この世で一番敵に回してはいけない人・その4(完結)
Side 白王寺先輩
=夜・白王寺の自宅、自室にて=
流石の親が警戒している中で夜動くのは危険だ。
だからスマホを使い、学園内の手駒達に指示を出す。
谷村 亮太郎のネガティブキャンペーンだ。
それに扇動された馬鹿が勝手に亮太郎を追い詰めるだろう。
(俺に恥を掻かせやがって—―幾ら相手が強くてもここは日本だ。上級国民が勝つように世の中は出来てるんだよ)
白王寺は心の中で勝ち誇った。
最後は笑うのは自分だと自信を取り戻す。
☆
=翌日、琴乃学園、通学路=
朝となり、琴乃学園へと来た。
通学途中で白王寺はすっかり噂の的になっていた。
皆、白王寺を恐れて距離を取っている。
それどころか陰口までしていた。
「あの白王寺がねえ……」
「下級生にいるじゃん? 谷村って奴?」
「そいつに罪を被せようとしたんだって」
「それだけじゃなく、気に食わないからって不良嗾けたり家族に手を出そうとしたんだって」
「最低だな」
「と言うかそれ本当ならどうして普通に学校通えてるんだ?」
「さあ? 自慢の親の権力じゃないか?」
すっかり問題児扱いだ。
同じ問題児である筈の谷村 亮太郎と同じ扱いである。
(ちっ――もう噂になってる。この愚民どもが)
情報に流されやすい、都合の良い事実しか受け入れない他の生徒を愚民と心の中で罵る白王寺。
谷村 亮太郎をこの事件の主犯格に仕立て上げて騒ぎを鎮圧するかを考える。
昇降口のロッカーへの上履きや亮太郎の机への細工はどう言うワケか上手く行ってないらしい。
(他の奴もしくじって使えない――やはりネガティブキャンペーンを広げて潰すか)
などと考えた。
「やあ、白王寺先輩」
その時、白王寺の眼前に谷村 亮太郎が現れた。
「てめぇ……谷村!?」
自分が通う教室にノコノコと顔を出しやがってと思いつつも平静な態度を取る。
この様子だとスマホで録音ぐらいはしているだろう。
平静に頼れる先輩みたいな感じのキャラを演じる。
「なんだい谷村君? 昨日の事でまだ怒ってるのかな?」
「まだ仲間を使って色々と考えてるみたいだからね。最後通告だ——本当は君の父親の顔を立てようとも思ったんだが、君がまだ悪事を働くようなら此方もそれ相応の対応を取らなければならない」
「な、なんの話かな?」
「だから最後通告だ。反省の色が認められない場合、総力を挙げて君を潰す。ただそれだけを伝えに来た」
その場から立ち去る谷村 亮太郎。
同時に白王寺のスマホに着信が。
スマホを見るとそこには—―
(何だこれは—―)
そのスマホに届いたファイル。
メッセージは、全部知っている。
中身はこれまでの悪事の証拠の数々だった。
「あの野郎っ!?」
思わずスマホを地面に叩きつけた。
幸いにもスマホは無事だった。
白王寺は慌ててスマホを拾い上げ、無事なのを確かめる。
彼は教室から抜け出し、とある場所へと連絡をつけた。
☆
Side 谷村 亮太郎
=午前中、学校周辺の廃工場にて=
谷村 亮太郎は学校を抜け出し、白王寺と対峙した。
白王寺がスマホを通して脅迫気味にこの廃工場へと呼び出したからだ。
白王寺の近くには見慣れぬ人間達がいる。
総じてガラが悪い背格好だ。
手には鉄パイプや金属バットではなく、ナイフや拳銃などの相手を殺す気の武器を所持している。
「警告は無意味だったか――」
亮太郎は自分の行為は無駄に終わったと悟る。
だがこれでもいいかと思った。
自分は善良とは言い難い人間だが通すべき筋は通せたのだから。
「幾らお前が強くても本物の殺し屋や銃には勝てないだろう」
我が物顔で白王寺は脅してくる。
だが谷村 亮太郎は涼しい顔だった。
「殺し屋と言ってもピンキリだけどね。それと――もう一人、舞台に上がってこない人間がいるね。ねえ、織姫先輩?」
意外な人物の名前。
織姫の名が出た。
学園一の美女。
長い黒髪の清楚な大和撫子然とした美女。
白王寺と付き合い、そして白王寺の子を妊娠して今回の騒動の要員を作った女性。
その人物が廃工場の物陰からスタスタと歩み出て来る。
「あの、私は—―その、心配して—―」
か弱い女の子のような織姫。
谷村 亮太郎は冷静にこう言い放つ。
「演技を辞めたらどうですか?」
