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俺が妹を守るまで  作者: のらねこ
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第四章 発せられた言葉

あれから七日経って目的地ジルに到着した。

その間も戦闘になることが散々あったが、その都度奏一郎は経験を積んでいるといったところか。彩花に至っては戦闘に関して完全に独り立ちしている。

それでも奏一郎は頑張っている方だと思う……着実に経験を積んで戦闘中の動きなんかも、地味だが確実に進歩している。

彩花はペロと一緒に宿屋で休憩している最中だが、奏一郎はジェフリーの教えを忠実に守っている。素振りとゴドルフィンとの稽古である。

その成果が少しずつ見え始めているのか、奏一郎の資質なのかわからないが成長を続けている。

村ではなかなか旅人が来ないので歓迎された……嬉しいことだが、そんな大層な身分じゃないとは思った。この村の滞在期間は決まっていない。

実のところ情報収集もしなくてはいけないのだ。召喚に関する情報を手に入れなくてはいけない。

仕方なくギルドに出向くと、意外にもこの村のギルドは清潔感があった。たばこのむせ返るような臭いやお酒と下世話な話題もなかった。数人が在籍しているのか、今日の成果を語り合っている……とりあえず受付さんに話しかけてみようと、ギルドカードを取り出すと受付のお姉さんに話しかける。

「あの、すいません」

今回はぎこちなくなかったぞ⁉ 上手く話せたのはリストとの会話のお陰だろう。

「はい。依頼ですか? それともご注文ですか? ご注文ならウエイトレスに、依頼なら掲示板をご覧ください。」

営業的なスマイルと共にこちらの話も聞かず話を進める。

「実は聞きたいことがありまして、このギルドで召喚に詳しい人はいませんか?」

庇護欲をそそるような顔で話しかける。

「こちらのギルドでは召喚に詳しい人物はわかりかねます……何かを召喚したいのですか?」

帰りたいなどとは間違っても口には出来ない……この領地の貴族に捕まりでもしたら、お話にもならない。

「それもそうなんですけど召喚するのは簡単じゃないですか? その逆……つまりはこちらの世界から別世界に行けないものかと思いまして。」

いかにもこちらの世界の住人と言わんばかりのフリをする。

「うーん……こちらの世界から別世界に行く方法ですかぁ。面白いこと考えてるんですね! それでしたらこちらで書物を探してみてはいかがでしょうか?」

と、奥にある本棚を案内された……書物か、誰か一緒に来てもらえばよかったかな?

何故そう思ったのかというと、実のところこの世界の文字が読めないのだ……それはこの世界の衣服を買いに行ったときに、値札らしきものを見た時に気が付いたのだ。

数字は共通しているのに文字は読めない……もしかしたらこの世界と元居た世界はどこか似ているところがあるのかもしれない?

「何かおすすめの本とか借りることは可能ですか?」

奏一郎の問いに受付のお姉さんが答える。

「貸し出しは出来ますよ? ギルドカードを提出の上、期限は一週間です!」

丁寧に説明してくれるお姉さん。帰ってリストにでも読んでもらおうかな?

