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俺が妹を守るまで  作者: のらねこ
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第五章 信頼の回復

気まずい雰囲気が流れたままギルドに戻った一行は、受け付けに行き討伐完了のお知らせをした。そのまま宿に戻ると奏一郎は着いてからしばしの後に、口火を切った。

「さっきはすみませんでした……ボクの感情が高ぶってしまって、余計なことまで話してしまいました……」

まるで葬式のような顔で言う奏一郎。

「謝る相手が違うんじゃないかな? 俺たちよりまずは彩花じゃないか?」

ジェフリーの言葉に胸が痛む……何せ言ってはいけないことを言葉にしてしまったのだ。それは責められて当然ではある。トボトボと部屋を出て彩花の下へ向かう……コンコンコン、部屋のドアをノックする。

「はい」

それはリストの声だった……なんて言おうか奏一郎は未だに迷っていた。それは罪悪感故の言葉の選択だったり、行動の選択だったりを考えている。

「奏一郎だけど……。開けてもらえるかな……?」

反省の声と共に開けてほしいという懇願にも似た言葉だった。

「…………」

反応がない……やはりそれだけのことをやらかしてしまったという事だろう…………。

「……お兄ちゃん?」

すると彩花の声がした……彩花も悲しんでいるだろうか?

「彩花……お兄ちゃん、とんでもないことをしちゃったね。ごめんな……でも、あれは本当の事なんだけど違うんだ……」

すると、ゆっくりとドアが開いた……彩花の顔色を窺うと、やはり悲しそうな顔をしていた。兄として失格だな……こんな顔させるなんて…………。

「入って……」

彩花は一言言うと奥に戻っていく。

「お邪魔します……」

借りてきた猫のように萎縮してしまっている奏一郎……彩花はそんな姿を見てさらに悲しそうな目をする。

「お兄ちゃん? 彩花余計なことしちゃったかな……?」

彩花は彩花で悩んでいるようだった……。なんかこんな思いをさせるなんてダメな兄だな……。

「余計なことなんて……ボクもお兄ちゃんとして頑張らなくちゃって思ってしまったんだよね。だから……あの時言ってしまった言葉は、言い訳がましいかもしれないけど……本当のことだけどそうじゃないんだ……」

ゆっくり彩花にもわかるように伝える。

「助けてくれたのは本当に有難いことだし、ボクの力不足が原因だから彩花は気にしなくてもいいんだよ?」

彩花に労いの言葉を掛けると小さく微笑んだ。その微笑みに安心したのか、彩花も強張っていた表情が和らいだ。

「いいの? ホントに…………?」

懺悔するかのように吐き出した言葉が、奏一郎の心を揺り動かす……本音の部分と建前の部分が奏一郎を惑わせる。

どう言い訳をしたらいいものか? どう言い逃れるか?

いや……もうよそう……そういうのは今日で終わりにしよう。今までの卑怯な自分にサヨナラしよう…………。素直に全てを受け入れて、新しい自分に生まれ変わらなくては。

強く自分に言い聞かせ奏一郎はゴクリと息を飲む。

「正直に言うよ…………ボクは自分の弱さが情けなくて、彩花に当たっていたんだと思う。彩花を守らなきゃっていう自分の本音と、守られてばかりの自分が居て……逃げ場所が無かったんだ」

ゆっくりと語り始める奏一郎、緊張した様子が見える。

彩花もリストもその懺悔をただ黙って聞いてくれていた。

「お兄ちゃん……カッコ悪いよな……。こんなふうになるまで本音を誰にも言えなくて、始めた剣の稽古だって中途半端で……強くなりたいっていう想いはあるんだよ? でも、彩花はそれを遥かに凌ぐくらい強くなってて……追いつきたくてもいつまで経っても追いつけなくて……」

切々と語る奏一郎には悲壮感すら感じられる。

「そんなことないよ……お兄ちゃんは頑張ってるもん!」

彩花のフォローも今の奏一郎には届かない……。

「頑張っても頑張っても報われない……この呪いがいつまで経っても解けないんだよ……。そんな中でスノーフェアリーに惑わされて、本当の想いが溢れ出てしまったんだ。」

しょんぼりする彩花……リストが口を挟む。

「ふうん、彩花ちゃんが強くなるのは良い事よね? 成長速度だってまだまだ子供だからか、呑み込みも早いし……それを同じ速度以上の期待をすること自体が間違ってるんじゃないかしら」

