外交都市シュワン①
馬車2台分程度しかない通称『死の橋』を、御者はまるで当然かのように進んでいく。すれ違う馬車と軽く挨拶する一方で、二つの馬車の外側の車輪は今にも橋から落ちそうになっている。馬の扱いに慣れた御者でも一つ間違えれば海に落ちてしまう細道。もし御者が新人であれば、こんな国に出向かないだろう。しかし、遠目に見える鯨をかたどった巨岩は、まるで本物かと錯覚するほどの迫力と精巧さは見るものを魅了し、遠くの国に住んでる友人にも一度は見てほしいと絶賛しよう。
そんな大鯨は目の前に現れた塀で見えなくなった。この国唯一の玄関は威圧するかのように大きく、それでいて塀に彫られた友好国家のシンボルが外来人に歓迎と安心を示している。
護鯨国家ワルシュツリーヴァ。海に囲まれたその国は、ワルシュツと呼ばれる大鯨を信仰している国だ。詳しくは夜の酒場に行けば吟遊詩人が唱っていることだろう。その入口とされるのがこの外交都市シュワンだ。
ここからは御者に聞いた話だが、数十年前に橋を架けられるまでは完全な島国であり、観光もここ数年で盛んになったようだ。外来人の来訪に呼応して成長したシュワンは観光地として名を馳せ、その土地の形状から『護鯨の尾』と呼ばれている。
だが、この名付けにはもう一つの意味がある。それは、ワルシュツリーヴァ国内でも最高の海抜であることだ。
『不遜な輩は護鯨が尾で払い海へ還す』
ここでいう不遜とは単に悪人という意味ではなく、海を恐れる者という意味らしい。落下を恐れて橋を渡ろうとする者は護鯨への失礼に値するという考えがあるという。この国で護鯨への悪口一つ言おうものなら即国外追放との噂が経つほどだ。そのため、商人は死の橋を鼻唄交じりで渡れるくらい腕の立つ御者を求め決闘にまで至ったのだとか。
「この国じゃこの装飾を身につけておけよ。ほんじゃ、楽しめよあんちゃん。ワルシュツ様とヘリア様に敬意を」
鯨をかたどった装飾と印象的な言葉を残した御者に感謝の意を込めて握手し別れを告げた。それから長旅で弱った脚を気合いで地面に立たせるのに使い、腕は御者から貰った装飾を元から着けているネックレスに取り付けるために使う。爛々と輝く太陽を手で遮り、目の前の光景を焼き付ける。
白を基調とした都市はそれだけで別世界に来たかのような印象を与えてくれる。石造りの家が立ち並び、外交都市というだけあってその前を多様な人々が行き交う。民族的なものか際どい装いをしている人や、青色の肌をしている人など、今までの常識を覆されていくのを感じる。もはや共通点を見つけることが難しいくらいだ。また、広い道の両脇には様々な国のシンボルを掲げた露天商たちが自慢の品々で客を作っている。
果実のようなものや複雑だが洗練されているアクセサリーに目を奪われるが、それらを差し置いて最も目を引くのは鯨の意匠を施したシンボルだ。人混みでよく見えないが、特産品でも売っているのか外来の商人より長蛇の列を作っている。忙しない商人たちは目や腕を回して客を捌く様子は鬼気迫るものがあるが、それでも歓迎するかのように笑顔で客引きをしている。
ようこそ、外交都市シュワンへ。そう言われている気がした俺は、これから見て、触れて、感じる未知に、興味が抑えられなかった。
10/9 加筆