「じゃあ、お任せで何冊かお願いします。」

そう言うと見繕うために立ち上がり三冊の本を持ってきてくれる。

「こちらでいかがでしょうか?」

そう言われても内容がわからない……ので、そのままオーケーを出す。

そしてギルドカードを手渡すと手書きで貸し出し帳? と思われるノートに書き始めた。

「ちょっと席を外しますね? あそこのパーティーに声をかけてきます」

そう言い残しテーブルへと向かう。

「こんにちは」

そう言い放つと、こちらを見てリーダーらしき人が返してくれた。

「やあ、ボクたちに何か用かい?」

気さくに話しかけてくれたのはパーティー名『黒曜の灰塵』のリーダーガレフだ。

ガレフは双刀使いで前線を任されているんだとか。色んな武器があるんだな? と、思わず感心してしまう。

「実は今召喚に関する情報を集めてて、何か知りませんか?」

無難な質問の仕方だ……これで何も問題は起こらないだろう。

「召喚かい? うちのパーティーには召喚士が居るんだ」

召喚士が居る⁉ いきなりの答えにビンゴかと思った。

「彼女はエスタルト、召喚士でありうちのパーティーの副リーダーだ。と言っても二人しかいないけどね」

「どーもー」と挨拶されたのでこちらも「どうも」と返す。

「で? 召喚の何が知りたいわけぇ? わたしに応えられることなら全然教えてあげるよぉ。」

語尾がしっかりしてない人だな……それが第一印象だった。

「こちら側から別世界に行く方法は知りませんか?」

うーーん……と黙りこくってしまった。やはりそんなに難しい事なんだろうか?

「うーーん……どうなのかなぁ? 出来るのかなぁ? 行けないのかなぁ?」

副リーダーの割には、はんにゃかふんにゃかしてるなぁ。大丈夫なのかこの人⁇

「理論上はいけなくはないんだろうけどぉ……それが成功したという話は聞かないしぃ……わかんないなぁ」

ふむ、つまりは方法がなくもないということなのかな?

「成功した話を聞かないだけで、方法はあるってことですか?」

問い詰める奏一郎にエスタルトは困惑する。

「待って待ってぇ……あくまでも違う世界に行ける可能性があるだけでぇ、完成したものじゃないと危ないよぉ。どうしてぇ、そんなに異世界に行きたいわけぇ? 旅行感覚ぅ? でもぉ、帰ってくることはできないよぉ?」

帰ってくることができない? ということは、こっちの世界からアプローチを掛けても元の世界に確実に帰れるとは限らないのか。同じ世界に戻れるとは限らないと考えると、簡単に召喚することも考えものだと思われる。

「確実に同じ世界に行ける方法は無いんですか?」

核心を突く。

「んー、そんな方法があったらぁ。みんなぁ、旅行でぇ異世界に行っちゃってるよぉ。」

それもそうだ……そんな都合のいい話はないか……。

「異世界か、ボクも異世界に自由に行けるとしたら行ってみたいものだな。自由に行き来できたら召喚士の仕事も増えるだろうし、いいかもね?」

本当の事は言えないが……その召喚士のせいで俺たち兄妹はこの世界に呼ばれているのだ。憤慨こそしないが怒りは感じる。

「そのためにはぁ、まずはスモールラットとかでぇ、実験しないとなのよぉ。同じ人物を別世界から正確にぃ、呼び出せないといけないからねぇ」

呑気に話しているが、張本人としては複雑だ。エスタルトの話し方も相まってイライラする。

「そうですよね……これまでに召喚された人が元の世界に帰れたという話は無いのですか?」

核心に迫る質問だ。

「そういう話はぁ、聞かないわねぇ。もしぃ、そういう話があったらぁ。召喚士の間で話題になるはずだからぁ。」

静まり返ったギルドに響き渡る虚しい声。一瞬の静寂がよぎった。

「そうですか、何か情報があったらパーティー名『フェンリルの牙』まで連絡してくれませんか?」

各ギルドの掲示板に情報を載せてくれれば間違いないだろう。

「オーケー。ボクが責任を持ってエスタルトに連絡させるよ。」

リーダーのガレフが言った。そんなに信頼されてないのか? エスタルト⁉ 副リーダーなのに……二人しかいないけど。

「ちょっとぉ、それじゃあわたしがだらしないみたいじゃんかぁ……?」

なんだか恋人同士がじゃれついているようで、なんだかほっこりする二人だ。

ジェフリーとリストもそんな感じだし……パーティー内で恋愛に発展することが多いのかな? それともパーティー自体がそういうものなのかな?

