谷村 亮太郎の厄日・その2
Side 谷村 亮太郎
=松村 サトシの自宅周辺の公園=
一歩遅かった。
擦れ違いだった。
松村 サトシの家には強盗が入った後だった。
幸いにも殺されはしてないが、心に大きな傷を負っただろう。
二人は何者かに脅された後らしい。
両親に松村 サトシが原因ですとは言わなかったが、強盗犯とのやり取りとか、こんな目に遭って気付いているかもしれない。
二人は引っ越しの準備中で、離婚も考えていたそうだ。
自分の息子がとんでもない大馬鹿野郎だったばかりに人生を狂わされて両親が可哀そうだと思った。
この事件現場は前嶋刑事に任せて、亮太郎とラブは二人きりになった。
後で警察の事情聴取も受ける必要もあるだろう。
「良かったね。お母さんもお父さんも無事で」
「それ本気で言ってんの? 一歩間違えれば死体になっててもおかしくなかった。こうなるなら、もっと親身になって事件に首突っ込むべきだったよ」
言い訳なら幾らでもできる。
それにサトシがどうなろうが知ったこっちゃないと言う気持ちは本音だった。
ただただ死んでまで迷惑をかけるサトシに怒りも湧いていたし、自分への不甲斐なさも湧いてくる。
「だけど腑に落ちない——どうして松田の奴は殺されたんだ。どうして君は無事なんだ?」
「え? どう言うこと?」
「家に強盗までして、大金や取引のデータを奪い返そうとしたんだろう? その行動に疑問が出て来る。なんで松田を殺したんだ? と言うかなんで相手は知らないんだ?」
「あっ……」
その事に気づいたのか、驚いた様子を見せた。
「殺すのは分かる。だが殺す前に必要な情報を聞き出す工程が無いんだ」
「た、確かに。亮太郎ってもしかして名探偵?」
感心したようにラブが言う。
「ありがとうと言っておこう。君との会話も途中までだったから分からないし、情報が不足しているから断言は出来ないけど」
「松村は大金を持ち出したまではよかった。それも取り引きのデータもセットでだ。どれぐらいの額かは分からないが、とんでもない金額だったに違いないし、データの内容もヤバイ物だった」
「どう言う経緯で君に大金か、もしくは在り処を示す手掛かりを託したかは分からないけど、警察にも届けるわけにもいかなかった。かと言って家で保管するのは万が一の事がある。部屋の掃除は母親任せなタイプだと思うし」
と、亮太郎は自分の推理を述べた。
ラブは興味深そうにふんふんと頷く。
「全部正解。アイツは適当なロッカーに突っ込んでたみたい 。死ぬ前にアイツ、突然日本から出て俺はビッグになるとか言い出してたけど」
亮太郎は鼻で笑った。
松村のような奴が金を得ただけで、海外でビックになれるのなら必死に人生捧げてまで勉強やスポーツ頑張った人間は苦労などしない。
異世界行ったらチートを得てハーレム作れると本気で思ってる連中と同類である。
「アンタ、本当にサトシのこと大嫌いなのね」
「正直、あんな奴を好きになる人間はどうかしてると思うよ」
「それ、私のこと馬鹿にしてるの? せっかく褒めてあげたのに。確かにアイツ、ワルで女も取っ替え引っ掛かえしてて、高校に居場所無くして退学して」
「本当にどうして君はそいつと付き合ったんだ!?」
話を聞いてて頭が痛くなる。
「イジメにも加担して、ケンカも弱いし、弱いから武器使って複数人で袋叩きにするのが基本でーー」
「分かった分かった。もういいから。本題に入ろう。金とデータの在り処は? 常に持ち歩いてるワケじゃないんだろ?」
「金はもう無いけど、データは持ち歩いてるよ」
「データはともかく、金はもう無いって」
「沢山あったけど、全部使ちゃった♪」
と言って、グラビア撮影のようにポーズをとった。
「ふざけんな!? 何に使った!?」
「えーと、生活費とか欲しかったブランド物のあれこれとか、新しい彼氏に貢いだりとか。あっ、一応パパ活とかで稼いだ金で依頼料金は確保してるから」
「いらねーよ!? てか新しい彼氏いて、パパ活してんのかよ!? お前頭のネジが数本取れてるだろ!?」
「あっ、褒めてくれた。優しいとこもちゃんとあんのね?」
「褒めてねーよ!? 通ってる高校は入学式の初日に小学生のドリルが宿題して出て来る学校だろ!? 夏休み明けたら妊娠する奴が出たりとかしたり!?」
「凄い、亮太郎って本当に名探偵!? 全部正解だよ!?」
その返しに亮太郎はどうにかなりそうだった。
亮太郎も男、女に飢えるような時はどうしてもあるが、この女とだけは絶対無いだろうなと誓う。
日本の将来とか、世界の命運とか真剣に考えるのが馬鹿らしくなってくる。
貞操観念もバグりそうだ。
「もうやだ。呼び方も普通に呼び捨てになってるし」
松村 サトシに同情までしてしまう。
「あーこう言う時、漫画だと御愁傷様とか言うのかな?」
「もうそれでいい。で、データの中身は? 覗き見たの?」
「うん。ネカフェで見た」
「パスワードとかロックはされてなかったの?」
「されてなかったよ」
