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俺が妹を守るまで  作者: のらねこ
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第二章 荊の道

それは早朝の事だったジェフリーに起こされ固い地面から起き上がると、隣では彩花が眠っていた。今頃いい夢を見ているに違いない。

ジェフリー達と共に朝食の用意や出発の準備をしていると、彩花がテントから出て起きてきた。

「おはよう。ゆっくり眠れたかい?」

陽は昇り始めているが朝靄の中で作業をしている奏一郎は言った。

「おはよぉ……」

まだ眠そうに目をこすりながらこちらに向かってくる。川の水をコップに汲み上げてゴドルフィンが差し出す。それを受け取ると彩花に手渡す……するとコクコクと両手でコップを持ち水を飲む彩花。「ぷはぁっ!」と沢山飲み干すとそう声を上げた。

「彩花……顔洗いにいこうか。」

そう言って川を指差す。二人は川の水で顔を洗う……川の水は澄んでいて自分の顔が映り込む。こうやって見てみると自然が豊かで良いところだと思う。

彩花は寝ぼけて「ママはぁ?」と聞いてくる。

「彩花? ボクらは異世界にきてしまったんだよ? 覚えてない?」

彩花はキャンプにでも来ているとでも思っていたのか「ママ居ないのやだぁ!」とぐずり始める……そこにリストがやってきて彩花を抱きしめ言った。

「大丈夫よ……ほら、大丈夫。」

頭を撫でながら優しく宥める……寝ぼけてホームシックになってしまったようだ。彩花もグスグス言いながらも「うん。」と落ち着いた様子だった。

もう一度顔を洗うと気が引き締まったのか、彩花は昨日の出来事を思い出したようだ……もしこれが毎日続くとしたら、結構大変だな。自分の事で手一杯なのに彩花にぐずられるとなかなかに困る。

朝食はパンに目玉焼きだった、それをがっついて食べると彩花も真似して齧り付いていた……彩花は奏一郎の真似をよくしたがる。向こうの世界に居た時も、よく背伸びをしていたっけ……お寿司なんかもワサビ入りのを食べていたくらいだ。なんだか遠い過去の事のように思える。

それでもまだこちらの世界に来てから、まだ一日しか経っていないのだ……困りものである。これからいつまでという期限もなくこちらの世界に居ることになるのだ……うんざりする。

それでも今日も一日が始まってしまったので、ジェフリーの指示通りに動く。戦闘になれば俺は役に立たないので端っこに居るだけで何もできないでいた。

一方の彩花は着実に力をつけ、戦闘にも時々参加している……基本は後方支援で、後ろから魔法で牽制したり直接魔法を打ち込んだりパトリックに教わったことを上手にこなしている。

彩花はまだ六歳……子供なので吸収するのも早いのだ。

教えられたことは上手く吸収し、それを彩花は器用にこなしてみせる。子供ならではの柔軟性のある対応だ。時には彩花に守られることもあった……もはや兄としての威厳が崩壊しつつある。

俺のやれることとしては彩花のメンタルを保つことと『フェンリルの牙』のみんなをサポートするくらいのものだ。

正直パーティーとしては役に立ってはいない……彩花を守るという思いはあるが、実際に守られているのは俺だった。情けない……そんな感情が芽生え始める。

二、三日続いたキャンプ生活で俺は主夫のように料理スキルばかりが上がっている……こんなはずではなかったのだ……自分の思っていた生活とのギャップに悩まされていた。

奏一郎は彩花を守るために居る……それは絶対的に変わらない。

なのに戦闘になると微塵も役に立たない……それが悔しかった。第三者のように……それか依頼主のように守られるだけの存在ならそれでも良かったのだろう。

中途半端に関係があるだけに、自分も何かしなくてはいけない。そんな気分にさせた。

「彩花、お兄ちゃんどうしたらいいかな?」

彩花に愚痴をこぼす。

「お兄ちゃんは大丈夫! わたしが守るから!」

胸をドンと叩いて自信満々に言う。

「でも、お兄ちゃんも何か役に立ちたいんだよ。」

暗い表情から奏一郎の心情は簡単に察せた。疲れ切っていて服ももう何日も着替えていないし、お風呂やシャワーも浴びてなどいないのだ。それがより奏一郎の表情を暗く見せる。

