第八章 雪の村フィリル
エルゼが抜けだした翌日はキレイに晴れ渡った。奏一郎と彩花も数日ぶりの晴れ渡る青空に心が洗われるようだった。
積もった雪を撥ね退けながら先頭を進むゴドルフィン。ペロはすっかり彩花に懐いたのか、放して歩いていても問題なくついてきてくれている。
「みんな! 雪があるからといって襲われないとは限らない……警戒して行こう‼」
ジェフリーがみんなの士気を上げフィリルの村まで進んで行った。すると横から物凄い雪埃を上げてくる何かがやってきた。皆止まって雪埃の正体を確認する……しかし、雪埃はこちらに向かって動きを止めることは無い。
「みんなこっちに来るぞ! 警戒しろ‼」
ジェフリーの一言で皆、気を引き締めなおす。
雪埃はみるみるうちに近づいて……突っ込んできた!
「みんな避けろ!」
その言葉で皆散り散りに避けると、一瞬牙のようなものが見えた……。
「なんなんだありゃ⁉」
ガレフとゴドルフィンが叫ぶ。しっかり見たものは居ないのか⁉そう思った時、リストが言った!
「ワイルドボアよっ! 突進には注意して‼」
エルフの経験というやつだろうか?即座に反応するリスト。
通り過ぎたと思ったらまた突進しながら戻ってくる!
なんだってこんな俺たちを狙うのだろうか⁉
「ワイルドボアは雑食よ! 普段は木の実を食べているけど、今は餌が無い時期だから気が立っているのね。彩花ちゃんとパトリックで何とか足止めしてくれるかしら⁉ アタシの弓じゃ雪埃で正確に当てられないから……」
エルフの経験則から解説をしてくれる。頼もしいじゃないか……こんな風に解説してもらえると対策が練りやすい。
彩花とパトリックは雷の魔法と水の魔法でワイルドボアの前に魔法を放った……「グオオオォォンっ!」という鳴き声と共に動きが鈍くなったのか、雪埃が収まってくる。そこにはワイルドボアつまりは大きな猪が居た。
ワイルドボアは身体が痺れているのか、ヨロヨロとしていた。
そこに向かって走り出すジェフリー、ガレフ、奏一郎‼ ゴドルフィンもそれについて行く形で走っていた。
するとワイルドボアのすぐ傍に魔法陣が現れる! 何事かと振り返るとエスタルトの召喚魔法のようだ‼ 初めて見る召喚魔法に奏一郎はノリノリになっていた。
魔法陣からはゴーレムが飛び出し、痺れているワイルドボアを押さえつけていた。
時間稼ぎをしているその隙に皆はそれぞれ回り込み攻撃を仕掛け始めている。ガレフは素早く双剣で切りつけ、奏一郎も負けじと斬りつけている。
しかしワイルドボアはなかなかに筋肉質でタフだった。ワイルドボアが鼻先で奏一郎を蹴散らすと、ガレフは体当たりで弾き、ジェフリーと対峙する。
本能なのか強い相手を最後に残している。
ジェフリーは向かい合うとワイルドボアに突っ込まれないように短い間合いで対峙する。
「うおおぉぉぉっ‼」
そう一声上げるとジェフリーは剣を一振りする……なんのことないような一振りは、血しぶきを上げワイルドボアの身体を両断する。
一撃で仕留めたジェフリーは鞘に剣を収めると、こちらを向いてグーと親指を立てる。
どういう原理で両断できたのか奏一郎には理解できないが……居合の類なのだろうか? 威力は凄まじいものだった。これがジェフリーの本気なのか。見ているだけでも凄いと一目でわかった。
ワイルドボアは横たわったままピクピクと痙攣している。
素材になりそうな牙と皮を剝ぎ取ると奏一郎たちは再びフィリルの村へと歩を進めた。
ワイルドボアを仕留めたその日のうちに到着することが出来たのは幸運だった。辿り着いたその日のうちにまた雪が降り出したのである。
早々に宿屋をとると皆部屋に引きこもることになった……宿屋は良心的な値段だったらしく、通常の三割ほどお安いんだそうな。
村の宿では久しぶりの客という事もあってか、大歓迎され朝夕食付きでそのお値段というものだった。
宿屋で三部屋取ると奏一郎はガレフとゴドルフィンと同室になった。ガレフに双剣に対する対処法を聞くと、それは大変ためになった……。
まず双剣は素早く動いて翻弄することが基本なのだとか……前後左右に動いて素早さで翻弄。こまめに攻撃することで相手の動きを鈍らせることが大前提にあるらしい。
一撃はそれほど重くは無いが隙があれば、次々攻撃するのがお手本なのだ。ジェフリーとは真逆のタイプなのか。と、納得するとゴドルフィン曰くジェフリーはまたタイプが違うらしい。
何が違うのか? と、聞いてみると……ゴドルフィンはこう言った。
「あいつは基本能力がそもそも違い過ぎるんだよ。召喚者かってくらい恵まれてるぜ? まあ、あいつの育ちを知ればなるほど納得なんだがな」
育ち……どんな成育歴なのだろうか?