と、白王寺よりも冷たい態度を取る亮太郎。
彼がこんな態度を取るのも当然である。
織姫は今回の事件の黒幕なのだから。
「意外と警戒心が強いのですね、谷村君は」
「おい、これはどう言う――」
白王寺先輩は突然の展開にキョロキョロとした。
「どうして僕に白王寺先輩を嗾けた?」
「日本橋のあのメイド喫茶と闇乃 影司と関りを持つ人を試したくなりまして」
亮太郎は成程と思う。
両者の裏社会での知名度を測り損ねていたようだ。
「そんな貴方ならフューチャーテックの事件ぐらいはご存じですよね?」
織姫からフューチャーテックと言う単語が出て来る。
その事件がこう言う形で絡んでくるとは、意外と早かったなと亮太郎は思う。
「須藤親子はやり方は杜撰なところはありましたけど、よくやってました。まあ、あんな形で失脚しましたけど—―その空いた地位を狙って争いが起きてるのです」
どうやら悪党同士で跡目争いが起きているらしい。
その一人が織姫なのだとか。
「アナタがどれ程の実力者なのか、それを見せて欲しいと思いまして」
「おい、さっきから何を—―」
「ああ、アナタがいましたね。あなたたち、手筈通りにやりなさい」
そして殺し屋たちは一斉に白王寺へと襲い掛かった。
そこへ割って入るように、タイミングよく藤崎 シノブが剣で殺し屋達を斬り飛ばす。本当に斬っているのではなく、剣圧で吹き飛ばしただけだ。
白王寺はワケも分からずその場に尻餅をついて何が起きたか分からず、茫然としている。
「シノブ君ありがとう、ちょっとややこしい状況になっていてね」
亮太郎はシノブへ礼を言う。
「ええ、それにしても織姫先輩がこの事件の黒幕だったとは――」
シノブは西洋剣、竹刀――頑丈さだけが取り得の剣を長い黒髪の美女、織姫へと向けた。
「あら――貴方まで来ましたか、藤崎 シノブ。アナタが強いのは分かってますが実際どれぐらいか査定したいと思っていたんです」
彼女がそう言うと赤い二本角の鬼と青い一本角の鬼が現れた。
3m近くの巨体。
手には金棒を持っていた。
「ただの生徒ではないね。何者だい?」
「私は織姫――俗に言う退魔師ですよ」
彼女の衣服も変わる。
白い巫女服に赤い袴にサイバーパンク要素を混ぜ込んだような衣装。
織姫は黒川 さとみとは違う種類のモデル体型、ふくよかで恵まれたスタイルをしている。
手には長く赤い棒(柄と言われる部分)の先端に刃が付いた薙刀を手にしていた。
「化け物は僕が――織姫先輩の方は—―」
「あいよ。僕担当だね」
藤崎 シノブは二匹の鬼を担当する。
谷村 亮太郎は双剣を取り出して織姫と対峙した。
☆
Side 藤﨑 シノブ
身の桁3mの巨体を誇る赤鬼、青鬼。
一撃で猛獣の息の根を止める黒光りするトゲトゲの金棒がシノブに向けて振り下ろされる。
しかしシノブは西洋剣、竹刀でタイミングよくはじき返す。
ありえない事だ。
金棒を受け止めたわけでもなく、受け流したワケでもない。
はじき返すと言う事は此方の攻撃を完全に見切っていると言う事だ。
目の前の人間はそれを容易くやってのけている。
力も、技術も、速度も圧倒的にシノブが上。
だからと言って赤鬼、青鬼は泣き言も言わずにただ力任せに金棒を振るう。
より苛烈に、速度をあげる。
だがシノブはそらすれもはじき返す。
「悪いけど、すぐに学校に戻りたいんでね。決めさせてもらうよ」
そう言うや否や、シノブの雰囲気が変わる。
赤鬼、青鬼の両者がピタッと止まった。
絶対的な死の予感。
今度、金棒を振り下ろせば死ぬ。
感覚が告げている。
だが両者は、例え蛮勇と呼ばれても蛮勇を貫き通した。
金棒を振りおろす。
その金棒がシノブを体をとらえる前に――両腕が斬り飛ばされ、顔と首を横に両断。
胴体を、心臓の辺りを両断された。
「まっ、本当はここまでやらなくてもいいんだけど、念のためにね」
異世界で生命力が高いモンスターを殺す時の徹底した斬り殺し方だ。
下手にいらぬ情けを掛けると被害が出る。
(さてと――谷村さんの方はと――)
織姫と谷村の戦い。
織姫は分身や幻術を駆使して谷村の攻勢をどうにか凌いでいる。
そう時間は掛からずに決着はつくだろうとシノブは経験則で分かった。
☆
Side 織姫
(谷村 亮太郎の情報は皆無でしたけど—―想像以上に手強い!!)