「お兄ちゃんご飯だって作ってくれるし、テントだって張るの手伝ってて偉いと思うよ?」

彩花の気を使った言葉に涙が出そうになったが、グッと堪える……。

「そうじゃない……そうじゃないんだよ。」

放った言葉がそれだった……悔しくて、惨めで、孤独で一杯になっていた。そのせいで奏一郎の目には涙が浮かんでいた。

「お兄ちゃん、どうしたの? お腹痛いの?」

その言葉が辛かった……誰も自分の気持ちをわかってくれない。そんな時、このパーティーのリーダーであるジェフリーが声を掛けた。

「どうしたんだ? そんな死んじまいそうな顔して?」

そこで堰を切ったように奏一郎の涙が溢れ出していた。

「ボクは……ボクはこのパーティーに居る意味はあるんでしょうか……?」

思いのたけを伝える奏一郎。

「なんだよ。そんなこと考えてたのか?」

そう言ってニッカリと笑う。その笑顔すらもまともに見ることができなく、心の中はどんどんと蝕まれていく。

「だって彩花は魔法が使えて、ボクにはなにもない……こんなのあんまりじゃないですか⁉ きっとボクは彩花のついでに召喚されてしまっただけなんです……」

悲劇のヒロインのようなことを言っているが、奏一郎自身は気づいていない。

「うーん……まあ、召喚に巻き込まれるのはよくあることだし……それに今まで戦闘の訓練も受けてないんだ。出来ないのは当たり前のことじゃないか?」

正論を言うジェフリー、しかし今必要な言葉は奏一郎にとっては違う。

「そうじゃないんです……自分も何か出来る事はないか? って、ずっと探してきたんです。でも、自分に出来ることは料理やテント張りの手伝いばかりで雑用だけなんです。」

一気に溢れ出した想いは自己肯定感を下げる言葉ばかり……奏一郎は子供のように駄々をこねている。

「じゃあ、奏一郎お前さんは何をしたら満足なんだい?」

ジェフリーの問いに奏一郎の中では答えは一つしかなかった。

「強くなりたいです……。そしてボクも、彩花を守れるように皆さんと同じように戦えるようになりたいです……」

心の中にあった想いがようやく顔を出す。そう、奏一郎は自分の無力さ……力の無さに自ら失望してしまっていたのだ。

「そうか……お前さんどの程度の覚悟で、それを言ってるんだい? 俺たちはいつも戦闘になれば死ぬ覚悟で戦ってる。その覚悟が奏一郎お前にはあるのか?」

死ぬ覚悟……いまいち現実味の無い言葉、しかしこの異世界ではそれが常識であってごく自然なことなのだ。

「ボクは……死ぬ覚悟はできません……ただ、彩花を守れるようになることがボクの目標です。彩花を守る以上死ぬことは出来ないんです。そして彩花と一緒に元の世界に帰るんです!」

そう宣言すると、ジェフリーは言った。

「それは死ぬわけにはいかないってことか……強くなることは否定しないが、死ぬ勇気が無いなら強くはなれないぞ? なんなら俺が剣の稽古をつけてやってもいい。暇を見つけてだがな。」

その言葉に彩花が反応した。

「お兄ちゃんは死んじゃダメ⁉ わたしが守るから、死んじゃダメなの‼」

そう言って怒る彩花に俺は言った。

「彩花……死ぬために強くなるんじゃなくて、死なないようにするために強くなるんだよ。」

そう諭すとジェフリーが言う。

「それなら俺が剣術を指南してやるよ。戦士としての覚悟が無いのに教えるのはなんだかなぁ……って感じもするが、このままじゃあんちゃんが壊れちまう。そうならないようにするための剣術指南だ。」

