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15、石の町、ダレッタ

 その後二人は、歩きに歩き──それこそ昼食を食べるために途中で少し休んだ以外はさほど休むこともせず七時間、午後三時を少し回った頃、ようやくダレッタに到着した。

「ふぅ~。着いた、のか?」

 かなり疲れた様子で膝に手をついている星。部活もろくにやらず身体がなまっていたので、脚の関節にかなりくる。

「ええ。ここがダレッタ。『石の町』とも言われているわ。って言っても私も初めて来たんだけどね」

 カノンの言葉に、星は「なるほど」とダレッタの方を見ながら言う。

 かなり遠くまで続く高さ五メートル程の外壁は小さな石の集まりでできている。それこそ川原やそこら辺に落ちている石を組み合わせて造ったような石壁だ。

「草原を出てからここまで来るのにずっと土の道だったけど、ダレッタの人が町造りのために石を取ってったのかな」

「そうかもね」

 などと話しながら、前方にある門に向かう。

 門には左右に一人ずつ門番が槍を手に立っている。門扉はなく、町の中が少し眺められるようになっている。

 門前に着くと、門番が話しかけてきた。

「石の町ダレッタにようこそ。この町へはいかようで?」

「宿に泊まるためです」

 星が言う。だがもちろんそれだけではない。情報収集のためでもある。そしてこれは星だけが考えていることだが、

(ゲームでこういう町に来たら、何かイベントが発生する筈だ。それなら、この世界でも……)

 つまりは、この町に来たことで旅をする上でのヒントなどが得られるかもしれないということだ。ウィーク村でも、いわば『盗賊退治』とも言えるイベントが発生した。それならここダレッタでも何かが起こるかもしれない、というのは間違ってはいない筈である。

 と、門番が確認するように聞いてきた。

「剣をお持ちのようですが、どこかの国の兵士ですか?」

「旅人ですよ」

 と一言返す星。

 すると星に話しかけてきた門番と反対側に立つ門番は互いに目配せし、頷きあう。そして、

「ではどうぞお入りください」

 と言って再び左右にずれる。

 そうして星とカノンは無事にダレッタ内に入ることができた。

 まず二人の目についたのは、左右いっぱいに伸びるアーケードだ。それもただのアーケードではない。一つの巨大な石をくりぬいて造ったように天井部が広がっており、所々にある柱がその天井を支えている。

 そこかしこで開かれている市は、大勢の民衆で賑わっている。売られている主なものは食料だが、服屋や道具屋なども少数見受けられる。

「この世界に来て、初めてこんなにいっぱい人を見たよ」

 市の喧騒──食料を値切る主婦、はしゃぐ子供、店主による店の宣伝等を見ながら星は言った。

「ふふっ。星君、なんか目が穏やか」

「ああ。俺がいた世界でもこういう光景はよく見かけて……懐かしいなぁ」

 感慨深げな表情の星。ウェリアルに来たのはつい5日前なのに、ゲームに勤しんでいた日々がひどく懐かしく思えてくる。

 しかし、こんな日常も悪くないなと思う自分もいた。多くのゲームをプレイしてきた故に割と感受性が高い彼は、自分が救世主と知って最初は呆然としているだけだったが、今では心の中で何かが激しく燃えていた。

 だが覚悟にも似た感情、というのも持っていた。

 まだ旅は始まったばかりだ。だから、本当の過酷、試練はこの先幾らでも起こりうる。そして、

(考えたくはないが、悲劇も……)

 起きては欲しくない。当たり前だ。

 RPGで主人公やキャラクターが旅立つきっかけ、強くなるきっかけに、人の死、というものがある。

 その手のゲームでは比較的王道な物語シナリオの進み方だ。

 大切な人の死を糧に主人公は打倒魔王を誓う。そして旅先で新たな仲間と出会い、様々なイベントを経て、最終的には世界を揺るがす程の力を有する魔王を倒す。そしてエンディング。

 しかし、あくまでそれはゲームの話だ。この世界、ウェリアルは紛れもない現実だ。

 星は、やはりよくゲームをやる所為か、物事をゲームに見立てて考える癖のようなものがある。

 ゲームに似たようなこの世界でそう考えるのは無理もない。星でなくとも、その手のゲームに触れたことのある人なら、「この村はあのゲームのどこどこに似ている」だとか、「このモンスターはあのゲームに出てくるあのモンスターにそっくりだ」とか思うだろう。後者は考える余裕があれば、だが。

 だけど、ゲームにしろ現実にしろやることは同じだ。

(悲劇を起こさせないために、救世主おれがいるんだ。救ってみせるさ、この世界を)