織姫は退魔師。
妖怪の手から人々を守るために戦う存在。
だが中にはその能力を活かして裏の世界で暗躍する退魔師もいる。
織姫はそう言う類の退魔師の一族だ。
妖怪よりも対人相手に秀でた退魔師。
それが織姫である。
そんな織姫は押されていた。
谷村 亮太郎は人脈が色々と特殊なのは聞いていた。
武芸も覚えがあるのは分かっていた。
だが想像以上に強かった。
(幻惑が通じてない!? 的確に本体を狙ってくる!?)
織姫は幻惑を使って相手を惑わす攻撃方法を得意とする。
だが相手にそれが通用しない。
それどころか段々と自分は何と戦っているのか分からなくなってきていた。
(自分は一体何と戦って――そもそも何でこの人と戦っていて――)
(しっかりしなさい私――これが谷村 亮太郎の力の一端?)
相手の逆手持ちの双剣。
急所狙いの一撃を捌きながら織姫は距離を取ろうとするが簡単に距離を詰められる。本来はこう言う時にこそ幻惑などの術を使わなければならない。
だが幻惑が通用せず、殺しの剣を放ってくる相手にどう太刀打ちすれば—―
「私はどんな手を使ってでも成り上がる! こんな小事で躓くワケには!?」
「その理由が知りたいな—―その心の内を暴け――」
亮太郎からチェーンが飛び出て織姫の体に絡みつく。
「グゥ!?」
ガラスが割れるような音が響く。
織姫はその場に蹲り、ポツポツと喋り始めた。
「私が地位を求めるのは好き放題にしたいから」
「正直一族の悲願とかそう言うのはどうでもいい。人を駒のように操り、裏で特等席から眺めるのが好きだから」
「人間なんて何だかんだで自分の身が一番かわいいもの。そのためにより地位を、権力が欲しい」
自分の意図に反して真実を。
織姫が心の内で思っている事を吐露する。
谷村 亮太郎に命を握られている状況で。
「やだ。殺さないで。でも頃合見て上手く利用したい。自分の思い通りに人を操って人が破滅するところを眺めたいだけなのに、どうしてこんな目に。さっきからどうして本当の事しか言えないの? このままじゃ私殺されちゃう――」
助けても悪事のために利用する。
どんな聖人君子でも手を差し伸べるのは躊躇われる。
殺しても許される状況だ。
(さて、どうしたもんか)
悩む谷村 亮太郎。
ここは日本。
基本、人殺しは許されない。
自分一人だけだったら人を殺していたが、家族や藤崎 シノブがどうしてもチラつく。
もっとも織姫がシノブや家族に害を成す恐れがある以上はここで殺した方が後腐れない。
殺すのは無理でも無力化する術はある。
そう思い、精神操作しようとしたその時だった。
「待ってくれないか?」
現れたのは黒髪の眼鏡を掛けた温和そうなオジさんだった。背もあり、姿勢も体格もしっかりしている。
周囲には着物に仮面姿の兵士が控えていた。
「関西の退魔師協会のトップ、竜宮 宗介ですね」
その名を聞いて織姫は目を見開く。
こんな子供のケンカに自分から見て雲の上の人物が来るとは思わなかった。
自分の援護に来たわけではない。
これは—―
「私を捕らえに――」
「そうだ。君は色々とやり過ぎた。君の一族も付き合いきれないとの事だ。僕も関西の退魔師の代表として今回の騒動を黙認するには目に余ると考えた」