いまいち納得のいっていないジェフリーだが、剣術を教えてくれることで奏一郎の精神を保たせるつもりなのか……きっと奏一郎の劣等感を軽減させるのが狙いなのだろう。

「よろしくお願いします!」

奏一郎の気合いの入った挨拶に少しだけ戸惑うジェフリー。

「やる気があるのは良い事だが、空回りしないようにな。」

確かにやる気ばかりが先走っても、焦ってしまうだけだ。

「はい!」

根が真面目な奏一郎、返事もいい。

剣術の稽古はその日のうちに始まった。元々勉学は出来るが、運動に関しては普通レベルの奏一郎は剣術の修行についていけないでいた。先ずは剣を振る動作から仕込まれたが、腰が引けてしまっている。

それにしても重い……剣がこんなにも重たいものだとは思わなかった。ジェフリーから借りた予備武器の剣を使っているが、さすがに鉄と鋼を組み合わせただけあって重みが違う。それを素振りで何度となく繰り返した。

剣の重みで体の重心がずれていることも注意された……剣の振り方もただ叩きつけるのではなく、引くことを教え込まれた。何故か? その理由は簡単だった……刃物は叩きつけるより、引くことで物が切れるのだ。

その理由を聞いて納得したが、いざ実践となると重さで腰は引けるし、引くことを意識しすぎて他に意識が向かない……そんな厳しい特訓を受けていた。

「少しずつ良くなってるがまだまだだな……。実戦にはまだ参加させられるレベルじゃない。体に覚えさせろ、感覚を大事にしろ。」

良くなってきてるとは言われたものの、自分の剣術は本当にまだまだなのだろう……こんなことでは戦闘に参加するどころではない。

「明日にはテュフォンの街に着く。しばらくはそこに滞在して、剣術の修行に励んでもらうために特訓をする。そこそこやれるようになれば、街を出て他国に出発するつもりだ。」

いよいよ街に着くのか……どんな所なんだろう? 期待と不安が入り混じる。賑やかなんだろうか? はたまた閑散としているのか? とか、治安はどうなんだろうか? そんな思いを馳せる。

テュフォンという街は召喚された場所から六日ほどの距離だ。

食事の準備をしながら話を聞いていた……。

「そこにはどれくらい滞在するのですか? あまり一つの街に長居しないほうが良いと思うのですが……」

憲兵などに捕まるとも限らない。用心しておいて損はないだろう。

「長くて一週間だな……それ以上いるといつまでも出発できなくなる恐れがある。それに最低限戦えるようになりたいだろ? ま、付け焼刃だけどな。」

確かに付け焼刃かもしれないが、いくらかはマシになるかもしれない。それを希望に頑張るしかないと、奏一郎はそう思った。

「付け焼刃でもなんでもいいです。戦えるようになるなら……」

奏一郎はそこに自分の価値を見出すことに決めたのだろう……しかし、五日程度では様にもならないことがわかった以上鍛錬の日々は続くのだ。

この世界に来てから直ぐの時と六日経った今では大きく違い二人とも順応してきている。オルトロスやキャンプ生活それだけで順応したとは言い難いが、戦闘にも慣れてきている。

特に彩花の成長は著しく、目を引くものがある。後方支援ながらも魔法による戦い方を熟知したパトリックも絶賛するほどだ。彩花には才能がある……奏一郎とは違い実戦で培ったものがあるし、最初からわかっていたことだ。

奏一郎は実の妹とはいえ彩花に妬みのようなものもあった。何故自分にはない才能が彩花にはあって、自分には何の才能もないのか……悔しさと妬ましさに苛まれていた。

奏一郎自身が勇者なら彩花を守れるし、この世界で一華咲かせることもできるのに……という、邪な思いもなくはなかった。

いや、逆に考えればある意味では純粋なのかもしれない……自分がこうでありたい、こうだったら良かったのにという思いは誰でも持ち得る感情だ。誰も奏一郎を責める事は出来ない。

