使えるみたい。……あ、じゃあ、魔法について軽く教えておくね」

 そしてカノンが語りだす。

「まず、魔法を使えるかは生まれ持っての素質によって決まるみたい。私はたまたま魔法を使える人間だったみたいで、ディオネに師事してからそれに気づいたわ。次に、魔法には属性があって、それも人によって決まるわ。魔法を使える人自体が少ないから、実質各属性につき一人しか使い手がいないけど……。私が使うのは雷の魔法。さっきみたいに物理的に物体を貫く雷を発生させたり、電気ショックを与えたり、瞬間的に足に電気を発生させて音速を超える速さで動いたりできるわ。あと、星君のそのケイタイデンワにも何か効果があったみたい」

 それに星は「そういうことか」と言って納得気味に頷く。

 カノンはそれを確認して、先を続ける。

「最後に。魔法を使うと魔力を消費するの。魔力は極まれに先天的に備わっていて、つまりは生まれた時点で魔法が使えるか決まるということね。そして魔力には限界があって、魔法を使う度に減っていくの。魔法を使わずにいれば魔力は次第に回復していくわ」

「だからデルー密林やウィーク村で魔法を使わなかったのか」

 再び納得する星。この世界の概念に関しての知識が増え、分からなかったことが分かるようになるのは、妙に清々しい。

「それじゃあ、朝ごはん食いに行こうかっ」

「ええ」


 それから二人は、それなりに賑わっていた食堂でパン主体の朝食を食べ、部屋に戻った。

 一つしかないベッドを見て星は思う。

(このベッドで俺はカノンと寝たんだよな)

 彼がそんなことを考えているとは露知らず。カノンは言い放つ。

「着替えるから、少し後ろ向いててくれるかな……?」

「あ、ああ」

 もどかしい時間を星が過ごしている間に、カノンはいつもの、鎧のような服に着替えた。

「じゃあ、次は私が後ろ向くわ」

 そして星も黒ティーシャツにジーンズという格好着替えた。

 なんだかんだで時刻はもう七時を過ぎていた。

 二人は自然と、そんなに多くもない荷物を持つ。

「そろそろ行くか」

「ええ。アグライアに逢うために」

 そうして星とカノンは、一日滞在しただけでダレッタを後にした。

 無論ウッダーのことも忘れてはいない。彼のようなかわいそうな人間が現れないようにするためにも、早くダレッタを発った意味はあるのだから。

 更なる困難が待ち受けているであろう未来に向け、二人は足を踏み出した。

次話も多分1週間くらい後の更新になると思います。

それでは。

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