殺し屋
Side 藤崎 シノブ
=朝・通学路=
早朝に起きて教科書を開いて朝ご飯を家族と過ごす。
ネット、SNS、テレビをみるかぎり昨日の日本橋での事件は上手く誤魔化せたが後日事情聴取を受ける形とかになるのかもしれない。
念のため黒川 さとみや谷村 亮太郎にも連絡を入れる。
黒川 さとみは通学路途中で合流するつもりだ。
「まるで恋人みたいだね」
顔を赤くして視線を反らし、照れくさそうにさとみは言う。
シノブもそんな態度を取られると気恥ずかしく思う。
男女が制服姿で朝から並んで学校に登校する姿はそれだけで冷やかしの対象になるだろう。
思春期の男子、女子と言うのは平凡な日常を持て余し娯楽に飢える生物で周囲の恋愛話は学生達にとっては話題の種。
シノブは教室で「噂されるのかな~」などと思ったりもした。
☆
Side 殺し屋
=朝・琴乃学園正門周辺=
殺し屋と言ってもピンキリ。
複数人で仕事をする人間もいれば、単独で仕事をする凄腕もいる。
自分は凄腕ではない。
複数人で仕事をこなしている。
殺し屋は車の助手席で対象が来るのを待つ。
スキンヘッドにサングラス、ネクタイに黒のスーツ姿で893とか強面のボディガードにも見えなくもない。
スモークガラスで中の様子は見えない。
車のナンバープレートも偽造。
準備は万端だ。
手には拳銃。
コンパクトだが威力が低い。その分、扱いやすく命中精度も高い。銃身の先にサプレッサーやレーザーサイトもついている。
銃本体も海外のコピー品ではなく正規モデルの輸入品である。
周囲の巻き添えを考えて刃物で殺したかったが、依頼者の要望を満たすために仕方なく拳銃となった。
(藤崎 シノブね)
今日の仕事は難問だった。
藤崎 シノブと言う学生を殺す。
それも出来る限り派手に見せしめとして殺せと言う難問付きだ。
派手にやると言うことは足がつきやすい。
殺しは足がつかない方がいいに決まっている。
だが依頼人からそう言うオーダーで引き受けた以上はそうしないといけない。
だから大勢の前で藤崎 シノブを殺す。
(身辺を洗った限りは普通の高校生だが――まあ不意をついて射殺すればいけるだろう)
腕は立つそうだが人間は刃物で刺されれば死ぬ、銃で撃たれれば死ぬ、車で轢かれても死ぬ。
どんなに鍛えてもそれは変わらない。
人間とはそう言う非力な生物なのだ。
(正直気は進まんが仕事だからな……)
今回の殺しは皮肉でも例えでもなく。子供のケンカに大人が銃を持って割り込むものだ。
依頼主は須藤 勇也。
汚職警官の須藤 正嗣の息子。
お得意様だが控えめに言って人間の屑だ。
だがそう言う人間の屑にかぎって金も権力もある。
世の中は不公平だと殺し屋は思う。
「段取りは分かってるな?」
「ええ、もちろん」
殺し屋の隣に座っているのは運転手。
警察の追跡を振り切るため専門のドライバーである。
既に周辺の逃走経路や段取りも決めてあり、対象を射殺したら逃げるつもりだ。
(恨まんでくれよって言っても無理だよな)
それに比べてこれから殺されることになる藤崎 シノブ。
まだ10代半ばにも関わらず、暴漢から勇気を振り絞って女の子を助けた前途ある将来有望な若者だ。
それを金のために殺す事になる。
(来たか……)
などと考え事をしているウチに藤崎 シノブは傍に彼女連れで正門前に来た。
殺し屋は目出し帽を被り、「行くぞ。とっととこんな仕事終わらせるにかぎる」と運転手に合図を出す。
運転手も目出し帽を被り車を動かす。ノロノロと徐行して車で近付き、助手席側の窓を開ける。
窓の外に藤崎 シノブの上半身が映って一度停車し、素早く狙いをつけて――こちらの拳銃を掴んで空いてるもう片方の手で殺し屋の顔面を殴り倒した。
☆
Side 藤崎 シノブ
手に確かな手応えを感じた。
左腕で相手の拳銃を掴み、右腕で銃を持ったスキンヘッドのスーツ姿の男を殴り飛ばした。
慌てて運転席の男が車を発進させて逃走していく。
手には拳銃。
サプレッサーにレザーサイト付き。
鑑定の結果、実銃が装填された本物らしい。弾の口径は小さいが命中率が高く扱いやすい暗殺向けの拳銃。
異世界でも色々と恨みを買う立場だったが、元の世界に戻って早々そんな立場になるとは思わず、乾いた笑いが漏れ出た。
(ちょっと派手にやっちゃったかな?)
などと考えつつこの場をどう切り抜けようかと思った。
周囲は突然の事態にザワザワしている。
傍にいた黒川 さとみもワケが分からず茫然としていた。
一先ず拳銃をアイテムボックスに放り込んで「ちょっとこの場を離れよう」と手を引いた。