そんなことを考えているうちに翌日、順調に街に着いた。

石が積み上げられて出来た壁には、門兵が上から外部の侵入者に対して圧力をかけるように佇んでいる。

「へー!大きな壁ですね……」

感嘆の声を上げる奏一郎その手には彩花の小さな手がある。

「この辺りじゃ一番デカい街だからな。中央都市テュフォンその名の通りここはこの国の首都って訳だ。」

胸を張って言うジェフリー、中央都市テュフォン……首都の名に恥じない見事な外壁である。

「ということは一番僕らにとって危険な街じゃないですか⁉ なんでそんな街に来たんですか⁉」

突然の告白に驚きを隠せない奏一郎。徴兵に気をつけなくてはいけないのに、どういうつもりだろう?

「木を隠すには森の中、他にも灯台下暗しって言うじゃないか? それで見つかったら実力行使で逃げれば良いだけさ。」

確かに昔の人はそう言っていたが、簡単に言ってくれる……それがどれだけハイリスクだと思っているのだろうか? ここはローリスクを選択するところじゃないか⁉

「お兄ちゃん、もしなにかあってもわたしが守るから……大丈夫。」

彩花にそう言われては何も言い返せないじゃないか……兄としての面子から何も言えなくなる。

「ありがとう、彩花は優しいね。でも……お兄ちゃんは自分の身は自分で守ろうと思うんだ。」

「お兄ちゃん、彩花要らない?」と、オロオロし出したので「そんなことは無いよ。」と、落ち着いた感じで言ってあげると落ち着いたのか「そっか……そうだよね!」と言ってリストの下に駆け寄った。

寝起きでホームシックになって以来リストのところへ行っては、なでなでされ奏一郎の下に来てはなでなでされるのを繰り返している。そういった意味では懐いているのいるのだろう……良い事じゃないか。このチームのムードメーカーは彩花と言っても過言ではない。

「こんなところに七日間もいて大丈夫なんですか?」

おどおどしながら話す奏一郎。それに対して普段通りのジェフリー、堂々としたものである。

「そんなもの堂々としていれば大丈夫ですよ。逆におどおどしてる方が不審に思われる可能性が高いと思うのですが? と、奏一郎の真似をしてみたんだが……どうですか⁇」

それにしても奏一郎たちの格好は目立つ……学ランとワンピースでは目立って当然、今は麻のローブを身に纏っているとはいえ……内心ではドキドキものである。

「この格好じゃおどおどするなって方が難しいですよ。」

麻のローブを深く被ってコソコソとしている姿はなんだか滑稽で笑えた。

「まあ、あれだ? 街に入ったら服屋にでも行って、買ってくることだな! あっはっは!」

呑気なことを言うゴドルフィン、基本無口なゴドルフィンだが……たまに口を開くと豪快なことを言ってくる。

ゴドルフィンにはこの五日間で何度も守られている……まあ、シールダーなので敵の攻撃を防ぐのが仕事ではあるのだが……。何度も守られているうちに言葉を交わすようになり仲良くなった。

ゴドルフィンにも子供がいるらしく、彩花と同じくらいの年頃なんだとか……。全身鎧を纏っているが顔だけは出ているタイプの鎧だ……ダンディーな髭がよく似合うがっしりとした体躯をしている。

「ゴドルフィンまで……やめてよ、みんなと服装が違うのがどれだけ目立つと思ってるのさ? 服屋まで落ち着けないよ……」

気の弱い返事をするとゴドルフィンの熱血指導が入る。

「そんなこと言う口はこれかぁ? その軟弱な態度、俺が直してやるよ⁉」

そう言ってがっしりとした体で腕を極めてくる。

「いたたたたっ‼ わかった! わかりましたよ。余計なことは考えないから‼」

そうやって門番の居ない門を潜り抜けると、街に入った……思わず彩花は「わぁーっ!」と声に出すほどの絶景ぶりだった。そこはレンガ造りの建物が立ち並び、人々で溢れかえっていた。