「あの? つかぬことを伺いますが……お二人はお付き合いされてるんですか? 随分仲が良いように見受けられますけど」

奏一郎の問いに二人は俄然嫌な顔をして答える。

「エスタルトとはそういう関係にはなれないなぁ……語尾がハッキリしてないところとか」

ガレフが言うと、エスタルトも言った。

「まずガレフはぁ、女の子に対する接し方がぁ、なってないのぉ。女心がわかってないっていうかぁ。顔も好みじゃないしぃ、パッとしないんだよねぇ」

まるで痴話喧嘩のような会話だ……奏一郎もオドオドし始める。

「そんなこというけどなぁ! こないだの討伐の時だってボクが居なきゃ、倒しきれなかったじゃないか⁉」

そうなのか? 双刀使いってそんなに有能なのか?

「そんなこと言ったら昨日はぁ、わたしが召喚しなかったら苦戦してたでしょう?」

双方言い合いになっている……なんだこれ? 自分の一言が原因でこんなことになってしまった。

「まあまあ……お二人とも、そんなケンカしないで……」

そうこうしている間にも言い合っている。

「あのー? お取込み中に失礼します。あのー、先ほどの貸し出しの本をお持ちしました」

申し訳なさそうに入り込んでくる受け付けさん。

「ああ、ありがとうございます……それじゃあ、ボクはこれで……」

と、逃げようとしたところで引き留められた。

「キミ! 名前はっ⁉」

一瞬ビクッとする……まだ、何か用があるのかな?

「奏一郎です……」

借りてきた猫状態の奏一郎にガレフは言った。

「召喚の事は任せてくれ! こいつに必ず調べさせるから」

そう言うと、またやいのやいの聞こえてくる……仲が良いんだか悪いんだか?

もしかしたらパーティーというものはこういうものなのかもしれない……普段は仲が良いけど別に、付き合うとかなると話は別物なのかもしれない。帰ったらジェフリーとリストにも聞いてみよう。

そんなことを考えながら宿屋に戻りリストと彩花の部屋に寄ってみた。ノックをしてドアを開ける。

二人は談笑していたようで、ペロは暖炉の前を陣取って眠っている。

「お兄ちゃん! おかえり‼」

彩花はそう言って飛びついてきた。

「ただいま」

本を持っているので両手が塞がっているので、抱きしめることができない……。

「お兄ちゃん何処行ってたの?」

無邪気なところは変わらないな。

「ギルドに行って情報を収集しにね! 本を借りてきたんだ。リスト、読んでみてくれるかい? 言葉が読めないから借りてきたんだよ」

事情を説明するとリストは快く引き受けてくれた。

「これは……召喚の方法と、理論、それから呼び出せるものなんかの本ね。関係がありそうなのは方法と理論かしら?」

どうやら召喚の方法は魔法陣を使用してのやり方がメジャーらしい……それ以外にも魔法陣に代償を加えることで、より強いものが召喚されるらしい。

理論としては自分たちの居る世界から他世界に干渉するためには、特殊な魔法陣が必要になり、その方法はあまり知られていないらしいのだ。つまりはその方法を入手できる人間が犯人という事だろう……その人物はきっと王族か貴族そういった輩が、何の為にかはわからないが召喚を行った。そう考えるのが妥当なところだろう。

