第三章 自己実現への旅路
テュフォン滞在六日目にしてスライム討伐を自分なりのやり方で討伐を果たした。
そして滞在七日目ついにテュフォンを離れる時がやってきた。これから向かうのは中央都市テュフォンから北西に一週間ほど向かったところにあるジルという街。幸いにも憲兵に声を掛けられたりはしなかった。
この一週間の特訓は果たしてどこまで意味を成しているのか? 成果が求められるところだ。
「お兄ちゃん、彩花可愛い?」
そう言ってクルリと回って今日の衣装を見せつける彩花……スカンツと上に羽織った服にマントを着こなしている。
「うん、とっても似合ってるよ。」と言って褒めてあげるといつものように、はにかみながら「えへへ。」と照れてみせる。
一方の奏一郎は上下セットの服とズボンにマントを羽織っている。マントはなんとなく邪魔だなと思ったのだが、メンバーの意見により羽織ることになった……何故か聞いてみたところ、全員一致でかっこいいからという理由だった。
なんとも安直な話である……とはいえ、この世界にも衣服の流行があるようで、みんなそれを意識しているらしい。なんとなく滑稽な話である。
なんでも流行によると、マントは外せないマストアイテムらしい。
それで全会一致でマント着用を義務づけられた奏一郎……「かっこいいよ! お兄ちゃん‼」と彩花までこんな調子である。逃げ道を封鎖された奏一郎は「ありがとう……」と、半ば諦めモードで答えた。
街を出ると街道沿いに歩いていく。右には拓けた街道、左には森、眺めを楽しむには最適なところを歩いて楽しむ。彩花は街道にあるお花畑を見るのが楽しいのか、ルンルンで歩を進める。
自然が豊かで良い世界だな……そう感じた。だからといって街は街で都会程ではないにしろ、開拓されている……そんな世界は時間がゆっくりと進んでいて、みなそれぞれのやるべき事に精を出している。
そんな穏やかな世界になぜ召喚されたのだろうか?謎は残るばかりだ。
こんな穏やかな世界でいったい何をしろっていうのだろう? 誰が助けを求めたのだろう⁇ そんなことを歩きながら考えていた。
正直、奏一郎にとって楽しい事ばかりではない。彩花を守るという大義の下……強くあろうとしている。
それが心の支えであり、負担でもあるのだが……今の奏一郎には支えの方が強い。
そして街道を歩いていると小さなウルフが現れた。
子供か? 皆でそう思っていると、茂みから大人のウルフ四体が現れる。向こうとの距離は約五十メートル、通り過ぎるのを待つのか? それとも戦闘になるのか? 離れているだけ思考する時間がある。
ジェフリーはゴドルフィンを前に呼び寄せると盾を構えさせる。
「どうするんですか?」
奏一郎の疑問に答えたのはリストだった。
「まあ、襲ってくるようなら戦うしかないわね……子供の前で親を殺すのは忍びないけどね……」
たしかに子供の目の前で殺す必要が無ければしないに越したことは無い。
「ただ、気になるのは子連れっていうことなのよね。子連れの野生モンスターは気が立ってて襲ってきやすいのよ。」
そう言ってリストも弓を構える。
そんな……子供も殺すっていう事なのか?
「子供は……殺さないですよね?」
奏一郎の問いにパトリックが言う。
「まあ、子供には可哀想じゃが……野生に帰してもいずれ他のモンスターのエサになるだけじゃよ。子供だけで生きていけるほど甘くはないという事じゃ。」
なんという無慈悲な言葉だろうか? しかし、自分にはどうしてあげることもできないのが現実だ。成り行きを見守ることしか出来ない。
ウルフはこちらに既に気が付いている……。
そのうち一匹がこちらを警戒するように歩み始める……ダメだこっちに来ちゃ!