「孤児院育ちとかですか?」
当てずっぽうに聞いてみると首を横に振る。
「あいつは貴族の四男坊で小さい時から剣術を叩き込まれたんだよ。それはもう一日中な……跡目争いにもならないくらい、あいつの故郷は長男優先なんだよ」
長男優先……その言葉に自分が貴族の四男だった時を想像する……自分の方が優れているのに、長男が選ばれる世界……それは嫌な世界だと思った。
元居た世界でも同じような風習があった。自分は長男だから違和感を感じなかったが、もしかしたらそういう目に遭っている人も居たのかもしれない。
「そんで能力は自分の方がはるかに上なのに兵士としての訓練に追われる毎日、それに嫌気がさして家を飛び出して冒険者になったって訳だ。あいつは貴族なのにその辺のやつにも気兼ね無く喋る。そういう意味ではその辺の貴族とは大分違うんだよ」
身分を気にしない……それは奏一郎にとっては普通のことだが、貴族社会では考えられない事みたいだ。
「下々の者とは話すなってのが、お貴族様の当たり前で権力の前には誰も逆らえないのがこの世界の常識だ……まあ、俺たち冒険者には関係のない話だがな」
そう言ってお茶を飲み干すゴドルフィン……なんとも貴族らしいと言えばそうなのだが、気持ちのいい話ではない。
「なんで冒険者は貴族を気にしないの?」
素朴な疑問をぶつける。
「そりゃ、俺たち無法者みたいなもんだからな。貴族の言いなりにはならねえんだよ。俺たち冒険者はこの世界で必要な職業なのに、貴族からはあまりいい顔されねえしな。庶民の味方って訳だ」
庶民の味方という大義名分の名の下に冒険者は頑張っているのか……冒険者っていってもモンスターを討伐するだけが仕事じゃないもんな。一般人からしたら荷物を届けてもらったり、薬草採集なんかもするし、見えないところで門番みたいな仕事もしてるもんな。
「それがジェフリーの強さの秘訣ですか……?貴族って言っても色々大変なんですね」
ジェフリーの苦労がなんとなくわかった気がする。
「あいつんとこは剣術指南をしている家系でな……それであんなに強いんだよ。国内でも相当強い家系らしいぜ。なんでもあいつの故郷では武術大会があって、それの剣術部門で優勝してるらしい」
そんなに名家なのか……じゃあ家を出る時も大変だったんだろうな。
表情や態度には出さないがそれはきっと苦労したのだろう……家柄とか貴族って気にしそうだもんな。
「へー、それはボクらには想像できない苦労があったんでしょうね。ジェフリーって基本的には怒らないで諭すじゃないですか? そういう経験があるからなんですかね?」
ジェフリーは余程の事が無い限り手を上げない……まあ、自分は殴られて当然のことをしたのだから仕方ないのだけど。
「苦労してきた分、他人に優しくできるってのはあるんじゃねえか? その苦労も貴族絡みの苦労だけじゃないだろうけどな。」
椅子を揺らしながら答えるゴドルフィン。ガレフはふむふむと聞いている。
「ゴドルフィンやガレフはどんなふうに生きてきたの?」
奏一郎の突然の問いにゴドルフィンは気恥ずかしそうに話す。
「俺か? 俺んちは鍛冶屋だったんだよ。それで修行中にそりゃカッコいい大楯使いが客として来てな……それに憧れて俺も大楯使いになったんだよ。まあ、自分がここまでのシールダーになれるとは思っていなかったがな」
そう言ってガハハと笑う。
「師匠とかって居るの?」
矢継ぎ早に奏一郎は聞く。
「その買い物に来た大楯使いに無理言ってついて行ったんだよ。親父には申し訳ねえ事しちまったが、後悔はねえ! 今の俺があるのはその時の大楯使いについて行ったからだ」
自信満々に話すゴドルフィンは誇らしげだった。
「でもなんで大楯使いなの? 普通はそんな攻撃を防ぐ役やりたがらないじゃん? 痛いし、失敗したら怪我したり死んじゃうかもしれないんだよ?」
至極当然な意見だと思う。自分を犠牲にして皆を守る役なんてやりたがらないのではなかろうか?
