最強の敵は谷村 亮太郎 その1
Side 藤崎 シノブ
この世で絶対敵に回したくない相手を挙げると言うなら間違いなく谷村 亮太郎が上がる。
恩師であるし、友人でもある。
そんな谷村 亮太郎が敵に回ったとしたら?
倒せたとしても絶対に無事では済まない。
周辺は戦略兵器でも落ちたかのように何も残らないだろう。
本人曰く自分はレベルを上げて物理で殴るパワー系らしい。
実態は暗殺者のような対人特化構成ビルドだ。
様々なマジックアイテムや暗殺術を駆使するスタイル。
対人特攻の武器も幾つも保有している。
万が一、人類が敵に回った時の事を想定した容赦なく苛烈な戦闘のスタイル。
その気になれば魔法を使わずとも完全犯罪で暗殺も可能。
漫画に出てくる並大抵の殺し屋が可愛く見えるような存在だ。
そんな相手と本気で戦うことなどないと、本気でシノブはそう思っていた。
☆
=???=
険しい渓谷。
その周辺を更地にしていく勢いで爆発、轟音が響き渡る。
そんな彼は現在、藤崎 シノブの敵として激しい戦いを繰り広げていた
谷村 亮太郎は漆黒で赤いマント型バインダーの、まるでロボットみたいな姿になっていた。
頭部は逆への字型に角張っている。
ツインアイに顎に赤く出っ張った頭部。
ロボットアニメのガンネクスシリーズ、ガンネクファイターズのGマスターその物だった。
違うのは大きさが人間大なことぐらいか。
これまで出会った地球のどの強敵よりも苛烈にシノブを攻めたてる。
シノブは現在異世界で身に纏っていた装備を全部纏い、使用する武器も異世界で使用していた物を使用している。
下手に手を抜けば死を招く。
そんな次元の戦いなのだ。
亮太郎の攻撃の速度は音速を軽く超え、拳の破壊力も核シェルター程度なら風穴が空くレベル。
多種多彩な分身、残像で相手を惑わし、亮太郎のスキルで認識が歪んでしまい、誰と戦ってるのか分からなくなる時がある。
ある意味原作のGマスターを超えた存在になっていた。
「でりゃああああああ!!」
シノブも負けじと剣を振るう。
頑丈なだけの剣、竹刀ではなく炎の剣フレイムエッジと氷の剣アイスエッジの二刀流で加速魔法などの身体強化魔法を重ね掛けし、無数に分裂した小型Gマスターを迎撃する。
「た、戦いが凄すぎて——援護する暇がっ、本当に手加減してたんだ!?」
「とんでもないんだぜ!!」
それを見守るフリフリした、そこそこ露出のあるミニスカドレスを身に纏う水色髪のポニテールの女の子と水色の綿飴のようなフワフワしたマスコットが遠くから見守っていた。
✩
=数時間前・I市の公園=
時間軸は一旦過去に遡る。
シノブは谷村 亮太郎の妹、谷村 雪穂の連絡を受けて亮太郎が住むI市の病院へと急行した。
I市の病院の待合室。
黒髪のツインテールで小柄で可愛らしい垢抜けた感じの大人びた少女、谷村 雪穂がいた。
シノブと同じく私服姿だ。
彼女も怪我をしていて、ところどころに絆創膏や包帯を巻いていて痛々しい。
表情もキッカケさえあればスグにでも泣き出しそうな顔をしている。
「私、谷村 雪穂っていいます」
「雪穂さんだね。それで谷村さんの身に何が?」
「実は、悪の組織のダーク・セイバーに囚われて、まるで黒いロボットみたいなゼツビーストになってしまって……と言っても信じられないし、何言ってるのかよく分からないと思いますけど」
「あーその、君達が変身して戦う正義のヒロイン、エンジェリアだってのは知っている」
「やっぱり知ってたんですか。ウチの兄も知ってたんですか?」
「みたいだよ」
正直にその事実を明かす。
谷村 雪穂はエンジェリアと言う日曜の朝方にやっている変身女児ヒロインをやっているのだ。
敵はダーク・セイバーと言うらしい。
ヒーローショーとか撮影とかやらせとかネット上ではシノブがこれまで関わった、引き起こした騒動含めて色々と言われてる。
「兄はある時、突然のように変わって色々とぶっ飛んでるところはありましたけど、ここ最近はまた段違いにぶっ飛び始めて、正直困惑しましたけど」
「異世界を旅したとか、魔王討伐を手伝ったりしていたのは本当ですか?」
「ああ、本当だ」
隠し立て出来る状況でも雰囲気でもないので正直に答える。
「そっか。あんなに手が付けられないぐらい強いのも納得出来るかも」
と、雪穂は悔しそうな気持ちを押し殺すように歯を噛み締め、拳をぎゅっと握り締める。
「その谷村さんは今どこに?」
その気持ちを察してはいたが、あえて追求せずに話の続きを促した。
「I市の駅前周辺にあるエンジェフィールドって言う特殊な空間内部にいます」
魔法少女物とかによくあるご都合主義結界だろうか。
そこにいるのだ。
「早速向かいたいが——正直戦闘になればどうなるか分らん。無策で突っ込んでいい相手じゃない」
シノブは本音を吐露した。
「それ程の人なんですか? 私のお兄さんは?」
