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魔法使いの花嫁たち  作者: 春夏 冬
3月:魔法使いたちの進級試験
8/10

After SS:メルティは彼とゲームセンターで遊びたい

「ありがとうございましたー」


 あぁ、今日はなんて運の良い日なのだろうか。


 ふと散歩がてらに立ち寄った行きつけの書店にて手に入れた待望の新本。

 毎度期待を裏切らない小説作家の新作が今月発売されると聞いていたけれど、まさかすでに発売されているとは思ってもいなかった。

 入り口から入って五秒後に見える新刊コーナーでそのタイトルを目撃した時には強い衝撃が走ったものだ。

 しかも今日は特に予定のない日曜日。


「よし。今日は帰ってこの本を堪能することにしよう」

 

 最近忙しかったしたまにはゆっくりとするのも悪くない。

 本当は来週に迫る春休みの期間で本を読み進めようと考えていたのだが、これはきっと運命なのだろう。

 僕は手に持ったビニール袋をかさかさと揺らしながら確かな質量を感じつつ、ささやかな幸せをぐっと嚙み締めながら帰路へと着く。

 今日一日で好きなだけ読み進めて――うん。せっかくだから休み期間に他にもう一冊購入して、そちらも併せて堪能しよう。

 そんな風に運命の出会いに感謝しつつ足を進めていた矢先――だけど神様はもう一つ偶然の出会いを用意していたらしかった。


「むぅー。これはいったいどうやるのじゃ」


 人通りのある道中でさえ目を引く綺麗な銀の髪。

 日本人のそれとは異なる整った造形が印象的な小柄の少女。

 

「……何してるの? メルティ」

「うん? おぉ、優介か。なんぞ休日に合うとは珍しいの」


 街通りに点在するゲームセンターの目の前で、僕はクレーンゲームにべったりと張り付く小さな同級生と邂逅した。

 


 ******



「おぉ! なんじゃこれは! のうのう優介ぇ! これこれぇ!」


 わー、めっちゃ騒いでる。

 いまどきゲームセンターでここまで感情を動かす人間が他にもいるだろうか。

 ほら、今も店員さんの視線にはとても優しい感情の色が宿っている。

 うん。それこそ年少の子供が楽しそうにしている姿を微笑ましく眺めるような光景に――。


「……ってあれ? メルティ?」


 ふと目を離したすきに彼女の姿を見失う。

 あれだけ騒いでいればすぐ分かりそうなものだけど、一体どこに?


「のう優介! これは何ができるんじゃ?」


 声がする方に振り向くと、そこにはレーシングゲームの筐体が見える。

 ――あ、なるほど。

 ふと座席をのぞき込んでみれば、そこでは小柄な少女がハンドルを手にゲーム画面を眺めていた。

 画面にはお金を投入することを促す文字が表示されながら、実際のプレイ画像を模したデモムービーが流れている。

 

「むぅー! のう優介! ワシがハンドルを回してるのにこの車は曲がらんのじゃ!」

「あー、うん。これ、まだお金を入れてないでしょ」

「お金? ……おぉ、そういうことじゃな! うん? じゃが今目の前で車が走っておるではないか」

「これは誰もゲームをプレイしていないときに流れる映像で――」


 不思議そうに首を傾げるメルティの疑問に答えながら、そういえばなぜか彼女は機械の操作が苦手なんだよなぁとその特徴を思い出す。

 漫画やファンタジー小説に登場する異国の少女が馴染みのない風土にあたふたするように、彼女もまた「機械」というジャンルを苦手としている。

 いや、嫌いといった感情はなくどちらかといえば慣れていない。そう考えると表現は少し変わってくるかもしれない。

 ともあれ、今言えるのはただ一つ。

 このゲームセンターとは、カルナ・メルティという少女の天敵みたいな場所だということである。

 


 ******



 その後、案の定始まったレーシングゲームは僕が勝利した。


「むぅー。ゲームだからじゃぞ! 本当に勝負したらワシが勝つのじゃからな! というか優介! ワシを追い抜くときにわざと車をぶつけたじゃろ!」

「発言だけ聞くと競っていたように聞こえるけど、あれ周回遅れだからね」


 きーっ!

 そんな金切り声を挙げながら地団駄を踏む少女を背に、辺りを見渡す。

 楽しんでもらえたのは結構だが、勝負ばかりだとさすがに飽きてしまうかもしれない。

 メルティもいい感じに楽しめそうなゲームは何かないかなぁ。

 そんな風に適したゲームを探していた僕は、ふととあるゲームに視線を留める。


「メルティ。次はあれをやろうか」

「おぉ! なんじゃなんじゃ!」


 さっすが。切り替えが早い。

 機嫌を直しすぐさま僕が指をさす方へと視線を向けると、次の瞬間には急ぎ足でゲームの筐体へと駆け寄っていく。

 

「これは、鉄砲かえ? ふむ。推測するにこれで画面の敵を撃つのじゃな!」

「正解。ちなみにこれは二人でできるから一緒にやろうか」

「おぉ! ワシと優介ならこんなの楽勝じゃな!」

「その根拠のない自信がどこから来るのかは置いておくとして……よし、お金を入れるよ」


 ワンプレイ二百円、と。

 一人、二人分。百円玉を四枚投入すると、ディスプレイに表示されていたデモ画面からゲームのムービー画面へと切り替わる。

 どうやらこのゲームはどこかの施設で大量に湧き出したゾンビを退治するゲームらしい。

 まぁよくある設定だと、そんな感想を抱きつつ備え付けの銃を手に取りトリガーの感触や質量を確認している頃、ふと隣を見れば食い入るように画面から目を離せない少女の姿が視界に映る。

 当然その手には何も持たず、「おぉ!」と声を口に出しながら物語を追っているその姿はむしろ映画館で見られそうな光景でさえある。


「メルティそろそろ――」


 瞳を輝かせる少女の姿に声をかけるのも悪いかなぁと迷うも、ひとまず銃を手に取るように伝えようとした矢先、唐突にそいつらは現れた。


 ――ヴォォォォォ!

