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俺が妹を守るまで  作者: のらねこ
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第六章 不穏な影の存在

本日の訓練が終わり宿に戻ろうという時、ふと屋根の上に目をやると人影があったように見えた。目を擦り、もう一度見るとそこには何もなかった……やはり気のせいか?

そう思った時一陣の風が吹き、目の前に影が現れた!

その影は大きく逆光で顔が見えない……影は大きく腕を振り上げると、刃が光で輝きを放つ……振り下ろされる刹那ゴドルフィンが割って入る。

「おいおい! 無作法にもほどがあるじゃねえかっ‼ 名前ぐらい名乗ったらどうだよ⁉」

怒気を孕んだゴドルフィンの問いかけに影は答えない。

追撃してくるかと思っていた奏一郎は構えていたが、影はあっさりと退いた。

街の家屋の屋根に飛び乗り屋根伝いに走って逃げた……何だったんだろう? そう思っていたが、冷静に考えると襲われたということに気が付く。

「奏一郎大丈夫か?」

ゴドルフィンのお陰で命拾いした……もし、ゴドルフィンが割って入ってくれなければと思うと……ゾッとする。

「……はい」

緊張から解放されたせいか膝から崩れ落ちる奏一郎。

襲われた……誰にそして何のために? いろいろな想いが錯綜するが、結論には至らない……。

彩花も呆然としていた。パトリックは念のために奏一郎と同じように構えていた……ゴドルフィンだけがしっかりと反応できたのだ。言うなれば大楯使いの反射神経の良さ……それに助けられた。

「いったい何じゃったんじゃ? あやつめ、名乗りさえもしなかったぞ……無礼な奴じゃ」

そう言って不機嫌そうにするパトリック……確かに名乗りもしなかった。そう考えると一番に思いつくのが……暗殺……何者かがアサシンに依頼して俺を殺そうとした。

そう考える事が一番自然だった。

その日の夜、依頼から帰って来たジェフリーとリストの二人を交えて今日起きたことを説明した。ジェフリーは訝し気に首を傾げるとこう言った。

「何が目的だったんだろうか? 奏一郎と彩花が召喚されたことは、俺たちしか知らない……とはいえ俺たちが知らないだけで、もしかしたら召喚されたことを知っている者が居る可能性は捨てきれないし……」

今はあらゆる可能性が考えられる……召喚関係じゃなければ、何が一体目的なのか? その考えは無限の可能性の中に溶けて消える。

「奏一郎じゃなければいけない理由って何かしらね?」

リストも前のめりに話に参加する。

「やっぱり召喚されたってことくらいじゃねえか?」

ゴドルフィンが言う。

「召喚魔法には確か人数制限があったはずよ……もしかしたら召喚士サイドの人間が奏一郎の能力が低いことを知って、彩花ちゃんだけを残して奏一郎を亡き者にしたかったとか?」

能力が低いのは否定しないが、そんなに簡単に言ってくれなくても良いじゃないか。

リストの考えだと間違いなく召喚士は俺たちの事を監視できる環境にあるってことだ……それはこの国から抜け出そうという俺たちからすると、非常に邪魔な存在だ。

「そうなると奏一郎の行動を制限しないといけないな……訓練は中止して部屋から出ないほうが良いかもしれない」

それは困る……召喚について調べなきゃいけないのに、缶詰にされては何も調べようがない。

「でもよう……奏一郎自身が狙われているなら、奏一郎も強くならなきゃじゃねえか? それが出来ないと常に誰かが奏一郎と一緒に居ることになるぜ⁇ 俺はともかくあの動きに俊敏に対処できる奴なんて俺たちの中に居るのかよ?」

ゴドルフィンの俊敏さはその体躯に似合わず、パーティー随一なのだ……そうなると護衛として適任なのは決まってくる。

「そうだね……ゴドルフィンに任せようか。奏一郎の護衛兼指南役ってところだね。しかし犯人は何者なんだろうか?」

それはこちらが知りたいというのが奏一郎の本音だ…………しかし、奏一郎はピンときた。召喚されたことは知らないが、召喚について聞いた人物が居る。

パーティー名『黒曜の灰塵』の二人、ガレフとエスタルトの二人だ。しかし、二人が俺を狙う理由がわからない……よくよく考えてみたら双剣だったような気もする。容疑者の一人として挙げておいてもいいかもしれない。