こんな賑やかな街初めてかもしれない。

「凄い賑やかな街ですね? やっぱり首都だからかな?」

奏一郎の問いにジェフリーが答える。

「そうだね。この中央都市テュフォンには地方からたくさんの人がやってくる。これだけ人が居ればバレる心配をする方が難しいだろう?」

確かにこれだけの人が居たら、みんな周りなんて気にしないで通り過ぎるだろう……奏一郎は、ぐうの音も出ないほどに納得してしまった。

「まあ、確かにその通りだと思います。それでこれからどうするんですか?ボクは早く服屋に行って着替えたいんですけど……」

いつまでも学ランで居るのは嫌だったのか、早くこの世界に馴染みたいのか……服屋に行くことを急かす。

「それは先ず宿屋とギルドに行ってからにしよう。この荷物じゃ歩き疲れてしまうだろう?」

それもそうか? と、納得した奏一郎は大人しくついて行くことにした。

宿屋に着くとリストと彩花は二人部屋で俺たち男性陣は四人部屋に泊まることになった。

「ふーっ! ようやく重い荷物を下ろせるのう。」

パトリックが宿屋に着くなり愚痴を漏らす……やはり年のせいもあるのだろう、ゆっくりとベッドに腰を掛けた。もはや外出する気力もなさそうなパトリックはゴロリとベッドに寝転がる。

「おいおい。パトリック! まだギルドにも行ってないんだぞ。報告にはパーティーメンバー全員で行かないといけないのは知ってるだろ?」

ジェフリーが声を掛けると、パトリックは仕方なさげに起き上がり言った。

「少しくらい休ませてくれてもいいじゃないか……相変わらず年寄り使いが荒いのう。」

しぶしぶと立ち上がりベッドから立ち上がると、荷物を置いて待ち合わせをしていたラウンジに集合した。

そこからギルドに行き、オルトロス討伐の依頼完了を伝えた。奏一郎と彩花はギルド内でみんなを待っていたが、ギルドの雰囲気はお世辞にも治安がよさそうには見えなかった……酔っ払いたちが杯を交わし、大声で自慢話や下衆な話題で持ちきりだった。

彩花にはあまり聞かせたくなかったので、先に二人でギルドから出ると外の空気を吸って落ち着いていた。ギルドには彩花はあんまり来させたくないな……奏一郎は率直にそう思った。ギルド内では結束力や仲間意識が高いかもしれないが、自分たちが居るような空間ではないそんな気がした。

「彩花、お腹空いてないかい? それと疲れてないかい?」

彩花に気を使って聞いてみたが「ううん、全然大丈夫」と、地面に絵を描いていた……いつからだろう? こんな年端もいかない無邪気な妹に戦闘をさせ、呑み込みが早いとはいえそれを容認している自分に悔しさが込み上げてきた。

彩花を戦わせない……その為には自分が強くならなくては……そう強く心に誓った。

ギルド内からジェフリーたちが出てくると、一言。

「奏一郎たちも冒険者登録した方がいい。これから戦闘になった時には報酬ももらえるし、色んな情報も入ってくるようになるから。」

魅力的な提案ではあるが奏一郎は迷った……こんな荒くれどもの中に彩花を毎度毎度連れてくるのか? それは彩花の教育上良くない……しかし報酬はこれから生活していく上で必要なわけだし、情報はいくらあっても困らない。

ジェフリー達に任せてもいいが、それではジェフリー達に借りをまた作ってしまう。それはあまり好ましくない。

「わかりました。行きましょう。」

意を決して飛び込んだ。道は幾つかあるがこれが最善だと思ったのだ。

冒険者の手続きは簡素なものだった。名前と職業を聞かれ戦士だと答えるとそれだけで終わった……彩花も同じように名前と職業を聞かれ魔法使いと話した。

「これで冒険者登録は終わりです。頑張ってくださいね!」

受付のお姉さんに励まされると、なんだか照れくさくてその場をスッと後にする……だって戦士って言ったって、まだまだ駆け出し……そんな自分が応援してもらえるのが気恥ずかしかった。

