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魔法使いの花嫁たち  作者: 春夏 冬
3月:魔法使いたちの進級試験
7/10

After SS:音子は彼と寄り道をしたい

「あー、疲れた」

「ねー」


 地平線へと沈みゆく夕陽に照らされながら、僕――西園寺(さいおんじ)優介(ゆうすけ)と【占猫(うらないねこ)】こと松永(まつなが)音子(ねこ)は学園の門をくぐったのち帰路へとつく。

 周囲に人影はない。

 元々人通りの少ない道や時間帯であることからその光景は特に違和感がなく、そんな静かな時間を過ごすこの瞬間が僕は結構好きだったりする。

 別に騒がしいのが嫌いなわけではない。

 ただそういうのは学園で十分堪能しているわけで、――うーん、こういう話って言語化しづらいよね。

 

「ユー、お腹すいた」

「そだね。僕もお腹がすいたよ」


 頭のてっぺんがちょうど僕の肩に届くくらいに低い身長。またしゃがみこめば地面に付いてしまうほどに伸びた長い黒髪が特徴的なダウナー系女子。

 そんな彼女は普段通りの気怠そうな表情で隣をトコトコと歩きながら空腹を訴える。


「食べたい」

「なにを?」

「ラーメン」

「ラーメンかぁ」


 じーっ、と声が聞こえるような少女の視線にふと思案を巡らせる。

 気持ちの天秤では音子の要望に付き合う方向へと傾くものの、ただ食べて帰ると夕飯当番である姉さんがうるさいかもしれない。


「うーん。どうしたものかな」

 

 西園寺家では家族で食事当番を日ごとに交代しているのだが、そんななかでも今日の姉さんはいつになく張り切っていた様子だった。

 姉さんはお祝い事なんかを全力で楽しむタイプだ。

 今日の場合は学年度最終試験。

 午前は筆記で午後は実技と、なかなかにハードな一日を僕と姉さんはこなしてきたわけで。

 ゆえのお祝い。


『ユーくん! 今日はいーっぱい美味しい料理を作っちゃうからね♡』


 まだ試験が始まる前の早朝ですらあのテンションだ。

 間違いなく西園寺家の今日の食卓にはごちそうが並ぶことだろう。


「ユー」

「う、うーん」


 さて、どうしたものか。

 と、そんな僕の悩みを見抜いてか、道脇に流れる川を横目に歩く彼女は、ぴたりと足を止めると次に両の人差し指をこめかみに当ててわざとらしく「むむ」と言葉を口にする。

 

「音子の占い。ユーは今からラーメンを食べると吉。しかも誰かと食べると大吉になる」

 

 占いというかおみくじですね。

 

「むむ。信じてない。【占猫】の占い。信じてない?」

「世界で一番信じてるよ」

「知ってる。だからユーはラーメンを食べに行く」


 制服の裾を掴み、再びこちらの顔をじーっと見つめる。

 そんな彼女の視線に正面から見つめ返すと、無表情より少しのを乗せてきゅーっと裾を掴む手の力を強める。

 にらめっこは時間をかけることなく終わりを迎える。

 なんてことはない。女の子のお願いを断れるほど僕のメンタルが強くはなかったってだけの話だ。

 


「じゃあ食べに行こうか」

「おー」


 大げさにガッツポーズをキメる音子の姿に、つい口元が緩んでしまう。

 なんというか、こういうところが彼女の魅力の一つなのだろう。

 傍から見ても我がままばかりの彼女だが、可愛いは正義とはよく言ったものである。


「ユー、おんぶ」

「脈絡ないじゃん。てか今日いっぱい運んだよね」

「あれは試験。ユーに背負われた方が早い」

「音子が早足で歩くって選択肢はないの?」

「ない」

「さいですか」


 ほら、またわがままだ。

 はーっ、とため息を一つ。

 次に観念したとばかりに無言で背中を向けて腰を下ろすと、彼女は飛び跳ねながら背中へとしがみつく。


「鞄は持つ」

「それはどうも」

「これでチャラ」

「その計算機壊れてますね」


 