「昨日の昼間に召喚について聞いたパーティーが居ます。確信は無いのですが、襲ってきた人物はたぶん双剣だったような気がします……そのパーティーのリーダーが双剣使いでした。」

そう言うとジェフリーは目を丸くして言った。

「それは有力情報じゃないか⁉ どうして黙っていたんだ⁉ そいつを捕まえて白状させればいいんじゃないか?」

絶対的な確信が無いのに話をするなんて難癖をつけるのと変わらないのではないだろうか? しかし、こちらとしても命を狙われた以上黙ってはいられない。

きっとジェフリー達ならば簡単に捕まえて白状させることは、そう苦労はしないだろう……しかし、本当にそうすることが正解なのか?

もし、そうなったら『黒曜の灰塵』の二人を冤罪にかけることになるかもしれない……確証もないのにそんな焦って詰め寄るような真似してもいいのか?

「確証がありません……言い逃れられないような状況じゃないと、取り押さえたとしてもはぐらかされて終わりですよ。なんとか証拠を見つけないと。」

そう言うとジェフリーは「うーん」と、黙り込んでしまった。

「奏一郎は確証がないと踏み込めないって訳か……。なら、直接本人に聞きゃ良いじゃねえか? 太刀筋によ」

刃を交えたゴドルフィンなら太刀筋からもしかしたら犯人かどうかわかるかもしれない……。その方法なら確かめることができるかもしれない。

そうやって俺たちは眠れぬ夜を過ごした……そして翌日、ジルのギルドに全員で押し掛けた……そうこれはもしかしたら『フェンリルの牙』と『黒曜の灰塵』の戦争になるかもしれないのだ。

相変わらずいつもの席に座っているガレフとエスタルトの二人の前に立つと奏一郎は言った。

「おはようございます。実は二人に聞きたいことがあるんです」

そう言うと二人は何事もなかったように返す。

「やあ、おはよう。今日も召喚について聞きに来たのかい? 熱心だね?」

奏一郎たちの想いを知らずしてガレフは感心したように話す。

「話の途中で悪いな……ちょっと双剣使いのお前さんよ。俺とちょっと手合わせしてくれねえか?」

ゴドルフィンが唐突に割り込み、威圧的に話しかける。

「え? どうして……? ボクら君たちパーティーに何か迷惑掛けるようなことしたかな?」

困ったように返すガレフ……これが演技ではないという保証はない。もしかしたらこれが演技であって、しらばっくれている可能性も往々にしてあるのだ。

「昨日ボクが何者かに襲われました……その相手が双剣使いでした……そして、ボクが召喚のことを聞いたのもあなたたち。双剣使いもガレフさんあなたしか知らない。犯人はガレフさんあなたなのでは?」

奏一郎は核心に迫った。しかし、ガレフは何のことやらとエスタルトに両手を軽く上げとぼけていた。

「昨日ならエスタルトと一緒に討伐依頼をこなしていたんだけど……それってアリバイになるよね?」

エスタルトというところは信用できないが、受け付けさんに聞けば依頼を受けたかは確認できる……しかしだ、それは依頼を受けたことの証明にはなるが……帰りに奏一郎を襲った可能性の否定にはならない。

「それはアリバイにはなりません! ボクが襲われたのは夕方、依頼を受けて帰ってくるまでには余裕ですよね? それが討伐クエストなら余計にです」

奏一郎はドンドンと追い詰めていく、ガレフは困惑するばかりだ。

「じゃあ、どうしたら君たちの疑惑が晴れるんだい? それを教えて欲しいんだけど……」

ガレフは行き場を失った猫のようにおろおろしている。

「お前さんよ、だから俺と手合わせしてもらおうって言ってんだよ⁉ 俺は一流のシールダーだ。大楯使いなんだから昨日の襲ってきた奴の太刀筋くらい覚えてるし、気迫なんかで同じ相手かどうかがわかっちまうんだよ」

そういうことである……ガレフは濡れ衣をかけられた気分なのか「やれやれ」と言って重い腰を上げる。エスタルトは渋々といった感じで着いてくる。

ギルドから出るとゴドルフィンとガレフの二人は対峙する……「なんだなんだ?」と野次馬までやってくる始末だ。

しかし二人はそんなもの気にならないのか集中し始める……ゴクリと皆息を飲む。

「だあああぁぁぁっ‼」

気合の乗ったその声と共にガレフが攻撃を仕掛ける!