それはそうなのだ……そうだとわかっていても、奏一郎には難しかったのだ。真面目過ぎる性格も災いしてか、思うように事が進まないことが今回の一件の発端だ。

「奏一郎は奏一郎で良いじゃない……成長だってちゃんとしてるんだし、それを誇っていいのよ? 成長の度合いは人それぞれなんだし、他人と比較するものじゃないわ」

言われてみると確かにその通りだ。他人と比較する必要などないのだ……しかし奏一郎は兄としての面子がある以上、向上心が邪魔をするのだ。

「でも、ボクは彩花の兄として彩花を守らなくちゃいけないんです。彩花はまだ子供です……誰かが守ってあげなくちゃいけないと思うんですよ」

無駄に強い、~しなくてはいけない精神……これをどうにかしないと話が進まない。

結局正義感が強いのだ……なんでもかんでも自分で背負い込んで、失敗すると全て自己責任に思い込んでしまうのだ。

「ならもっと仲間を頼ればいいじゃない? アタシたちの事そんなに信頼できないと奏一郎は思ってるの? ちなみにこれは彩花ちゃんも含め仲間ってことよ。どう? 信頼できない⁇」

信頼か……それはこの世界に来てから、ずつとお世話になっているし……信用してないわけじゃないけど、そんなに頼り切ってしまって良いのだろうか? 奏一郎は思う……自分一人で抱え込み過ぎてしまう自分の性分がここでは問題なのだから頼ってしまえば良いという感情と、こんな自分がそんなに頼ったって返せるものがない……という思いがネックになる。

「ボクには返せるものがありませんよ……なのに、借りばかり作ってしまうなんて……」

おずおずとしていると、リストはこう答えた。

「そんなもの戦闘で取り返せばいいじゃない。貸し借りなんてあって無いようなものなんだから、そんなの気にしなくてもいいのよ。一戦一戦どういう戦いをするか……が奏一郎の出来る事なんじゃないかしら?」

思いもしなかった言葉に奏一郎は何と返していいのかわからなくなっていた……返さなくてもいいよ。そう言われたようなものなのだ……自分の考えとは全く異なった意見、それをいきなり素直に受け入れられるのか?

いや、受け入れるべきだろう……自分の思い通りに事を進めていては、今までと何も変わらない。今は自分の変化が必要なんだ! と、奏一郎は思い込む。

「そうなんですね……ボクは借りたものは返さないと、という思いが強すぎたのかもしれません。毎日何かボクに出来ることをやればいいんですよね? それならボクにも何か出来ることがあるかもしれません!」

そう強く言い切った奏一郎の顔は清々しい顔をしていた。今までの奏一郎とは何か違った振り切れた表情が見える。

「そうよ。なんでもいいじゃない。自分に出来ることを見つけられれば、奏一郎だって自信がつくんじゃないかしら?」

なんだか目の前が真っ暗だったのに、急に光が差し込んだかのように目の前が明るくなった。奏一郎はウンウンと頷きながら自分に言い聞かせている。

「お兄ちゃん……もう大丈夫? 苦しくない⁇」

心配そうに成り行きを見守っていた彩花が声を掛けてくる。

「お兄ちゃんの事は大丈夫だから心配しなくてもいいんだよ? 彩花には余計な心配をかけてしまったね……。もうお兄ちゃんは大丈夫だよ」

そう言うと、またもリストがこう答える。

「彩花ちゃんにも心配くらいさせてあげなさい。奏一郎が思ってるほど彩花ちゃんだって子供じゃないわよ? そもそも奏一郎が彩花ちゃんを子供として見ているなら、成長のためにも心配かけたって全然良いじゃない」

そうか、そうなのか? 彩花を守ることも大事だけど……成長も大切なことだよな……。それを考えると対等の立場で見てあげることが必要になってくるかもしれないな。

「そうですね……ボクも彩花を対等の立場で見たいと思います。妹としても見ますけど、大人としても見ていこうと思ってます。」

そう決心して先に進むことを決意した……こうやって自分自身で色々試していかなくては、何も変わらないし変われない。現実と向き合って試行錯誤して……そしていつか彩花を守れるようにならなくては。

今は切磋琢磨している関係でも、もしかしたら追いつき追い越すこともできるかもしれない……そんな思いを胸に抱きながら旅を続けるのも一興ではないか。

「ようやく落としどころが見つかったわね。良かったわ。これからは気兼ねなく彩花ちゃんも頼るのよ! しっかりお兄ちゃんも程々にやるのよ?」

そう言ってリストはウインクしてみせた。

一瞬ドキッとする奏一郎……リストはなんだかお姉さんみたいだな。まあ実際年上なんだけど……歳はたぶん二十二、三といったところだろうか? でも種族が違うしどうなんだろう?