まあ、犯人がわかったところで帰る方法を知っているとは思えない。

どうしたものか……? こうしたらいいとか、そういうものもわからないので動きようがない。

地道に召喚士を見つけて話を聞いていくしかないのか……。

「リスト読んでくれてありがとう。何も手立てがみつからないけど……そのうちに何か見つかるかもしれないし、希望を捨てずに頑張るよ」

こういう事は諦めないことが大切だ。それこそこの世界に移住ということになってしまう。

「あまり頑張りすぎるとすり減るわよ? こういう事は見つかればラッキーくらいに思っておけばいいと思うの」

確かに……言われてみればそれもそうだ。肩ひじ張っているよりも気楽に待ち望んだ方が良いような気がした。

しかし、奏一郎の性格が邪魔をする……真面目が故になかなかそうしようと思っても出来るものでもない。

ましてや彩花のこともある、早く元の世界に帰してあげたいという思いが強い。その分気力が削がれていくペースも早い。

「そうですね……上手く出来るかはわからないけど」

奏一郎は自信なさげに答える。

「さて、ボクはいつも通り素振りとゴドルフィンとの戦闘訓練をしますかね」

そう言って部屋を出ると自分たちの部屋に戻ろうとし、ドアを開けに行こうとすると……おもむろにドアが開いた。中からジェフリーとゴドルフィンとパトリック三人揃って出てきた。

「おっと……おかえり」

先にジェフリーが言い放つ。

「ただいまです……どこかにお出かけですか? みんな揃って」

素朴な疑問を投げかける。

「ちょうど良かった。これからみんなで討伐クエストを受けようと思うんだけど……奏一郎はどうする? 日々お金を稼がなきゃいけないのが冒険者たるもの、どうだい?」

ふむふむ、つまりは路銀が心もとないのかな?

「素振りしてるよりもそっちの方が、いい経験になりそうですね。ついて行かせてもらいますよ」

ほぼ即答と言っても良いくらいに返事をする。

日が傾きかけた時刻、俺たちは彩花とリストと合流し討伐クエストの為ギルドに向かった。夜のモンスターは獰猛らしくジェフリーから何度となく注意された。

ギルド内は酒場も経営しているせいか、先程来た時よりも賑わいを増している。

掲示板の前まで行くとジェフリーはクエストを吟味し始めた……どんなモンスターと戦うことになるのだろう? 少しずつだが自信も芽生え始めた奏一郎は期待と不安に駆られていた。

ジェフリーがリストにクエストの依頼書を見せながら何やら話し込んでいる。本当にこの二人は仲が良い……やっぱりデキてるんじゃないか?

「みんな! スノーフェアリーの討伐なんてどうだい? 一体討伐で、二十万コル……お得じゃないか?」

お値段の割に楽そうなイメージのモンスターだな?

「俺たちは問題ないぜ? 爺さんが活躍しそうだしな」

パトリックが活躍するクエストなのか? まあ、フェアリーってことは妖精だからそんなに強くはなさそうだな……そう奏一郎は思い込んでいた。

「あぁ、さっきの召喚のお兄さんだぁ!」

そこに現れたのはエスタルトだ……困ったな見つかってしまった。なんとなく横目に居るなぁ……と感じてはいたが、見つからないようにこっそりしていたつもりだったのに。

さっきの状態で逃げるように帰ってきたから、何か言われるかもしれない不安が残る。

「先程はどうも……お陰で助かりました」

お礼を言って終わりにしようとしたが、逃がしてもらえなかった……。

「こんな時間にクエストぉ? 危ないよぅ……夜は出歩かない、それが冒険者の鉄則だよぉ?」

そうなのか? ジェフリーの言っていることとはだいぶ違うぞ?

「まあ、スノーフェアリーの討伐だから心配いらないですよ」

余裕を持って言うと、エスタルトはギョッとした顔をする。

「スノーフェアリー⁉ あんな悪い子と戦いに行くのぉ?」

悪い子? スノーフェアリーは妖精だろうから、別に何も悪い子扱いしなくてもいいんじゃないかな?