ゴドルフィンは大楯を使いガレフの攻撃に備えている。ガレフは直線的にいくのではなくフェイントを入れながら突っ込んでくる。盾の隙を作る作戦なのだろう。

しかしゴドルフィンも一流……フェイントに惑わされることもなくしっかりとついていく。これは奏一郎自身もたっぷりと味わっている、身をもって知っていることだがゴドルフィンの盾を剝がすのは容易ではない。

奏一郎と同じようにガレフは苦労しているのか、全然手を出してこない……周りはやる気があるのか? とか、いつになったら始まるんだ? なんて勝手なことばかり言っているが……本人たちはいたって本気である。

膠着状態に痺れを切らしたのはゴドルフィンの方だった。

フェイントで近づいた瞬間に盾で小突いてやると、ガレフは体勢を崩し吹っ飛んだ……その後を追うようにゴドルフィンが盾で上から地面に叩きつけた!

「ぐあっ‼」

という声と共にジェフリーの「それまで‼」という声が轟く。

周囲の歓声と共にゴドルフィンが言った。

「コイツじゃねえな…………残念ながら。昨日のやつの方が湧き出る殺気といい、動きも鋭かった。」

そう言い放つと「ナイスファイト!」と言ってガレフに手を差し伸べる。ガレフは苦しそうにしていたが差し出された手にしがみつくと起こしてもらった。

「これでボクが犯人じゃないって信用してもらえましたか?」

まだ痛々しそうにしているガレフは一言そう言って立ち上がった。

「俺が保証するぜ……間違いなく昨日の奴じゃねえ」

ふうっとため息を吐くとジェフリーは。

「わかった。すまなかったね……あらぬ嫌疑をかけてしまって。」

そう言って回復ポーションを手渡した。

「だから始めから違うって言ったのに……」

ポーションを飲むとガレフの傷は一所に癒えた……こんなものまであるのか。と、感心する奏一郎。

「でもじゃあ、誰が犯人なんでしょう?」

奏一郎が口にすると。

「やり口からしたら単純にアサシンね……奏一郎あなた何かしたの? アサシンまで出てくるなんて相当恨み買ってるわよ?」

恨みを買う相手なんているわけもない……召喚されてきた時にはジェフリー達と一緒に居たのだから。

「知らぬ間に恨みを買う事だってあるんだから、誰にだって起こり得ることだよ。」

冷静に言うジェフリーの発言が怖い。そんな簡単に恨みを買うような世界なのか……気をつけないと。

そうじゃない! そうじゃない! 今はアサシンの存在が脅威過ぎる。どうしたらいい? ひたすらそれだけを考えていた。

「奏一郎……この世界に来る前に恨まれていたとかはないのかい?」

ヒソヒソと話すジェフリー、前の世界で恨まれていたことなんて……。

と、そこでエスタルトの大きな声がした。

「奏一郎君ってぇ、召喚者なのぉっ⁉ そっかぁ……それでぇ召喚について聞いてきたんだぁ…………?」

ビックリするほど大きな声でエスタルトは話してくれた……お陰でそこら中に居る人たちにまで奏一郎が召喚者だとバレてしまった。

「マズイっ‼ 奏一郎、急いで宿まで帰るぞ‼」

ざわざわとした集団の中から抜け出すと、全員で宿屋を目指して走った。置き去りにされたガレフとエスタルトはポカーンとしていた。

エスタルトは離れ際「ヤバッ!」と言っていたが……どこまで反省しているのだろうか。

村外れにある宿屋まで駆け抜けると息を切らしながら宿屋へ逃げ込む。こうなるとこのままこの街に居ることは難しいかもしれない……。

言われなくても分かっている。急いで荷支度をすると宿屋を後にして外に出ると、そこには先ほど置き去りにしたガレフとエスタルトが居た。

「さっきはコイツがすまなかった。まさか奏一郎君が召喚者だったなんて、想像もしてなくて……」

反省したようにガレフが謝ってくる。エスタルトも頭を押さえられ頭を下げさせられる。

「ごめんなさぁいぃー」

半泣きになりながらも謝るエスタルト。

