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俺が妹を守るまで  作者: のらねこ
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第七章 仮面の正体と遠ざかる背中

山小屋に戻った三人はまず奏一郎の手当てをすることにした。

彩花が回復魔法を掛けてくれて助かった……痛みがだんだんと和らいでいく。奏一郎は治療されながら思っていたことがあった……仮面の正体は女だった。それは誰しもが予想しえない事実だった。

謎の女剣士……テュフォンからついてきたのだろうか? それともあの時とは違う人物なのか……すべてが謎に包まれている。

傷を癒してもらってる間にエルゼとカンザスが下りてきて「何事だ⁉」と、言いながら駆け寄ってくる。

すると鹿の下処理をするゴドルフィンが答えた。

「襲われたんだよ……狩りの途中で」

正直に話すゴドルフィン……この流れだと何故?という質問が来そうだな。

「君たち誰かに狙われてるの?」

エルゼは不思議そうにこちらを見つめる。

「訳あって旅をしているんですが……襲ってくる輩がいるんですよ……。何が目的かもわかって無くて……」

奏一郎が理由を話すと親切にしてくれるエルゼ。

「大丈夫ですか? 痛かったでしょう?」

気にかけてくれるエルゼ、優しい村娘のようだ・・・カンザスは「傷は男の勲章だぞ」などと訳の分からないことを言っている。

「でも痛みよりも、ああいう時って熱いんですよね。初めて斬られましたけど……痛みよりも熱く感じちゃいました」

そう呑気に言うとエルゼは言った。

「奏一郎君はしばらく大人しくしてなきゃダメだよ?」

そう言ってくれるエルゼに感謝……と思いながら、口にする。

「わかった、わかった。大人しくするから……」

そう言ってくすぐってくるエルゼを制する。

くすぐられて斬られたお腹が笑うと痛い……が口には出さずに我慢する……男としてのプライドってやつだ。

それにしてもエルゼは気立てもいいし、気遣いも出来て、普通の村娘としては放っておくにはもったいない存在だろう。

優しい人が一番だよなぁ……と思う奏一郎。自分が添い遂げるような人を探しているわけではないが、なんとなくいいなぁ……と感じてしまう。

歳の頃も同じくらいだと思うし、同世代の中ではとても魅力的だと思った。

「ねえねえ? エルゼって歳はいくつなの?」

突拍子もない質問にエルゼは恥ずかしそうに答える。

「え……? 十六歳です……。それが、なにか……?」

恥ずかしそうにしているところも可愛い!

「いやボクと同年代なのかな? って思ってさ……べ、別にやましいことがあって聞いたんじゃないからね‼」

ドギマギしながら答える奏一郎……見ているこっちも恥ずかしくなってしまう。

「奏一郎は……いくつなの?」

お互いに恥ずかしそうにするエルゼにドキッとさせられる。

「ボクも……十六歳なんだよ。同い年だね!」

さりげなくアピールする奏一郎。みんなは生暖かい目で見つめている……そうだ! ペロを使えば……。

「そうだ! この子はペロっていうんだ。前に戦闘になったウルフの子供を保護してるんだよ。可愛いでしょう?」

そう言ってペロを差し出すと、ペロは唸り声を上げた……こんなに人見知りだったっけ?