「リストってさ……実際のところ何歳なの?」

素朴な疑問を問いかける。

「六百と幾つだったかは忘れたわ……私たちエルフは不老長命の種族なの。だから年齢なんて然したる問題じゃないのよ? 大切なのは今を生きること、今何が起こって自分が何をしているか。重要なのはそこよ!」

六百っ⁉ 不老長命とはいえ全然そんな長生きしているとは思えない奇麗さだ! でも……不老長命ってどんな気分なんだろう?

「リストはさ……今までたくさんのパーティーに入ってきたと思うんだけど、寂しくはなかったの?」

どれほどの人と触れ合い、別れを経験してきたことだろうか。中には戦闘中に命を失った者も居るかもしれない……。

「寂しい? どうして?」

何のことは無いように話すリスト。

「だって、今まで多くの人たちと出会って、その数だけ別れもあったんでしょ? 六百年も生きていたならそれをどう乗り越えてきたのかな? って……」

そう聞いてみると自分の価値観とは違う答えが返ってきた。

「そうね……確かに色んな出会いや別れがあったわ……。でもねアタシたちの価値基準で言うと、それは些細な出来事でしかないの。……そうね、簡単に言ってしまえば人間の寿命は八十年として考えると……アタシたちの寿命よりも遥かに短くて、一人一人の死に悲しんでいたら身が持たないのよね」

そう言って遠い目をしながら語る。

「死を見つめるよりも、楽しかったことを思い出したほうが……理知的だと思うの。確かに死を貴ぶことは必要かもしれない……でも、本人だっていつまでも悲しんでいて欲しくはないだろうと思うし……アタシなら吹っ切って生きていって欲しいと思うわ」

そう言い切ると自信ありげにしていた……人間は死を受け入れにくい生き物なのかもしれない……。リストの言った通りいつまでも悲しんでいて欲しくはないだろう……それは人によるのかもしれないが、少なくとも奏一郎にはそう感じる何かがあった。

「リストは強いんだね……。普通なら自分には何か出来たんじゃないか? あの時こうしていればって考えるものなんだけど……リストは前向きに考えてるんだね」

そう言って尊敬の眼差しを送る。

「前向きというか……長い時間生きてきて勝手に身に着いたものだから、アタシ自身意識してどうこうした訳じゃないけど……そうなったからにはそうなった理由が何かあるものよね」

自身の体験に基づいたものだというリストはクールに足を組んでいる。エルフというのは皆こんなタイトなスカートを履いているものなのだろうか? 少しだけドキドキしてしまう。

いかんいかん、同じパーティーメンバ―にこんな想いを抱くなんて間違ってる!

「それじゃあ、あまり長居してもなんですし……部屋に戻りますね」

居てもたってもいられなくて部屋を出ようとすると。

「ここは彩花ちゃんの部屋でもあるんだから、全然気にしなくてもいいのに……アタシの方がお邪魔虫みたいじゃない」

そう言ってクスリと笑った。

「いやいやそんなこと全然ありませんよ! 彩花今日は本当にゴメンね……それだけ言いたくて来ただけだから」

ドギマギしながらそう言って部屋を去る。

ああ、もう……女の人が相手だとイマイチ調子が出ない……これも克服しなくては。心の中でそう決心すると自室に戻る。

「ただいま」

部屋の雰囲気は部屋を出た時と変わらず、ギスギスとしたままで奏一郎の帰りを待っていたと言わんばかりの空気感だ。

「どうだった? 仲直りは出来たかい?」

心配そうに顔を覗き込んでくるリーダーのジェフリー。他の二人も気にはなっているようだ。

それもそうだろう最悪奏一郎はパーティーから脱退……それくらいの事をやってしまったのだから。

「はいっ! キッチリ謝ってきました……そのあとはリストと話し込んでしまって遅くなりました。エルフの価値観って変わってるんですね?」

これなら大丈夫か……と、考えたジェフリーはそのまま普通に会話を続ける。

「そうなんだよ。エルフは不老長命で有名だからね。俺たちとパーティーを組んでることも、ほんの些細なことなのかもしれないね? 彩花や奏一郎はまだ若いから一緒に居られる時間も長いんじゃないかな……まあ、俺たち冒険者パーティーはいつ死ぬかわからない職業だけどね」