「まあ、あれだ……みんなの命を預かるってのはやりがいがあるってもんだ。使命感みたいなもんかな? 俺がやらなきゃ誰がやるみたいな感じだな!」
そういう考えもあるんだな……そう話したゴドルフィンは「何言わせんだよ!」と、笑いながら背中をバシバシ叩く。痛いのは我慢してガレフに繋ぐ。
「そうなんだね! ガレフはどうして冒険者に?」
今度はガレフにも聞いてみる。
「ボクはあれだね! 村の期待を背負って冒険者になったってやつだな! 今でも村の家族に仕送りしてるし」
仕送り? そうか……出稼ぎみたいなことなのかな?
「家族に仕送り? 実家はなにをしてるの?」
気になる話だ。家族を養うために仕送りしてるなんて偉いな。
「ボクの地元はこれといった産業はなくてね……ある程度の年齢になるとみんな出稼ぎに行ったり下働きして仕送りで養うのが当たり前なんだよ。農業しようにも暑すぎて作物が上手く育てられないし、食べ物は行商人から買うから商人は来るけど自分たちが商人になろうっていうやつは珍しいなぁ。だからみんなで協力して村の子供たちや母親を養ってるんだよ」
なんだか思ったよりも苦労してるんだなぁ……エスタルトと一緒に居る時とは大違いだ。一緒に居る時は漫才コンビみたいなのに……本当のところはそうじゃないんだな。と、感心する。
「でも冒険者じゃなくてもよかったんじゃない? それこそ商人になるとかで稼いだら、仕送りも結構な額になるんじゃない?」
稼ぎが良ければその分仕送りが出来ると思うのだが……。
「ボクにはそんな頭はなかったってことで」
そう言ってケラケラと笑った。うーん、たしかに商人は計算も出来なきゃいけないし、利益率とか交渉術とかいろいろ頭は使うが……誰にでも出来るわけではないんだな。
「そっか、そういえばこの世界って学校みたいなものってないの?」
就学機会があるのとないのでは大きく違う。
文字を読むことや計算ができる事は、あらゆる職業に就いても付きまとうことになる……つまりは生きていく上で最低限必要なのだ。例えば買い物をしたときも、計算しなくてはいけないので必要になってくるし、ギルド登録するときに名前が書けないでは登録も出来ないということになってくる。
「その……学校ってのはなんだ?」
案の定な質問が返ってくる。
「学校っていうのは文字の読み書きや、計算を教えてくれるところで……まあそれ以外にも教えてはくれるけど、一定の年齢になるとみんな就学義務があったんだけど……そういうのって無いのかな?」
心配そうに聞いてみる奏一郎。
「文字の読み書きや計算なら親が教えるもんだ。みんなを集めて集会みたいなことはしねえな」
と、ゴドルフィン。
「ボクのところはアリス教教会の神父様が集めて教えていたよ。みんなそこで勉強してから旅立つんだ」
アリス教は学校みたいなこともやっているのか……宗教とはいえなかなかに馬鹿には出来ないようだ。勤労・教育・納税がボクの居た国では三大義務だった……この国には勤労と教育はあるし、納税もおそらく貴族階級があることから容易に推察できてしまう。
「貴族からの税の徴収ってやっぱり厳しいの?」
突拍子もなく聞いてしまう奏一郎。
「そこの領主にもよるが、税と称して巻き上げる貴族は五万といるぜ……良心的な貴族も居るが、だいたいはみんな巻き上げる側だな」
どこの世界も権力者というのは、やれ税金だ。やれ増税だ。と言って搾取するものなのだろう……しかも自分の懐は痛まないように。
「冒険者って税金納めてるんですか?」
ふと、疑問に思ったことを口にする。
「言ったろ……俺たちは無法者だぜ? 税金なんか払う訳ないだろ? 税金払ってるのは商人・鍛冶師なんかの商売人と農民みたいな小作人だよ。俺たちみたいなギルドに加盟している冒険者に安定した収入なんかあるかってんだ! 毎日の食費を捻出して、これからの旅の資金で手一杯だぜ……だから貴族から嫌われてんだよ」
納税しないから貴族から嫌われてるか……冒険者からも税金をとったりしたらボイコットが起きて貴族と戦争になりそうだ……。