「大丈夫だよペロ。怖くないよ?」

彩花も傷が塞がったのか手を止めペロを制する。彩花に抱きかかえられたペロは変わらず唸り続けている。

どうしたんだろう? こんなに警戒するなんて初めてだ。いつもなら撫でてやれば落ち着いてペロペロと顔の一つや二つ舐めまわしていたのに。

「なんか私嫌われちゃったみたいだね……仕方ないね。」

残念そうにおずおずと引き下がるエルゼ、こんなはずじゃなかったのになぁ……。

奏一郎もなんだかしょんぼりしてしまう。

傷は塞がったがしばらくは安静にしていようという話になった。それはそうだ……お腹を切りつけられたのだ。傷は塞がってもまたすぐ開いてしまう可能性もある。

その為安静を命じられ……ベッドで横にされた。

奏一郎は彩花と一緒に部屋に籠ることになった……もちろんペロも一緒だ。ペロは暖炉の前で眠っている……先ほどまでの威嚇していた姿は想像もできない。

しかし、魔法といっても完全じゃないんだなぁ……傷口を塞ぐことはできても、完全に癒えてしまう訳ではないようだ。そこのところは理解した。

完全に塞がるまでには静養も必要という事か。

何だか歯がゆい時間だな……まあ、今まで剣術の稽古とかいろいろあったから少し休憩も必要かぁ。

気が付くと眠ってしまっていた……どれくらい時間が経ったのだろう? 窓を眺めると相変わらず雪が轟々と降っていた。

部屋の中に彩花の姿はないペロは暖炉の前で眠っている。ペロに声を掛けると耳をぴくぴくさせて一瞬目を開けたがまた寝入ってしまった。自分がペロという名前なのをしっかり理解しているようだ……それを考えるとなんだか家族が増えたようで微笑ましい。

「眠気には勝てませんか。」

そう一言言うとベッドに横たわった。枕に頭をうずめて今日の事を思い出していた……なんだって自分ばかり狙われるのかわからない。召喚者を狙っているなら彩花も狙われてもおかしくはない……なのに狙われるのは自分だけ、何か自分にはあるのだろうか?

考えても答えは出ない……。そんなことに時間をかけるのは時間の無駄かもしれないが、ついつい考えてしまうのが人間の性というものである。

その時ペロがむくりと起きて何かに警戒し始めた……どうしたんだろう?

突然ドアが開き誰か来たのかと思いきや、なかなか入ってこない。

「誰?」

と声を掛けるとそこにはエルゼの姿があった。

「エルゼじゃないか⁉ 中に入っていいよ」

そう言われるとエルゼはスッと音もなく入り込んでくる……静かに扉を閉めると無言のまま近づいてくる。

エルゼに対してペロが唸る……どうしてエルゼの時には警戒してしまうんだろう?

疑問に思う暇もなくエルゼがベッド脇に腰を掛けると奏一郎は体を起こす。どうしたんだろう? いつもと様子が違う……。

その時ふっと首に腕を回され、抱き着かれた。

「え! エルゼ⁉ どうしたの急に? 何かあったのかい⁉」

そう言ってエルゼを引き離すと同時に首に痛みと苦しさがはしる……いったい何が⁉

何が起きているのかはわからないが、異変が起きていることだけはわかった。首が絞まって息ができない……何とか首を絞めている何かを引きはがそうとするが上手く指が入って行かない‼

顔はみるみるうちに赤くなっていく。

「どう……して……⁉」

苦しそうにしながらもエルゼに問いかけた。

「あなたみたいな無能要らないのよ……教会もそれを望んでるわ。」

冷淡で突き刺さるそうな声……今までのエルゼとは別人のようだ。それに教会が望んでる? 訳が分からない?

襲われている驚きと、訳の分からない理由とで頭が混乱する。

そんな時だった一瞬首を絞める力が弱まった……ペロが体当たりしたのだ。ペロも必死で威嚇を続ける。

意表を突かれたエルゼは首を絞めるのを一瞬緩め「この犬風情がっ‼」そう言ってペロを蹴りつけた! キャンっと声を上げ弾き飛ばされるペロ……クソ! なんてことするんだ‼ 声や物音は吹雪による風の音に掻き消されている。

怒りに任せ奏一郎も背を向けたエルゼに体当たりした。すると首を絞めていたものが外れ、呼吸が出来るようになる。大きく息を吸い込み酸素を取り入れる。

そこでエルゼはこちらを振り返ると腰から下げられた双剣を手にした。

絞め殺すことは諦めたようだ……それよりもだ……双剣使いの正体はエルゼだったのか⁉ こちらは丸腰……守る手立てがない。

エルゼが双剣を振り上げる。

もう駄目だ……そう思った時だった、エルゼが正面に吹っ飛び双剣を落とした。

何が起きたのかと扉の方に目をやると彩花の姿があった。

彩花は魔力光弾を再び出すと、エルゼに向かって放った……魔力光弾の威力はわからないが、エルゼはガードしている腕が真っ赤になっていた。

「お兄ちゃん今のうちに離れて‼」

言われるがままに立ち上がると、魔力光弾は奏一郎を逸れてエルゼへと向かっていく……これが魔法修行の成果なのか?