そんな願いも聞き届けられることは無かった。
ガウッガウッ‼ と威嚇をしつつ、どんどん近づいてくる……他の三匹と子供のウルフも近づいてくる。
「どうするんですか⁉ 近づいてきますよ!」
慌てて聞き返す奏一郎……ジッと構えたままのゴドルフィン。
二人にもきっと葛藤があるのだろう……出来る事なら殺したくない。でも襲ってくるなら容赦はしない。そんな威嚇と葛藤の攻防戦、堰を切ったのはウルフの方だった。
素早く大地を蹴るとサイドに移動しながら前に進んでくる。
「きたきたきたーっ‼」
ゴドルフィンが意気揚々と盾を手に突っ込んでいく。
「奏一郎、ここは君の実力を見せてもらおうかな?」
ジェフリーが唐突なことを言う。
「え? でも、子供が……」
さあさあ……と、ジェフリーがグイグイと前に追いやってくる。奏一郎は正直、戦いたくはない……が、襲われてしまっては仕方がないと心の中で言い聞かせている。
「そんなこと言ってたら生き抜けないぞ!」
そんなこと言われても……子供に罪はないじゃないか⁉ 小型犬より少し大きなウルフの子供は母親と一緒に佇んでいる。
「仕方ないですね……」
そう言ってレイピアを引き抜いた奏一郎は親と思われるウルフに向かっていく。ゴドルフィンが盾でウルフたちを翻弄しているとそこに向かって駆けていく。
初撃は突きを繰り出した……素早いウルフにはスピード重視で斬撃を繰り返し、ダメージを与えて動けなくするのが理想だろう。と、思うが理想と現実は違う。
初撃をひらりと躱されると、がっちりとレイピアに噛みつかれる。押しても引いても離してくれない……すると横からゴドルフィンが盾で体当たりをした。
勢いで口を開けたウルフからレイピアを引き抜く。そしてゴドルフィンの陰から体勢を崩したウルフにレイピアを突き刺した。レイピアは前足に突き刺さるとウルフは痛々しい声を上げた……可哀想だが仕方ない。
前足を引きずりながら歩くウルフはこちらを警戒しているようだ。
一方ジェフリー達は他のウルフと戦闘を開始していた……そこには彩花の姿もあった。
前足に負傷を負ったウルフはまだ戦う気でいる……逃げ去ってくれてもいいんだけどな。むしろそうして欲しかった。
彩花は雷の魔法を使いジェフリーの援護をしている……後方にはリストと彩花とパトリックの三人、ジェフリー一人では時間が掛かりそうだ。
ジェフリーはすでに一体のウルフを倒している……これが経験の差というやつか? と思い知らされる。
しかしだ、奏一郎も初めての実践だ……ここまで動けたことは評価に値するだろう?
奏一郎とゴドルフィン二人掛かりでも攻めあぐねていた。ゴドルフィンのカバーありきで、この状態だ……一人ではどうしようもなかっただろう。
このウルフなかなかやるな⁉ そう感じていると傷を負ったウルフも疲労と戦闘による負傷で勢いがなくなってきた……今がチャンスだ‼
「ゴドルフィン今がチャンスだよ!」
そう言ってゴドルフィンを盾にしながら突っ込んでいく、盾にしながらというところが味噌になっているのだが……そのままゴドルフィンは盾ごと体当たりしていくとウルフは大きく体勢を崩した。
その隙を見逃さず腹部へとレイピアを突き刺す!
今度は命中すると、ウルフは「ギャオオオン」と鳴き声を上げる。
引き抜くと痛々しいまでの出血をしていた……それも当然のこと、生き物は刺されたり斬られたりすれば出血する。それを自身で体感することは少ないのかもしれない……しかし、やらねばこちらがやられる……それが当たり前で日常なのだ。
ウルフはそれでも逃げることなくこちらに対峙する。すると出血からかフラフラとし、倒れこんだ……やった……ゴドルフィンの手助けがあるとはいえ自分の手で倒したのだ‼
「やった……やったぞーっ‼」
そう喜んでいるとゴドルフィンも頭をポンポンと撫で「よくやったな。お疲れさん。」と言って労ってくれた。
ゴドルフィンはジェフリー達の下へ向かっていくと後ろから気配がした……それは瀕死のウルフだった!
