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俺が妹を守るまで  作者: のらねこ
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第一章 見知らぬ土地と見知らぬ世界

それはいつも通りの平日の事だった。学校に登校して真剣に授業を受け、掃除も終わり帰る頃だ。校門まで歩くといつも通りの顔が見えた……彩花である。高校は自宅から近く小学校も近所なので迎えに来るのだ。

健気に待っている実の妹に「彩花」と、声を掛ける。それまで退屈そうに石を蹴って遊んでいた彩花は奏一郎の顔を見ると、一気に顔の曇りが晴れ嬉しそうに駆け寄ってくる。

「お兄ちゃん!」

スカートの裾を翻しながらくるりと回って俺の腰に抱き着いてきた……いつも通り頭を撫でてやると嬉しくてはにかんだ。

「ちゃんとお勉強してきたかい?」

優しさを含んだ奏一郎の声には心地よさがある。思春期の声変わり前の声であり、兄特有の優しさと落ち着きに満ちた声。

「うん! 今日はねえ、お友達と一緒にここまで来たの。ちゃんとお勉強もしてきたよ!」

そう言って頭を差し出してくる……いつものアレだ。

「彩花はお利口さんだな。」

「えへへ」と言いながら満更でもないように撫でられ続ける。

甘やかし過ぎと思われるかもしれないが、これだけ歳の差があると可愛がりたくなるものだ。

「それじゃあ、お買い物して帰ろうか?」

そして手を差し出すと勢いよく手を繋いでくる……彩花は元気溌剌な女の子なのだ。そしてお勉強もできる……将来有望な子だ。

「うんっ‼」

大きな声で答えた彩花は満足気だ。まだ夏が終わったばかりとはいえ、俺たちの住む街は冷えるのが早い。秋がほぼ来ないと言っても過言ではない。それくらい季節の移り変わりが早いのだ。

しっかりと繋がれた手は子供ならではの温かさがあり、カイロなど必要ないくらいの温かさだ。彩花の温もりが伝わり奏一郎の心まで温まる。

「今日のご飯はなんだろうね? お使いのメモを見る限り、彩花の好きなカレーかな?」

甘えさせるような声色で彩花に問いかける。

「かなぁー? カレーだといいなぁー。」

オウム返しで答える彩花。カレーという言葉に反応したな。

「カレーじゃなくても、母さんの料理は美味しいけどね。」

そう言うと彩花はプクーっと口を膨らませて言った。

「ママのご飯は美味しいけど……カレーが一番なのー。」

やはりまだまだ子供だなぁと思いながらも。

「そうかぁ、彩花はカレーがホントに好きなんだね?」

と、答え……フフフと笑い合う。こんな時間が毎日続いているのだから、奏一郎の妹好きも甚だ間違ってはいないのだろう。

今日は夕焼けが奇麗だな……そう思いながら帰路に就く、学ランに薄手のマフラーを首に巻き手を繋いで歩く姿はお兄ちゃん然たる姿に見えるだろうか?

そう思いながら坂を下る……この街の景色は嫌いじゃない。夕日に色づいた景色はオレンジ掛かり俺の心を穏やかにする。彩花にはこの景色はどう映っているのかな?

「彩花……見てごらん、夕日がキレイだよ。」

そして彩花も夕日を眩しそうにしながらも「わーっ!」と言いながら喜んでいた。大きな夕日に感動を覚えることは日常を暮らしていく中でそうそうないだろうなぁ。

そんな中、一陣の光が差した……明らかに夕日とは異なる光だった。俺たち兄妹を包み込むように地面から光が湧き上がったのだ。

奏一郎が地面を見るとそこには魔法陣のようなものが浮かび上がっていた……彩花が「お兄ちゃん・・・なあに? これ? 怖いよう。」と抱き着いてくるが自分にも何が何だかわからず、ただしゃがみこんで彩花を守るように抱きしめていた。どんどん光が強くなっていく。

…………そして、光が止んだ。

そこは見たこともないような森……木々が鬱蒼と生い茂っている。いつもの見慣れた街並みはそこには無かった。ここはどこだろう? まさか神隠しってやつなのか?