奏一郎は彩花の下まで来ると彩花の魔法は威力もスピードもアップする。エルゼの腕を弾き上げ胴に向かってクリーンヒットすると、さすがにこれは効いたのか前のめりになる。

四方からやってくる魔力光弾を受け続けるエルゼ。それは倒れることも許されずエルゼはひたすらに打ち込まれていた。

「お兄ちゃんをイジメる奴は死んじゃえっ‼」

そう言って怒りを露わにした彩花、奏一郎は「殺しちゃだめだっ‼」と言って彩花を抑える。

彩花の怒りが少しだけ収まったのか魔力光弾を止めると、エルゼは倒れこんだ……。おそらく死んではいないだろうが体の自由は利かないだろう。

今回もまた彩花に助けられてしまった……。今回は怪我を負っていたこともあるから仕方がないよね?

魔力光弾の弾ける音にみんなが何事かと二階に上がってくる。

奏一郎が眠っていた部屋へと皆が駆け付けると、彩花は興奮したように息を荒げていた。

「いったい何が起きたんだい?」

ジェフリーが問いかけると。

「エルゼが双剣の正体だったんです……」

苦虫を噛み潰したような顔で奏一郎は言った。それを聞いたゴドルフィンは縄を取りに行くと、後ろ手に縄でエルゼを縛り上げる。

少なくとも奏一郎はエルゼに対して好感を持っていた……それなのに襲われるという事実は受け入れ難い。

「殺されかけました……理由を聞いたら……ボクのような無能は要らないと、それと教会もそれを望んでるって……。そう、言って……ました」

もしかしたら奏一郎に近づいたのは暗殺するためかもしれない……そう考えるとやるせなかった。

「お兄ちゃんは無能なんかじゃないもんっ‼」

彩花は激昂すると再び息を荒くした……余程許せなかったようだ。

「奏一郎はどうして部屋に入れたんだい? 彩花ならまだしも他の人を入れるのは不用心すぎるんじゃないか?」

何故そんなことを言われなくちゃいけないのだろう……こっちは信頼してた相手に裏切られたばかりなのに…………。

「それはいいとして、誰か外で襲われたときエルゼを見た人はいるかい?」

ジェフリーの問いに誰も声を出さずに首を振る一同。

「じゃあ、誰かエルゼの部屋に行って何か手掛かりを探してきてくれるかな?」

ガレフがそれに反応して部屋を飛び出すと奏一郎もいたたまれなくなってエルゼの部屋になだれ込んだ。そこは整頓された部屋だった……。整然とした部屋には旅をするためのバッグが一つ、女性の一人旅には少なすぎる量だ。