どうなんだろう……毎回戦闘で生き残れることに感謝すべきなのかな? 奏一郎は生き残ることは当たり前みたいな感覚でいたが、実のところはそうじゃないかもしれない。

「そうですよね……毎度毎度生き残れるとは限らないんですよね……。そう考えると彩花にもみんなにも感謝しなきゃですよね。ありがとうございます」

素直に受け入れることを意識し始めた奏一郎は今は少なくとも、柔軟な対応が出来ている。

「たしかに俺たちに感謝することも大切だけど、俺は毎回生き延びるたびにアリス様に感謝の念を祈りに込めてるよ」

神に祈ることがなんだかどうなのかなぁ? と、抵抗を覚える奏一郎。こういったことも習慣なんだろうか? 受け入れることも必要そうだ。

「そうなんですね……まあボクは無神論者なので、あまりそういう事には疎いのですが。そういうのも大切なんですね?」

適当に受け流そうとするが、ジェフリーは逃がしてくれなかった。

「そうなんだよ! 俺たちをいつもどこかで見守ってくれているそんな存在……それがアリス様なんだよ。どんなことでも良いんだ、お祈りは大切なことだよ。例えばイケないことをしてしまった……そんな時にもお祈りをすることで懺悔にもなるし、良いことをした報告をするのだって良いんだ‼」

ゴドルフィンとパトリックに助けを求めようと、目線を送るが二人は一向に目を合わせてくれない。逃げられた! そう思いながらも「そうですね」などと相槌を打っていると、ジェフリーの信仰深さが露見する。

「どうだい? これを機に奏一郎もアリス教に入信してみないかい? 体験入信なんてのもあるんだけどね。それがまた好評でさ!」

信仰に熱いのは良いことだけど、他人を巻き込まないでほしい……それがジェフリーの難点だった。人間ダメなところって誰にでもあるよな……そう考えながら「どうどう」と、宥めるのが定番になりつつある。

これさえなければジェフリーは良い人なんだけどなぁ……どうしてこうなっちゃうんだろうなぁ。非常に残念なところではあるが、それを含めのジェフリーだ。ちゃんとリーダーとしての役目も果たしているし、叱るときもキチンとしてるし、人間性……だけがダメに思えてくる……。

しかし、ジェフリーも立派なリーダーだ!邪険に扱う訳にはいかない。

「っていう訳で、アリス様は素晴らしいんだよ!」

話半分に聞いていた奏一郎には右から左に受け流したようなものだ。が、やはり邪険には扱えないのでこう答えた。

「そうなんですね。ボクも静かにお祈りしてみますね」

心の中で……という言葉はなかったが、気持ち的には言ったことにしておいてこの場を凌ぐ。それが奏一郎に出来る精一杯だった。

「そうか、良い心掛けだね! これからも一緒に精進しような‼」

そう来たかっ⁉ なんて思ってはいるけど口には出さずにシレっとして言う。

「そうですね……ボクは初心者なのでマイペースに行きましょうかね? 敬虔な信徒のジェフリーの邪魔になっても嫌だし……」

控え目に言う事でジェフリーを納得させようという作戦だ。

しかし、ジェフリーはそれを上回って来た。

「マイペースでもいいから一日に一回は祈ってみよう?そうしたらきっと何かが変わるはずだよ? 始めは小さな変化かもしれないから見逃さないようにな?」

こんなにも強引だとは……奏一郎も一瞬言葉を失う。

「…………、ま……まあ、気づけるかどうかは別として……まずは第一歩ということで、祈ってみますね?」

こうやって宗教に勧誘されていくのか……某アニメの中でも結構強引な勧誘をしてダメな人間として扱われていたっけ。

「頑張ってくれたまえ。奏一郎隊員」

なぜ隊員なのかわからないが好きに呼ばせておこう。

それからも勧誘は続き……今夜は眠れない夜になりそうだ。と、諦めていた奏一郎だった。

翌日は朝から最早、日課になっている素振りをした。そして午後からはゴドルフィンとの稽古だ。ジェフリーとリストは二人で一緒にクエストに行ってしまった……自分にはまだ早いと思われたかな? まあ、それも仕方のないことだ……。