「お兄ちゃん……ここどこぉ? お家は?」

困惑する彩花、そして自分も困惑している……彩花に危険が及ばないように抱きしめながらに言う。

「彩花は何も心配しなくていいよ。ここからはお兄ちゃんが連れて帰ってやるから、安心していいんだよ。」

そうは言うも心の中は不安でいっぱいだ。まず、ここはどこなのか? そしていったい何が起きたのか? どうしてこうなっているのか? 全てがわからない事だらけだ。

「お兄ちゃん、木がいっぱいだね。」

無邪気に自然を気にする彩花。たしかに自然が豊かな土地のようだ……しかし、こんなところはうちの近所には無かったはず。

読書の時間に気休め程度に読んでいた小説に異世界転移という単語があったが、まさかな? そんな訳ないと高を括った。でも、確証がない……さっきも思ったが神隠しというやつだろうか? 科学的には証明されていない神隠し。それを信じろというのもなかなか困難な話だ。

「お兄ちゃん、虫さんが居るよ。」

彩花は足下に居た虫に目を向ける。

その時は目もくれなかったが、虫かぁ……という程度の認識だった。

が、その認識を改める必要があるとすぐに感じることになる……彩花が棒で虫をいじっている姿を見ようとすると、虫に目が留まる……何だこの虫は⁉

そこに居たのは黄金色に輝く謎の虫……足は確かに六本あるという観点から、昆虫の部類に入るのだろうがこの色味は自然界に存在するのか⁇ 見た感じとしてはカブトムシっぽいけど……。

目立ちすぎて他の昆虫や鳥などの目に留まるのは明らかだが、逆にこんな色味をしているのだ……もしかしたら毒があるかもしれない。

「彩花? 触ってはいけないよ。毒があるかもしれないから。」

そう言って注意掛ける……「え?」って、もう触ってるじゃないか‼

「彩花! それ、ポイしなさい‼」

捨てさせようと語気を荒くしてしまった……しまった。泣いてしまうかも?

案の定彩花はウルウルとしていた……虫を採って自慢気だった彩花の顔がみるみるうちに曇っていく。

「ごめんよ彩花……もしかしたら毒があるかもしれないと思って。」

そう言い訳してみるも彩花はぐすんぐすんと言い始めた。

「お兄ちゃんが怒った……彩花悪いことしてないもん……。」

彩花はすっかりへそを曲げてしまった……困ったなぁ。とりあえず虫を捨てさせなきゃ。

「とりあえずその虫捨てようか? 持ってても邪魔になるし。」

そう言って宥めてから捨てさせようとしたが……。「いや!」と言って放してくれない……参ったなぁ。

「齧られちゃうかもしれないよ?」

そう言っても「いやなの⁉」と言って放してくれない。

まあ、もしかしたら新種の虫発見! なんて事もあり得ることだし、後でキチンと手を洗わせれば大丈夫か……。

ふうっと一息ついた奏一郎は遭難した時に取る方法を考えていた……木の根元に腰を掛けると、どうしたらいいかを考えていた。

胡坐をかくと、その上に彩花が座ってくる……いつものポジションに収まった感じだ。

彩花は無邪気に虫と戯れている……遭難した時は水場を探したほうが良いのか? 検索しようとスマホを取り出したが、ここは圏外のようで調べるにも調べられなかった。

川があればいいのだが、と耳を澄ませてみるも水音はしない……そうなると一所に留まり体力の消費を避けることが優先となる。どちらを最優先にするか自分だけなら川を探しにいくだろう……しかし、今は彩花が居る。彩花が疲れたと言い始めないかが問題になってくるのだが、彩花が喉が渇いたと言い始めそうで怖い。

そう考えると体力の残っているうちに探した方が良いのかもしれない。

「よしっ!彩花、川を探そう!そしてお水をゲットするんだ。」

そうやって話しかけると、

「うんっ!」

と答えた……良いお返事です。まだまだ彩花は元気なようだ……このままでは疲れて眠ってしまうことが目に見えてわかる。

そう言って二人で立ち上がると川を探すために歩き始める。一つの方向に進んで行けばいつかは必ず川に当たるだろうと踏んでゆっくりと歩いていた。

それにしても蒸し暑い……奏一郎は学ランの上を脱ぎマフラーを外すと鞄に詰め込んだ。彩花も暑そうなのでカーディガンを脱がせてそれもカバンに詰めた。

ワンピース姿になった彩花は涼しくなったのか、元気に拍車がかかる。

歩を速めた彩花には「ゆっくり行こう。」と促し、手を繋いであげた……これで疲れも出にくいだろう。足下に注意しながら岩場を越えていく……ズルっと滑った彩花を繋いだ手で引っ張り上げる。