恐る恐るそのバッグを開けると仮面が出てきた……やはりエルゼが犯人だったのか……残念な気持ちが奏一郎を襲う。

「奏一郎、この仮面に見覚えはあるのか?」

ガレフの質問に無言で頷く。

「そうか、やっぱりエルゼが犯人で決まりだな」

信じたくなかった……実際殺されかけたとはいえ、納得できなかった。どうしてそこまで自分を殺そうとするのか……それが理解できなかった……。

ガレフと一緒におずおずと自室に戻ると、ジェフリーがエルゼに話しかけていた。そこには普段温厚なジェフリーはいなかった。

「どういうつもりだ⁉ 何故そうまでして奏一郎を狙う‼ テュフォンから追いかけてきたのか?」

聞かれたことにエルゼは答える気はないようで、ジェフリーの顔に唾を吐きかけていた。

こんな人間だったなんて想像すらしていなかった……油断と言えばそうなるだろう。ましてや同じテュフォンからやってきた時点で疑うべきだったのかもしれない。

ジェフリーは顔にかかった唾を拭うと、エルゼのお腹に一撃パンチを入れる。「カハッ‼」と九の字に曲がったエルゼを見下ろし、冷たい目で言った。

「奏一郎を殺そうとする目的はなんだ? 教会と何の関係がある?」

するとエルゼは一言言った。

「要らないものを要らないと言って何が悪いっ‼ ゴミの掃除をすることがいけない事か⁉」

ゴミ……それは自分のことを言っているのだろう……好感を持っていたのになんだかとても悲しい言葉が返ってくるばかりだ。

「要らないものとはなんだ? 要らないものと決めつけてるのはお前たちだろう!」

奏一郎をフォローするようにジェフリーが怒鳴りつける。

「要らないものは要らないものよ。教会にとって戦力にならないもの。そんな召喚者は必要ないわ‼ それをゴミと言って何が悪い‼」

ひどい言われようだ……開き直っているんだろうな。

「奏一郎は教会にとって必要ないからゴミだってことか……戦力にならなければ殺そうって考えは昔から変わってないな。これだからダミュール教徒は。反吐が出る……」

ダミュール教? 初めて聞く名前だぞ? それに昔から変わってないってどういうことだろう?

「ダミュール教ってなんですか? それとボクに何が関係してるっていうんですか⁉」

奏一郎が思わず口に出してしまう。

「ダミュール教ってのはこの世界の二大宗教なんだよ。アリス教と敵対していて、召喚するだけしておいて実力が無ければ殺害することもやむなしっていう狂信集団だよ。俺たちアリス教からしたらね? でもダミュール教徒はそうじゃない……どんな酷い事であろうと目的の為なら手段を選ばない……自由の名の下に好き放題やっているんだ」

そんなのまるで邪教じゃないか……でも、信じてる人が居るっていう事は何か理由があるのだろうな。

「それでボクが狙われる対象になったと……でも、なんでそんな力のある人材ばかりを集めてるんですか?」

素朴な疑問にジェフリーは困った顔をして言う。

「戦争の為……と、言われてるね。ダミュール教はアリス教に宣戦布告しているんだ……。召喚者を呼び出して味方につける……そうすることにより戦力をアップさせる。それが狙いだろうね? だから奏一郎みたいに偶然召喚されてしまった人間を始末して新しい召喚者の枠を増やそうとしているんだ」

枠を増やす? 召喚出来る人間の数には制限があるのか?

