12、剣とサンドウィッチ
謎の男ファイが去り、二人は本来の目的である昼食を食べるため、草原の真ん中に立つ巨木の下に向かった。日陰ではあるが、葉の間から射す木漏れ日が心地よい、絶好の休憩場所だ。
木の根本へ腰を降ろすと、星の腹から、グゥと音が鳴った。長い時間歩いたのと殺されそうになったのとですっかり疲れているのだろう。しかし彼の瞳には強い意志が宿っていた。現在より強くなる、という意志が……。
それを見たカノンは、一刻も早く星に昼食を食べさせようと、持っていたバスケットを開け、星に誇らしげに見せる。
「じゃじゃーん! サンドイッチを作ったの」
「いつの間に!?」
驚愕の表情で返す星。それにカノンは、そこそこある胸を張って答える。
「朝、宿の食堂を借りて作ったの」
星は、なるほど、と頷き改めてカノンが作ったサンドイッチを眺める。それは、何というか、凄かった。もちろん良い意味で。
色とりどりの野菜や肉が綺麗にパンに挟まっていて、非常に美味しそうだ。
口の中の生唾を飲み込み、トマトとレタスが挟まったサンドイッチを手に取る星。
「いただきます!」
カノンはにっこりと、
「どうぞ召し上がれ」
と言う。
そして星は、パクっと。半分程を一気に食べた。
その瞬間、何かが、来た。
「……ん? んんん? ……ぐはっ」
残り半分のサンドイッチを手にしたまま、星は前のめりに倒れた。
結果。カノンの料理は酷い。これに尽きるだろう。
「星君、どうしたのっ!?」
薄れゆく意識の中、カノンの必死な声が聞こえた。星は、残った力でなんとか声を振り絞る。
「やっ……ぱり、人って……欠点、の一、つや二つは……あった方が……ぐはっ」
そして星は、精一杯の笑みを形作りながら、その意識を手放した。
◇
「う、うう~ん」
星は目が覚め、ゆっくりと瞼を開けるが、眩しさに目を細める。
目を開けては閉じて、眩しさにも慣れたので、周囲を観察する。
素朴で広大な草原。大木──どうやらこの木の根、おそらくさっき座っていた場所に頭が乗っかっているのだろう。
そして少し離れた場所では、カノンが剣の素振りをしている。
星はカノンの素振りを見学することにした。見て学ぶことも大事な鍛練だ。
しばらくカノンを可愛いなあとか思いながら見ていたら──無論剣捌きも見ているが──彼女がこちらに気付き、駆け寄って来た。
「いきなり倒れたからびっくりしたわよ。何があったの?」
星は考えた。せっかく朝早く起きて作ってくれたサンドイッチを不味いというのは申し訳ない。だから、
「カノンが作ったサンドイッチが美味すぎて、気絶しちゃったのかな」
そう、微笑みながら言った。料理の腕が壊滅的な女の子に主人公が言うように。
すると、カノンは心から嬉しそうな顔をした。そして、ホッとしたように言った。
「良かった……」
その言葉を聞いて星は理解した。
(心配してくれてたん、だな)
思えば、ここ数日で色々なことがあった。
異世界へと飛ばされた。
モンスターに襲われた。
盗賊の親玉と戦った。
同じ人間に殺されそうになった。
普通ならば発狂してもおかしくないことばかりだ。だが──
「カノンがいたから、平気だった。カノンがいたから、今こうして生きていられる」
カノンは一瞬その緑玉石のような綺麗な翠色の瞳を見開いたが、直ぐに穏やかな顔になる。
「星君……」
昼時の草原に静寂という名のそよ風が吹く。その静寂も、二人にはどこか心地よかった。
何分経ったのだろうか。
星の心は嘘のようにすっきりとしていた。まるで雲一つない澄んだ青い空を体現しているかのように。
「始めましょうか」
カノンが、ウィーク村で貰った星用の剣を手にして言った。
「本当か!?」