 

「な、なんじゃ! なんかきたぁぁぁ!」


 速報。ゾンビ襲来。

 

「メルティ! そこの銃! 銃で撃って!」

「う、うむ! わかったのじゃ!」


 唐突な映像の変化に驚くもつかの間、ショックから立ち直ったメルティはすぐさまに銃を手に取り画面に向かって引き金を引き始める。


「この! この! ……お、おぉ! な、なんじゃこれは! なんかすごいことになっとるぅぅぅ!」


 ――ヴォォォォォ!


「のぉぉぉ! めっちゃくるのじゃぁぁぁ! ……ってあれ? 銃が撃てぬではないか!」

「銃を画面のセンサーから外すように動いてみて。そうすると銃弾が補充できるから」

 

 その言葉に僕の方へと視線を動かす彼女に対し、実際の動きを見せてみる。


「う、うむ! こうじゃな!」


 教えた動きをそのまま再現すると、すぐにディスプレイに表示されていたメルティの銃弾数が回復する。


「おぉ! なるほどそういうことじゃな! だんだん分かってきたのじゃ!」


 ――バンバンバンバン。


 基本的な動作さえ覚えてしまえば、まぁ上手い。

 ()()も相まって並の人間よりも優れた動体視力を有する僕たちは、その後も順調にステージを進むこととなった。


「優介! しっかりとワシに付いてくるのじゃぞ!」

「うん。頼りにしてるよ」


 なおことの顛末として、最終ステージの手前で大量のゾンビに囲まれた結果あえなくゲームオーバー。

 メルティはとても悔しそうに地団駄を踏みながら、けれど同時にケラケラと大きく笑っていた。

 


 ******



 それからもメルティといろいろなゲームで遊んだ。

 音楽に合わせて光るパネルを足で踏み、映像のタイミングに合わせてボタンを連打し、コインを購入してスロットを回す。

 さて、こんなにゲームセンターを満喫したのはいつ以来だろうか。


「お、おー! そこ! そこじゃ!」


 あと残るは最後にお土産を獲得するべくアームでぬいぐるみを掴むゲーム。

 なんのキャラクターかは分からないけれど、なにかメルティの琴線に触れたものがあったらしく現在奮闘しているなう。


「あぁ惜しいのじゃ。あと少しなのにぃ」


 いいところでアームからぬいぐるみが零れ落ちる。

 メルティがくりと肩を落とすと、先ほど出会った時と同じようにガラスにべったりと張り付きながらお目当てのぬいぐるみを恨めしそうに眺める。

 挑戦回数は十を超えるところだが、結構うまいことやっているからか確実にぬいぐるみは出口へと近づいている。


「の、のう優介。このまま取れると思うかえ?」

「うん。どんどん上手くなっているしいけるよ。僕も横から助言するからもう少し頑張ってみようか」

 

 そう伝えると、筐体の横側へと立ち位置を変えアームの奥行きについて助言することにする。


「そのままそのまま……ストップ。うん、いい感じ」

「うむ。それでは次は――」


 最初に奥行き、次に横移動でアームを調整し、そして。


 ――ゴトン。


「と、とれたのじゃぁぁぁ!」


 両手を挙げながら大はしゃぎした後、筐体の取り出し口からぬいぐるみを取り出すとこちらを見ながら高らかに掲げて見せる。


「ほれ! どうじゃ優介! これワシが取ったんじゃ!」

「うん、おめでとう。すごいじゃん」


 かっかっか。

 そう嬉しそうに笑うメルティに、近くでこっそりと眺めていた店員のお姉さんが近づいていく。

 おめでとうございます! そう言葉を口にすると、こんどはぬいぐるみを包装するための袋をプレゼントしてくれた。

 メルティが小柄なこともあるが、それにしてもそこそこ大きいぬいぐるみは確かに運びにくそうにも見える。

 メルティは素直にありがとうとお礼を伝えると、袋にぬいぐるみをしまい、再び満面の笑みを浮かべる。


「のう優介。せっかくじゃからこのまま昼食でも一緒にどうじゃ? 楽しませてくれた礼にワシがおごるぞ」

「うーん、そうだなぁ」


 僕はずっと手に持ち続けていた袋にそっと目を配る。

 

「うん。じゃあどこに食べに行こうか」

「よしきた! ――そうじゃのう。ワシラーメンが食べたいのう」

「そう? じゃあおすすめのお店があるんだけど」

「よし! さっそく案内せい!」


 のんびり過ごす予定だったけれど、まぁ彼女と過ごすにぎやかな休日だって十分に楽しいはずだ。

 銀の髪を揺らしながら早足で駆ける少女の背中を見つめ、僕は口元を緩ませた。


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