魔法使いと黒い少年
神話や昔話、それに絵本を象ってみました。特に絵本が目指す所ですが、昔話の方が近いです。
では、彼の一生にお付き合いください。
ある日、極々普通の親の元に一人の男の子が生まれた。彼は月の出ていない夜に生まれたのでシュバルツと名付けられた。
幼い彼は山にピクニックに来た折に両親と逸れ、山の小屋へと迷いこむ。そこは魔法使いの住む小屋だった。
迷っている事をシュヴァルツが告げると、魔法使いはそれを無視した。
しかし、彼が泣き喚いてまで魔法使いに訴えかけると、魔法使いは根負けしたように提案した。
助けてやってもいいが、それに見合うものを渡せ。それは何でもいい、と言った魔法使いにシュヴァルツはこう言った。何も持ってない、ボクに出来るのは泣き止むぐらいだ、と。しかし、魔法使いはそれで構わないという。こうして契約は成立し、シュヴァルツは親元へと無事に帰ることが出来た。
そして、シュヴァルツはこの日から困った時には必ず魔法使いの小屋を訪れるようになった。
彼はどんな些細な事も、そしてどんなに簡単な事も少しでも困れば魔法使いを頼った。けれど、その度に彼は小屋への道を迷い、けれど結局諦めきれずに魔法使いに訪問した。
幼馴染との仲を上手くいくようにする術を聞いたり。楽してお金儲けする方法を聞いたり。大怪我した時には一瞬で治してもらったり。
ある時は戦争に行く事になった彼は、またも迷いながらも魔法使いに泣き縋った。
何でもするから戦争に行かないようにしてくれ、と。魔法使いは応えた、死なないようにしてやるから戦争にいってこい、と。
彼が戦争に赴くと同時に戦争は終結してしまった。彼はただの一度も戦場に立つ事はなかった。
しかし、彼の国は負けてしまった。捕虜となった彼は、地獄を見た。
満足な食事を与えられず、泥水を啜り、その日生きるのにただただ懸命になった。
シュヴァルツは思った、こんなのは約束通りじゃない。今まで一度たりともしていなかったが、今度ばかりはあの魔法使いに文句を言ってやる。いや、殺してやるとさえ思った。
戦後から五年余りが経ち。シュヴァルツは漸く開放されて、国へと帰る。その胸に明確な殺意を抱いて。
けれど、彼を最初に迎えたのは両親だった。痩せこけていたが、その表情は変わらず。
変わらず、一人息子の帰還を大粒の涙を流して喜んだ。両親は言う生きていて良かった。ただ、ただ、何度も言う、生きていてよかった、と。
彼にはもう、魔法使いへの文句は言えなくなっていた。代わりに一つの言葉を贈った、ありがとう。
魔法使いは昔、人の役に立つ事を生き甲斐にした優しい存在だった。
しかし、便利な魔法使いを人は無心で利用した。最初はそれでも役に立てるのなら、と思っていた魔法使いも。
他人の死を願われた時には、ほとほと嫌気が差して、そして世界を見放した。それとも、既に魔法使いは世界から見放されていたのか。
物語は続く。
シュヴァルツはそれからも感謝を忘れずに、道を迷いながらも魔法使いを頼り続けた。
足腰が強くなっていた彼は、人々に頼られ、いつしか国の王にまで上り詰めていた。
そんな彼が老いさらばえたある日、魔法使いを訪ねて言った。
私に永遠の栄華を、と。魔法使いはそれを断った。
王となったシュヴァルツは魔法使いの態度に、二度目の頼みもせずに憤慨した。そして、城に帰るなり兵を山の小屋へと差し向けた。
しかし、幾ら待っても魔法使いの首は届かなかった。何故なら、みな途中で迷い小屋へと辿り着くものは一人もいなかったからだった。
そして、とうとう王の寿命がきた。
彼は死にたくなかった。死にたくないと、床に臥せったまま喚いた。
それには幼馴染の王妃も困ったが、そこに一人の魔法使いが訪れた。あの小屋の魔法使いだった。
王は積年の恨み晴らせり、と息巻いたが。それ故にむせって命令を下す事が出来なかった。
そして、兵の誰もが気付かない。それが小屋の魔法使いだとは、そもそも、小屋にいる者を殺せとしか命令されていなかったのだ、誰も魔法使いの顔を知らなかったのである。
王を除いて。
王は最期の力を振り絞って言った。諦めきれないその願いを。
「私には全てがある。愛する妻にその妻の産んだ愛する我が子たち。その我が子が生んだ可愛らしい孫も。真の忠臣と呼ぶべき部下、そして賢い大臣たちが。金だって幾らでもある、何故なら我が国はもっとも豊かだからだ。民は私を称え、そして笑顔を振り撒く。
私の国は幸せの中にある。それを永遠にしようと思う私の願いをどうか聞き届けておくれ。」
その目に涙を浮かべ。その幸せを失わせるのが、とても耐えられないと。
そんな王に、魔法使いは笑顔で応えた。
「私は人に幸せを与える魔法使いなのだよ。私にはそれ以外何も出来はしないし。今までだって、誰かを不幸せにする事が出来た験しなど一度もないのだ。
だから王となった少年よ。私はお前を不幸にする魔法など使えはしないのだ。
私に出来るのは、せめてお前の死を幸福に満たす事だけなのだ」
そう言って、魔法使いは最期にシュヴァルツの顔に浮かぶ苦悶を解いた。
最初に出会った頃と同じく泣き止んで、王は逝った。その顔は、穏やかな表情だったという。
そして、その周りにいた全ての人間が泣き悲しんだという。幸福に包まれた死だった。
月の覆い隠された黒色の満ちた夜だったという。
こうして王は死に。新たな王による新たな治世が始まった。
そして、その国はその後、何代と繰り返そうとも、国民の幸福が揺らぐことはなかった。
新たな王には、魔法使いが相談役としていつでも傍らに居続けていたという。
魔法使いはこうして新たな生き甲斐を見つけたのだった。
The End.
実は現在執筆中の他の小説の、作中作(というと千夜一夜物語が有名ですね)です。
この物語自体は草案なので、批判でも軽い感想でも構わないので気軽にコメントください。宜しくお願いします。