 それは決して倨傲などではない。大体、ネガティブな思考の救世主など世界を救うに足り得ない。それに、理想は大きく持った方がその理想を現実足らしめるための努力を促す。と、

「何か買いたい物でもある?」

 カノンが星に尋ねた。

 市に並ぶ店の方を見ながら考え事をしていたので、何か欲しい物でもあるように見えたのだろう。

「いや、特にないよ」

「そう? 欲しい物があったらいつでも私に言ってね」

「ああ。ありがとう」

 そして再び歩き出す。

 アーケードを抜けて直ぐに見えたのは、石畳にびっしりと建ち並ぶ石造りの家だ。

 その家々を眺めながら二人は町の奥の方に向かう。

 すると、他とは比べるまでもなく大きな建物が正面に見えた。

 その建物の門には大きな表札が付けられており、そこには、

『ダレッタ庁舎』

 そう彫られていた。

「役場、か」

「そうみたい」

「どうせだからここで宿の場所を聞くか」

「ええ。そうしましょ」

 そうして星とカノンはダレッタ庁舎の門を潜り、中に入った。

 入って直ぐの所に、簡素な、やはり石造りのカウンターが設置されており、中年のおばさんが暇そうに立っている。二人はそこに行き、カノンがおばさんに話し掛ける。

「あの」

 そう言うと、おばさんは「何でしょう」と一言だけ言ってカノンの方を見やる。その顔には明らかに面倒くさそうな色が浮かんでいる。カノンはそれを特に咎めずに、宿を探している旨を説明する。

 それを聞いたおばさんは、何度も説明したことがあるように至って事務的に話し出す。

「この庁舎を一度出て頂き、左手の方に進んで頂ければ直ぐに町が運営する宿舎に着きます」

 言い終えると、もう話は終わりだ、というように奥の方に行ってしまった。

「あんなに暇そうにしてたのに」

 星が思わずといった風に愚痴をこぼす。それにカノンは苦笑いをするしかなかった。


     ◇


 宿は直ぐに見つかった。

 さっきの表札の『ダレッタ庁舎』より更に大きく『ダレッタ宿舎』と彫られていたのだ。

 さっきのおばさんは、こんなに簡単に見つけることができる宿の場所をいちいち聞きにくる者達にうんざりしていたのだろう。

 中に入ると、庁舎と同様に石造りのカウンターがあり、今度はウィーク村の時のような、人の良さそうなおばさんが立っている。

 二人が近づくと、

「あら、恋人どうしでお泊まりかい? いやぁ、若いって良いねぇ」

 といきなり言い出した。

 それに呆然とした星とカノンだが、直ぐに二人揃って頬を赤く染める。それ見ておばさんは満足そうな顔をして言う。

「この宿は町が運営してるから格安だ、まあ、ゆっくりしていきな」

 そしてカウンター下から部屋の鍵を取り出すと、カノンに渡す。

「ありがとう、ございます」

 と頬を赤らめながらも一言礼を言い、二人は部屋を目指す。部屋に着くまで2人とも終始無言だった。

 カノンが部屋のドアに鍵を差し込み開けると、それ程大きくはないが、町営宿舎にしては綺麗に掃除されている部屋が姿を現した。

 その部屋を見て星とカノンは唖然とする。

 なぜなら、ベッドが一つ──大きなダブルベッドしかないからだ。

 星が言う。

「あのおばさん……。部屋を代えてもらってくるよ」

 そして部屋から出ていこうとする。

「待って!」

 とカノンが呼び止めた。そして更に頬を赤らめて言う。

「……私は、いいよ」

「え?」

「その……一緒に寝ても。それとも、星君は私と寝るのは嫌?」

 星も頬を多分に赤く染めつつ、しかし反射的に返す。

「そんなことない! むしろ、カノンみたいな可愛い娘と一緒に寝れるなんて、俺の方が嬉しいよ」

(って、俺は何を言ってるんだ!)

 そういう言葉は言ってからその恥ずかしさを自覚するものだ。

 だが星以上に、カノンは耳まで真っ赤に染めていた。

「星、君?」

「いや、その……そうだ! 市に行ってみないか?」

 ごまかした。

 星はゲームをよくやっていて女性とあまり接したことがなく、カノンは修行に明け暮れていて男性とあまり接したことがない。なので二人とも『そういうこと』に関しては非常に疎いのである。

 カノンはいつもの彼女らしくなく、慌てながら答える。

「そ、そそそそうね。そうしましょ!」

 だがこれは大きな、そして最初の一歩だ。

 二人の胸中には淡い思いが芽生え始めた。

 その思いは、互いを助け合うことになるだろう。

 ウェリアルは今日も温かかった。

とりあえず更新です。

次の更新はおそらく来週だと思います。それでは

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