つまらない男に恋をする
ホテル・フロントからのモーニング・コールが鳴り始めた時、僕は夢のクライマックスをむかえようとしていた。
夢の中の彼女(名前は忘れてしまったけれど僕が中学生の時に少しだけ夢中になったアイドルだったと思う。)の手は優しく僕の下半身を求め、僕は壁に張ってあるピンナップよりずいぶん小さい彼女の胸にがっかりしながらも何度もキスを繰り返していた。
僕が彼女の胸にキスをしようとした時、部屋中に電話のベルが鳴り響き始め、その音を聞いた彼女は急に立ち上がりベルに合わせて体をこぎざみに揺らすダンスを始めてしまった。
(いつもこうだ)
夢の中の僕はあまり驚くこともなく少しがっかりして、これが夢であることに気づき、そして、電話をさがした。
『おはようございます。9時になりました。』
どこまでが夢なのか気持ちの整理がつかないままにありがとうと礼を言って受話器を置く。
電話の横に置いてあった煙草に火をつけ、今日の日付、曜日なんかをを考えながらゆっくりと煙を吸い込んだ。
(12月9日、もうすぐクリスマス、水曜日、9時、・・・2限目の講義は必修科目だ。)
煙草を吸っている間に、僕は頭の中で何度もそう呟く。
彼女はもういない。
僕を起こすことなく、静かに身支度を済ませ、そして、彼女を待っているオフィス街へと向かった後だった。
何も変わらない。
いつものように、枕元には彼女がバスタオルを用意している。
僕はそれを持ってシャワー・ルームへ行けばいい。
ボディ・シャンプーを頭からかけ全身を洗った後、シャワーを浴びたまま歯を磨く。
体を充分に暖めてから部屋に戻ると、目を覚ました時に感じた少しの肌寒さが心地よく体に感じられた。
そして、裸のままベッドに座り再び煙草を吸った。
少したってから僕は煙草をくわえたまま、下着一枚を身につけ冷蔵庫へ向かう。
冷蔵庫の中には3種類の缶コーヒーが置いてあり僕はその中から一番砂糖の少ないものを選んだ。
僕はコーヒーが好きで最低一日5回は飲むけれど、それがインスタントでも缶コーヒーでもあまり気にならないし、誰かと入った喫茶店でここのコーヒーはうまいと言われてもそうなのかと思う程度の舌しか持っていない。
でも僕はこの舌のおかげで、どんな店に言っても迷うことなくコーヒーを注文することができる。
女の子を好きな男の子達が、人数さえあえば声をかけるのと少し似ているんじゃないかと思う。
でも、本当のところコーヒーを飲む目的はわからない。
苦みなのか、苦みがうまいと思う自分なのか、それとも常用性の何か、もしくはトラウマか。それとも・・、考えているときりがない。
僕は飲み干した缶をテーブルの上に置いた。
今吸っている煙草は3本目だ。
テーブルの上には、僕が置いたばかりの缶コーヒー、彼女が置いて入ったアーモンド・チョコ、灰皿、灰皿の下には彼女の手紙がある。
いつもと同じだ。
ただ、手紙の内容だけが、いつもとはまったく違うものになっていた。
おはよう優一。
今日も私は優一のことが好きです。
最近の私の目標は優一に好きだって言わせることでした。
昨日もがんばってみたけど、結局、優一の口から聞く事はできませんでした。
実は、昨日はラスト・チャンスと決めていたのです。
今、優一の寝顔見ながら、いろんな事を思い出してます。
私の思い出は、優一と出会ってからの3ヶ月だけになってしまったように思えます。
さよなら。
僕は手紙をごみ箱に捨て、服を身につけ、ホテルを出た。
外は素晴らしく青い空に包まれ、コートがなくても歩けるほど暖かかった。
大学に向かいながら、途中、彼女の手紙の事を考えた。
やっぱり、こんな男とは3ヶ月が限度か。
大学ではすでに2限目の講義が始まっていた。
僕は目だたないように一番後ろの席に座り、つまらない時間を過ごす。
講義が終わり、一番前の席に座っていた一人がきょろきょろと人探しをしている。
光一だ。
『高瀬優一』
僕は光一には返事をせずに、隣の席から回ってきた出席名簿に名前を書いている。
『高瀬優一さんですよね』
『そうだね』
『優一、遊びに行こう。』
『まだ昼間の12時だぜ。』
『だいじょうぶだぜ。』
『なにが。』
『いろんなこと。』
僕らは昼からの講義の代返を頼み大学の駐車場に向かった。
5~6年前の中古車が並ぶ中で、3ヶ月前に買ったばかりの光一の新車は普段磨いてなくても、きれいに太陽の光を浴びていた。
光一は、パブで8万円、家庭教師で7万円のバイト収入が毎月有り、車のローンを払っても学生には充分過ぎるぐらいの金がまだ手元に残る。
『優一、昼飯の前に油臭え海でも見に行くか。』
光一のひまつぶしは必ず海だ。
カー・ラジオから聞こえてくるのは、肌の黒さを競いあうように歌う3人の男のラップ。
信号までは7、8台の車。
交差店を左に港まで一直線。
しばらく二人とも黙ったまま走っていたが、途中もう一度信号に止まったところで光一がダッシュ・ボードの上から一枚の手紙を僕に投げてよこした。
光一さんへ
今までこんな子に付き合ってくれてありがとう。
とても楽しかった。
さようなら。 涼子
『涼子って、たしか花火大会の時に知り合った高校生だ。』
『そうだね。』
『可哀相に。』
『だろ。優一だれかいいこ紹介してくれよ。』
『ばあか。可哀相なのはお前じゃなくて涼子ちゃんだよ。』
『ふられたのは俺の方だぜ。』
『泣いてるのは彼女の方だぜ。』
『そうだね。』
二人は少しだけ笑い、その話は終わった。
10代最後の年、僕らにとっては出会いも別れも同じ質のもので、そしてそのどちらに対しても同じ勲章が贈られていた。
光一が車を海沿いに止めると、二人同時にドアをあけた。
エンジンはかけたままだったので、ヒーターの温風と外からの冷たい空気が車の中で混じりあい、丁度良い気温に感じられた。
光一はシートを倒し、眠っているように目を閉じている。
僕は車を降りコンクリートの上に座り煙草に火をつけ、そのマッチを海に落とした。
マッチが海に消える音が心地よく感じられ、僕はもう一本マッチを擦り同じように海に落とした。
繰り返す。
海に10数本のマッチが浮かぶころ、後ろから光一の声がした。
『なあ、優一。』
『なんだ。』
『海を汚すのは楽しいことか。』
『お前もやって見ろ。そうすればわかる。』
『今度、暇なときにね。で、楽しいことなのか。』
『つまらないことだ。』
『どうして、つまらないことを続けるんだ。』
『その程度の男なんだ。』
青い空と黒い海、僕らはこの場所を愛している。