「スノーフェアリーってそんなに厄介なのですか?」

何の気なしに聞いた言葉が波紋を呼ぶ。

「スノーフェアリーなんてぇ、可愛い名前だけどぉ、正体は人を騙してぇ、生気を吸っちゃう悪い子だよぅ……」

なにそれ怖い⁉想像してたのと全然違うじゃないか⁉

「えっ⁉ ジェフリー大丈夫なの⁉」

と、いきなりジェフリーに話を振る……奏一郎の顔は焦りで一杯だ。

「えっ? なんだい? 急に。」

唐突に聞かれたジェフリーはビックリしていた。

「スノーフェアリーって人を騙す危ない生き物だって聞いたんだけど?」

驚きのあまりつんのめって話しかける奏一郎。

「ああ、そのことか……確かにスノーフェアリーは人を惑わせて、生気を吸うのは事実だよ? それがどうかしたのかい?」

事もなさげに言うジェフリー、危なくはないのかな? そんな訳はない。

「危ないですよ! そんな人を惑わすモンスターなんて‼」

なんとか考えを改めさせるために抗議する。

「いや、でもパトリックと彩花が居るから大丈夫だよ」

ジェフリーは動じない……なんでこんなに自信があるんだ?

「パトリックと彩花が居るとなんで大丈夫なんですか?」

意味が分からないといった感じの奏一郎。

「だって二人とも魔法使いだから……?」

何が危険なのかわからないといった風のジェフリー。

「魔法使いだってかどわかされることだってあるじゃないですか?」

そう思うのが当然だろう……魔法使いとはいえ魔法耐性は強いかもしれないが、それが確実に防げるとは限らない。

「およっ? 言ってなかったっかのう? ワシら魔法使いは神の加護でそういう攻撃には耐性があるんじゃよ。だからワシと彩花が居れば大丈夫なんじゃよ」

神の加護? 耐性? 何のことだかわからない奏一郎。

「神の加護……何ですかそれは?」

焦って言った手前引き返せない奏一郎。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん……わたしたち魔法を使える人は、神様の恵みがあってそれで守られてるんだって。だからわたしたちは大丈夫なんだよ?」

神の加護……神の加護……奏一郎は無神論者なのでしっくりこない。とにかく、その加護とやらのお陰で固有結界のようなものが発動されるわけだ。それによりスノーフェアリーのまやかしには、惑わされなくなるという仕組みらしい。

「うーん、神の加護がよくわからないけど……大丈夫なんですね?」

ジェフリーに問うとジェフリーはこう答えた。

「そうそう、奏一郎は神様を信じてないのかい? ボクらはアリス教の信者なんだ……奏一郎も入信してみるかい?」

アリス教……また新しい単語が出てきた。神なんているわけないじゃないか、元居た世界では少なくともそうだった……何故そう思うかというと、神が居るならなぜ子供や赤ちゃんを救わない……貧富の差が激しく、働いても働いても付いてくるのはお金じゃなくて苦労ばかり……そんな世界に居たのだ。神なんて信じられるわけもない。

一方この世界ではどうなのかというと、貧富の差はあるものの……皆幸せそうにしている。それが良いことなのかどうかはわからないが、子供たちは楽しそうに道端でヤンチャに遊びまわっている。

それが神によるものなのか……はたまた娯楽の少なさからか、わからないがとにかく幸福度は高そうだ。

どちらの世界が良いかなんて言うまでもない……神の存在は良く知らないが、幸福度で言えば歴然の差だ。

「入信はしません……でも、神様とやらが居るのかどうかは……信じてもいいかもしれないとは思ってます」

正直な気持ちを口にする、奏一郎にとっては神の存在なんて取るに足らない事なのだ。

良いことは信じる、悪いことは気をつけるそんなおみくじみたいな感覚でしかない。

「そうか、まあ……入信は別として、神様の存在を信じているだけで、ご加護があるよきっと。もし、機会があったら祈ってみるといい」

そう言ってにこやかに依頼書を受付までもっていくジェフリー。今回のクエストは自分がどこまでやれるか試される時だ。

それにしてもスノーフェアリー……弱そうな名前だけど、こうして高額の依頼書が出ているんだから一筋縄ではいかないんだろうな。

エスタルトを放置したまま、奏一郎はジェフリーの下へと向かった。

俺たちはその後、ギルドを後にすると透きとおった暗闇に身を置く……暑かった昼間とは違い夜の涼しさがまた不気味さを感じさせる。

これから戦闘に向かうということも相まって、より緊張感を高めさせる……。朧がかった月がまた不気味さを増している。

夜道を森に向かって歩いていると、皆それぞれ戦闘の準備をしている。陣形を組み、どこから来ても良いように構えている。

今回はゴドルフィンの出番は少なそうだ……攻撃力はほぼ無いスノーフェアリー、肝心なのは惑わされない事。かどわかされない事が重要になってくる。

どんな手で惑わせて来るんだろうか?