「とにかくこうなってしまった以上はこの街にはもう居られない……俺たちは奏一郎を保護するためにも、ここから離れなくちゃいけない。」

ジェフリーが焦ったようにガレフをあしらう。

「こんなことになったのはボクたちのせいだ……だからせめてボクらに償いをさせてくれないか? ここに居るエスタルトは召喚士だ。きっと奏一郎たちの役に立つこともあると思うんだ。だからボクらも連れて行ってくれないか?」

唐突なガレフの提案にギョッとするメンバーたち。それって『フェンリルの牙』と『黒曜の灰塵』が手を組むっていう事?

「その話は後だ! ついてくるなら勝手についてこい! 今はそれどころじゃないんだっ!」

急いで村の出口に向かうとそこには門番の集団が居た……ここから外に出るのは難しそうだ。

「他へ回ろう。外壁を飛び越えて北に向かうようにしようか?」

それが可能なら、そうした方がいいかも知れない。

村の北部に移動すると外壁の前に立った……しかしこれはとてもじゃないが、飛び越えるのは難しいぞ……。

聳え立つ外壁にガックリと項垂れる奏一郎。

しかし皆は意外にも普通にしている。

「こんなに高い外壁があったんじゃ、とても登れそうにないですよ。」

奏一郎がポツリと本音を漏らす。

「このくらいなら大丈夫じゃろ?」

パトリックが事も無げに言う。いったいどうやってこの外壁を飛び越えるというのだろうか?

そうすると彩花とパトリックが一番重そうなゴドルフィンの腕をつかむと、ふわりと浮かび上がった⁉

それを見た奏一郎は「うわあっ!」と、声を上げてしまった……みんなはどうしたの? と言わんばかりの顔でこちらを見ていた……恥ずかしい……飛べる魔法があるなら教えておいて欲しい。

「飛べるんですね……知りませんでした……」

一人ずつ飛んで運んでを繰り返し、外壁を越えると急いで近くの林の中へと逃げ込んだ。さてここからどうするんだろう?

「ここからさらに北へ向かってフィリルの村へと向かおうと思う。此処よりも寒い地域だが閉鎖的で村の外部から人が来ることはほぼ無い。国に対しても従順というより地域を大切にするところだ。奏一郎たちが召喚者だとわかっても四の五の言わないだろう。」

それは国に通報される心配は少なくなるが、寒さが厳しいところか……自分たちが居た街を思い出すな……帰れるのだろうか? という不安がよぎる。

「ここよりもずっと田舎の村だ。生活していくには不便もあるだろう……きっとジルに居るよりも滞在しにくいところだろうが、安全面では遥かにジルよりも良い。そこでだ……君たち二人は本当についてくるのかい? 引き返すなら今のうちだけど……?」

『黒曜の灰塵』の二人は黙って頷いて答えた。

「この村に居られなくしてしまったのはボクらのせいだ……同行して奏一郎君を帰す手助けができればと思っているんだけど、邪魔かな?」

そう言って奏一郎の目を見る。

「邪魔だなんてそんなことは無いですよ。ボクらも召喚士であるエスタルトさんが居てくれた方が心強いですから」

本心からそう言う……エスタルトの知識はこれから先必要になってくるだろう。それを見越して仲間になっておくのも悪くない。

「エスタルトさん……じゃなくてぇ。エスタルト。でぇ、良いんだよぉ」

ニコリとしながら答えるエスタルト、彼女はとても優しい人のようだ……この世界に来てなんだか人に恵まれているような気がするなぁ。

「ありがとう、エスタルト……ところで今まで気にならなかったけど、みんな幾つなんですか?」

気にも留めてなかったことだったが、気になるところではある。

「俺は二十四歳だよ」

ジェフリーに続き「俺は二十二歳だ!」とゴドルフィンが言う……二十二歳⁉ そんな風に全然見えなかった……失礼ではあるがもっと年上だと思ってた。

「ワシは六十六歳じゃな」

パトリックはお爺ちゃんだと思っていたから想定内だ……リストは六百歳以上らしいし、ガレフとエスタルトの二人はどうなんだろ?