しかもボイコットにより依頼主の依頼が完了されなくて無法地帯になりそうだな。想像するだけでも悍ましい。
「お互いに嫌ってるんですね……。犬猿の仲ってやつですかね」
思わずことわざを出してしまう。
「なんだ? 犬猿の仲って?」
ゴドルフィンが興味を持つ……ことわざって言っても通じないだろうしなぁ……。
「ボクの居た国の言葉で犬とサルは仲が悪いっていうのがあるんですよ」
そう言うとゴドルフィンとガレフが同時に言う。
「犬とサルって仲が悪いのか?」
シンクロした二人は顔を見合わせて首を傾げる。
「実際のところはどうなんでしょうね? 大昔に作られた言葉なので、ホントのところは謎だよね」
くすくすと笑い合い時間は過ぎていった。
そんなくだらない話をした翌日、ゴドルフィンとガレフとで剣術の稽古をすることになった……今度は何かあっても良いように、彩花とリストとエスタルトの女性陣も待機している。これもまたエルゼに襲われた時の対処として、双剣使いのガレフとの稽古+ゴドルフィンとの日頃の稽古というわけだ。
三人は同室という事も相まって仲良く稽古に励んでいる。
こうやって日々の平穏を取り戻していきたいな……。
これは笑い話だが……そんなことを願いながら稽古をしていたら、ゴドルフィンに注意が逸れてると怒られてしまった。笑い合いながらフィリルでの時間をこんなふうに穏やかに過ごしたいなぁ。
そんな願望を持っていると、現実にもなりがちで意外と健やかに過ごせた。エルゼの襲撃は無くのんびりと稽古することが出来たのだ。
フィリルの村に来て早三日何事もなく稽古をつけられた……これも見張りの数を増やしたことが要因だろう。エルゼもおいそれと手は出せなくなっているのだろう……教会との兼ね合いも気にしなくてはいけないところだが、今できるのは稽古くらいのものだ。
自分が強くなることが一番必要になってくるのだろうな。そんなことを思いながら過ごした。
一方の彩花と言えばすでに教わったことの復習をしている。魔力コントロールと威力上昇の練習を言われたのだろう……同じ大きさの魔力光弾でも威力が違うのだ。
大爆発を起こさないように威力を抑えてるのも集中力のいることなんだろうなぁ。
こうして各々が時間を過ごしている中、ジェフリーはパトリックと一緒に依頼を受けに行っている……そもそもパトリックが彩花に後れを取らないように、師匠として威厳を保つために、ジェフリーに協力してもらって依頼を受けているようだ。
彩花に追いつかれないようにするのも大変だ……追いつこうとすることもままならないのだから、奏一郎には苦労の一端しか見えてこない。
そもそも兄という立場以外は彩花には劣っているのだから、追いつかれようという気持ちは持ち合わせていない。だからパトリックの苦労を本当の意味で知ることはできないだろう。
その日の夕食時全員が揃った時のことである。
「来ないな……。まあこちらも全力で奏一郎を護衛していることもあるだろうが、動きが何もないのが逆に怖いな……」
ジェフリーの問いに思ったことはもしかしたらいきなり襲われる可能性も考えられるが、これだけの人数が居て襲ってくるならそれなりの数は用意してくるだろう。
「前の傷が未だに癒えていない可能性も考えられませんか?」
奏一郎が持論を展開する。
「それもあるかもしれないが、気は抜かないで警護しよう」
もちろんそのつもりだが複数に襲われたら皆それぞれの事で手一杯になってしまう……それだと奏一郎を守る人間が手薄になってしまう。
「戦力増強ということも考えられるのでは?」
ガレフも同じことを考えていたようで、同じ意見を出してきた。
「ダミュール教徒の仲間が居た時に複数で襲われる心配をしてるんだけど、その可能性も考えられないか?」
ガレフの意見にフムフムと納得したようにジェフリーが頷く。
「犯罪集団のダミュール教徒が徒党を組んで襲ってくる可能性は考えられるな……そうなると、全員で護衛についた方が良いかもしれない」
ジェフリーは言わずもがなパトリックと一緒に依頼を受けている身だ……そんなにフリーに動けるのだろうか?
