9、白い夢
盗賊を、頭領であるファットも含めて全員を無事捕縛したウィーク村の住人、そして星とカノンは、村長の家で祝杯をあげていた。
さすがに村人が大勢入ると狭い村長宅だが、広場には縛った盗賊達がいる。彼らの前で祝杯をあげるのも気が削がれるだろう。
それに、まだ痺れ蔦の毒が広場中に充満している可能性もある──痺れ蔦の毒は一時的なものであり、空気中に拡散されると十分程で無害化するが。
村人達が歓喜の声をあげる。さながらお祭り騒ぎだ。
村長が星とカノンの側に行き、深々と礼をする。
「あなた方のおかげで、この村は救われました。本当にありがとうございますのう」
他の村人達も、一旦それぞれの談話や飲食を中断して二人の方に向きなおり、各々感謝の言葉を述べる。
「ありがとよ、坊主、嬢ちゃん」
「ほんと、助かったぜ」
「まさか、あんな作戦を思いつくなんてな。すげーぜ」
星は感謝の言葉の連続にどこかむず痒さを感じた。
ひとまず近くのテーブルに置いてあるフルーツジュースを一口飲んで、渇いた喉を潤すと、当初の目的である宿屋への宿泊について尋ねた。結果、
「おお、そうですな。ゆっくりしていってくだされ。宿代はわしが出しましょう」
村長が快い返事をしてくれた。
「そんな。悪いですよ」
「気になさらくてよいのですじゃ。あなた方はまさにウィーク村の英雄ですからのぉ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
とりあえず今日の宿は確保できたので、再び二人は祝宴を楽しみ始めた。
木のテーブルの上には村の倉庫に蓄えられていた、デルー密林で採れたキノコや木の実、やはりというかなぜかというかスイカ、野草などが置かれている。
星はそこからスイカを一切れ取って食べていると、村人に声を掛けられた。それに応じると、村人は大きな声で話し掛けてきた。
「でも、よくあのファットを倒せたな。うちの村人は何人も奴に殺られたのに」
「少しずつ痺れ蔦の毒が効いてきて、動きも鈍くなっていったからかな」
「それにしても奴の怪力は化け物並みだぜ。あの怪力で斧を振り回されたらたまったもんじゃねぇや」
実際、ファットの斧の振りが相当弱まったのは十分程戦ってからだ。その間ずっと斧を避け続けた星はというと、
「なんつうか、斧の軌道が見えた、って感じかな。それにやっぱり、生存本能が十二分に働いたんだと思う」
と特に誇りもせずに言う。彼自身、斧という凶器を目の前にしても多少の恐怖しか感じなかった。
真実かは定かではないとはいえ『救世主』という肩書きが良い意味で彼の背中を押したのだろう。
その後も村人達と会話をして祝宴を楽しんだ星だったが、夜も遅くなったので宿に行くことにした。カノンを呼ぼうとして辺りを見回すが姿が見当たらないので、村長に宿に行くことを伝えて、カノンのことも聞いてみた。
「おお、お嬢さんなら先に宿に行きましたぞ」
「そうですか。わかりました」
そう告げてから自身も宿に向かう。
ウィーク村を訪れた時に宿の場所は確認してある。村長の家の近くの、他のより大きい木の家だ。
村長宅の玄関の扉を開いて外に出ると、直ぐに宿は見えた。迷わずにそちらへと進む。
宿に着き、木の扉を開く。少しひらけたロビーのカウンターに行き、受付をする。
受付の初老の女性は、星を見るとにこやかに笑いかけていった。
「おやまあ、救世主さま。
よくお越しくださいました」
「どうも。先に女の子が来ませんでしたか?」
「ええ、三十分くらい前にいらっしゃいましたよ。二階の一番奥の部屋です」
「わかりました。ありがとうございます」
礼をいって二階に向かう。そんなに広くもない宿だ。四つの扉の前を通り、五つ目―― 一番奥の扉を確認する。
「ここか」
そして、取っ手を掴み手前へと引いた。
中へと入る。
「カノ……ン!?」
とりあえず星はカノンを呼ぼうとして顔を上げる。
結果からするとカノンはいた。そして──着替えている途中だった。
帯を巻いていない浴衣は前方がおもいっきり開いており、白い肌を露にしていた。
幸か不幸か上下ともに下着は身につけていた。 しかし、程よく育った形のよい胸、華奢な体躯、すらりとした脚はしっかりと視認できる。
年頃の男子である星はその姿に見とれていた。
と、カノンが頬を紅く染めて言った。
「その……恥ずかしい、かな」
その言葉に、はっと我に返る星。
「ご、ごめんっ!」
咄嗟に謝罪の言葉を口にし、部屋から出ていこうとする。それをカノンが急いで止めた。
「待って! 少し後ろを向いててくれればいいわ」
罪悪感と、興奮──こちらの方が大きい──とが混在する思考の中、しかし星は素直に、部屋に入って直ぐのところで扉を向いて立った。
