1、消え去った日常
ゲームのデータが消えた。ゲームを持っている人で、そんな経験をしたことはないだろうか。
――特に。
最強の裏ボスを倒した時であったり、非常に入手が困難なレアアイテムを手に入れた時だったり、或いは、地道なレベル上げに耐え、最高レベルに達した時であったり。
一介のゲーマー以上の人間になってくると、隠し要素を攻略することなども普通であるし、そのプレイ時間、人生に費やした時間は計り知れない。
それこそ、部活の大会(上の方の大会)でやむを得ない理由で不戦敗したり、恋人に別れを告げられるといったぐらいのショックはあるのではないだろうか。
桜もその花を満開に咲かせている三月下旬。どこの学校も春休みの真っ最中で、家でゲームをしている学生も多いことだろう。
日本のとある町のとある家。現在時刻は、午後二時三十分。
三十分前の事。午後二時。
とある大手メーカーのRPGで、二百時間も掛けて主人公のレベルを最大まで上げ、最高クラスのレアアイテムを手に入れ、最強の裏ボスを倒し、九割の喜びと一割の疲労が混じったような顔をしていた少年がいた。
彼の名前は、天枷星。
ゲーマーとして、達成感に浸っていたのだろう。
そして現在。
星の顔に先程までの達成感に満ちあふれた表情は完璧に消え去り、その顔には驚き、焦り、そして絶望の表情が彩られている。
そう、つい三十分前に攻略し終えたゲームのデータが消えたのだ。
「何だよ、これ……」
怒りより落胆の方が大きかったのだろう、星は自室のベッドに置いてある枕に顔をうずめ、悲嘆にくれている。
カーテンの隙間から僅かに覗く空には、太陽を覆い隠すように雲が浮かんでいた。
◇
暫くの間悲嘆にくれていた星は、突然ベッドから立ち上がり、クローゼットを開けて服を取り出した。
今着ている部屋着を脱ぎ捨て、ジーパンに黒の長袖ティーシャツという格好に着替える。
「気晴らしに散歩にでも行くか」
そう言って携帯電話を持って自室を飛び出し、玄関のある一階へと足早に降りていった。
◇
家の近所にある児童公園。
小さな子供達が元気に遊んでいる中、星は一人ベンチに座り落ち込んでいた。
くよくよしてはいけない、なんて事分かっていた。
だが、二百時間もの積み重ねが消えるのは、誰だって悔しいだろう。
星は、例のゲームソフトを買った時の事を考えていた。
学校を休んでまでゲーム屋の開店五時間前に並び、無事入手した時の嬉しさ。
直ぐ家に帰り、パッケージを開いた時の喜び。
「あの時は本当、最近で一番嬉しかったなぁ」
その顔には自然と笑みが浮かんでいた。
そして気付いた。
新しくゲームを買った時のあの高揚。その感情はプライスレス。
それに彼は、最近で一番嬉しかった事を、レベルが最大まで上がった事でもなく、屈指のレアアイテムを入手した事でもなく、最強の裏ボスを倒した事でもない、ゲームを買った事だと言った。
もちろん悔しいし、悲しい。それは当たり前だ。
星は幾分か和らいだ落ち込みを噛みしめ、自宅への帰路に着いた。
太陽が雲間から姿を現していた。
◇
扉の鍵を開け、玄関へと入る。
「ただいまー」
返事はないが、星は気にも留めない。
星の両親は仕事で海外に行っているからである。それに、兄弟もいない。そのため、彼は現在一人暮らしをしているのである。
洗面所で手洗いとうがいを済ませ、二階の自室へと向かう。
木でできた階段を上り、自室の扉を開ける。
と、いきなり目の前が真っ白になった。
「な、何だ!?」
突然の出来事に困惑する星。
だが次の瞬間には、何かを考える暇もなく、その意識を失った。
日常が消え去った瞬間だった。
最初の方でゲームのデータ消失について語っていたのは、私自身のゲームのデータが消えたからです。データが消えた時って、まず唖然としますよね。
次回はもっと長く書ければと思っています。
それでは