「パトリック、君の自己研鑽は後回しだ。彩花だって自分で学ぶことも大切になってくる。それでパトリック以上のパフォーマンスが出来るなら、もう彼女はパトリック以上の存在という事だ。」
冷静なジェフリーはそう返すと、パトリックは言った。
「嬉しい事でもあり寂しい事じゃのう……。まあ、成長は若い者の特権じゃからのう」
そう言って蓄えた髭をこしこしと撫でおろす。その目には勇者であろう彩花への憧れと羨望の眼差しと、自分が育てたという自信とが入り混じっていた。
「他に意見のあるものは居るかい?」
ジェフリーの問いに皆、静まり返り何もないことをアピールする。
「じゃあ、明日からは全員での警護だ。奏一郎は俺とも剣術の稽古になるんだから、気を引き締めるようにな!」
いきなりな言葉に奏一郎が反応する。
「えっ⁉ ボクですか⁉ なんでいきなりボクの話になるんですか⁉」
そう言うと皆はドっと沸いた……何か自分ではいきなりすぎて困惑したが、みんなが面白かったなら良いか。
翌日ジェフリーとの稽古は実際厳しかった。ジェフリーの剣は速く、そして正確にこちらの隙を狙ってくる。それを剣で受け止めたりもするのだが……それはそれで重い一撃の連続なので、手が痺れるし、受け止めるのにも力で負ける奏一郎はたじろいでいた。
休憩中にガレフに相談をするとこんな言葉が返ってきた。
「ジェフリーはかなりのやり手だなぁ。力のこもった一撃を何度となく打ち込んでくるもんな」
隙が見つからないとはこういう事なのだろう。
「そうなんだよねえ……」
それに答える奏一郎。
「でも奏一郎は馬鹿みたいに真面目に受け止めるんだよな……躱したり、受け流したりしたらいいのに」
アドバイス的なことを言ってくれるガレフ。
「なんか受け止めちゃうんだよね……癖というか、なんか……ねっ⁉ ボクなんかが剣術を語るにはまだまだなんだけど、受け止めることが騎士道みたいな。なんか照れるね……」
そう言って語って見せる奏一郎はどこか誇らしげだ。
「騎士道かぁ……それは衛兵とかが持つのは良いと思ってるんだけど、ボクは冒険者は生き抜くためには何でもするみたいな精神で居た方が良いと思ってるんだよなぁ」
ガレフの騎士道に対する意識を話してくれた……しかし、うーむそうなのかぁ……。形振り構わずつていうのが冒険者ってことなのかなぁ?
「まあガレフはそういう考えなんだね。そうかぁ、確かに生き抜くのは大切だよね……。その為にはなんでもやらないとだよね。自分の命が掛かってるんだもん。生殺与奪の権を他人に握らせるな! なんて言葉もあるくらいだもんね」
某漫画のセリフだったかな? たしか彩花が見てるアニメにも出てきた気がする。
「なんだそのセリフは意味も分からないし、奏一郎が居た世界の言葉かい?」
しまったこちらの世界では通じないのか……。
「ごめんごめん、こっちの世界では通じない言葉だったね。簡単に言うと、生きるか死ぬかを他人任せにしちゃダメっていうことだよ」
奏一郎の言葉にガレフは焦って答える。
「えっ⁉ 自分の生死を他人任せにする奴なんているのかい⁉ ボクならそんな恐ろしい事できないなぁ」
まあ、漫画の中のセリフだからなぁ……現実とはちょっと違うのかもしれないな。
「これは現実の話じゃなくて漫画っていう創作物の中のお話だからね。現実となるとまた違うんだろうね。ボクだって他人に生きるか死ぬかを任せるのは嫌だよ」
そう言って笑い合う。ただ他愛もない話をしてるこの時間が重要なんだと感じる奏一郎。生きているという実感を持てる。
「さっ! そろそろ休憩終わりにしようか! 次は奏一郎、このガレフ様と稽古だぞ‼ 準備しよう‼」
そう言って立ち上がり双剣を構えるガレフはニコニコ顔だ。
「負けませんよ⁉ ガレフくらいには強くなってる証拠を見せてやらなきゃね!」
そうやって意気込みを語る奏一郎もニコニコ顔だ。
「ボクだって負けるもんか! まだまだ奏一郎には負けないぞ! 素早い一撃でビシッとやっつけてやるぜ‼」
悔しいがまだガレフから一本も取れてないのが現状だが良い線はいっているのだ。あと少し何かが足りないのだろう……うむ。
