夜
Side 黒川 さとみ
=夕方・大阪日本橋・オタロード=
今日の自分は変だとさとみは思う。
誘拐されそうになったのもある。
まるでテレビやラノベに出て来るようなヒーローのように助けてくれたせいだろうか。
黒川 さとみはどちらかと言うと友達がいる方だった。
だけどタチの悪い女子グループ、我妻から友人を助けてから人生が急転直下に激変した。
そうして思い知った。
この世の中に都合のいい救いのヒーローなどいないことを。
日本橋メイド喫茶のバイトを始めたのはテレビに出て来るヒーローとかが好きだからだ。
俗に言うニチアサヒーローが好きだからだ。
女の子だからと馬鹿にされそうだから、周囲の人間には明かすのが怖かった。
そんな自分を変えたかった。
だけど変われなかった。
本当は藤崎 シノブに助けて欲しかった。
もしかしたらラノベのヒロインのように、どんな困難や悪の手から救い出してくれる展開があるのではないかと思ったからだ。
だけど現実は非情。
考えたくもないような末路になるのだろうか。
「ちょっと離してよ!?」
気が付いたら何者かに拉致されそうになっていた。
複数人。
酒とタバコが交じり合った臭いを放つ男達にワケも分からずむりやり車に押し込まれそうになって――
「え?」
気が付いたら眼前に藤崎 シノブの顔があった。
こわい顔をしていた。
怒気に溢れると言うのだろうか。
そんな顔をしていた。
「立てるか?」
「え、ええ」
そう言ってゆっくりと降ろしてくれた。
「な、なんだテメェ!?」
「こいつです!! 学校で邪魔された――」
見知った背格好のチャラ男、誘拐犯がいる。
琴乃学園の正門でシノブ殴りかかった男だ。
あっと言う間に殴り倒されていく。
校門前では手加減していたのだろう。
気が付けば相手は全員倒れ伏していた。
「やれやれ。派手にやるな兄ちゃん」
すると茶色の帽子にトレンチコート。
昭和の刑事ドラマから抜け出たような刑事が現れる。
拡声器とか持って盾を持った警官隊と一緒に銀行強盗に降伏を促したりすればまんまだろう。
「あの、この人は私の学校の同級生で、私を助けてくれて!!」
さとみは助けてくれたシノブを弁護をしていた。
暴力は確かにいけない事だが、世の中話し合いだけで全てが解決できるほど清く正しくないのは分かっている。
それにシノブはいい人だ。
直感で、まだ接点を間もないが冷たく突き放した自分を守ってくれた。
「できれば許してあげてください!!」
だから必死に弁護する。
眼前の刑事はと言うと――
「ワケありのようだな――それにこいつら厄介な半グレの――」
そこまで言うと刑事は「分かった。この場は俺が預かる。だから行け」と言った。
「いいんですか?」
「この街は色々と特殊だからな。それに俺も色んな人間を見てきているからな。だからほら、行った行った」
さとみだけでなく、シノブも呆気に取られた様子だった。
シノブは「ここは任せよう」と言ってさとみの手を引いてこの場を立ち去る。
力強く、そして優しい暖かい手。
さとみはクスっと笑みを溢す。
悪い気はしなかった。
ただただ暖かい。
刑事さんもそうだが、シノブといいこの世の中も捨てたもんじゃないらしい。
☆
=夜・帰り道=
大阪日本橋から離れ帰り道。
さとみはシノブに家まで送ってもらった。
周囲は住宅街。
怪しい人影はない。
「もういいから。ありがとう。夜まで突き合わせてごめんね」
「ああ。危なくなったら連絡を入れてくれよ? すぐに駆けつけるから」
「わかった」
連絡入れたら本当に駆けつけて来そうだ。
☆
=夜・黒川家・浴室=
湯船につかりながら今日の激動の一日を思い返すさとみ。
考えれば考える程彼は何者だろうかと思う。
今日まで接点がなかった彼、藤崎 シノブ。
強くて優しい人。
たぶんだけどそんな気がする。
メイド喫茶で罵倒したこと、謝らないといけない。
カッコいいと思った。
☆
Side 藤崎 シノブ
=夜・藤崎家・藤崎シノブの部屋=
家に帰り、藤崎 シノブは谷村 亮太郎と今日の事を事細かに報告していた。
手にはスマフォを持ち、机に座って音声で会話する。
並行して机に置かれたノートPCでシノブは調べ物をしていた。
内容は須藤についてだ。
『成程ね。帰還早々に厄介事になっちゃったか』
「なんかすいません。だけど見過ごせなかったんで」
『いや、これで見過ごすような人間ならシノブじゃないと思うね』
「ははは……」
苦笑しつつ「で? どうします?」と返す。
『正直言うとこの戦いは不利だ。僕とシノブだけの問題ならともかく、放置すれば問題は際限なく広がっていく。潰すか潰されるかだ』
「潰すのは構いませんけど、情報が不足していまして」
『で、僕の出番だね』
「ええ。頼りにしてますよ」
谷村 亮太郎。
異世界では彼がいなければ魔王の討伐はさらに苦難が予想された程にその功績は大きい。
彼が味方にいれば万を超える軍勢よりも頼りになる。