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魔法使いの花嫁たち  作者: 春夏 冬
3月:魔法使いたちの進級試験
2/10

第1話:【魔法使い】は廊下を駆ける

 さて、ここで一つあなたにお尋ねしたい事があります。

 

 それは誰もが一度は思い描いたことのある夢。

 あるいは誰かの願い、もしくは希望。


 もしも空に広がる青い世界を鳥のように自由に飛ぶことが出来るのなら。

 もしも深く静かな海をただ一人魚のように悠々自適に泳ぐことが出来るのなら。

 

 例えば、日が照らす夏には好きな時に冷たい飲み物が、口恋しくなる雪降る冬にはふと肉まんを取り出すことが出来る素敵なポケットがあったり。

 あるいはいつでもどこでも瞬間移動なんて出来れば登校時間ギリギリまで寝坊出来るかもしれませんね。


 え、言っていることが俗っぽいですか?

 ふふっ、そうかもしれませんね。

 

 ですが、あなたにとっては些細な願いでさえ、心から希う(こいねがう)人はいるものなのですよ。

 伸ばす手の先に憧れ、届かないはずの世界へ至らんとする可能性の体現者たち。

 

 そう。魔法使い。

 

 えぇ、それっぽく表現してみましたがいかがでしょうか。

 お気に召しませんか。それは残念です。

 

 ですが、次はあなたの番です。

 

 大丈夫ですよ。まったく恥ずかしいことなんかじゃありません。

 子供も大人も関係ない。

 だって私たちは、いつだってそれを求めているのですから。

 知っていますとも。

 いつだって、あなたは彼方へと手を伸ばしている。


 それでは、教えてください。

 

 唯一(ただひとつ)、あなたはその魔法に何を願いますか?



 ******

 


 ――さぁ、大きな盛り上がりを見せた魔法対抗戦もいよいよ終盤戦!

 ――有栖川魔法学園第一学年最終試験! 全クラス生徒一斉参加による【鬼ごっこ】もついに大詰めです!

 ――ついに残り時間が十分を切ったわけですが、解説役の西園寺(さいおんじ)生徒会長。ここまでの展開はいかがでしょうか。


 ――そうですねー。ここまでも色々と見どころはありましたが、この局面で特に注目すべきは『二つ名』持ちの生徒でしょう。

 ――他の生徒に比べて重たいルールが課せられたにもかかわらず見事全員がこの時間まで生存しているのだから大したものです。

 ――【一星(ひとつぼし)】【狂犬(きょうけん)】【魔女(まじょ)】【占猫(うらないねこ)】【魔弾(まだん)】【嘘言(そらごと)】、そして【魔法使い(まほうつかい)】。

 ――学業や実技試験において優秀だと認められた生徒たちに贈られる『二つ名』。

 ――例年になく豊作だと称される世代の代表者たる彼ら七名がこの局面をどう乗り切るのか。あるいは大暴れするのか。

 ――私のみならず観戦者皆さんが同じ期待を抱いていることでしょう。

 

 ――なるほど、たしかに私も同じ意見です!

 ――ちなみに西園寺生徒会長。ズバリ! ここからの展開をどのように予測されますか!


 ――そうですねー。セオリー通りであれば機動力に乏しい【占猫】や【嘘言】をターゲットに据えるのでしょうが、どうやら両者ともにすでに手を打っている様子。

 ――相手が地盤を固めている以上、こうなっては数の理で押し切るのが効果的な策であると考えます。

 ――ですが……ふふっ、ここから先は観てのお楽しみといたしましょう。

 ――これ以上口にするのも野暮というものでしょう。

 

 ――なにやら含みを持たせてますが……おーっと! そんなこんなでとあるペアがどうやら正念場を迎えようとしているようです!

 ――さぁ残り僅かな時間を逃げ切る事ができるのか!

 ――最後まで目が離せませんねぇ!


 ――あ、あ、あ! きゃあぁぁぁ! ユーくーん! 頑張ってぇぇぇ!

 


 ******

 


「テメェはここでぶっ潰すっ!」

「大人しく消えろぉぉぉ! 西園寺ぃぃぃ!」


 叫び声と共に二つの方向から光弾が放たれる。

 およそサッカーボールほどの大きさを形取る彼らの『魔法』は、確実に僕の魔力を削り取らんとこの身に迫り来る。


「右前方の階段を三階まで登る。そのまま廊下ですぐに三人と会敵するから右折して逃げる」

「りょうかーい」

 

 直線で迫る二つの()()から目をそらさずに、首元から聞こえる指示が耳に届いた直後、急ぎ階段へと駆け込む。

 つい直前まで立っていた場所に光弾が着弾する音がするもそれは無視。


「おー、はやーい」

「そりゃどーも」


 後方から追いつかれぬようにと足早に階段を駆け上がる僕に対し、背中の君は全く緊張感の感じられない感想を口にする。

 首に回されるか細い腕をきゅっと締めながら、それでいてだらんと脱力しながらしがみつく。

 うん。大変楽そうで何よりです。


「三階に到着するよ」

「右折した後は直進して二本目の渡り廊下に左折する。ただ敵が五人いるからなんとかする必要がある」


 気配を感じる。

 三、四……うーん。わからん。

 思いのほか感じる疲労感のせいかどうも本調子ではないようで。

 上手く働かない察知能力はこの際切り捨てることにして、階段を登り切った後は彼女の言葉に従い躊躇うことなく廊下を右折する。


「あ、てめぇ西園寺! おいみんな! こっちだぁぁぁ!」

「おい! 【鬼畜眼鏡】がいたぞ! 至急応援を呼べっ! あの野郎を仕留めるチャンスだ!」

 