カノンが浴衣に帯を巻く音が聞こえる。
星は、カノンの先程の姿を否応なしに想像してしまう。
(なんつうか、すごい綺麗で、可愛かったな……)
あれこれ想像している間に浴衣に着替え終わったらしい。カノンが声を掛けてきた。
「もうこっち向いていいわ」
静かに、ゆっくりと振り向く星。
改めてカノンを見てみると、腰の辺りまで届く金髪は濡れ、まだほんのりと紅い頬は上気している。
「風呂でも入ったのか?」
星は、思ったままのことを言う。カノンは首を横に振った。
「ちょっとお湯を浴びてきただけよ。星君も浴びてくれば? 気持ちいいわよ」
「俺はいいや。とりあえず寝て、明日の朝にでも浴びてくるよ」
ここ数日でいろんな事が起こって、疲れているのだろう。星はあくびをすると、二つあるベッドの、荷物のまったく置いてない方へどっさりと腰を下ろす。カノンも自分のベッドに腰を下ろした。
「俺に、剣を教えてくれないか」
何の前置きもなく、しかし表情は真剣に、星が口火を切った。
カノンは何も言わないが、その目はじっと星を見ていた。彼は頷いて続ける。
「やっぱり、旅の途中でモンスターに会う事もあるだろうし、剣はある程度使えるようになっておいた方がいいと思うんだ」
「そうね。剣術は習得しておくに越した事はないからね」
星は、危ないと言って反対されると思ったが、カノンは軽く了承する。
この世界について知りたい事は山ほどある星だが、旅の間に少しずつ知っていけばいいだろう、と結論づける。今はなんとしても眠りたかった。
「寝ようか」
カノンが言った。彼女としても話したい事はたくさんあるだろうが、非常に疲れた様子の星を見て、そう言ったのであろう。疲れた、なんて一度も言っていない星に……。
部屋の電気を消し、二人はそれぞれのベッドに入る。
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」
そして二人は、瞼を閉じた。
数十分が経った。
ベッドで布団にくるまる星の向かいのベッドでは、カノンが仰向けで静かに寝ている。
星は起きていた。というのも、異性であるカノンを妙に意識してしまいなかなか寝付けずにいたのだ。
しかし、これまでの疲れは確実に星を眠りの道に引きずり込もうとしている。
そして次第に星の意識は途絶えていった。
◇
──白い。何もかもが白い。そして、何もない。
空間と呼んでいいのかさえもわからない。そんな場所に、星は立っていた。
上下左右どこを見ても白。その不可思議な光景に、彼はただ絶句する。
「ここは、どこだ?」
当たり前の疑問が呟かれる。
「あなたの夢の中です」
「!?」
まさか返事が返ってくるとは思ってもいなかったため、星は絶句に重ね仰天する。
方向はわからないが、声のした方へ振り向くと遠くに誰かが立っている。
あまりにも遠いため顔はわからないが、細い体つき、そして先程の声から女性だとわかる。
「あなたは?」
星は驚愕の余韻が残っているような、若干震える声で問うた。
「私は、アグライア」
よく透き通る、聖母を彷彿とさせる美しい声が白い世界を満たす。
更に絶句する星。
「アグライア、って、大賢者の……」
「ええ、そうです」
頭が混乱する星。気づいたら一面真っ白な場所に立っていて、それが自身の夢の中で、更に大賢者アグライアの登場。混乱せずにはいられない。
「夢の中って、どういう……」
「魔法を使って、あなたの夢に干渉をしているのです。時間があまりありません。よく聞いてください」
『魔法』という言葉に更に混乱する星だが、必死な声で喋るアグライアに、ただ頷いた。
アグライアは続ける。
「天枷星。あなたは、この世界の救世主です」
「みたいですね。カノ……出会った人が教えてくれました」
星は首肯しながら言った。
アグライアは、よほど切羽詰まっているのか一気に話題を変えた。
「まずは、私のもとを訪れてください。リフレルム山に住んでいます」
「は、はい」
慌てて返答する星。
「もう時間です。最後に──モンスターなどに会い、本当に危なくなったら、剣を振り、エクレンド、と唱えなさい。必ず助けになる筈です」
美しい声で、アグライアが告げた。
「────────」
星は何か言おうとしたが、声が出なかった。
そして──視界が、一面の白から黒へと変わっていった。
アグライアはもう、いなかった。
重要人物、大賢者アグライアの登場です。またしばらく出てきませんが。
私はいつも携帯電話でこの小説を投稿しているのですが、昨日パソコンで見てみたら色々と変になってはいましたが、読むのに支障はない筈です。括弧の部分がルビになっていたのは驚きましたが……。
それでは