その時耳元から声が聞こえた『召喚の事について知りたいの? 知ってるよ。難しいもんね……元の世界に帰りたいんでしょ? じゃあ、こっちへおいでよ』聞こえてきた声に一瞬ビクッとなるが、周りのみんなは何事もないように歩き続けている。

声のする方を向くと何も居ない……暗がりが広がり静かに草が生い茂っているだけだ。これがスノーフェアリー? そう思った時にはもう遅かった‼

奏一郎の身体は自分の意思とは関係なしに暗がりへと進んで行ってしまう……なんでだ⁉ 身体が思うように動かせない‼ 声を上げようにも声も出せない……ただ操り人形のようにゆっくりゆっくりと茂みに向かってしまう。

『怯えることは無いよ……こっちに来たら絶対安心するから、抵抗しないで』

しかし、本当に帰る方法があったとしても自分一人で帰っても意味はない……彩花と一緒に帰ることが目的なんだ!

『魔法使いの女の子は後にしてまずは君のことを一番に考えるべきだよ……どうせ、君はこのパーティーには必要ないんだから』

心を読むことでも出来るのだろうか⁉ 奏一郎の奥底にあるものを指摘される……何だコイツは⁉ 正直そう思った。

確かに自分は今パーティーには必要ないかもしれないが、このままの状態で甘んじるほど物分かりは良くない……いつか彩花を守れるくらいの戦士になって、パーティーでも頼られるような存在になるんだ‼

『人の評価は変わらないよ……? 君が受け入れようが受け入れまいが、基準はそのままで君はもうこのまま足手まといのままなんだよ? かわいそう……かわいそうだねぇ……覆ることのない無駄なことに尽力するのはかわいそうだよ』

奏一郎は茂みに入るとスノーフェアリーが姿を見せる! 白く輝きを放つ妖精……その目はとてもキレイだった。本当にこんな妖精が嘘を吐くんだろうか? 疑問に思ったが目を見た瞬間……意識があるにも関わらず、奏一郎はただ両手を差し出しスノーフェアリーを受け止めた。

『君が居る場所はあそこじゃない……ここだよ? これからは私たちと一緒に楽しく暮らしましょう? ここには辛いことも苦しいこともないわ。楽しい事だけ』

楽しい事……だ……け……?

もう妹に劣等感を感じることも、嫌悪感を感じることもないっていうのか?

『そんなこと感じる必要がなくなるんだから、大丈夫。安心してここで暮らしましょう?』

ここで暮らす……。その方が幸せ……なのか? 自分の中で逡巡する……このまま……何も考えずにいられたら……。

そう思った時、彩花が奏一郎を突き飛ばした‼

手からスノーフェアリーが零れ落ちると、彩花はその勢いでスノーフェアリーを焼却した。

すると彩花は奏一郎に抱き着き「お兄ちゃん! お兄ちゃんっ‼」と、必死に肩を揺さぶる。

だんだんと意識がハッキリしてくる奏一郎。

しっかり意識が戻るまでには五分くらいかかっただろうか?