「ボクは十八歳だよ。そしてエスタルトは十六歳だよ」

エスタルトはふんぞり返って若さを誇っていた……同い年なんだ⁉ ちょっと予想外。

「じゃあ、エスタルトとボクは同い年だね。よろしくね!」

リストと関わることが増えて、女性に対する緊張が薄まっているようだ。

『黒曜の灰塵』の二人は十代ということで、親近感がわいている奏一郎。

「彩花です! 六歳ですっ‼」

元気よく挨拶する彩花は人見知りをせずに挨拶出来て偉いね。と褒めておく。

「あやかちゃんっていうんだねぇ。元気よく挨拶してぇ、偉いねえ。」

エスタルトは彩花を気に入ったようで、頭をなでなでしてくれている……しかしガレフはというと、子供との接し方がわからないのか……うーんと考え込んでいる。

「彩花ちゃんはなんでまだ子供なのに、パーティーに居るんだ? 誰かの子供って訳ではなさそうだし……爺さんの孫かなんかかい?」

そうかよく考えてみたら、彩花は召喚者だとバレていないことに気づく……。

「彩花はボクの妹です。一緒に召喚されてきたんですよ……もっとも、召喚した側からしたらボクの方がオマケなんでしょうけどね。」

自虐的な説明だ……こんなんじゃいけない。

「オマケ? 二人は能力的に違いがあるのかい?」

ガレフの質問は結構残酷なものだと感じた。

「彩花には魔法の才があるみたいなんですけど、ボクの方はからっきしで……今ゴドルフィンに剣術の稽古をつけてもらってるんですよ」

ありのままの自分でも良いじゃないか……そんなに卑下する必要はない。

「でも、彩花も毎日魔法の稽古してますけどね。パトリック曰くコントロールが大切なんだとか?」

そう言うと彩花が割って入る。

「あのね、あのね。わたしコントロールも威力上昇も上手になって来たんだよ⁉」

こうやって日々彩花との差を広げられるわけだ……そりゃ自分の中で苦しくもなるだろう。でも今の自分は違う、彩花の成長も自分の事のように嬉しく感じる。

味方である彩花の戦闘力の向上は大歓迎だ。

「彩花の成長は呑み込みが早くて、ワシも抜かれそうな勢いじゃわい。」

師匠であるパトリックも満足気だ。弟子である彩花は勇者でもある可能性があるのだ。成長力が違う。

そんな会話をしながら進むことにした奏一郎一行は、これからいくフィリルがどのような村なのかを甘く見ていた……道は進むにつれ雪がちらほらと目につくようになってくる。

北国育ちの奏一郎には特に思うところはなかったが、ガレフとエスタルトは違った……「寒い」「寒いよぉ……」と言いながらも進まなくてはいつまで経ってもフィリルには辿り着かない。

「みんなは寒くないのか?」

ガレフの問いに笑顔で奏一郎が答える。

「寒いですよ? 雪だってあるんだし当たり前じゃないですか。」

うええっ⁉ という顔でこちらを見てくるガレフ。

「なんでそんなに普通にしてられるんだ?」

何の気なしに答える。

「それはたぶんボクは北国育ちだからですかね? 雪は普通に降りますし、なんだったらもっと寒い時期もありますよ?」

ガレフとエスタルトはセットで信じられないという顔をして一言。

「ボクたちは暖かい地域にしか行かないから、こんなに寒いのは予想外だよ……戦闘にも支障が出るかもしれないな……」

まあ、寒ければ筋肉も委縮して動きも鈍くなるだろうから仕方ないだろう……しかし奏一郎はそうならないように提案してみる。

「走ってみたらどうですか? 体も温まるし、準備運動にもなるじゃないですか?」

冗談で言ったつもりがガレフは急に走り出し行っては戻ってを繰り返す……クスリと笑うと彩花もつられてガレフを追いかける。

非常に微笑ましい光景だ。こんな日々がずつと続けばいいのに……。現実はそうもいかない。

時々現れるモンスターとの戦闘もあるし、ある時は猛吹雪の中をホワイトアウトしながらも雪中行軍してみたりと……北へ向かえば向かう程その頻度は増した。

そんな時はみんなではぐれないように手を繋いで歩いたり、山小屋で一時避難したりとその時その時に出来る対応をしていた。

モンスターもなんとなく北へ向かうにつれ、強くなっているような気もする……ホワイトタイガーや雪精など顔ぶれは変わっていく。雪精と言ってもスノーフェアリーとは別物で、こちらはホワホワとした雪玉みたいなやつである。