「そうだよっ! そいつを始末すりゃ、新しい召喚ができる……だから教会の命に従って、そいつを殺そうとしたんだ! 私のいったい何が悪いっていうんだ‼」

自白しちゃったよ……だんまりを決め込むと思っていたエルゼは意外にもすんなり白状した……きっとダミュール教を馬鹿にされて抑えが効かなくなっているのかもしれない。

「偉大なるダミュール様にお仕えする身、これくらいのこと些末なことでしかないわ‼」

エルゼは完全に魅入られている。

「人を殺めることが些末なことなわけがないだろう⁉ アリス様に仕える身として、お前に奏一郎は絶対に殺させない‼」

正義の味方ジェフリー対悪の手先エルゼみたいになっている。

人道的に考えればアリス教に自分も賛成……ダミュール教が何を目的に戦争を起こそうとしているのかわからないが、今のうちに止めておいた方が良さそうだな。

「どうしてダミュール教は戦争を? ボクにはそれがよくわからないんですが……」

確かにそこは疑問である。

「それは……ダミュール教はアリス教に取って代わって、第一宗教になろうとしているんだ。それがきっと一番の目的じゃないかな?」

一番になりたいからってことか……人間の欲望丸出しじゃないか。

「そんな勝手な理由で…………そんなこと許されて良いんですか⁉」

もっともな意見である……そんなことの為に人の命が奪われるなんて考えたくもない。

「だからアリス教とダミュール教は対立してるんだよ。アリス教は正義の名の下にダミュール教と戦っているんだ……それはもう昔からね」

でもどうしてダミュール教のような邪教が好まれたりするんだろうか? 奏一郎にはそれが不思議でしかない。

「それならアリス教徒の方が数的には有利な気もしますが、どうしてそんな邪教みたいなダミュール教が選ばれたりするんでしょうか?」

本当に不思議なことばかりで、なかなか順応できない奏一郎。

「奏一郎が居た世界には強盗や山賊なんかはいなかったのかい? 少なくともそういった輩が崇拝しているのは間違いないんだけど……コイツみたいな暗殺者なんかにも崇拝されてるんだよ。悲しいことにそういった輩はこの世界じゃ普通に存在している……潰しても潰してもいたちごっこさ」

悲しそうな目で俯きながらジェフリーは言った。

「確かに強盗や犯罪を犯す人間はいました……でも、そういう奴は捕まって刑務所という服役する場所に入れられるんです。そうして更生を図っているんです。それがボクらの居た世界の常識ですね……それでも再犯率も高いですし、次々と悪いことをしてやろうって奴が現れるんで犯罪が無くなることは無いですが…………」

自分で言ってて悲しくなってきた……自分たちの居た世界はこの世界よりも治安が良いと思っていたのに、実際に口に出してみると小さな犯罪も含めると途方もない数の逮捕者が居ることに改めて気づかされる。

「だろう? そういう奴らがダミュール教を支援しているんだよ……だからダミュール教も犯罪も無くならない……アリス様は非常に悲しんでおられるんだよ」

要は自分が犯罪集団に命を狙われていることに辿り着いた奏一郎は、これからまだまだ襲われる可能性に絶望を感じた……これから行く道はもしかしたら修羅の道かもしれない。

「そういう訳でだ……お前は殺すに値しない。役人に引き渡して罪を償ってもらう。奏一郎それでいいかい?」

深々と雪が降る中ボクらの決断を迫られる。

「それでいいと思います……ボクらが殺人者になる必要はないと思いますし、後ろ手に縛られているので悪さも出来ないでしょうから」

そう言ってボクらの決断は成された。それが正解なのか間違っていたのかはわからないが、きっと今できることはそれだった筈だ。

役人に引き渡すまでエルゼは後ろ手に縛ったまま、食事を与えつつ反省してもらう事にした。それにしても何故エルゼは暗殺者になんてなったのだろう?

考えても答えは出ないので、直接本人に確認することにした……皆がリビングに集まっている間にこっそりとエルゼの部屋に入った。

エルゼは両手を後ろ手に縛られ、両足も縛られていた。

「やあ、エルゼ。聞きたいことがあって来たんだ……」

神妙な面持ちでやってくる奏一郎。

「あんたになんて話すことなんて何もない! 死ねばいいのに‼」

いきなり攻撃的な言葉を吐かれる……しかし奏一郎は冷静だ。

「君のことが知りたくてここにきたんだよ」

唐突な言葉にキョトンとするエルゼ。

「どうして君は暗殺者になんてなったんだい?」

他の人にとってはどうでもいい話かもしれない……でも、奏一郎にとっては殺されかけた相手だ。どうしてそうなったのか気になるところではある。

「どうして暗殺者になってしまったんだい……?何か原因があると思うんだけど」

奏一郎の問いかけにエルゼはゆっくりと答えだした。

「私の生い立ちは惨めなものだったわ……」

一言目から重めの内容だ。

「続けて」

先を促す奏一郎。

「私は孤児として育ち、それでも幸せになれると思って暮らしていた……だけどね、そんなのは夢物語だったのよ。私は九歳の時にお出掛けをした時に、顔も知らない貴族にレイプされたの…………。どんなに助けを求めても誰も助けてくれない。どんなに嫌がってもやめてくれない。そんなことがあって人を信じられなくなった……」

そんな事があったなんて……さぞ辛いことだったろう。

「十二歳の時同じような目に遭った……でもね、そこで気づいちゃったのよ。私をこんなにも惨めにする者たちに何を躊躇する必要があるのか? ってね。そこで私は護身用に持ち歩いていたナイフで、目玉をほじくり返してやったのよ。相手の男はヒイヒイ言いながら自分の目玉を必死に戻そうとしていたわ!」

凶器に塗れたのはその時か……?