ウルフにとっては最後に一矢報いようという思いだったかもしれない。
ゴドルフィンもそれに気づき戻ろうとするが間に合いそうもない。
やられるっ⁉ そう思った時にはウルフの牙が……大きな口を開けて噛みつかれそうになった刹那……閃光が疾りウルフは獄炎の中に消え去った。
自分でも何故そうなったのかわからない……それでも記憶は鮮明に残った。
遠くから彩花の声がする「おにいちゃーん!大丈夫―?」そう叫んだ彩花の手には杖が握られている。杖がキラリと輝きを放ち、こちらに向かって手を振っている。
そこで全てを理解した……。
彩花の魔法だ……またしても彩花に助けられたのだ。きっと本人はごく当たり前にただ守っただけのこと……そう、俺なんかでは手の届かないところまで行ってしまっているのだ……。と、理解した。
でも、奏一郎と彩花は兄妹だ……離しても離れられない関係なのだ。そこを理解した上で奏一郎はそれに並び立つ決意を改めてした。
正直、まただ……とは思った。
自分はいつまでも彩花に守られる存在……いや今回は自分の油断が引き起こした事態だ。彩花に感謝こそすれど、やっかむ必要はない。
それにしても魔法というのは凄い威力なのだな……自分が苦労して追い詰めた相手を一撃で、いとも簡単に葬り去るのだ。恐ろしささえも感じてしまう。
彩花は奏一郎の無事を確認すると、笑顔で大きく手を振ってくる。それに対して奏一郎も手を振り返した。
「スマン! 俺のミスだ! きちんととどめを刺しておくべきだった。」
ゴドルフィンは素直に謝ってくれた。
「でも……これはボクの油断です……謝る必要なんてありませんよ。」
そう言って二人でジェフリー達の下へ向かう。
こちらも戦闘は、ほぼ終了していて子供のウルフ一匹だけ残されている。どうするつもりだろう?
「あとはこの小僧だけじゃの。」
パトリックが促すように話す。
「子供一人では生きていくことは困難だものね……仕方ないわ。」
リストもパトリックと同意見のようだ……。これでいいのか? 自問自答する。
子供のウルフは何が起きているのかもわからなそうに、おどおどとこちらを見つめている。
「……何とかならないんですか?」
喉の奥から声を絞り上げる。
「さすがにこれはどうしようもないな。残念だがこの子にも死んでもらう方が楽かもしれない。」
その時、彩花が前に飛び出すとウルフの子供を庇うように抱きしめた。奏一郎には出来なかったことを彩花はやろうとしている。それを確信した。
「待って! この子まだ子供だよ? 可哀想だよ。」
確かにその通りだ……奏一郎もみんなも同じ思いだろう。しかし、それでもみんな押し黙っていたことを彩花は言う。
「殺しちゃうのは可哀想だよ⁉」
誰もが思っていることを言えるのは子供の特性であり特権かもしれない。
「彩花はどうしたいの?」
奏一郎が問いかける。
「助けたい! 一緒に連れて行こう? お兄ちゃん。」
だがしかし野生のウルフだ……いつ襲われるかもわからない上に、街や街に連れて入るのは難しいかもしれない。
「それじゃあ、連れて行こうか?」
そう言いだしたのはジェフリー、意外にも一番反対されそうだと思っていた人物の許可が下りた……どういう事だ?
「ウルフは賢い生き物だ。彩花がきちんと躾られるように、俺たちも協力しようじゃないか?」
そんなまるでペットを飼うかのように言い出すジェフリーに驚いている奏一郎……。
「簡単に言ってますけど、街に入れても大丈夫なんですか?」
奏一郎はいの一番に質問を投げかける。
「うちのパーティーにはエルフであるリストが居るからね。知らないだろうけどエルフは動物達とかなり共生しているんだ。もちろんウルフともね。」
そうなのか? ということはリストは動物と戦うのはあまり乗り気ではないのかもしれないなぁ?