「お兄ちゃんどうしたの? お顔赤いよ? お熱でもあるの?」

彩花がついてきて顔をまじまじと覗き込む。

「なんでもないよ!大 丈夫だから‼」

焦りながらそう言って誤魔化した。別にやましい気持ちなんてなかったが、照れ隠しで即座に反応してしまう。

「なんだよ? 照れちまったのか?」

ゴドルフィンがバシバシと頭を叩く。

……仕方ないじゃないか? 今まで女の子と付き合ったこともないし、クラスでも必要以上に会話もしたこともないのだから。

リストにだって全然話しかけてもいないというのに……自分が女性への耐性が無いことは自身が一番よくわかっている。そんなに女の子と話せないのは変だろうか? と自問しているとリストが一言いった。

「まあ、奏一郎は無邪気な子供じゃなくて……年頃の男の子っていう事よね。ふふっ。」

大人の女性らしい落ち着きのある反応……大口を開けて笑わないところが、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。

そうしてギルドを後にすると服屋へと向かった……そこも女性店員だったらどうしよう。なんて考えていると案の定店員は女性だった……これは何かのイジメだろうか。まあ店員ならそんなに意識しなくても済むだろう。

服を何点か見繕ってもらい購入すると宿屋に戻っていつも通り奏一郎は木剣の素振りを始めたこの五日間で体は筋肉痛で悲鳴を上げている。

それだけ普段使わない筋肉を使っているという事なのだろう……これは自分が成長している証と思って、鍛錬に励んでいた時だった。ジェフリーとゴドルフィンが下りてくる。

何事かと思い声を掛けると。

「まだ剣を握って五日しか経っていないが、これからはゴドルフィンと実戦訓練をしようと思う? どうだい、やる気はあるかい?」

なんとまあびっくり……ゴドルフィンを相手に実戦訓練ときた。

「あれだ……俺と訓練した方が効率的だと思ってよ……」

ゴドルフィンは頭を搔きながら言う。

なるほど、デカい盾を持ってきたのはそういう事か……しかし、今の自分にはまだ早いのではなかろうか?

