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魔法使いの花嫁たち  作者: 春夏 冬
3月:魔法使いたちの進級試験
4/10

第3話:【魔法使い】は空で叫ぶ

 ――バタン

 

 階段を駆け上がる勢いのまま、屋上につながる扉を力強く開け放つ。

 追手とはそれなりの距離を確保したつもりで入るものの、あまりのんびりするような猶予はない。

 浴びるほどに刺さる眩い太陽の光に目を細めながら、僕は()()の居場所を探し始める。


「――いた」



 僅か数秒。件の君は労せずして見つかった。

 黒い三角帽子と、丈の長いこれまた黒色のマント。

 『魔法使いといえば黒色じゃろ!』とは本人の言葉だが、その発言を体で表すかの如く見事にその小さな体を黒一色で染めあげている。

 さてそんな彼女はといえば、なにやら屋上の床に向かってしゃがみこんで何か作業に取り組んでいる様子。

 こちらからは丸まった背中しか見えないけど、あれは何をしているのだろうか。


「うん? おぉ、待ち侘びたぞ。なんぞゆっくり散歩でもして来たんかの」

 

 どうやらこちらに気が付いたらしい。

 彼女――【魔女】はその場に立ち上がると腰に手を当てながらこちらへと振り向く。


「これでも早足で駆けてきてんだけどね。ここにはいつから?」

「いうてワシも少し前に到着したばかりじゃよ。しつこい連中を撒くのに苦労したもんじゃて」

 

 同年代に比べると一回り小柄な身体で大きく胸を張り、ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 

「まぁ何人か【鬼】を仕留めようかとも考えたがのう。魔力を制限されてはどんな影響が出るやもしれぬと考えればそうもいかなんだ」

 

 かっかっか。

 【魔女】はいつものように独特な笑い声をあげながら、しかし次の瞬間には瞳を薄く細めてこちらを見つめる。

 同時に開いたままの入り口より先、どたばたと階段を駆け上がる足音が複数聞こえてくる。

 

「さてどうやらそれほど時間もなさそうじゃな。二人ともこっちじゃ」

 

 そう告げると、魔女は足元で寝かせていた竹ぼうきを手に取り柄で床をトントンと叩く。

 

「あー、やっぱりそれなんだよね」


 うーん。竹箒。

 一応覚悟はしていたけど、案の定どうにも苦々しい思い出が蘇る。

 実験と称して空を飛び、ある時は空から放り出され、ある時は窓ガラスを突き破りそうになり。


「安心せい! 何度も検証を重ねて実用性を確立したではないか」


 それはそうなんだけどさぁ。

 そんなボヤキが口に出かかったところで、耳に届く足音の大きさがもはや選択する猶予を与えないことを暗に告げる。

 

「ほんと頼むよ」

「かっかっか! 任せよ!」


 あまり良い思い出がないマジックアイテム(魔法道具)を前にするも、もはや躊躇する時間が惜しい。


「ほんっとーに! ほんっとーに頼むから安全第一で頼むよ」

「当然じゃわい!」


 項垂れる僕とは対極的に楽しそうな表情を見せる彼女は、次に右手で竹箒を持つと身体の前で水平に掲げる。

 

「それじゃあ! ゆくかのう!」

 

 瞬間、空気が変わる。


【我は魔女、万物に命を与え統べる者なり】


 呪文を唱え始めると、それまでかすかに感じていた彼女の魔力が一気に膨れ上がる。

 掲げる右手の人差し指を中心に彼女の身体を青い光が包み込むと、やがてその光は見る者の身体を震えさせんとばかりに存在感を放ち始める。


【我は魔女、悉くに意味を与え遂げる者なり】


 続く呪文に応えるように【魔女】の指にはめられた金色の指輪から漏れ出す魔力が勢いを増す。

 吹き出す魔力は【魔女】の身体に靄のように纏わりつくと、そのまま竹箒へと流れ込む。

 やがて魔力を吹き込まれた竹箒は手を離れるように浮かび上がり、地面に落ちることなく宙を漂う。


【我が名はカルナ・メルティ。其に込める願いは『浮遊』の夢】


 そして彼女は竹箒へと右手を向け、一呼吸の後にパチンと指を鳴らし、命じる。


【飛べ】


 次の瞬間、荒れ狂うように竹箒があちらこちらへと飛び跳ねる。

 荒々しく、有り余る力をぶつけるように跳ね回り、空を縦横無尽に駆け回るその様子はまさに生を受けた喜びを表現しているかのようだ。

 楔を外された野性の狼のように、鬱屈から放たれた鷹のように、方々へと動き回り、やがて(かしず)くように主人たる【魔女】の前へと落ち着く。


「相変わらず派手なことで」

「かっかっか! よいではないか! さぁゆくぞい!」


 そう笑いながら【魔女】は浮かぶ竹箒に跨りこちらへと手を伸ばす。

 ここまで来てもはや文句は言うまい。

 覚悟を決めて彼女の手を取り僕も竹箒に跨る。

 っと、そうだ。

 

「音子、乗れる?」

「ん。狭い。ユー、こっち」


 そう言いながら【占猫】は僕の身体の前へと回り込むと、そのまま抱っこの姿勢をとる。

 正面の位置から腰に手を回され、ぽふっと僕の肩に彼女の顎が乗る。


「まぁ竹箒に三人乗りはちときつかったかもしれんのう。――重量オーバーとか大丈夫じゃろうか」

「いまなんて!?」


 心底不安になる一言を耳にし声を荒げるも、すぐさま屋上の入り口から生徒たちがなだれ込んでくる。


「ちっ! おい【鬼畜眼鏡】はどこだっ!」

「……いたぞあそこだっ!」

「――っ! おいやべぇ! 【魔女】も一緒じゃねぇかぁぁぁ!」

 

 あー、だめだ。

 

「メルティ! 頼む!」

「うむ! しーっかり掴まっとれよー!」

 

 竹箒に先頭でまたがる【魔女】は身を低く構える。

 それを合図ととらえた僕は、密着した【占猫】の身体ごと背中から【魔女】の腰へと手を回す。

 【占猫】も一緒に振り落とされないようにと力強く身体を抱きしめ、【魔女】へと()()を返す。


「それではみなのもの! さらばじゃーっ! やっはーっ!」


 溢れんばかりの魔力を注がれた竹箒は、主人の命令に従いノーモーションで一気に空へと跳ね上がる。

 屋上の柵など物ともしない程に空へと高く昇るとふわりと安定した様子で宙を飛び、そしてすぐさま遥か下、校庭へと真っ逆さまに急降下を始める。


「かっかっか! さいっこーじゃのー! のう! そう思わんかえ!?」


 叫ぶ僕を尻目に、竹箒は校庭に激突するぎりぎりまで落下を続け、寸前で再度急上昇を開始する。

 

「ただひたすらにこえーんですが! ねぇ上下に飛ぶ意味ある!?」

「なんじゃー! おぬしも男ならどっしり構えてみせよ! ――やっぱり三人乗りは厳しかったかのう」

「ああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ユー、うるさい」


 女子たちのなんたる豪胆さ。

 もう当分ジェットコースターには乗れないほどに新たなトラウマを刻まれつつ、その後も僕らは縦横無尽に空を飛び続ける羽目となった。

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