「あや……か……?」

泣きながら抱き着いてくる彩花。余程心配だったのだろう……震えている。

泣きじゃくる彩花を宥めると、何があったのかを聞いた。

どうやら勝手にいなくなってみんなで探していたところ、彩花が見つけスノーフェアリーに向かってブツブツ言っているのを目撃……危ないと思った彩花が飛びついてスノーフェアリーを弾き飛ばし、スノーフェアリーを燃やし尽くしたらしい……。ジェフリー達も合流すると、何があったかを説明した。

自分に聞こえてきた内容の詳細は話していない……。自分にとって不都合なことだったので、話すのが躊躇われたのだ。

「大丈夫かい? 彩花が見つけてくれてよかったよ」

なんでわかったんだろうか? 謎である。

「お兄ちゃんが立っててブツブツ独り言を言ってたから、それで危ないと思ってあとは無我夢中で……」

気遣ってくれてたのか……兄としては複雑な気分だ。

「そうだったのね。急に走り出したからビックリしたわよ」

リストも余程驚いたのか、その表情が今も残っている。

「こういう事がある相手だから……より注意して進もうか」

ジェフリーがまとめに入る。

「…………かくだ」

奏一郎が呟く。

「え? なんだって?」

よく聞こえなかったジェフリーが問い返す。

「こんなんじゃ、ボクは兄として失格だって言ったんですよっ⁉」

感情のままに想いをぶつける奏一郎。

「誰もそんなことは……言ってないよ」

ジェフリーの一言も聞こえていないのか奏一郎は続ける。

「いつもいつも助けられてばかりで、情けない……こんなの兄って言えるんですか⁉ 今回だってまた彩花に助けられて……いつだってボクは足手まとい、こんな奴パーティーに居ないほうが良いんじゃないですか⁉」

一気に捲くし立てる奏一郎……限界だった……足手まといになることも、何より彩花の事を守るどころか逆に守られてばかりなことも……日頃の訓練や努力の結果などは関係ない。

全てが悪意ある言葉へと変換されていく……。

「こんなボクを見てて、さぞ滑稽だったでしょうね? どんなに特訓しても、どんなに苦労しても報われない……見てて笑えたでしょうね? 彩花も彩花だ! ボクなんか助けなくてもよかったのに、どうして助けたんだ‼ 優越感に浸りたかったのか? それともみんなと同じように笑えたのか?」

そう言った瞬間に衝撃が走った。

ゴッ! と鈍い音がして奏一郎は吹っ飛ばされる。

殴られた? 何故?

「もうやめにしないか? 奏一郎…………俺たちが奏一郎をそんな風に見てたっていうのか? それに、彩花は純粋に奏一郎を心配して助けに入ったんじゃないか⁉ 妹が兄の心配をして何が悪い……血の繋がりがあるんだ。奏一郎が彩花を心配なように、彩花だって奏一郎が心配になるに決まってるだろ?」

最低だ……今の自分に嫌気がさす。なんて自分勝手なことを言っていたのだろうか? どれだけ自分のことしか考えていなかったのだろうか?

そりゃあ、殴られて当然だ……。

奏一郎は自分の中で何度も放ってしまった言葉を後悔した。

それもそうだろう……自分の仲間や、よりにもよって彩花にまで罵声を吐いてしまったのだ……救いようがない。

「お兄ちゃん…………」

彩花は心配そうにそして涙を浮かべて呟いた。

「俺たちパーティー内でだって仲間が居なくなれば心配だってする……最悪死ぬことだって考えるんだ……。それを、そんな言い方はないじゃないか?」

奏一郎はただ黙って聞いていた……。稽古をつけてもらった恩も、この世界に来たばかりの時の恩も忘れてしまったかのように、呪いの言葉を吐き続けてしまう……取り返しがつかないことをしてしまった。

そこからは彩花が手を繋いで歩いてくれた……自分のしでかしたことに、反省しながらスノーフェアリー討伐の依頼は達成された。

俺は間違ったことをしてしまった……しかしそれを謝ることも出来ずにスッとついて行くだけだった。

パーティーメンバーも特に話をするわけでもなく、無言で皆ジェフリーについて行くだけだ……彩花の手は温かく俺の手をギュッと握ってくれている。

そうして俺たちはギルドに戻ったのだった。


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