「え? ボクはまだ五日しか経ってないですよ⁉」

自分の気持ちに素直に驚いてみたが、何だかわざとらしくなってしまった。

「ゴドルフィンはこう見えて業界屈指のシールダーなんだ。そんなゴドルフィンに一撃でも入れられたら、大したものだと思わないかい?」

ゴドルフィンってそんなに凄いシールダーなんだ……そのことに驚きを隠せない。

「一撃入れるって……怪我でもしたらどうするんですか?」

木剣とはいえ当たれば痛いし、骨が折れる可能性だってある。

「おい、奏一郎……俺に怪我なんてさせられるとでも思ってるのか? スゲー自信じゃねえか?」

ゴドルフィンが自信満々に言う。

「ゴドルフィンの実力を考えたら奏一郎の剣技では一撃も当てることはできないと思うが? 盾があれば当てることはできても、全部有効打には至らないと思うね。」

まあ、剣を持って五日間の人間だからまだまだ伸びしろはあるにしろ……実力となるとからっきしだから、何か言われても気にもならない。

「そうなんですか⁉ ゴドルフィンってそんなに凄いんですね?」

感嘆の声を上げると共に称賛する。

「奏一郎はただその木剣で攻撃してくれればいい。あとは俺がその剣を捌く。優秀なシールダーの動きを見せてやる!」

ゴドルフィンは上腕を見せニヤニヤとしている……本当に優秀なんだろうか?疑念はすぐに晴れることになる。

盾を持ってきたゴドルフィンに木剣で斬りかかると、いともやすやすと盾で弾かれる。縦切りはスイっと避けられ、横なぎは盾でしっかりと防がれる。

「おいおい、どうした? そんなもんか?」

挑発するゴドルフィンに負けじと木剣を叩き込むが、まともな一撃は一回も入れられなかった……これが実力差か。圧倒的な実力差を見せつけられた悔しさでいっぱいになる。

いつかゴドルフィンから一本取ってやる……そう心に誓ってその日の訓練は終わった。

そうしてテュフォンに着いて一日目が終わろうとしていた。

それから テュフォンに居る間宿屋の庭で、ゴドルフィンと剣術の稽古をして過ごした。一方の彩花はというとパトリックと一緒に魔法の修行をしていた。

彩花は才能があるのかメキメキと力をつけ、戦闘における動き方や攻撃魔法はおろか治癒魔法、補助魔法と身につけ始めている。

悔しいが彩花とは最たるものが違い過ぎる……今は自分の事だけを考えて稽古に打ち込もう。しかし目の前で格の違いを見せつけられるのは奏一郎にとっては辛いものとなった。

ゴドルフィンには「集中力が足りないぞ。」と、盾で叩かれる始末……自分の実力の無さにほとほと愛想が尽きる。

リストとジェフリーはどうしているかと言うと、二人はパーティーを組んで二人でも行けるクエストを選んでは勘が鈍らないようにこなしていた。

まあ当面の生活費はオルトロス退治でしばらくは問題ないのだが、冒険者としての勘が鈍るらしく長期の休みは取らないのが鉄則なのだとか……。

剣を握って数日の奏一郎にはわからない感覚だった。なんだろう? ピアノの練習を一日サボると取り戻すのに一週間かかるのと同じような原理なのだろうか?

そんなことが頭をよぎった。が、今は自分の事に集中しなくては。

テュフォンに着いて五日目、街の外に出てモンスターを退治しようといわれた。少しは様になってきているのだろうか?街を出る前に武器屋に寄ってレイピアを買った……なんでいつものように長剣ではなくレイピアなんだろうか? 疑問はいくつもあったが、その道のプロであるジェフリーが言っているのだ。言うとおりにしておいて損はないだろう。

レイピアは軽くてとても手にしっくりきた。今まで重い木剣を振り続けていた効果だろうか? なんだか本当に振れているのか不安になるほど軽く感じた。

「なんでレイピアを選んだんですか?軽くて使いやすそうですけど……」

武器屋を出て街の外へ向かう道すがら聞いてみた。

「んー、俺たちのパーティーは戦士一人、弓使い一人、シールダー一人、魔法使いが二人……奏一郎は戦士になるわけだけど、大剣は俺が使ってる。そこでレイピア使いが居れば攻撃のバリエーションも増えるだろう?」

