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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒印の指輪

作者: アボカド

0. プロローグ

静まり返った病室に、電子機器の低い機械音が響く。

無機質な白い蛍光灯の光が天井からぼんやりと差し込んでいた。

カーテンの隙間からわずかに射す陽光が、ベッドの上に横たわる男の顔を淡く照らす。


男の名は――ジャック・グランシェス。


呼吸器と点滴のチューブに繋がれ、すでに自分の意志で動くことはできない。

青白い肌には、まるで毒が巡ったかのようにどす黒く浮かぶ血管が走っている。

その指にはめられた黒い指輪が、不気味な輝きを放っていた。

ベッドの傍らに座る男が、静かにジャックの顔を見つめている。


ゼルギス・グランシェス。


彼の手にも、同じような黒い指輪がはまっている。

その指で、兄・ジャックの手をそっと握る。

(……兄さん)

何も語らぬ兄の手からは、かつての温もりがほとんど感じられなかった。

ゼルギスはわずかに唇を噛み、表情を動かさないよう努めていた。


コン、コン……。

乾いたノック音が、張り詰めた空気を割った。


ゼルギスが顔を上げると、病室の扉が静かに開き、

黒のスーツを着た壮年の男――アルデウスが姿を見せた。

「……そろそろ、お時間です」

低く、抑えた声。

ゼルギスは短く頷くと、立ち上がり、もう一度だけ兄の顔を見下ろす。

「……うまくやるよ」

かすかに言い残し、彼は踵を返して病室を後にした。




1. 歓迎式

重厚な黒の内装に包まれた、荘厳なホール。

天井から吊るされたシャンデリアが、銀の光を床に反射させる。

冷たい大理石の床には深紅の絨毯が敷かれ、その先には、威圧感すら漂う一群の男たちが整列していた。全員が黒のスーツに身を包み、無言のまま直立している。

彼らの左手にはめられた黒い指輪が、まるで同じ意思を持つかのように、静かに光を放っていた。


その中心に立つのは、ただ一人、白いスーツの男――ジョーカー。

不気味なほどに整った微笑を浮かべながら、彼は新たに列に加わる少年を見つめていた。


ジェイク・アレクサンドラ。

緊張で喉を鳴らす彼の額には、うっすらと汗が滲んでいる。


「ようこそ……“ジェイク・アレクサンドラ”。」

ジョーカーはゆっくりと手を差し出し、ジェイクの手を取った。

そして、漆黒の指輪をゆっくりと指にはめる。

カチリ──

金属が滑らかに収まる音が静寂を裂いた。

指輪に埋め込まれた深紅の宝石が、ぼうっと赤い光を放ち、その一瞬、空気が震えた。


「ここで活躍すれば、富も権力も手に入る。期待しているよ」

「…っ…ありがとうございます!」

ジェイクが緊張混じりの声で答えると、周囲の男たちが一斉に拍手を送った。

その中に、ゼルギス・グランシェスの姿もあった。

彼も形式的に手を叩いていたが、その表情には一片の感情も浮かんでいない。


ジョーカーが手を挙げると、ホールを満たしていた拍手がピタリと止む。

空気が、一瞬で冷たく張り詰めた。


「さて……余興はここまでだ」


ジョーカーは唇の端を吊り上げながら言った。

「今朝の商談だが……ゼルギス、担当が誰か言ってみなさい」

ゼルギスは淡々と、死んだような目をしたまま答える。

「“ケイン・チェンバース”です」

「そのとおりだ……出てこい」

ホールの空気がさらに重くなる。


列の中から、一人の男が恐る恐る前へ出る。

怯えたように体を震わせながら、彼は名を呼ばれたことを理解していた。


ケイン・チェンバース。

「は、はいっ!」


ジョーカーはゆっくりと、歩を進めながら言葉を紡ぐ。

「今朝、商談が白紙になったらしいが……どういうことだ?」

「そ、それは……」

ケインの声が震え、次の言葉が出てこない。

額から汗が滴り、足元の赤い絨毯に落ちる。

「ど、どうか……! チャンスをください! 次こそは……っ!」



ジョーカーの目元が、ゆっくりと細まる。

「“ケイン・チェンバース”――用済みだ」


その一言と同時に、ジョーカーの指輪が赤く輝く。

その光に反応するように、ケインの指輪も共鳴し、ギラリと不気味な光を放った。

「……あ、ああ……っ! いやだ…っ!! 誰かっ!!」

ケインは必死に助けを求めるように周囲を見渡す。

しかし、誰も彼を見ようとはしなかった。

ただ――ゼルギスと、アルデウスだけが、静かにその光景を見つめていた。

ケインの体に、異変が起こる。

まず、腕に浮かび上がる異常なほど太い血管。

次に肩、そして顔まで、どす黒く膨れ上がっていく。

「ア”――――ッ!!!!!」

バキバキバキ――!

骨が砕け、血管が破裂する音がホールに響く。


バシュッ!!!!

ケインの上半身が――爆ぜた。

血飛沫が宙を舞い、最前列に立っていたジョーカーとジェイクの顔を赤く染める。


カラン……。

黒い指輪が床に転がり、虚しく音を立てた。


他の男たちは、誰一人動かない。

まるで何も見ていないかのように、ただ静かに、整列を崩さずにいた。

ジェイクは震える手で、自分にはめられたばかりの黒い指輪を見つめる。

「……」


ジョーカーは何事もなかったように、顔についた血を指で拭い、微笑を浮かべた。

ゼルギスの隣に立つアルデウスが、苦々しい目でその光景を見つめていた。

「……こんなやり方、いつまで続くんだ……」

呟いたその言葉に、ゼルギスはわずかに眉をひそめる。

そして、拳を強く握りしめた。

視界が、黒い闇に染まり始めていく――。

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