彩花とパトリックは隣で魔法の訓練中だ。もちろん奏一郎たちとは別に場所を取って訓練している。

時折パトリックが「おーい! 少しくらい休憩せんかのう?」などと口を挟むことはあるが、それ以外は基本的には邪魔をしない。お互い集中力を発揮しているからだろうか……あまり気にはならない。

そんな休憩中の一場面だが、彩花の子供らしいところを久しぶりに見た……。稽古中に「師匠! お腹空いた‼」というお昼の一場面なのだが、師匠というのはもちろんパトリックの事である。

それを皮切りに休憩するか? という流れになり昼食を摂る。

彩花は余程お腹が減っていたのか、女の子にはあるまじきガツガツと食べるということをしていた……こんな時に兄としてなんて言葉をかけてあげたらいいのだろうか?

「彩花……女の子なんだしガツガツして食べないの。ゆっくり時間をかけてもいいから、キレイに食べるんだよ。」

そう、宥めるも彩花の食べる速度は変わらずに……スプーンで山盛りのご飯を大きなお口で食べ続けている。

こういうところは子供だな……まだまだ子供な彩花を優しく見つめる奏一郎はやはり兄なんだなと感じた。

「師匠の稽古は厳しい……だからたくさん食べて、早く大きくならないとなの」

そう言ってモグモグと食べる彩花は、喉を詰まらせて水を手に取りゴックンと飲み込む……このままでは女の子として大切な何かを失いそうだ……。

そう思った奏一郎は彩花の手を取ると「ゆっくり食べなよ」と微笑んだ……それはとても優しく親が子供に向けるような視線だった。奏一郎は兄という立場だが、今は異世界に居るので彩花の親代わりをしなくてはという思いが強いのかもしれない。

手を取られ言われた彩花はコクリと頷くと今度はゆっくりと食べだした……冒険者をしているとこういうところが、がさつになってしまうのだろうか? ゴドルフィンなんて見事としか言えないほどにガツガツと食べている……こういうところは見習ってほしくないんだよなぁ。

やはり彩花は兄である奏一郎を慕っているので言われたことはキチンと守るのだが何かに集中していると注意散漫になるのか耳に届かないこともある。

奏一郎も自分の中で三度言ってもダメならしっかり注意しないとな……とは思っているがそこは年の離れた可愛い妹だ身内贔屓と言われるかもしれないが……基本的に言う事を聞いてくれるので、怒ることは少ないかもしれない。

そういえば奏一郎は性格なのかあまり怒ることをしない……言っても聞き入れてもらえないとか、怒ってもあまり効果が薄いのもある……つまり奏一郎は効率的なのである。

怒鳴り合う事なんて最も愚策だと考えている。

何故なら……あんなにエネルギーを使うのに対して、目的の達成度が低いのだ。それなら一つ一つ丁寧に説明して着地点を話し合った方がよっぽどマシなのである。

しかし彩花に対してはその限りではない。可愛い年の離れた妹だが、言う時はしっかりと言わなくてはいけない。それは躾というところもある……これをしたら怒られるここまでは怒られない。そういった部分を明確にしてあげなくては子供には理解できないのだ……と、思っているので本当にイケないことをしたら奏一郎は可愛い妹だからこそ怒ることもあるのだ。

まあ、そう滅多にあることではないのだが。

「ごちそうさまでした」

彩花がそう言うのを見てしっかりと「よくできました」と褒めるところはしっかり褒めることも大切なので頭を撫でてやると、彩花はにんまり微笑んだ。まるで昨日のことが何もなかったかのように彩花は対応してくれている。

きっと彩花は彩花で色々思っているところはあるだろうが、それは口に出さずに普通に接してくれているのは有難いことだ。

その後、午後の訓練へと向かう途中……なんとなくだが視線を感じた。視線を感じた方向へ目をやると、そこには普通に街人たちが行き交っているだけだった。何だったんだろう?

気のせいかと思ったのだが、なんだか気になる……その予感は的中することになる。



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