「私はそのヒイヒイ言ってる男の背中にお腹に顔に何度となくナイフを刺してやったわ! そしたらそいつは全く動かなくなった……死んだのよ⁉ 私の手の中で弄ばれて死んでいったのよ。これほどまでに気持ちの良いものはなかったわ……自分が襲われそうになった時、私は目覚めたの……狩られる側から狩る側になればいいんだって、そしていつの間にか修練も受けていないのに暗殺者として有名になっていったわ。そこからは同じことの繰り返し、ナイフを双剣に持ち替えてより素早く大胆に殺していくだけ。」

可哀想と思うよりもその狂気じみた発言に呪いのような危機感を感じる奏一郎。

「暗殺者になってからは簡単だったわ。男は女となるとすぐに色香に惑わされるし、女は同性という事で油断してくれる。私は何人も殺したわ……だって依頼が絶えないんだもの。世の中仲良さそうにしていても必ず殺したくなる時がやってくるのよ! 平和ボケしたアリス教徒にはおあつらえ向き。仮面をつけて裏ではこうやって暗殺の依頼をする、私たちダミュール教徒と何が違うというの⁉」

そう言われてしまうとぐうの音も出ない……実際表面上仲良くしていても裏で暗殺者に頼っている人間もいるのは事実だ。否定することはできない。

「それで暗殺者として生きてきたと……やめる気はないのかい?」

奏一郎の言葉に刺激されエルゼは激昂する。

「辞められるわけないじゃない‼ 今までそうやって生きてきたのよ⁉どうやって普通の生活を送るのかなんてこと忘れてしまったわ‼ ねえ! 教えてよ⁉ どうやったら普通の生活を送れるの? どうやったら普通の人に戻れるのよ⁉」

そんなこと奏一郎にはわからない……自分が普通であることを意識してやったことなど無いのだから。そして逆にそんな過酷な環境下に自身が置かれたこともないのだ。

「ボクには…………わからない。でも、やるのはエルゼ……君なんだ。もし、君が本気で普通の生活をしようと思うなら……君を逃がしてもいい」

交換条件ってやつだが受け入れてくれるんだろうか?

