メイド喫茶「ストレンジ」にて
最新話です。
大阪日本橋。
西のオタク街、秋葉原のような街。
オタロードではコンカフェの客引きが目を引く。
時代の流れか外国人の姿も珍しくなくなっていた。
平日だと言うのに人が多く賑わっている。
他にも気になる点があるとすればゴミや壁の落書きが多かったり、ホームレスの姿が見受けられたことだ。
異世界に行く前に日本橋はあまり足を運ぶ場所ではなかった。
だがそれよりも気になったのは目の前の雑居ビルにあるメイド喫茶だ
☆
Side 藤崎 シノブ
=夕方・大阪日本橋・メイド喫茶ストレンジ前=
「ここがバイト先……」
クラスメイトの美少女のバイト先がメイド喫茶なことにも驚いたが、藤崎 シノブは別の意味で驚いた。
目の前のメイド喫茶はメイド喫茶に擬装された魔法的な要塞だからだ。
ここは現代日本。
魔法とは縁のないはずの科学全能の世界のはず。
谷村 亮太郞は前世持ちの転生者だけれど。
ともかくなんの準備もなく踏み込んでもいいのかと思う。
「ちょっとそんなに衝撃的だったの?」
と顔を赤くしてジト目で睨み付けてくる黒川 さとみを見てハッとなる。
「いやちょっと別のことでね」
「変なの。確かにここの店主見て私も面食らったことあるけど」
「なるほど」
「とにかくちょっと事情を説明するから。ここなら安心して話せるわ」
「ここで?」
「うん」
他にも場所はありそうなものだが、実際魔法的な分野で言えば間違いなく要塞と言える程のセキリティだ。
完全武装のテロリストが戦闘ヘリとか戦車とか持ち込んで攻め混んできても無理だろう。
それぐらいにヤバイセキリティの塊だ。
(このセキリティに引っ掛からないよな?)
などと内心ではヒヤヒヤしながらも足に踏み入れる。
既にセキリティには引っ掛かっている。
ここまで厳重なセキリティなら探知系の魔法も既に発動しているだろう。
攻撃がないと言うことはシノブは無害と判断されたのだろうか。
☆
メイド喫茶の店内。
そこそこ人で賑わっていた。
黒川 さとみは無愛想な、クールで近寄りがたそうな紫のツインテールの女性メイドがバカ正直に事情を話してバイトを休むこと、そしてスペース借りると言った。
(てかテーブルや窓や椅子が防弾仕様ってどんなメイド喫茶だ)
軽く鑑定魔法をかけるとテーブル、窓、椅子、カウンターが防弾仕様である。
その事実にシノブは笑みを引き攣らせながら席に着くと「本店からのサービスです。従業員を頼みました」と紫髪のツインテールメイドに頭を下げられた。
「あの人カタギじゃないな」
「ああうん。私もそれ思った」
などと軽く小話を挟んだ。
ジュースを差し出して頭を下げたメイドの、太もものホルスターに下げられた拳銃も鑑定の結果、本物の実銃であると判明。
その事は言わぬが仏だろうとあえてシノブは無視した。
「正直私もどうかしてると思うわ、見ず知らずのただ助けてくれただけの人に事情を話すなんて」
「警察はどうなの?」
「頼んだわ。あの様子だと私が死体になってから動く感じね」
とのことだった。
どうやら警察はアテにならないらしい。
「ここのメイド喫茶は何か不思議な力が働いているらしくて、悪さをして侵入しようとすると気を失って倒れるらしいの」
「あ~そう」
ここの魔法防備を考えるとお優しい対応だと思った。
「だからよく救急車とか来るの。警察も網を張っててパトカーも待機してる」
「なるほど。少なくともここは安全だって分かった」
「理解力があってなによりよ」
ジュースをストロー越しに少し口に含んで、さとみは「そろそろ本題に入るわよ」と言葉を続ける。
「正直どうしてあいつら――半グレを率いていた女子いたでしょ? あいつらに目をつけられたのがそもそものはじまり」
☆
そこから話が始まった。
黒川 さとみは仲のよい女の子を庇って、その庇った腹いせにあの女子3人組の標的にされたらしい。
日に日に嫌がらせはエスカレートして今日に至るということだ。
担任とか親とか、警察にも相談したが、無理だったらしく泣き寝入り状態らしい。
そして今日の正門前での蛮行に至ると言うことだ。
「ウチの女子生徒が3人いたでしょ。その中のリーダー格、中妻って奴が半グレとつるんでるの。裏で結構あくどい事やってるって噂よ」
「物知りだね」
あくどい事とはどう言う事か気になるが、話は逸れそうなので聞かないでおく。
「まあそれが取り柄みたいなもんだしね。それよりも問題は半グレのほう」
と言った。
「あいつらは日本橋に拠点があってサカキ高校がバックについてるの」
「サカキ高校って言えば、裏社会のハローワークだか専門学校とか言われている学校じゃないか」
シノブもその名は知っていた。
大阪府内の繁華街の少年犯罪。
それも凶悪な部類の犯罪には必ず名前が出るレベルの凶悪な高校だ。
ここに進学するぐらいなら無職になってでも、高卒検定受けた方がいいとか言われている。
それぐらいタチが悪い高校なのだ。
「サカキ高校にも色々とグループがあるけど今は須藤 勇也って奴が仕切ってるの。で、須藤 勇也のお気に入りなの、中妻って奴は」
「須藤 勇也――何者だ?」
初めて聞く名前だ。
そもそもシノブは関西の不良業界にはあまり詳しくない。
さらについ先日まで異世界にいた身だ。
知らないのも無理がない話である。
「須藤 勇也って奴は警察の重役が父親なの」
「それって――」
「つまりそう言う事よ。人を一人殺しても実質無罪放免になってる。ヤバイレベルの下種野郎よ」
視線を落とし、悔しそうな顔でさとみは言った。
「腕っぷしに自信があるかもしれないけど、世の中腕っぷしが強いだけじゃどうにもならないこともあるの」
確かにどうにもならない。
相手の数は分からないし、どんな卑劣な手段を使ってくるか分からない。
だけどシノブは言う。
「だからって放っておけるかよ」
シノブはまるで自分を鼓舞するように。
怒りを込めて言った。
「話聞いてた? それとも想像力足りないの? 人生を相手と心中する覚悟があってもどうにもならない。国家権力すら敵に回すことになるわよ?」
一旦言葉を区切り、さとみはこう続ける。
「そりゃこんな遠いところまで連れてきて、相談持ちかけた私も私だけどさ。もしかしてちょっと強いからって自分は何でも出来るって信じ込んでるの?」
「違う」
シノブは自分自身を万能超人だとは思っていない。
そこはシノブにとって譲れない部分だ。
もしも本当に何でも万能にこなせるなら異世界の旅は楽だっただろう。
少なくとも巨悪を適当に倒して女性と仲良くして世界を救うとか、そんな楽しい旅ではなかった。
「おっと――」
さとみは目を丸くして驚いた様子だった。
(うっかり怖がらせたかな?)
シノブは勇者。
その称号に見合うだけの修羅場は潜り抜けている。
自然に一般人を驚かしてしまうようなオーラ―を漏らしていたのだろうかと反省する。
「と、とにかく私のことは放っておいて!!」
そう言ってさとみは駆け出した。
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