この世で一番敵に回してはいけない人・その1
Side 藤崎 シノブ
異世界ユグドを救い、勇者として名を馳せた藤崎 シノブ。
見た目はどこにでもいる黒髪の高校生。
地球に帰還して早々に日本政府の悪事を世間に暴露するほどの活躍を見せた彼が、一番敵に回したくない人が誰かと言われればこの名を挙げる。
谷村 亮太郎。
黒髪のおかっぱ頭の何処か不思議な雰囲気を持つ少年。
異世界ユグドを共に旅をし、共に世界を救った相棒。
異世界での旅は彼の存在抜きではなしえなかったとシノブは思う。
同時にこの世で一番敵に回してはいけない人間である。
そんな彼に無謀にも敵に回してしまった者について語ろうと思う。
☆
=昼休み・琴乃学園、藤崎 シノブの教室にて=
フューチャーテックの事件が未だに学校でも騒がれ、サカキ高校含めた関西圏の不良が須藤 勇也の後釜を狙い、何故か藤崎 シノブの首を狙って躍起になっていたころ。
その事件は突然起きた。
教室に突然、白王寺先輩が乗り込んできて谷村 亮太郎を「よくも俺の彼女に手を出しやがったな!!」と殴って、拳を痛めた。幸い手首の捻挫は間逃れたらしい。
白王寺先輩は下級生の間でも有名な背もあり、運動神経もよく成績優秀。
グループの中心的人物。
学園一の美女と呼ばれている織姫先輩と付き合っている。
織姫先輩もシノブは遠目から見たことはあるが、綺麗で清楚そうな大和撫子と言った感じの女の子だった。
お嬢様学園に通ってますと言っても通用しそうな雰囲気でもある。
そんな彼女に谷村先輩が手を出したと言うのだ。
シノブは「そんなバカな!?」と思うよりも「何かの間違いだろう?」と相手の身を案じた。
理由も証拠もないが、シノブは亮太郎を信頼している。
クラスメイトは半信半疑と言ったところだ。
「あ~その? 話がよく分からないんだけど? 具体的に僕は何をしたのかな?」
谷村 亮太郎は相手を諭すように尋ねる。
「うるさい!! お前は俺の彼女に手を出した最低な奴なんだ!! うぐっ?」
魔法を使って白王寺先輩を一旦黙らせる亮太郎。
「いつ? どこで? どうやって? 証拠は?」
そこまで言って魔法を解く。
白王寺先輩は再び口を開いた。
「証拠なんか関係あるか!? 彼女がそう言ってるんだからーー」
再び亮太郎は魔法で先輩を黙らせた。
「証拠があるのに、彼女だけの証言で僕を殴ったと? いつ、どこで、どうやって? 僕は何をしたのかな? お答えください」
今度は暗示魔法を使う亮太郎。
かなり怒っている。
いきなり犯罪者呼ばわりされて、社会的に破滅するかさせられるかの瀬戸際に立たされたのだ。むしろキレない方がおかしい。
「そんなの知るわけないだろ! 谷村 亮太郎と藤崎 シノブが最近調子に乗っててウザイって言う話しに友達となって、彼女の織姫が妊娠したから罪を被せようと思ったから—―」
「え? 妊娠?」
とんでもなくエグい情報が暴露された。
と言うか俺まで狙われていたのかとシノブは困惑する。
クラスメイトも、騒ぎに集まってきていた野次馬も騒然としていた。
まさかの大スキャンダル。
学園の生徒に頂点に経つ二人に子供が出来ていたのだ。
「それってマズいんじゃ?」
教室にいた誰かが言った。
反射的に白王寺先輩は「マズイに決まってるだろ!?」と言ってこう続けた。
「子供が出来て養っていく金なんてないし、どうすればいいのか分からない。そもそも織姫は友達を使って強引に物に強迫して作った女だし」
「その友達と言うのは?」
とんでもない内容が明かされて皆、言葉を失う中で亮太郎は友達に関して問いかける。
「中学時代につるんでた連中だよ。頭が悪い、腕っぷししか脳がない、適当に金と女を与えて煽ててやれば調子に乗ってなんでもしてくれる便利な連中だよ。そいつらを上手いこと使って織姫と付き合ったんだ」
須藤親子の時とは違う、また別のエグい真実だ。
「その様子だと他にも女はいるようだね?」
「いるに決まってるだろ? 女なんてどいつもこいつも同じだ。口では愛だの何だの言うくせに、金とルックス、外面でしか判断しない。適当に優しい言葉や気のある言葉を言えば」
亮太郎は暗示魔法を解いた。
白王寺先輩は喋っている時にも意識はあったのか、「え? あ、これはーー」と顔を真っ青にして汗をダラダラと流していた。
教室にいた人間は全員、白王寺先輩に汚物を見るような目でじっと見詰めていた。
誰も一言も発しない。
「冗談!! 冗談だよ!? こんなの冗談にきまってるじゃないか!?」
と、白王寺先輩は言い訳をして逃げるように立ち去った。
☆
=放課後・電車内=
黒川 さとみ。
長い黒髪にクールで理知的に整った顔立ち。
背もあり、115cmの爆乳でありながら体のバランスがとれたモデル体型の美少女。
腕も脚もある。
読者モデルなり、グラビアアイドルになってないのが不思議な美女だった。
藤崎 シノブと谷村 亮太郎と同じくラスであり、大阪日本橋のメイド喫茶でアルバイトをしている。