「ふざけないでっ‼ そんな交換条件、私が飲むと思った? そんなの私には幸福でも何でもない……ただの平和ボケよ‼ アリス教徒みたいな平和ボケするのはイヤよっ‼」

やはり強情というかそういう世界で生きてきたからか、すんなりと受け入れてはくれない。

「そんなにやりがいを感じてるのかい? 暗殺者に……」

そんなものにやりがいを感じるっていうのも変な話だが……、彼女はそれが生きがいのようになっている。

「やりがいというより、それしか生きる意味がないのよ⁉ それが唯一私の生きている意味なのよ‼ 私から生きている意味を奪わないでっ‼」

やりがいというより執着に近いのかもしれない……なんて寂しい人生なんだ……それに頼らないと生きていけないのだろう。

「交渉は決裂だね……残念だよ。このまま役人に引き渡すまで、大人しくしていてもらうよ」

そう言って部屋を出た……悲しい生い立ち、同情するところは幾つかあった。それでも彼女は暗殺者としての道を選んだ……それが全てだ……。

そう思いながら階段を一段一段降りてみんなの下へと向かった。

そこではこれからどうするかの話し合いがされていた。

「エルゼにはこのまま大人しくしていてもらうとして……どうやって役人に引き渡そうか?」

ジェフリーはいたって落ち着いた感じで話す。

「そうだな……フィリルの村まで連れて行って、引き渡すのが一番現実的じゃないかな?」

ガレフが答える。

確かにここから近くの街まで行くのはかなり労力が必要だ。それを考慮する必要がある。

「そうだねぇ……それがぁ、一番いいかもぉ」

エスタルトも同じ考えのようだ……『黒曜の灰塵』の二人は同意見ということで、他のみんなにも聞いてみた。

「ほかのみんなはどうなの? 役人に引き渡して更生できると思う?」

奏一郎の問いに皆、うーん……と考え込む。更生というところに皆疑問符が浮かんでいるようだ。

「更生というところが引っ掛かるけど、きっと役人に任せるのが一番じゃないかしら? 牢屋の中で過ごすことにはなるだろうけど」

リストが言う。みんなの目的は更生するかではなく如何に役人に受け渡すかを考えているようだ……。

「そうじゃのう……それしかあるまいのう。更生は正直無理じゃろうて……一度その身を闇に委ねたんじゃ、戻ることは出来なかろう」

パトリックも更生について語ってくれたが、無理だろうという判断だ。何故こんなにも切なくなるのか……自分が好意を持っていたからという理由だけでは説明がつかない。きっと心のどこかで助けたい気持ちがあるのだろう……。

「こんなのあんまりですよ……エルゼの生い立ちを聞いてきました……そうなるべくしてなってしまった。そんな感じでした……暗殺者になった理由はそれはもう仕方ないという話だったし。同情の余地はあると思います……ボクは役人に引き渡して終わりなんて無責任なことしたくないです…………」

奏一郎のうちにあるものを吐露する……それでどうなるかが勝負だった……。

「それで彼女の生い立ちを聞いたから何だっていうんだい? 俺たちには関係のない話だ。奏一郎を殺そうとしたことも変わりない。俺たちのパーティーメンバーを手に掛けようとしたんだ……役人に引き渡してその後は彼女がどう考えるかは関係のないことだ。」

冷静であって冷たく聞こえる一言……絶望にも似た感覚に陥る。

「救いは無いんですか? それじゃアリス教もダミュール教と変わらないじゃないですか⁉ 自分たちにとって邪魔な存在は見捨てて終わり……そんなののどこに救いがあるんですか⁉」

珍しく奏一郎が声を荒げた……宗教がどうとかどうでもよかった。見捨てられた人間には救いがない……それを認めたくなくて奏一郎は声を荒げたのだ。役立たずな自分に重なったのだろう。

「奏一郎それは信者だけに与えられる恩恵だよ。ダミュール教と同じようにしないでくれるかい? それに奏一郎は自分の感情のままに言っているようだけど、同情するのはやめた方が良い。愚策が出るだけだ」

厳しく窘められる……自分の中でこれ以上何か出来ないのかを考える。しかし思いつくのは感情論だけで現実的ではない答えばかりだ……これでは反論のしようもない。

そんな時だったいきなりパリンっ‼ と、ガラスの割れる音がした……みんな何事かと思い、二階へと上がり各部屋をチェックしていく。

最後に残ったのはエルゼの縛られている部屋……もしかしてと思いドアを開けるとそこにはエルゼの姿はなかった。ただ、雪が部屋の中に吹き付けカーテンが揺れている。

「くそっ! やられた‼」

そう悔しがるジェフリーは苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

「こんなことなら身体検査でもしておけばよかった!」

そう話すジェフリーは足下に転がる縄を蹴り飛ばし言った。

「鋭利な刃物で切られてる……きっと隠し持っていたナイフか何かで切ったんだろう。役人に引き渡す予定が台無しだ……奏一郎これはまたいずれ襲われることになるかもしれないよ」

心配そうに見てくるジェフリーに奏一郎はホッとしたように、こう答えた。

「大丈夫ですよ……それまでにボクが強くなればいいんです」

決意を新たにした奏一郎の目には希望が詰まっていた。


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