奏一郎はどうやらガレフと変わらないくらいには強くなっているようだが、彩花と比べると月と鼈である。

もうどれくらい歩いただろうか……? 目的地のフィリルにはまだ着かない。かれこれ十日は歩いているだろう……途中に村や街はなく、あるのは休憩スペース程度に置かれている山小屋があるだけだ。

野営用のテントでは凍死するのではないかと思う程に寒かったため山小屋の存在は非常に嬉しかったのだが、しかしその山小屋も八人という大所帯では居心地のいいものとは言い難い。

奏一郎はいつも彩花と寄り添うように眠っていた。

そんなある日山小屋での出来事だ。

ガレフが何時になったら辿り着くのかとジェフリーに問い詰めていた。

「こんなんじゃ、身が持たないよ……こんなに困難な道のりだとは思わなかったし」

と、弱音を吐くガレフにエスタルトは言う。

「もーう、軟弱なんだからぁ……そーゆーところガレフはぁ、すーぐ折れちゃうんだからぁ」

今までにもパーティーを組んでいたのだ……同じようなことがあったりしたのかもしれない。

まあこの二人が加入してくれたおかげでパーティー内は非常に明るくなったのは言うまでもない……二つのパーティーが共に行動することで問題が起きるかと思いきや、良い意味で繋がってくれた。

「吹雪のせいで、たぶんだけどあと三日もあれば着くと思うんだけどね……こればかりは天気の兼ね合いがあるから、何とも言えないけど……」

ジェフリーが真面目に返すとガレフは「こんなはずじゃなかったのになぁ……」と、嘆いていた。

「泣き言言ってもぉ、なんにも始まらないんだよぉ? ガレフはぁ、地道に歩くしかないのぉ」

エスタルトはそう嗜めると胸を張っている……このパーティー実はガレフよりエスタルトの方がしっかりしているのかもしれない?

そこにリストが加わる。

「ガレフの泣き言はどうでもいいとして……問題は食料が少ない事ね。スノーラビットでも捕まえてくれば、まだいくらか余裕ができるのだけど……この悪天候じゃあね……」

外は轟々と吹雪いていた……これじゃあしばらくはこの山小屋で時間を潰すしかないか……しかし、食料問題もある……どうしたものか。

「こういう吹雪の山小屋で密室殺人とか起きるのがセオリーなんじゃがのう……面白いことには早々ならんもんじゃの!」

パトリックは面白そうに言うがこの山小屋、実のところ何部屋かあって奏一郎たち以外にも避難者が居るのである。

一人はエルゼという村娘。

奏一郎たちと同じようにテュフォンからやってきたという。職業は商売人で主に衣類を扱っているらしい。

さらにもう一人は、カンザスという中年のオッサンだ。彼は東にあるジャルムの街からやって来たらしい。職業は格闘家……なんでも力試しの旅の途中だという。

と、ジェフリーがゴドルフィンを連れ狩りに行くという。

自分もと奏一郎が声を上げると、「今回は危険だよ?やめておいた方が良いんじゃないかい?」というジェフリーの言葉を振り切って行くことを決意した。

相も変わらず天気は不良……山小屋から出たらすぐにホワイトアウトしてしまいそうな勢いだ。そんななか鹿でもウサギでも良いから捕ってこようという話をしていた。そしてこんな天気なので外を出歩いている動物も少ないかもしれない……。

外に出ると案の定ホワイトアウトした。

「はぐれるんじゃねえぞ‼」

ゴドルフィンが先陣を切って雪をかき分けていく。その後を追ってジェフリー、奏一郎の順について行く。確かに吹雪ではあるが奏一郎も雪国生まれなだけあって雪の扱いには慣れている。

