17、ゴーレム
ドンッ! という音で星とカノンは同時に目が覚めた。
時刻は午前四時。
早朝にも関わらず、宿の外、ダレッタの街中から民衆の声が聞こえる。
それ程までに大きな音だった、ということだろう。
「私達も行ってみましょ!」
カノンが急かすように言う。そして浴衣を着たまま、剣を帯に差す。
星は、もっとカノンと寝ていたい、ともっともなことを思いつつも、外では何か大変なことが起きている筈なので、カノンと同様に自身の剣を帯に差した。
外へと急ぐカノンを追いかけ、星も朝っぱらから走る。
(すっかり眠気が吹き飛んだな……)
しかし眠気は吹き飛んでも、身体に溜まった疲れは完全には吹き飛んでいなかった。
それでもなんとか、疲れを微塵も感じさせないで走るカノンについて行く。そこは救世主としての自覚か、或るいは男としての意地か。
ダレッタ宿舎の外に出ると、やはり人が大勢いた。それらの人々を見ると、皆同じような場所に固まっていた。
ダレッタ庁舎の前、だ。
後ろからでも彼らが怯えているのが見て取れた。
(それなら家に戻れよっ!)
心でツッコむ星。
しかし、彼らは怯えてはいるが、それ以上に好奇心のようなものが強いのか、皆一様に何かを見ていた。
石。
ただの石では、石の町ダレッタの住民達は特に反応を示すこともないだろう。あるならば、通行の邪魔だ、と思うくらいであろう。故に、それはただの石ではない。
いや、誰が見てもただの石ではないことは明らかだろう。
なぜなら、その石の高さは五メートル――この町の外壁程もあった。
そしてそれが稀有な石である最大の理由。その石は、下の石畳から二本の足のようなものが伸びて胴のような部分に繋がり、左右からは二本の腕のようなものが伸び、そして上方には頭とも呼べるものがくっついている。
そう、それはまるで……。
「……ゴーレム」
星が呟いた。
ゴーレムとは、主に石や土を材料とした人造の怪物。RPGではお馴染みのモンスターだ。
(だけど、何でゴーレムが……)
と考えを巡らせるのもつかの間。いきなり、それまで微動だにしなかったゴーレムが動き出した。
その数瞬後、ゴーレムを見ていた民衆は蜘蛛の子を散らすようにその場から離れた。まさか石が動くとは思ってもいなかったのだろう。彼らはもはや好奇心などではなく、ただ恐怖心だけで逃げている。
「っ! あんなに慌てたらっ!」
カノンが歯噛みしながら言う。
そして案の定、大慌てで彼らは逃げたので、人と人がぶつかり合いダレッタ庁舎前は大混乱に陥った。
幸い、庁舎や宿舎のある区画と住宅が立ち並ぶ区画の間は十分離れているので、ゴーレムが住宅側に到達するのはまだ先のことだろう。
だが、理性を失った人々は周りのことなど見ていない。逃げる集団の後ろの方で、おそらく親と離れてしまった幼い少女に、逃げる大人がぶつかり、彼女は倒れた。そのまま起き上がろうと試みるが、足が震えて動かない。
人々は逃げる。少女を置いて。
少女の母らしき人だけが、人々の波をかき分けて少女の許へ向かおうとしているが、もう遅い。彼女は今にもゴーレムの足に踏みつぶされてしまいそうだ。
「っ!」
ある意味恐竜モンスターに襲われた時のような戦慄を覚える星。
二人からゴーレムまでは百メートルはある。常人がどんなに速く走っても、ゴーレムが少女を踏みつぶすのが先だろう。少女の母は顔を手で覆ってしまっている。
そして、ゴーレムの巨大な足が地を踏み抜いた。
「くっ」
と悔しそうに歯噛みする星。その隣のカノンは――
いなかった。
「どこに行ったんだ?」
ふと前方を見ると、逃げ惑っていた人々が立ち止まり、ある一点を唖然とした顔で見ていた。星も自然とそちらの方を見る。その先には――
カノン。
そして彼女の腕に抱かれているのは、ゴーレムに踏みつぶされんとしていた幼い少女。カノンは少女に「もう大丈夫だよ」と囁き、少女の母の所に連れて行った。
「ぐすっ、あり、がとう、お姉ちゃんっ」
母は唖然としていたが、直ぐにカノンに礼を述べる。
「娘を助けてくださって、ありがとうございます」
それにカノンは微笑んで頷くと、ゴーレムの方に向き直った。
先程二人がいた位置からゴーレムのいた場所までの距離百メートルに対し、ゴーレムが少女を踏みつぶすまでおよそ一秒もなかった。即ちカノンは、一秒と掛からずにその距離を移動し、更に少女を助けたことになる。
「凄い、な……」
星も民衆同様唖然とする。だからそんな言葉しか出てこなかった。
恐竜モンスターやファイ・オミクロンと戦っている時も十分凄かったが、流石に見ることはできた。
しかし今のは、見ることはおろか、動いたことすら気づかなかった。それ程までに速かった。
星はカノンの方に駆けていった。
カノンは自らゴーレムの方に向かって歩く。民衆からゴーレムを遠ざけるように。
思考など持ち合わせていないであろうゴーレムだが、目も鼻も口もない顔は怒っているように星には見えた。
ゴーレムはダラッと下げていた腕を上げると、両手で叩きつぶすようにカノンに向かって振り下ろした。その速さ、地を歩いていた時のスローペースの比ではない。
ゴーレムの腕は石畳を派手に砕く。
民衆は思わず目を瞑ったり手で顔を覆ったりしている。
星はただ黙って成り行きを見守っている。カノンを信頼しているからこそ……。
「こっちよっ!」
そしてカノンは現れた。
ゴーレムの頭上、石壁をも超える高さに。
そのまま自身の頭上に剣を掲げ、振り下ろす。
するとゴーレムは、巨大な石の塊にも関わらずいとも簡単に左右二つに分断された。
ドンッ! という音をたてて崩れる石塊。そこから黒い粉が散り、風に飛ばされていった。
「創造の粉っ!?」
星が、はっとして驚いたように言う。
創造の粉が使われているということは、今までそこに立っていたゴーレムは石塊に生命を宿したということになる。
(あの時の恐竜モンスターみたいな、ゼロから姿形を造るだけじゃなく、既存物に生命を宿すこともできるのか。流石に汎用性が高いな)
と考えつつも、カノンの無事を喜び、駆け寄る。
「君に何ともなくて良かった。心配したけど、杞憂だったか?」
「ううん、ありがとう」
「ああ。ところで、さっきのあのスピード……あれって」
「あれは──」
「カアァァァァッ」
突然鳥がこちらに突っ込んできた。
「はっ!」
恐るべき反応の速さで、更に星には見えない程の速さで剣を振るい、鳥を切り裂く。
するとその鳥は創造の粉となって消えていった。
「とりあえず、見事、とでも言っておこうか」
声が聞こえた。低くてよく通る声が。頭上から。
星、カノン、そして民衆まで上を見る。
そこ、空中に立っていた、いや浮遊していたのは、齢二十ぐらいの男。
黒髪を逆立て不敵な笑みを浮かべるその男の背には、蝙蝠のような翼が生えていた……。
強敵? 登場です。
それでは。