みんなで稽古をつけていると子供たちがやって来た。雪の残る宿屋の小高い丘に、ソリ遊びをするために来たようだ。しかし子供たちは奏一郎たちの稽古をジッと眺めている。なんだろう……やりにくいな。
子供たちは物珍しそうに見ながら「スゲー!カッコいいっ‼」と言って懐いてくる。ちょうどガレフとの剣撃の最中で子供が来たので手が止まってしまった……ポカンとしながらガレフと奏一郎が見つめ返すと、子供たちは一斉にこう言った。
「俺たちにも教えてくれよ⁉ 兄ちゃん‼」
遊びたい盛りの子供たちには最高の遊びに見えていたようだ……。
「これは遊びじゃないんだから危ないから離れてようね」
奏一郎が声を掛けて促すと子供たちは「やだぁ! 俺たちも遊ぶんだっ‼」と強情に言い張る子供たち、これにはジェフリーもやれやれといった感じでお手上げ状態だった。
仕方ないこれは遊んであげるしかないようだ……諦めた奏一郎たちは子供たちに木剣を手渡すと、子供たちに剣の振るい方を教え始める。
子供たちは楽しそうにワイワイと剣を振る。奏一郎も剣の振り方を教えるが、教わるより教える事の方が難しいことに気が付く。ジェフリーは剣を叩きつけるようにして両断するタイプだが、奏一郎やガレフは斬りつけるタイプだ。それは両者の大きな違いだ……奏一郎は刃物の扱い方を思い出しながら説明する。
「良いかい? 刃物っていうのは押し切る方法と、引いて切る方法があるんだ。自分がどっちのタイプを選ぶかで変わってくるから、しっかり考えて答えを出してね。」
そう言うと子供たちはそれぞれの答えを出した。ある子供は押し切る方法を、ある子供は引いて切る方法を選択した。そして引いて切ると答えた子だけが奏一郎とガレフの下に残った。木剣を構える子供たちは新人冒険者の気分なのだろうか? 楽しそうにしている。
「刃物っていうのは引くと切れるんだ。腕の動きで引くことで相手に斬りつける……そうして相手にダメージを与えて小さくてもいいから、何度も斬りつけて倒すんだよ」
そうやって言うと木剣を器用に動かして斬りつけようとする子供たち、上手にできる子も居ればなかなかうまくできない子供も居る……成長はそれぞれだ。そういう子が居てもいい。
「上手くできる子もできない子も仲良く根気強く繰り返してやるんだよ。例えば……こうやって!」
と、手本を見せようとしたが足元の氷に足を取られて間抜けな格好になる。恥ずかしい…………。
「う!うんっ‼ っとまあこういう事もあるからしっかり腰を落として重心がぶれないようにするんだ」
恥ずかしそうなのを我慢して気丈に振舞う・・・子供たちからは「だせぇ・・・」「カッコ悪い・・・」などの声が上がっているがあまり気にしないでおこう。
そうして子供剣術教室が終わり、宿で食事をして翌日……また子供たちがやってきた。これでは修行にならないな……子供たちからしたら田舎のこの村は娯楽が少なくこうやって過ごすことが、良い暇つぶしになるのだろう。
このままでは自分の事が疎かになってしまう……うーんどうしたものか……。とりあえずジェフリーに相談してみよう。
「これじゃ修行にならないですね。どうしましょう?」
深刻そうな奏一郎はジェフリーに問いかける。
「良いんじゃないかな? 別に剣を握らないわけじゃないし、奏一郎も復習になっていいんじゃないかな? まあ、経験だよ! 経験‼」
そう言って無邪気に笑う……これで良いんだろうか? 疑問符がついたまま稽古をつけてあげる。子供の扱いは苦手ではない、彩花で慣れているのもあってある程度出来ると自負しているのだが……性差がある……彩花は女の子だけど子供たちの中に女の子は二人しかいない。
その女の子二人は彩花とお話をしている……きっと同年代だろう楽しそうにキャッキャッと話し込んでいる。そこにはリストの姿もある……女の子同士にしかわからない会話なのだろうか? それはそれで必要な時間なのだろう。ときどき彩花が魔法を使って二人を驚かせたりしていたが、拍手喝采で受け入れられていた。彩花はどうやら仲間内で『魔法少女ミソラちゃん』になれたようだ。