そして勇者は事件に巻き込まれる。
Side 藤崎 シノブ
=朝・琴乃学園、シノブのクラス=
黒髪の普通の少年、藤崎 シノブ。
異世界ユグドを救った勇者であり、元の世界に戻った後も事件に巻き込まれている。
そして昨日の夜、大阪府内の陸上自衛隊の駐屯地が巨大ロボットの襲撃を受けると言う大事件が起きた。
生存者や死者よりも行方不明者の数が多く、救助作業は難航しており、近隣の住民は出来るだけ遠くへの避難をしている。
近隣の学校は勿論休校だ。
琴乃学園は平常通りに学校を開き、生徒達の中には不謹慎にも、「巨大ロボットこの近辺にも来てくれりゃよかったのに」などと発言をしていた。
平和ボケしている上に最高に頭が悪い。
普段通りに生活出来ると言うありがたみとか、全く分かっていないのだ。
かくいうシノブも異世界に行く前は理解してなかったので、その生徒に反論し辛い部分はあるが、人として間違いであるとは思っている。
「昨日の事件見た?」
「自衛隊の基地が巨大ロボットに襲われたんだろう?」
「SNSもそればっか」
「宇宙人説あるけど、本当かな?」
教室はざわめいていたが、SNSやテレビのような大パニックと言った感じではない。
何か近所で凄い大事件が起きた程度の感覚だ。
(異世界行く前の自分だったらこんな感じだったのかなぁ?)
などと考え込むシノブ。
異世界行く前の自分は平凡を装う、平凡以下の人間であり、受け身で親や教師に怒られない範囲でしか頑張らない。タチの悪い怠け者だった。
勇者として召喚された直後の頃は本当に思い出したくない。
異世界の子供に人類の命運を託さざるおえなくなった異世界側にも問題はあると思うが、シノブが好きに振る舞って良いかどうかと言われれば別問題だ。
(また異世界に行った時は何かしら手助けしよう)
と思い立ったところで黒川 ひとみが近寄
る。
長い黒髪。
クールに整った垢抜けた顔立ち。
背もあり、胸は驚異の115cm。
それ以外はホッソリとした体に程良いボリュームの四肢。
ある種の非現実的な美少女と言ってよい。
雑誌のモデルやってますと言われても信じられる。
そんな女の子だ。
その実態はニチアサ特撮ヒーロー好きで、オタク街のメイド喫茶でアルバイトしているバリバリのオタクだ。
シノブが彼女とお近づきになるキッカケとなったフューチャーテック事件ではどこか近寄り難い雰囲気があったが、今ではすっかり打ち解けている。
「昨日の事件凄く話題になってるね」
だが今日はシリアスな、冗談を許さない真剣な空気だ。
初めてメイド喫茶で自分が半グレ組織に狙われている事などを打ち明けてくれた時みたいな感じだ。
「ああ。まあここから少し離れた場所の事だし、パニックにはなってないようだけど」
「谷村君は?」
「あの人は早速調査してるみたい。少なくとも50m級の巨大ロボの足跡やクレーターがあるから、ドローンとか幻の線は難しいって」
「待って。事件現場に潜り込んで調査したの?」
さとみはその点について指摘した。
大惨事、大事件になった事件現場だ。
今頃厳重に封鎖されている筈。
ただの高校生が潜り込んで調査できる筈がない。
「あの人が本気出せばペンタゴンやホワイトハウスだって潜り込めるよ」
「シノブがそう言うんならそうなんでしょうね……」
半信半疑、納得いかなと言う感情もあるのだろうが、さとみはシノブの力の一端を知っている。
殺し屋を返り討ちにし、不良50人抜きしているところを目撃したり、回復魔法をかけて貰ったりした。
フューチャーテック事件で国家転覆するんじゃないかと言う大騒動を引き起こしたのもシノブと亮太郎の二人。
この二人は異世界帰りの勇者であり、何でもありなんだなと、さとみは結論した。
「ただ谷村さんの鑑定や探知スキルも万能じゃないからね。流石に今日、昨日で居場所を突き止めるのは無理だと思うよ」
「逆に言えば時間を掛ければ分かるのね……」
「もしかして宇宙からテレポートして送り込んだとかなら、流石の谷村さんでもお手上げかなぁとは思うよ?」
「そう言えばネットでは空高く飛翔して消えたと言う事よね?」
「ワープゲートでもあったのか、それとも完全ステルス式なのかな?」
もしくは両方かもしれない。
手掛かりがなくてこれ以上は議論すればする程、深みにはまってしまう。
ここでスマホが鳴り響く。
「おっと――」
画面表示は谷村 亮太郎。
何か手掛かりを掴んだのだろうか?