 勢いのままに過ぎ去る僕たちの姿に気が付いてか、ざわめき立つ気配を感じる。

 魔法対抗戦もそろそろ終盤戦。試合の流れから大多数の【鬼】たちが徒党を組んで僕たち【子】を狙ってくる可能性は十分に想定できていたことだが、もう終盤だというのにずいぶんと元気なことで。


「後ろの警戒は任せるよ」

「あいあいさー」

 

 試験はあくまで個人戦。

 【子】を捉えた成果はグループではなく個人のみに与えられるため一見すればチームを形成することの意義は薄そうに見えるが、それで結果として【子】に逃げ切られるようでは話にならない。

 こと、相手が成績優秀者たちであればその未来は容易に想像できてしまうだろう。

 ――なーんて、というのも実は建前で。


「てめぇら! あいつをこのまま生かして試験を終えさせるんじゃねぇぞぉぉぉ!」

「いつも涼しい顔でいい思いしやがってっ! ここがお前の墓場じゃあぁぁぁ!」


「ユー、人気者」


 そっすね。

 背中越しに聞こえる怨嗟の声につい振り返りたくなるも、この狭い廊下で大人数とやりあうほど僕は愚かではない。

 それに下の階層からも追手が来ているはずだ。

 生き残るための選択としては逃走がベター。

 

「ユー、そこの廊下を曲がる。五人いるから頑張って」

「それはいいんだけど、状況は?」

「しっかりと待ち構えてる。準備ばっちり」


 それとなく後方に気を配りながらも視界にとらえている渡り廊下へと視線を走らせる。

 長さにしておよそ三十メートル。

 おそらくは僕たちの動きにあたりをつけて迎撃網を敷いているのだろう。

 ただの直感かそれとも作戦か。


「ユー、()()しかない」

「そりゃ残念」


 ひとまずはうまく誘い込まれたのだと心の中で賞賛を贈りつつ瞬間的に意識を切り替える。

 逃げるのではなく、戦うのだと。

 

「で、どうやって切り抜ければいいの?」

 

 退路なく走り続けることを強要する彼女に、数十秒後の未来に向けての助言を乞えば、その答えはすぐに彼女の口から零れ落ちる。


「最初に魔法が二つ飛んでくるからなんとかする。次に魔法が三つ飛んでくるからなんとかする。敵に接触する前にまた二つ魔法が飛んでくるからそれもなんとかする」

「なんとかする、とは?」


 驚くほどに策や情報はなし。

 結論、自分でなんとかしろってことですかね。

 

「ちなみに完璧に逃げ切るのは難しい。一人落とす必要がある」

「それは仕方ないやつ?」

「優秀な子がいる。とても残念」


 今回の【鬼ごっこ】では何かしらの手段で【子】が【鬼】を『退場』させた場合、攻撃したと判断される生徒の魔力を制限するペナルティが課せられるルールとなっている。

 魔法使いにとって魔力が制限されること、それすなわち戦力がダウンすることに直結する。

 一応ただ攻撃する分にはペナルティが発生しないものの、相手の残り魔力(HP)なんてこちらに分かるものではない。

 実際、ルールを理解した上でわざとこちらにペナルティを負わせようとする生徒たちも現れているくらいだ。

 

「ならその子は僕がなんとかする。だけど他はしっかりと【占猫】にも協力してもらうからね」

「協力は惜しまない。今こそチームワークを見せる時。【鬼畜眼鏡】」

「誰が【鬼畜眼鏡】じゃい」


 なお肝心の彼女だが、現在どのような様相を呈しているかといえば僕の首にしがみついたまま駆け足の勢いに振り回されるように宙に浮いている。

 自重を軽くする魔法を使っているのかあまり重さを感じさせないが、身体が床と平行に浮かび上がっている姿はとてもユニークで……これはあれだ、小さな頃に眺めたことのある鯉のぼり。

 風に吹かれて身体が横にふらーっと。

 うん。非常にユニーク。


「ちなみに対策はしっかりとしている」

「なんの話?」

「スカートの中がブラックホールに見える魔法を使っている」

「へぇ」


 ……ブラックホールって何?


「気になるでしょ」

「ちょっとね」

「ふふっ。エッチ」

「いやブラックホールがね」

 

 この試験が終わったらぜひ見せてもらおう、などとどうでもいい決意を胸に決めた頃ついに問題のポイントへと辿り着く。

 左斜め前方に見えるのは件の渡り廊下。

 

「三十メートル、一直線。言っておくけど失敗しても恨みっこはなしってことで」


 話では五人ほど敵が待ち伏せているらしいが、障害物が一切無い直線のフィールドは決して好ましい状況とは言えない。

 願わくば、攻撃魔法が得意な生徒が少ないことを祈るばかりだ。

 

「大丈夫。ユーはやればできる子だから」

「お誉め頂き光栄です」

 

 しっかり掴まっていなよ。

 そう伝えると、すぐに彼女はぎゅっと首に回す手に力を入れる。

 とはいえそこは学年随一に非力な少女。苦しくもならない力の入れように、ついすこし口元を緩ませてしまう。

 

「なに?」

「いやなんでも」


 そんな返事に何を思ってか彼女はぎゅーっと、より首に回す手に力を込める。

 ほんの少しだけ首元が苦しくなった。


「じゃあいくよ」

 

 ふぅっと息を吐きつつ、速度を落とさぬまま勢いに任せて渡り廊下へと身体を乗り出す。

 正面に敵が五名――エンゲージ。

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