遂に剣術を教えてくれるとだけあって、星の喜びようは半端ない。まさに喜色満面といった様子だ。
だが、彼はまだ知らなかった。強くなるということがどんなに大変なことなのかを──。
星とカノンが互いに向かい合い、剣を手にして立つ。カノンは右手に持ち、星は両手で持つ。
「まずは、私に斬りかかってきて。私はそれを避けるか防ぐかするから」
「わかった。じゃあいくぞっ!」
星は両手で持つ剣を右後ろに構え、カノンに向かって駆ける。その距離十メートル。
「おおおぉぉぉぉっ!!」
直ぐにその距離を駆けた星は、カノンに右上から袈裟斬りを仕掛ける。
彼女を斬ってしまったらどうしよう、などと考えていた星だったが、カノンは片足を軸に半回転してそれを避けた。
今度は、左側から横一線に剣を薙ぐ。が、カノンはそれも少し後ろに跳び難なく避ける。
「はあっ!」
と気合いを入れつつ次は突きを繰り出す。
だが案の定それも危なげなくかわす。
次第に星の心に焦りが生じてきた。それに伴って剣の振りも自然と雑になっていく。
「っく! はあっ!」
もはやただ剣をめったやたらに振り回すだけとなった星を見て、カノンが宣言した。
「そこまでっ!」
星は慌てて剣を止める。
「っとっと」
と言って剣を腰の鞘にしまう。激しい動きをしたせいか、男にしては少し長めの黒髪はボサボサだ。
しかしカノンのロングの煌めく金髪は全くと言っていい程乱れていなかった。同じく、鎧服にも汚れはない。
彼女は星の剣術の師として、今の星の攻撃を批評する。
「最初の方はよかったけど、どんどん振りが雑になっていってる。闘いはなるべく焦らないことが大事よ」
それを星は真剣に聞いた。そして、記憶に留めておくようにする。
「身体も温まった所で、本格的に剣の修行に入りましょうか」
「応っ!」
かなり疲れている筈の星だが、もはや疲れを忘れる程張り切っているため、修行に支障はない。
二人は再び先程の位置へと立つ。
「星君。剣を習ったことはある?」
とカノンが尋ねた。ある程度剣術を学んでいれば、その分修行内容を飛ばすということだろうか。
星のもといた世界、つまり日本では、幕末の廃刀令とともに、剣の術ではなく、剣の道を学ぶのが主流になった。
その剣道も、殺しあいなどではなくスポーツとして多くの人々に親しまれている。
しかし、星はちょっと誇らしげに答えた。
「通販で買ったDVDで少し」
「つうはん? でぃーぶいでぃ?」
カノンは聞きなれない単語に首を傾げる。
「ああ……まあ、学んだんだ」
星はごまかしとも取れない下手なごまかしで応じた。
少し、いや全くわからないといった感じの表情をするカノンだが、そこまで気にはならないのかそれきりで先を続ける。
「それなら……私流に、防御や回避、返し技を練習するのがいいかな」
「なるほど……」
軽く頷いて納得しながら、恐竜モンスターやファイと闘っていたときのカノンの姿を思い浮かべる。
自分で攻めることももちろんあったが、華麗に敵の攻撃を的確に防御、回避してからのカウンターは特に凄かった。
更にこれらは護身にも最適である。敵の攻撃を食らわなければ自分が傷を負うこともないし、敵にプレッシャーを与えることもできる。
攻撃に特化し、敵に攻撃される前に倒すというのもありだが、よっぽど実力がなければ無理である。星が見るに、カノンならば攻撃に特化しても十分強いと思うが……。
「それで頼む」
と星は答えた。いずれにせよそう答えただろう。
「じゃあ早速始めるわ」
ダレッタに着くのが遅れることは必至だが、その時間はむしろ友好活用されることになる。
こうして、星の剣の特訓が始まった。
ちょっと更新しないだけでPVって結構減るもんですね。目標の1週間に1回更新をキープできればいいんですが……。
それでは