「ああ。今谷村さんがどう言う状態なのかは分からないが、本気で殺し合えばタダでは済まない。間違いなくどちらかが死ぬ。勝っても五体満足で帰れないだろう」
「そんな——」
「だからこそ不可解なんだ」
「え?」
最悪な状況ではあるがI市の街は平和だ。
それにこう言っては何だが、妹も生き延びている。
亮太郎はそんな未熟な人だったろうか。
「恐らくだが谷村さんは、何かしらの理由でフルパワーの状態で戦ってはいなかったのだろう」
「そんな!? アレだけ強かったのにフルパワーじゃないなんて!? と言うかどうしてそんな事分かるんですか?」
「君が生きてるからだ」
「えっ?」
「谷村 亮太郎の強さはよく理解している。だからこそ君が無事に生きて帰れたのが不可解だが、そこに希望があると思っている」
亮太郎が本気ならば返り討ちどころか、エンジェリアは全員死亡してなければおかしい。
そこにシノブは希望を見出した。
「そうですか。一人で行くんですか?」
「ああ。もしも無理だったなら大阪日本橋の闇乃 影司って言う何でも屋に頼ってくれ。事情を話せば協力してくれる筈だ。それ以外の人間に頼るのは死人増えるだけだからやめといた方がいい」
相手は魔王サウラス。
それに比類するか、超えているかもしれないレベルだ。
他にも闇乃 影司の保護者の大宮 優さんとか、暗黒魔王を名乗るヌイグルミ、邪神の赤い羽が生えた黒猫、メイド喫茶ストレンジの店主とかもいるが——シノブは一人で向かう事にした。
「どの道、この程度で負けるようなら地球は終わりなんだ。なら一人でどうにかしてみせるよ」
「地球が終わりって―—どう言う事ですか?」
突然のスケールのデカい話に戸惑ったのか、雪穂が真剣な顔で尋ねた。
「ここで話し続けるのもなんだし、場所を変えよう」
☆
場所を変えた。
病院の人気が少ない物陰。
念のため監視カメラの類も無いかチェックしている。
「ここだけの話だけどな——」
これが最後になるかもしれないのだ。
雪穂に洗いざらい話した。
異世界でのこと。
これまで関わった事件のこと。
何もかも全部だ。
後で亮太郎に怒られるかもしれないが、もしそうなら操られた事とかで黙らせるつもりだった。
最悪此方が折れて怒られればいい。
「詳しい話は後で兄に問い詰めるとして——黙ってそんな事に関わってたんですかあの兄貴?」
と、喋り方が変わる雪穂。
こっちが素なのだろう。
「まあ私も黙ってたし、兄妹と言っても男と女だから、互いの事情を全部把握しておかないとって言うのも何だけど、宇宙人にケンカ売って、日本政府の闇を暴いてって、本当になにやらかしてんの!?」
「場の流れとは言え本当にね」
本当に自分でもここまでよくやらかしたもんだと思った。
「だけどその話が本当なら、地球はまた狙われるんですか?」
「ああ、間違いなくな。だけどこの町や日本橋にも宇宙人はいて、それを巻き込む程の大規模な攻撃をすれば組織間抗争になるから最悪の事態は避けられる」
「最悪な事態って?」
「地球を吹っ飛ばしたり、大艦隊率いて地球に向けて宇宙から艦砲射撃したり、近くの惑星の衛星から隕石を大量に牽引して地球に落としたりとか」
「で、でも可能性はあるんですよね?」
「まあな。宇宙犯罪組織の狙いはアンゴルモアらしい。谷村さんによると1990年代の終わり頃に流行った終末論に出てくる恐怖の大王だ。それが実在していたらしい」
「ウチの兄貴って変に物知りだけど、それも異世界特有のチートか何かなんですか?」
「元々そう言う能力者だったらしいとか。確か並行世界の自分自身との知識共有とか」
「そ、それってとんでもなく凄いことなんじゃ!?」
「それによる弊害とかもあるみたいだけど」
理論上、未来予知も可能だが未来を知ることはいい事ばかりではない。
魔王サウラスがそうだった。
谷村 亮太郎もそうだった。
そもそもにして、異世界召喚の際に闇乃 影司だけでも連れて来たら旅路は楽になったかもしれないが、サウラスが本気を出して戦いのレベルが急激に上がり、シノブは死んでいた可能性もあるのだ。
ただ単純に異世界に召喚されるタイミングや、ちゃんと巻き込まれるか、そもそもちゃんと異世界召喚が起きるかどうかも分からないのだ。
あまりこの辺考え過ぎると亮太郎に全ての責任を擦りつけてしまうようで、あまり深く考えないようにしている。
「ともかく敵になった時の谷村さんの事を出来る限り詳しく教えてくれ」
「はっはい」
雪穂が黒髪のツインテールを揺らしながら返事すると、
「そんじゃあ俺様も話に混ざるぜ」
何やら水色のフワフワした、綿飴のような、ヌイグルミっぽいマスコットが現れた。
「あ、この子アクアって言います。悪い妖精じゃないです。そのっ、黙っていてごめんなさい」
「いや、警戒心ぐらいは持っててくれた方が此方としても助かる」
「兄貴みたいな事言うんですね」
と、雪穂は笑みで返した。