「そんな、闇乃 影司に、藤崎 シノブに、谷村 亮太郎にそれだけの価値があると!?」
織姫は悲鳴のように竜宮に問いかける。
「そう言う下心も無いワケではないが、このまま全面抗争に発展させて死人が大勢出る事態は避けたい」
「それとこれは僕個人の考えだが、闇乃 影司やEー00ファイル、異世界は我々退魔師含めて人に過ぎた物だと僕は考えている」
と、竜宮は自分の考えを述べた。
「藤崎君に谷村君。この場の後始末は全て僕達が引き受けよう」
「あっ、いいんですか?」
亮太郎は念のために確認をとった。
「退魔師全員がフューチャーテックや日本政府のやり方に賛同していたワケじゃない。不謹慎だがああなって感謝している人間もいるのさ」
亮太郎は聞きたいことは聞き終えたので、シノブに近寄り「行こう。どうやら僕達の仕事は終わりのようだ」とこの場を後にした。
✩
Side 鎌田
谷村 亮太郎と藤崎 シノブが学校に戻り、白王寺と織姫の姿がない。
それで物の成り行きの全てを悟り、学校から逃げ出そうとした。
(殺し屋が全員返り討ちにされたのか!? 冗談じゃない!! あんな連中とマトモに相手出来るか!?)
白王寺だけでなく、織姫も倒された。
織姫所属のスパイ、人の弱味を探るのが好きな情報屋紛いのことが好きで、織姫や白王寺はその趣味を満たせる相手だった。
ちょっとした火遊びのつもりだった。
それがこんな事になるとは。
相手は殺し屋を返り討ちにするような奴だ。
自分では相手にならない。
(ここは一旦戦略的に撤退して—―)
そして自分の車に乗り込み、エンジンを始動させて出発。
少し車を走らせたところで車に異変を感じた。
(ブレーキが効かない!? アクセルが全開になって――)
ノンストップ。
全速力の状態で車を走らせ、鎌田は運悪くガソリンスタンドへ全速力で突っ込んだ。
追突した次の瞬間、運悪く爆発、炎上を引き起こした。
幸い鎌田を含めて死者は出ていないが、ガソリンスタンド周辺が火の海に包まれた大惨事として日本のトップニュースを飾った。
これは織姫の仕業であり、鎌田を処分するために事故を装って消すつもりだった。
この一件も含めて関西の退魔師界のトップ、竜宮 宗介は織姫の処分を行うつもりだった。
事件後、鎌田はメンタルをやられて日々怯えるように、ただ安心安全を求めて暮らすようになる 。
✩
Side 藤崎 シノブ
白王寺先輩は記憶を操作された後、警察に処分が委託された。
少年院行きは逃れられないらしい。
仮に少年院を出ても厳重な監視がつくレベルだそうだ。
彼は殺し屋を雇ってまで人を殺そうとしたのだから。
ただ、織姫が幻惑、幻術の使い手であり、白王寺がどれ程までに彼女の精神操作の影響を受けていたのか
白王寺先輩の両親は谷村 亮太郎の家まで来て夫婦揃って土下座し、最大限の謝罪と賠償に応じるようだ。
学校では鎌田、白王寺、そして織姫がいなくなって動揺はしたが2、3日もすれば落ち着いた。
ただ、今回の事件は発端が白王寺なので白王寺事件として長らく人々の間に記憶される事になり、谷村 亮太郎は事件の幕引きを行った人物として認識されるようになる。
谷村 亮太郎は教室で相変わらず明るく軽快なトークで周囲を楽しませていた。
この世で一番敵に回してはいけない人・完




