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魔法使いの花嫁たち  作者: 春夏 冬
3月:魔法使いたちの進級試験
5/10

第4話:【魔法使い】は試験を終える

 ――ピンポーンパンポーン

 

 ――しゅーりょー! しゅーりょーでーす!


 ――第一学年最終実技試験は以上を以て終了といたしまーす!


 ――生存している生徒の皆さんは速やかに体育館までお集まりくださーい!


 

 ******



「ひ、酷い目にあった……」


 いつ墜落するかも怪しい飛行物体(竹箒)に跨り空を飛ぶことおよそ五分。

 上に下にと幾度となく上昇と急降下を繰り返す恐怖に冷や汗をかき続けるも、ついに待ちわびた試験終了のアナウンスが通達される。

 やっと解放される。そう安堵すると同時にすぐさま体育館へ向かうように指示するも、やや不満そうな表情を浮かべる【魔女】がこの期に及んで駄々をこね始めた。


『いやじゃ! いやじゃ! こんな大手を振って空を飛べる機会などそうはないのじゃて!』


 せめてあと三分だけでも!

 そんな言葉を涙目で懇願されるのが半分、三階建ての校舎の屋上を下に見るほどの高さを飛行操作する【魔女】のコンディションに悪影響を与えまいと気を遣ったのが半分。

 半ば選択肢がない状況に、いいよと返事を返すまでそう時間はかからなかった。

 仕方ないよね。だってこの状況、ほとんど命を握られてるじゃん。

 なおもう一人の乗客といえば、正面から抱き着く形で身じろぎ一つせずに「すぅーすぅー」と寝息を立てながらご就寝の様子。

 本当、女の子は肝が据わってますねぇ。

 


 

 その後、気の済んだ【魔女】の操作により竹箒はアナウンスが指定した体育館の前へと到着した。

 僕は深い安堵のため息を吐きつつ颯爽と竹箒から降りるも、地面に足をつけると途端に身体を蝕む疲労感を全身に感じ取る。

 なるほど。やっぱり魔力が足りないのか。

 体力もさることながら十分な魔力が感じられない影響かどうにも身体がふらついてしまう。

 格好つかないなぁと自重する反面、貴重な体験だと感じる自分に気が付く。

 

「そういえばお主。こやつとはいつから一緒におったのじゃ」


 ふと背後から声を掛けられる。

 同じく竹箒から降りた【魔女】は、僕の背におぶさる【占猫】の頬をぷにぷにと突つきながら質問を投げかける。

 反射的にぴくりと小さな身体を震わすもいまだ当人は夢の中。

 そんな彼女の様子が面白かったのか、【魔女】はけらけらと笑いながら次に頭をなでる。

 

「あぁ、開始五分くらいからずっと一緒だったよ。何の前触れもなく目の前に現れたからさすがに驚いたけど」

「さすがじゃな。ことお主を見つけることに関する才は他を寄せ付けぬ」


 どんな才やねん。

 そんなツッコミを内心で入れつつも、まぁあながち間違ってはいないのだと肯定する。

 

「もしこやつが【鬼】じゃったらお主詰んどったかもしれんのう」

「それは言えてるかもね」

「愛、じゃな」

 

 ニヤリと笑う彼女の一言に、そうかもねと乾いた笑いで返事を返す。

 事実、良くも悪くもむらっ気のある【占猫】の占い(魔法)だが、昔から僕こと西園寺優介を探すという一点においては概ね的中して見せる。


 ――まぁ、その事実だけ見れば()()思うよね。


 耳元で規則正しい寝息を立てる【占猫】の身体を落とすまいと、身体を揺らしながらしっかりとした体制で彼女の身体を背に乗せる。

 背に回した両手を組み、太ももを安定した位置に乗せることで負担がかからないようにと心がける。

 ふらつく身体がそろそろ限界であることを告げているのだが、まぁ体育館までなら十分彼女を運べるだろう。


「愛じゃな」


 ニヤケ顔のままに【魔女】は手に持った竹箒で僕の身体をつんつんとつつき始める。

 