そう言われてもよくわからない。

「はあ……」

曖昧に返事を返すとジェフリーが言った。

「扱う武器の種類が多い方が攻撃の範囲が広がって戦術にも広がりが出るってことさ。」

なるほど戦い方に幅が出来るのか。それでレイピアか……。

「扱いやすさもあるが、奏一郎が戦力になった時その方が良いだろう?」

ジェフリーは物腰が柔らかいなぁ……。

「まあ、防御は俺に任せて安心して攻撃に専念しな。」

無骨だが基本否定はしないゴドルフィン。

「わかりました。心強いです。」

しかし、なんだか人間関係に恵まれたなぁ……。

そう思いながら門の外へ出ると来た時にも見た草原に出る。

目的地は近くの森、そこにはオルトロスのような強い魔物は出ず、初心者が経験を積むための場所なんだとか……弱いモンスターが出ることを祈ろう。

目的地には僅か十分もかからない距離にあった。

生い茂った草木を払い先へ進んで行く、するとモンスターの群れと共に湖が広がっていた。モンスターは形状からしてスライム? のようなゲル状のモンスターだ。

「こいつらスライムといって打撃に強いモンスターだ。でも、剣でもダメージは少ないが倒せないわけじゃない。的確にコアを攻撃すればっ!」

そう言ってジェフリーは剣を一閃「この通り!」と、スライムを一撃で仕留めてしまった。

「真ん中の丸いのがあるだろう? それがコアだ。」

ふむふむ……コアを狙えばいいのか。

「じゃあやってみようか? こいつらはそんなに素早さはないから、安心して攻撃するといいよ。」

言われるがままにコア目掛けて斬りかかった。が、しかし……スライムのコアが移動し一撃で倒すことはできなかった。

「あの? コアが移動するんですけど……。どういう事ですか⁉」

困惑する奏一郎に対し冷静にジェフリーは言った。

「スライムの特徴としては体内でコアを移動させることが出来るんだ。素早く斬りこまないと避けられてしまうよ?」

素早くか……せっかくのレイピアなんだ。突きの方が効果的かもしれない?

「わかりました! 素早くですね⁉」

そして素早く突きを繰り出すと今度はポヨンと弾かれてしまった。

「力強くそして素早く攻撃しないと、今みたいに弾かれるんだよ。だからどちらも意識してやらなきゃ倒せない。まあ、レイピアの特性でもある突きを出したことは良かったね!」

そうして二、三時間ひたすらスライムと戦ったがこの日は一体も倒すことはできなかった……一つ分かったことは、スライムは比較的温厚で集団で居ることが多いが攻撃的ではないという事だろうか?

ハアハアと息を上がらせてひたすらスライムと戦い続けた奏一郎はグロッキーになっている。

「なんで……スライムが……こんなに……強いんですか?」

息も絶え絶えに奏一郎は声を上げた。

「うーん、まさか一体も倒せないとはね……奏一郎は剣を振るう時、何か考えてるのかい?」

うーん……と黙り込む奏一郎。

「えーと、相手を倒そうとか考えてますかね?」

それもそうだろう、目の前に居る敵を倒そうというのは普通の事である。

「それも大切だけど……でも倒すためにはどうしたらいいか考えるよね?」

諭すように話しかけるジェフリー、ホントに人間が出来上がっている。

「ええ、そうですね……斬ったり突いたりしたら倒せるかな? って思って。」

素直に伝えるのは良いことだ、自分の成長にもつながるし……何がいけなかったのかもわかりやすい。

「その小さなことの積み重ねが大事だとは思わないかい? 俺だってドラゴン相手に一撃で倒せるなら一刀両断してみたいさ。けど現実にはそうはいかない……だから小さな一撃を積み重ねるんだ。」

ふむふむ……。

「じゃあスライムにはどうしたらいいんですか?」

まるで先生に質問する生徒のようだ。

「スライムは攻撃するとどうなる?」

スライムは攻撃するとコアが移動して……。

「分裂します。そしてコアを残した方は再生が始まって、もう片方は液化します。」

すると一つの答えが出た……。

「分裂すると再生するまでに時間が掛かり小さいままだから……何度もコアを狙って攻撃していれば、コアの逃げ場がなくなる? っていうことでしょうか?」

自分の思いついた方法を語ってみる。

「それも正解の一つだね! 俺なら素早さも攻撃力も高いから、分裂させるまでもないんだけどね。奏一郎は素早くすると力が抜けてしまいダメージを与えられない。逆に攻撃力を重視するとコアに当たらない。イタチごっこだね。だけど上手くいくかどうかは別として、試してみることが大事だと思う。」

ジェフリーの言ったことは完全に正しいことだと思う。試してみてダメだったらどうしようという思いは無くチャレンジし続けることが大切なんだと思えた。

ジェフリーはなんでもチャレンジさせてくれる……有難いことだ。なんだかまるで子育てするように、ジェフリーは色んなことにチャレンジさせてくれる。

それは貴重な経験でたくさんの学習になる……自分でした失敗も成功も自ずから考えて行動するということは、大きな原動力になる。それを教え込まれているように感じた。

明日にはスライムを倒せるかな? という、淡い期待を抱いて床に就いた。



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