「リストさんが手懐けてくれるんですか? そんな安易にオーケー出しちゃマズいんじゃないですか?」
まるでクレーマーのように、両親の代わりに説得してみる。
「この話の言い出しっぺは彩花だ。彩花が責任を持ってリストから手懐け方を教わってしっかり教育すべきだね?」
それはそうだと思った奏一郎は納得する。
「アタシが彩花ちゃんにしっかりテイムの仕方を教えてあげるから大丈夫よ。」
うーん、確かに殺してしまうことは簡単だけど……しっかり手懐けられれば連れて行ってもいいのか? この小さな命を彩花は大切にしたいようだし、ここはオーケーにしておこう。
「わかりました……それじゃ、リストさんテイムの方はよろしくお願いします。」
頭を下げる奏一郎……それと連動して彩花にも頭を下げさせる。
これで彩花とリストの距離はより縮まったわけだ。
奏一郎はジェフリーとゴドルフィン、彩花はパトリックとリスト各々仲良くなっている。
「敬称は要らないわ。アタシは丁寧語が嫌いなんだ。」
リストからの提案に応える奏一郎。
「じゃあ、よろしく。リスト。」
恥ずかしい気もしたがリストという名前は作曲家にいたので意外とスムーズに答えられた。いつまでも女性が苦手とも言ってられない。
「とりあえずじゃあ、この子はアタシがテイムしちゃうわね? 連れて行くんでしょ?」
リストはワクワクしたように話す。
「連れて行こう。反対のものは居るかい?」
ジェフリーの言葉に反対するものは誰もいなかった……これでひとまず小さな命を守れた。彩花はウルフに近づくと頭をなでなでしながら、ウルフを愛でている。
小さい体を擦り付けウルフは満足気にしている。彩花はまるで子犬と遊ぶように可愛がっているが、ウルフも似たようなもんなんだな? と、心の中で思っているとリストが言った。
「この調子だと……テイムするほどの必要は感じないわね。一緒に楽しく過ごしていけば、彩花ちゃんだけじゃなく……人間自体に自然と懐くんじゃないかしら?」
言われてみればそんな気もしないでもない……しかし、リストは少し残念そうだ。
「どうやらそのようだね? 子供だったのが幸いしたね。」
全くその通りである。テイムなんかしなくても自然と仲良くなれるのが一番いい。
「ボクもそう思います。彩花と自然と信頼関係を築いていければいいと思います。」
そして新しくウルフが仲間に増えたのだった。
そういえばと思い彩花に顔を向け一言。
「そのウルフに名前を付けてあげなきゃね。何が良いかな彩花?」
問いかけに彩花は「うんとね……」と考え込んでしまった。こういう時の彩花は時間が掛かる。まあ、それだけ真面目に考え込んでいるのだろう。微笑ましい限りだ。
「お名前かぁー…………どうしようお兄ちゃん⁉ 彩花とってもいいお名前思いついちゃった!」
まだまだ六歳の彩花には早いかな? と思っていたが、想像していたよりも早く答えが出たようだ。
「どんなお名前かお兄ちゃんにも教えてくれるかい?」
すると「いいよー!」と無邪気に答える彩花。
「この子はね。ペロ‼」
ペロ? もしかしてこの流れは……と思っていると。
「ペロはね、すぐにお顔にペロペロするからペロなの!」
ずいぶん安直だが、まあ……子供らしさがあっていいと思う。
「そっか、ペロか……呼びやすくっていいんじゃないかな?」
無難に泣かないようにするのが子供の扱い方の奏一郎なりの接し方だ。そう言っている間にも顔をペロペロされている。
「かわいいお名前でしょ?」
彩花の問いに「そうだね!」と、大人な対応をする奏一郎。ジェフリー達は微笑ましいと言わんばかりに笑みを浮かべていた。
そんな中で奏一郎たちは先へ進むことにした……ペロは彩花が抱っこしながら歩いているが何度も立ち止まって抱きなおすので奏一郎が代わりに抱っこしてやることにした……しかしペロも子供とはいえウルフなのだ。中型犬くらいの大きさがあるペロを抱っこするのはなかなかに重労働だ。
もって十分がいいところだ。
「ペロ……意外と重たいね……」
彩花に言うと「うん。」としょんぼりして言う。
ゴドルフィンが大きな身体でペロを抱き上げると肩に担ぎ上げる「なんだよ? 軽いもんじゃねえか⁉」と言って、軽々としている……さすが大きな体躯をしているだけはある。
すると彩花が、パアアッと明るくなりゴドルフィンに「すごいねえー!」と褒めたたえていた。フフンっと、自慢気にしているゴドルフィンまるでヒーローにでもなったかのようだ。
そうして進み始めるとそこからは順調に進んで行った。
その日の夜は野営をしていた……いつものように食事を作る係とテントを張る係、それと枝を拾う係に分かれて過ごしていた。
夜はゴブリンなどの危険なモンスターがうろつく為、灯を絶やさないようにしなくてはいけないらしい。