「……なんか今日はいつにもましてテンションが高いね」

「うむ! なにせ良いことがあったからのう!」


 どうやら先ほどのアトラクションが大変ご満悦だったらしい。

 いかに空を飛ぶことが楽しいのか。

 それを力説する彼女の言葉に相槌を打ちつつ、僕たちは体育館へと向かって歩き始める。

 わーわーと飛び跳ねるように大きなリアクションで解説を続ける彼女の姿を微笑ましく感じるも、襲い来る眠気につい欠伸をしてしまったのはご愛嬌ということで許していただきたい。



 

 ******



 体育館に入ると、そこには見知った生徒の姿が散見される。

 蓄積した疲労からか、仰向けに寝転がっている者もいればうつ伏せに倒れて床の冷たさに身体の熱を冷ましている者もいる。

 それだけみんなこの試験がしんどかったのだろう。


「ま、それはそうだよね」

「うん? なにがじゃ?」

 

 僕のつぶやきが聞こえたのか首をかしげながら【魔女】は相槌を返す。

 ケロッとした彼女の表情に、はたしてこの気持ちはうまく伝わるものかとつい苦笑いしてしまう。


「【鬼ごっこ】、きつかったよねーって話。みんな倒れてるからさ」

「あぁ、そうじゃのう。ワシとしてはそれほど苦ではなかったからよう分らぬわ」

「さいですかね」


 ほら想像通り。

 かっかっか。そう笑う彼女の言葉はいつも正直で邪気がなく、それゆえに真実である。

 

 【魔女】――カルナ・メルティの魔法は「生命を与える」力を持つ。

 

 いわゆる攻撃力こそ目を見張るものはないものの、今回のようなフィールド探索を主とした試験では滅法強いと周知されている。

 特に竹箒を使った飛行魔法。

 日本でも数えるほどしか許可されていない「浮遊」に属する魔法を扱える学生など【魔女】をおいてほかに見たことがない。

 今年、彼女が許可試験を通過した時には有栖川魔法学園でも初めての快挙を大騒ぎになったほどだ。

 それほどに才に恵まれた少女、カルナ・メルティからすれば今回の試験など遊びの延長戦でしかなかったのだろう。

 

「かっかっか! まぁ試験自体は退屈じゃったが公に空を飛ぶことも出来た! ワシとしては満足じゃよ」

「なるほど。とりあえず頼むからその時は僕を巻き込まないでくれ」


 記憶を振り返り楽しそうに笑う彼女の姿に、これ見よがしにため息を一つ吐く。

 と、同時に糸が切れ始めたのかほんの少し眩暈を感じた。

 なんやかんやと緊張していたのか、久々の感覚に戸惑いながらもすぐそばの壁に腰を下ろすことにする。

 まずは背負ったままの【占猫】をゆっくりとおろし壁に身体を預けたのち、続けて僕もその隣に腰を据える。


「……あっ」


 壁に背を預けた途端、必要以上に脱力したのか、ついふらりと少女の肩に身体を乗せてしまう。

 彼女ごと巻き込んで倒れてしまうかと懸念するも、どうやらそうはならなかったようである。


「……あー、ごめん。起こしちゃった?」

「うん。だけど気にしなくていい」

 

 すぐ近くにある顔には、うっすらと開かれた眼が二つ。

 どうやら気持ちよさそうに眠っていた彼女を起こしてしまったようだ。

 

「試験。終わったの?」

「終わったよ。いまは先生たちの到着待ち、かな。たぶん」

 

 ただでさえ疲れている上に小柄な彼女にはさぞ重いに違いない。

 身体を起こして元の体勢を取ろうとするも、ついと【占猫】が袖を引っ張っていることに気が付く。

 

「たまにはこういうのもいい」

「なんだよそれ」


 うっすらと笑みを浮かべる彼女に、僕はいつもと同じく苦笑いで返事を返す。

 

「ユー。これで貸し借りはゼロ」

「それはない」

 

 まぁこういう珍しい日があってもよいのだろう。

 無表情ながらも、ふふっと笑い声を口にする彼女に甘える形で、そのまま身体を預けることにする。

 心なしか、彼女の分まで睡魔が襲い掛かってくる気がするも、いまは身をゆだねるのも悪くはない。


「ユー。少し寝るといい。起こしてあげる」


 なに、槍でも降るのかな。

 そう口にして茶化そうとする頃には、僕は夢の世界の入口へと足を踏み入れていた。

 ほんの数分程度の安らぎに浸るまで、そう時間がかかることはなかった。

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