中妻のイジメから始まり、背後にいた大阪府内の半グレの頂点に立っていた須藤 勇也、その須藤 勇也の親であり、警官でありながら裏の裏の世界、超能力やサイボーグ、異世界の研究のために人間をモルモットにした人体実験に手を染めていた須藤 正嗣との一連の戦い。
フューチャーテック事件で一気にさとみとシノブの距離は縮まった。
「人間って容姿で見ちゃダメって事がイヤと言う程思い知らされたわね」
さとみは教室での一件を思い出したかのように言う。
グロテスクな物を見た人間のようにさとみは気分悪そうにしていた。
「ああうん。最初はちょっと相手にも同情してたけど、その気も失せるぐらいにエグい内容だった」
シノブもまさかあそこまで酷い内容だったとは思わなかった。
「白王寺先輩に憧れてたの?」
「まあね。男のモテる要素を詰め込んだような存在であの人に憧れる女子は多かったわ。だけどあんなの聞かされたら千年の恋も冷めるわ。今頃学年の女子は全員、恋愛なんて信じられないってっ、なってると思う」
そこまで喋ってふと気がついたようにさとみは、
「そう言えば谷村さんは?」
「ケンカを売られた側だからなあの人は。今回の件のために証拠集めをしていると思う」
「須藤を潰したのも実質谷村さんなんでしょ? 谷村さん政治家になれば無敵になるんじゃないかしら?」
さとみは全く亮太郎の心配をしていないようだ。
それよりも政治家になる事を薦める。
世界を救った異世界帰りの勇者で対人特化構成の暗殺者の政治家。
確かに最強だ。まず暗殺されないし、敵対する相手を自由に破滅させられる。
思わずシノブも(安心して国の舵取りを任せられる)と思った。
海外で軍人が政治家になったりするのもこう言う理由なのかもしれない。
「まあだけど、現代社会であまり好き放題に魔法とか使うと、そう言う勢力から目をつけられそうなんだけど」
「だけど前回アレだけメチャクチャ—―それもハリウッド映画のラストバトルレベルの事もしたんでしょ? そう言う怪しい人物とか転校生とか送り込まれてきた気配はないし、もしかして近くで監視されてる?」
キョロキョロとさとみは周囲を見渡す。
シノブは「一応は警戒はしている」と返した。
「そもそも、プロの監視は素人目には判断つかないし、今は電子技術とか発展してるからそっちで盗聴した方が安全だよ」
「じゃあ、スマートフォンでのやり取りはやめといた方がいい?」
「やめといた方がいい。本気を出せば声紋認識や単語認識とかで個人情報とか盗みたい放題らしいし」
と、シノブは言うが基本は谷村 亮太郎の知識だ。
亮太郎はアニメ、漫画オタクだが、ミリタリーやスパイ系の知識にも詳しい。
本人曰く「詳しい人はもっと詳しい」、「日本政府も本気を出せばそれぐらい出来る」そうだ。
「ちなみに俺とさとみとの会話は第三者には聞こえない、聞き取りづらい、あるいは別の内容に聞こえるように設定してるから」
「異世界の防諜対策も凄いのね」
さとみは感心した様子だった。
☆
Side 白王寺先輩
=放課後・琴乃学園近辺の廃工場=
(どうしてこんなことになった……)
本当は部活あるが、白王寺サボってきた。
白王寺にとって谷村 亮太郎は調子に乗ってるらしい生意気な下級生Aでしかない。
藤崎 シノブは腕が立つ。腕力勝負では敵わないので、まずは谷村 亮太郎を落としてからシノブを潰そうと考えた。
だがそれが裏目に出た。
何故か必要以上に喋ってはいけないことを喋ってしまった。
ご丁寧に仲間を使って動画撮影したのも裏目に出た。
今琴乃学園は藤崎 シノブ絡みで世間の注目の的だ。
今も襲いかかる不良を何人も返り討ちにしているらしい。
ネットの注目度も高い。
特定されるのも時間の問題だ。
(まあいい。手はある!!)
眼前にいる不良集団。
中学からの付き合いの頭が悪い連中が雁首揃えている。
「谷村 亮太郎って強いのか?」
「藤崎 シノブの友人らしい」
「そいつを強迫すればシノブを言うことを聞かされるんだとよ」
などと言い合う。
もしもこの場に藤崎 シノブがいたら「バカな真似はやめろ」ぐらいは苦笑いで言うだろう。
「琴乃学園の女も中々粒揃いが揃ってるしな」
「女と言えばお嬢様だらけの聖翔学園がいいけど、あそこはガードが固いし騒がれると面倒だ」
「須藤 勇也の奴がいなくなった今、藤崎 シノブを倒せば俺達の時代だ」
などと言い合う。
金と権力が物を言う時代で拳で一つで何が出来るのだろうかと白王寺は思う。
(こいつらがバカで助かった。まあ、バカだから不良やってるんだもんな)
などと内心、白王寺はほくそ笑む。
九九の掛け算すら怪しい連中だ。
金と女で上手い汁を吸わせればどうにでもなる。
「谷村 亮太郎はオタク野郎だ。メイド喫茶に通っているような連中だ。複数人で掛かればどうとでもなる。その後は藤崎 シノブを煮るなり焼くなり好きにすればいい」
扇動する白王寺。
オオッと掛け声を挙げる。
「んじゃあ日本橋に乗り込むか」
「谷村 亮太郎の奴、妹や姉もいるらしいですよ」
「その姉妹も食っちまおうか?」
などと言い合いながらゾロゾロと不良達数十人は日本橋へと向かった。