この辺りには強いモンスターは出ないが、ゴブリンは狡賢いらしく知能は子供くらいの知能なので警戒しなくてはいけない。
「ゴブリンは火に弱いから、焚火をくべてみんなやり過ごすんだ。」
ジェフリーからの講義が始まった。
「野生の生き物って大体火に弱いですよね……? あれってなんでなんですか?」
素朴な疑問にジェフリーが答える。
「それはたぶん自分たちで扱う事の出来ない物だからじゃないかな? 火を怖がるのはそういうことじゃないかって俺たちはそう教わってきたけど……実際はどうなんだろうね?」
ジェフリーの推論に皆頷きを返す。自分たちに扱えないから怖いか……元々いた世界でも同じような推論が出ていたな。
野生の動物やモンスターに出くわさないように、火を絶やさないようにしないとな! と、意気込む。
こういう時パーティーを組んでいると便利なもので、交代で火の番ができるのがメリットだ。その間に交代交代で休息をとることもできるし、トイレにも困らない。
モンスターの気配に気が付いたらみんなを起こして知らせるという手筈になっている。
とはいえ何か物音がするとかなら気づけるが、奏一郎と彩花はそこまでの域に達していないので誰かと二人で見張り番をすることが多い。まあ、普通に寝ていてもいいと言われているのだが……それでは申し訳ないので、彩花はともかく奏一郎は見張りに参加している。
その夜の話パトリックと見張りが一緒になった時のことだ。
「しかしなんじゃのう……奏一郎は剣士になりたいのか?」
パチパチと音を立てる焚火の音と共にパトリックは言い放った。
「うーん……剣士になりたいというか、何かできる事はないかな? って思ったんですよ。そうしないと彩花におんぶに抱っこですから。差も縮まらないし……」
みんなが寝静まっているからこそできる話だ。
「まあ、彩花は才能があるからのう……最近じゃ、戦術まで理解し始めてもう即戦力と言っても過言ではないじゃろうからな。」
蓄えた髭を弄りながら言う。
「やっぱりそうですよね……彩花は即戦力ですもんね……ボクなんかじゃ、到底届かないところに行っちゃったなあ。」
彩花は奏一郎に膝枕してもらって寝ている……その頭を撫でながらぼそりと呟く。
「まあ、あれじゃの? 戦闘における距離は開いてしまったかもしれんが、兄妹としての距離は近しいままじゃろ? それなら何も気にする必要はないじゃろう。」
至極まっとうなことを言うパトリック、年の功というやつだろうか?悟りきっている感がある。
「そうなんですけどねえ…………兄としての威厳というか、見栄みたいなもんですかね? しっかりと彩花を守ってあげないといけないかな? って感じちゃうんですよね?」
真正面から話をする奏一郎。真面目な性格で責任感があるのがよくわかる。
「そうじゃのう……それは彩花に問題があるんじゃなくて、奏一郎自身の考え方に問題があるんじゃなかろうかのう? ワシならプライベートで補うのじゃが。」
そう言うパトリックの顔は真剣そのものだ。
「面子が立たないような気がして……彩花のメンタル面をカバーしつつ、それなりに戦闘が出来るようにならなきゃっていうのは……もしかして贅沢なんでしょうか?」
星空を見上げながら遠い目をしている……やはり兄という立場が奏一郎をそうさせるのだろうか?
「贅沢なんて出来るうちにしてしまえばいいんじゃよ。いざ贅沢したくなっても、出来なくなることだってあるんじゃから。」
パトリックも遠い目をして答える……昔何かあったのかもしれない。
「こんなこと言ってても何も始まらないのに、ボクはいろいろ考えてしまう質で彩花をただ守りたいのが本音なんです。」
そう言ってニコリと笑うと、パトリックも笑って返した。
「そうじゃの。兄が妹を守ることに理由なんぞ要らんわい。好きなだけ守ってやればいい……」
フォッフォッフォッと笑うパトリック……いつか自分も彩花を守れるようになるまで頑張らなくては! と、心の中で気合を入れなおす奏一郎。
それにしても妹の成長ぶりには驚かされてばかりだが、こうやって寝ている間は甘えん坊な可愛い妹なんだよな……と、思った。
これから戦闘も増えるだろうし、いつまでも自分の中でモヤモヤしているようでは兄失格だな。
「そうします。なんかつまらない話に巻き込んじゃいましたね? すみません。ボクはそろそろちょっと休みたいと思います。」
奏一郎も戦闘後で疲れているようで、目がシパシパし始めたようだ。
「いいんじゃよ? またいつでも話すといい。話すことは一番の発散になるからの。ゆっくり休むんじゃよ? 明日からはまた戦闘が起こる可能性があるんじゃからな。ワシは奏一郎が戦力になるように祈っとるよ。おやすみ。」
優しい笑みから発せられた言葉は奏一郎に安心感を与えてくれる。「おやすみなさい」そう言って奏一郎は床に就いた。