スマホの通話をONにした。
『朝早くからごめん、今すぐ学校を抜け出せる?』
当然出て来るのは亮太郎の声だ。
おちゃらけた空気ではない。
真剣な空気が伝わって来る。
「何があったんですか?」
学校を抜け出して来て欲しいと言うお願いをすると言う事はよっぽどの事が起きたのだろう。
藤崎 シノブはスグに早退する準備の段取りを頭の中で組み立てる。
同時に轟音が響いた。
一瞬大震災でも起きたかと思った。
窓ガラスも割れている。
クラスも何が何だか分からないと言った状況だ。
シノブは動じず、傍にいたさとみを押し倒すように庇い、冷静に周囲の状況を観察していた。
『何が起きた!? 大丈夫か!?』
「ああ――大丈夫――だけど状況は最悪だ」
気配探知魔法に引っかかった謎の巨大物体。
銀色の50m級の巨大ロボット。
目につく物全てを破壊し始めている。
爆発、轟音が起きるたびにどれだけの生命が失われているのだろうか。
クラスは大混乱。
学園中悲鳴と怒号が飛び交っている。
取り合えずシノブは怪我人がいないか、その手当てをする。
目の前の敵をぶん殴りたい衝動に駆られるが、救える命を見捨てたくはない。
難しい判断だがやれる事をやるしかないと思った。
☆
琴乃学園近くの街に現れた銀色の巨大ロボット。
今回は建造物を中心に街を破壊していく。
戦闘機が飛んで来るが昨日と同じく迎撃する。
何の理由もなく、ただ命を散らしていく人々。
圧倒的暴力の前に嘆くしかなかった。
そんな銀色のロボットの前に現れたのは巨大な光の柱。
空の彼方から閃光が降り注ぐ。
転送フィールドだ。
現れたのは巨大ロボと同スケールの巨大ロボだった。
青と白、赤のトリコロールカラー。
シンプルな造形でヒロイックな平成初期辺りを連想させるスーパーロボット。
それが銀色の巨大ロボットに殴りかかった。
そして更にもう一台の真っ赤でヒロイックな同スケールの巨大ロボが出現。
手には剣を持ち、トリコロールカラーの巨大ロボを支援するようにして果敢に銀色の巨大ロボへと斬りかかる。
☆
出会った人々の人間を片っ端から魔法で落ち着かせ、暗示を掛けて学園外に逃がしていく。
体育館や運動場に集める事も考えたが敵の火力と射程距離を考えたら全員お陀仏になる。
怪我人はいたが死者はいない。これだけでも奇跡のような物だ。
念のため広域の回復魔法を使っている。
あらかた生徒や教員の避難を終え、傍には黒川 さとみだけが残った。
遠くでは何時の間にか二対一の巨大ロボ同士の戦いに発展していた。
「行くか……」
「行くって――まさか、あの戦いに割り込む気!?」
「そうだけど?」
シノブの腹は決まっていた。
善悪だとか、正しいとか正しくないとかではない。
人として、一人の人間として許せる範囲を超えていた。
「確かにアナタは強いのは分かる!! けど、相手は巨大ロボットなのよ!?」
藤崎 シノブが強いのはさとみも理解していた。
だが相手は光線兵器を連発する巨大ロボットだ。
流石に心配になって呼び止める。
「あそこに助けを待ってくれている人がいるのなら俺は行く—―安心してさとみ、俺は死にに行くワケじゃないから」
それを聞いてさとみは涙を流した。
己の無力さに。
どうしようもないこの現実に。
「……そう言われたら見送るしかないじゃない。ちゃんと無事に帰って来てよね」
「うん。約束する」
そして藤崎 シノブは正体を隠すために念のため、フューチャーテック事件で身に着けたライドセイバーの変身ベルトを巻き付ける。
二本の触角。
赤い双眼。
口元のフェイスクラッシャー。
赤いマフラー。
ベルトにライダースーツ。
グローブにブーツ。
子供達の永遠のヒーロー。
始まりの戦士。
ライドセイバー一号、最初期仕様。
突然の変身にさとみは驚くが、シノブは構わず超人的な脚力で空中を飛翔――現場へと向かった。