「今の時代に不用心だな」
チンピラの素人に出し抜かれる程度の連中だ。
セキリティもそれ相応だったと言うことだろう。
「本当はこの依頼、断るつもりだったけど、松田の両親には義理を感じているし、襲撃されて責任も感じてる。最後まで付き合うよ」
「えっ、どうしたの急に? 惚れそうなんだけど?」
「彼氏持ちが安易に他の男へそんなこと言うんじゃありません」
「ふふっ、別れて乗り換えちゃおうかな」
「はぁ……」
一々ツッコミを入れると話が脱線してしまう。
ここは我慢した。
「問題は取引の内容云々じゃない。奴達は未だに消えた金とその取引のデータを犯罪犯してでも探そうとしている点だ」
「何が問題なの?」
「——つまり、君は命を狙われる今の彼氏も命を狙われる。奴達が真実を知った場合、高確率で君の命はない」
「それって大変じゃ」
「とにかく次は今の彼氏に連絡を入れようか? 彼には事故に遭遇したとか思って諦めてもらうしかない」
「じゃあママとかも危ないのかな? 一応その金で仕送りしたし」
「……君の自宅に行くぞ。彼氏もそこに呼べ」
「え? 嫌だし?」
「理由ぐらいは聞こうか」
本当に頭が痛くなってくる。
もう全てを投げ出したくなってしまいたい気分だ。
「今の彼氏容姿はいいんだけどさ。働いてなくて、金も私頼みで、機嫌悪くなったら暴力振るってきて」
ようするに今の彼氏はヒモらしかった。
しかもDVの気もあるようだが、正直言うとラブのキャラクター性にキレて拳を振るってる可能性とかもあるんじゃないかと思った。
「じゃあ、彼氏抜きで家に——」
「お母さん男の趣味悪くて——この前家に帰った時、金とタバコにギャンブルで——私を見る目がやらしいし、小遣いあげるから抱かせてとか——また男切り替わってる時期かな?」
「聞いてる僕も頭が痛くなってきた。日本の話だよねこれ?」
「あっ、そう言って馬鹿にして私傷ついちゃうんだぞ?」
「はぁ——」
するとここで殺し屋の宇藤 タツヤから連絡が来た。
スキンヘッドにサングラス、大柄の体躯でスーツ姿。
見るからにその筋の人間だと人目で分かる殺し屋である。
今回の件で調査を依頼したのだ。
「もしもし? 谷村ですけど?」
『宇藤だ……何か疲れてないか?』
「前言撤回して依頼を放棄しようかどうか考えてたところ。調査費用は適性金額で払うから安心して」
『そうか、こっちも仕事だから話を続けるぞ? 半グレのブルーデビルって言う連中が怪しい』
「また頭の悪そうなチーム名が——」
『最近ハンドレッドと抗争している組織だな。フューチャーテックの一件、須藤親子の手つかずになった裏ルートの利権を巡って抗争してるんだ』
ここでフューチャーテックの名前が出て来た。
それも須藤親子の名前も。
警察の重役であり、フューチャーテックと言う国の極秘の機関で悪魔の所業をしていた男、須藤 正嗣。
息子に甘いところがあり、須藤 勇也は親の権力を後ろ盾にしあらゆる犯罪に手を染めていた。人だって殺している。
今はもう金も権力もなく、二人とも国際防衛組織、ガーディアンズの監視下に置かれていた。
日本政府も新たな爆弾を抱え込むつもりはないのか、そのままガーディアンズに放置している。
『最近ブルーデビルの動きが慌ただしい。特に阿久田って奴の動きが気になる』
「阿久田?」
『ブルーデビル内でそれなりの部下を率いている奴だ——そいつがどうも怪しい動きが多い。俺が知ってるのはこれぐらいだ。何か情報があれば買おう』
「分かった。こっちが知ってるのは——」
☆
『頭の悪い内容だな。これ誰も信じないだろう?』
「だが筋は通る。それに予測通りなら阿久田はどんな手段を使ってでも金と取引データーを取り返すつもりだろう」
『だろうな。死人が出てもおかしくない状況だ。十分に注意しろ。俺もブルーデビルやハンドレッドの周辺嗅ぎ回って小遣い稼ぎでもしてるよ』
「分かった。気を付けてね」
『無駄な心配だろうが、そっちもな』
宇藤は電話を切った。
「難しい話終わった?」
「ああ。とにかく家の方に向かうぞ。最悪仲間を動かしてアンタの彼氏も保護する」
すると一人の男が寄ってきた。
背が高く、髪が金で顔が整った、住宅街に囲まれた公園には不釣り合いそうな男だ。
上下ともにビジュアル的な背格好。
ホストクラブにいそうな感じだ。
軽く鑑定し、亮太郎は警戒した。
「よお、ラブちゃん。こんなところにいたんだ」
と、馴れ馴れしくラブの名前を口にした。
「この方は?」
「私の彼氏、阿久田 ワルヤ♪」
「そう」
阿久田 ワルヤ。
先程、宇藤から知らされた人物の名前。
ブルーデビルの構成員。
それでいてヒモ。
元カレ殺しに、何かしらの形で関わっているであろう男だ。
もうここまで来ると亮太郎は乾いた笑みしか出なかった。
「ちょっと二人きりで話をしようか?」
そう言って阿久田はスマホの画面をラブに見せた。
ラブはまるで不審者に凶器を突き付けられたかのように顔を強張らせている。