 差し出された音子の手にカバンを預けると、今度は居心地の良いベストポジションを探すように背中でもぞもぞと動き出す。

 こちらはこちらで上手い持ち方を試行錯誤しつつ、やがてお互いに納得する位置に落ち着く。


「それじゃあレッツゴー」

「あいよ。お姫様」


 彼女を落とさないようにとバランスを整え、一歩一歩歩き出す。

 慣れたもので、彼女の軽さも相まってそれほど苦痛でもない。


「ユー。眼鏡の位置ズレてない? いまならサービスする」

「結構です」

「そう遠慮しない」

「あ、こら」


 音子は昔から僕の眼鏡をいじるのが好きだった。

 背中に上るのも好きだが、そのあとは手持ち無沙汰になると人の眼鏡の柄をペタペタと触りたがる癖がある。

 それほど度が入っていないため多少眼鏡がずれたところで歩く動作に影響はないが、なんというか定位置からずらされると落ち着かない気持ちにはなってしまう。


「こら、これ以上触ると降ろすよ」

「ごめんなさい。直すから許して」

「触るなといっちょるだろうが」


 そんな風に謝りつつ眼鏡から手を離すと、今度は耳を触り始める。

 まこと手癖の悪い小娘である。


「お客さん。痒いところはないですか?」

「つむじが痒いですね」

「そうですか」

「…………」

「…………」


 なんやねん。


「ねぇ、ユー」

「なに?」

「なんのラーメン食べるか決めた?」

「いつものところだよね。僕はとんこつにしようと思ってるけど、他に何があったっけ」

「塩と醤油と味噌。あとは海苔とかチーズ」


 うーん、今日は特に疲れたからこってりしたのでもいいんだよね。

 

「チーズって美味しいのかな」

「食べたことない。でも興味はある」

「……半分こしようか」

「うん」

 

 ラーメンも姉さんの料理も全力で胃袋に納め切って見せる。

 そう決意した以上、もはや食べたいものを食べようと結論付けたためわけで。


「ねぇ、ユー」

「なに?」

「来月。きっとユーと私は違うクラスになる」

「さいですか」

「寂しい?」

「別に」

「ユーは冷たい」


 知ってるよ。

 なんたって【鬼畜眼鏡】なんて呼ばれるくらいだから。


「別にクラスが違ったってちょっと顔を合わせる頻度が減るだけだよ。それ以外何も変わらない」

「分かった。学園で過ごす時間が減った分放課後に遊ぶ」

「譲歩するという言葉を知らんのかい」


 ――だけどまぁ。


「気が乗ったら遊びにでも行こうか」

「……珍しく嫌がらない」


 少しだけ驚いた音子の様子にちょっとした満足感を得る。

 

「だって遊びたいんでしょ」

「うん」

「なら遊ぼう」

「うん」


 思い返せば、この一年間音子と一緒に過ごした時間は他の誰よりも長かった。

 約一名例外を除くとして、こと幼馴染を含めてもそれは変わらない。

 それはきっと、彼女にとっても同じなのではないだろうか。


「今年一年、楽しかった?」

「楽しかった」

「なにが一番楽しかった?」

「難しい。いろいろある」

「それは良かった」

「うん」


 ふと、ほんの少しだけ歩くスピードが遅くなっていたことに気が付く。

 だけどまぁ、急ぎでもなし。背中にしがみつく女の子との話が長引く程度の影響しかない。


「ユー、来年もよろしくね」

「こちらこそよろしく」


 その後ものんびりと歩き、僕と彼女は一年生最後の放課後を一緒に過ごした。

 なお余談だが、どんな理由か教師たちから呼び出しを受けていた姉さんの帰りがいつも遅れたため、西園寺家の晩御飯も遅くなる運びとなった。


 ――ごめーん! お腹すいたでしょ。早く作るからねー!

 

 なるほど、これは確かに大吉だったのかもしれないね。

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