スコップを片手に掘り進んでいくゴドルフィン、腰まではあろうかという雪をすごい勢いで掘り進んでいく。こうやって進んで行けば雪道を戻ればいいだけだから安心して進める。

例え雪で埋もれたとしても、そこは雪が少なくなっているので道がわかりやすい。それも短時間で急に道がなくなることは無いだろう。

横殴りの雪は少しだけ勢いが弱まった時、影が見えた……鹿だっ‼

見えた鹿に向かってジェフリーは事前に用意していた槍を投げつける! 胴体に突き刺さった槍は抜けることなく深く刺さっている……ゴドルフィンが鹿のいる方へと走り出すと鹿も最後の抵抗で逃げ出そうとする。それをゴドルフィンが追いつき逃がさんとばかりに押さえつける。

ゴドルフィンは刺さっている槍を引き抜くと、槍を短く持つと根元を持ち首へと突き刺した! これでご飯が助かる。

ホッとしたのも束の間だった……奏一郎の後ろから人の気配がした! 嫌な予感がして奏一郎は振り返るとそこには仮面をつけた謎の人物……手には……やはり双剣を持っていた。

マズいと思いレイピアを引き抜くと双剣使いは軽く一撃を放った。それを奏一郎は剣を縦にして防ぐ……双剣使いはさらに一撃と追撃を仕掛ける!

速いっ! そう思った刹那脇腹に熱い感触が走る……傷はまだ浅い。

スピードは断然向こうが上だ……こんな事ならガレフに双剣対策を教えてもらっておけば良かった。今そう思っても無駄だ……今は自分が助かることだけを考えろ‼

仮面の奴は再び懐に入ろうと剣を振るう。

やはり早い……一撃目を抑えても、すぐその後に追撃が来る⁉お腹が熱い……傷を負っての戦いは初めてだ。思考だけが加速して体が思考についてこない……また一撃目を受け止めると、今度は腹部への攻撃は身を引いてかわしたつもりでいたが……掠ってしまい、今度は血が滲み出て痛みが体中を走り抜ける。

あまりの痛みに体が九の字に曲がる。

そこを見逃さず追い打ちをかけてくる仮面。

もう駄目だと思って目を閉じた瞬間『ギィィィンっ‼』という音が鳴り響く。

恐る恐る目を開けるとジェフリーが仮面の放った一撃を受け止めていた……ジェフリーは双剣の素早さに負けることなく剣撃を捌いて受け流している。さすがはジェフリーだ。

それどころかジェフリーは重い一撃をいれ、仮面の動きを鈍らせている……ジェフリーは恐らく攻撃に転じることで、相手に攻撃をさせないようにしているのだろう? 素早い相手に力押しのジェフリー、当たれば即アウトな一撃を見せられれば人間である以上怯むこともあるだろう……スピードで翻弄してくると思われていた仮面はジェフリーの力押しにたじろいでいる。

時々掠っては細かい傷が出来ていた。ようやくジェフリーの攻撃が完全ではないがヒットし始めた……胸を保護していたプレートが外れたのだ! その瞬間予想外の事態に一同はざわついた……仮面の正体は女だったのだ。

その間にゴドルフィンが奏一郎の傍に駆け寄り傷の状態を見てくれている。奏一郎が苦戦を強いられた仮面はジェフリーの前では赤子とまでは言わなくとも、子供をあやす程度にしかならない……それくらい実力差があった。

それほどの実力差を見せつけられては仮面も引かざるを得なかった。攻めあぐね防戦一方の状態では持久戦になると踏んで、早めに引くことを選択したのだろう。雪道を掻き分けて逃げていった……ジェフリーも負傷した奏一郎が居る為深追いせずに戻って来た。

「奏一郎の容態は?」

焦りが混じるその声には心配の色が見て取れた。

「傷は決して浅くは無いがしばらく休ませりゃ、大丈夫……命には別状はないだろ」

簡単に言ってくれるが傷を負った奏一郎としてはたまったものでは無い。

ゴドルフィンが止血帯を奏一郎のお腹に巻くと、ジェフリーが背負ってくれた……ゴドルフィンは鹿を担いで歩きだす。

こうして追手を撃退した三人は山小屋に戻るのであった。


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