そうして進んで行くがなかなか川には辿り着かない……そんな甘いものではなかったのだ。一瞬自分の判断が間違っていたのではないかと思ってしまう程に疲弊していた。

スマホを確認すると、かれこれ二時間ほど歩いただろうか……時間ももう十八時だというのにまだ明るい。これはいよいよ遭難だな……。

そう思った矢先何か音がする……獣の唸るような低い声……。奏一郎は彩花を抱き上げ、立ち止まる。

茂みの中から聞こえるその声の主はこちらを警戒しているのか、なかなか出てこない。グルルルル……と、唸り声を上げ、姿を見せないその何かは確実にこちらを威嚇している。

「お兄ちゃん、犬さんが居るの?」

抱きかかえられたままで彩花が聞く。それに対しての答えを持っていない奏一郎はただ黙して語らず、ただゆっくりゆっくり後ろにじりじりとさがった。たしか熊なんかの野生動物は目線をそらさずに、ゆっくりゆっくり後ろにさがっていくと良いと聞いたことがある。

その経験を活かしゆっくりとさがっていく……抱きかかえられた彩花は何が起きているのかわからずに、ジッとしている。

ゆっくり後ろにさがっている奏一郎は、ふとあった石に躓いてしまう……しまった‼ そう思った時にはもう遅く、彩花を抱きかかえたまま倒れこんだ。

そしてそれとほぼ同時に唸り声の主が飛び出してきた。大きな犬のような生き物、何故ようななのかというと……それは頭が二つあったのだ!

奏一郎は近くに落ちていた棒切れを掴むと犬のようなものに対して振り回した。彩花はしがみついて離れないようにしている。犬のようなものは一瞬怯んだが足下で吠えている。ガウガウっとステレオで聞こえるその声の主と対峙し、ゆっくりと立ち上がると彩花を後ろに回らせる。

正直、襲われているものが何なのかはどうでもよかった……犬でもケルベロスでも何でもいい。地獄の番犬がここに居るならここは地獄なのか? とも思ったが、そんな景色でもなかった。地獄と聞くとおどろおどろしい感じがするが、実際は違うのかもしれない。

そんなことを考えている場合でもなく、目の前に居るソイツをなんとか倒さなくては、彩花を守れない……それだけは奏一郎の身体がどうなろうと道連れにする覚悟だ。

ガウガウと嚙みつこうとする犬もどきに奏一郎は苦戦する。なんといっても頭が二つあるのだ、嚙みつかれていないだけマシかもしれない……襲い来る犬もどきに棒をブンブンと振り回すことで近づけないようにしているが、これではいたちごっこだ……状況を打開できない。

そして奏一郎の体力も無限ではない……いつか疲れがやってきて、襲われるのは目に見えている。何か打開策はないだろうか? そう考えても攻撃しながらではなかなか考える暇がない。

運動部ではない奏一郎は疲れてくると、今まで振り回していられた棒も鉄のように重たく感じるようになり勢いがなくなってくる……それを見透かしたかのように飛び込んでくる犬もどき、奏一郎を押し倒すかのように覆いかぶさってくる……これはマズいと思った奏一郎は瞬時に背を向けて彩花を庇う。

「怖いっ! やだっ‼」

そう言ってしがみついてきた彩花。

それを抱きしめ精一杯守ろうとする奏一郎。

犬もどきが覆いかぶさったと思った刹那…………。

ギャインという声と共に犬もどきは弾き飛ばされた……いったい何がと思うと奏一郎たちを守るように光の幕に覆われていた。

これは一体? と思うと彩花が震えながら「あっちいけ!」と言って指をさす……すると光の幕は収束して彩花の指差している方向に向かって飛んでいく。

まるでレーザーのように細い線が犬もどきの頭を貫くと一瞬で炎上させる!貫かれなかったもう一つの頭が悲鳴を上げ崩れ落ちた。

肉の焦げるニオイが辺りに蔓延し、アンモニアのようなニオイも混じっていて不快だったが……問題はそこではない。彩花の動きに連動して光が動いていたこと、彩花が嫌がった瞬間に光の壁ができてボクらを守ったこと。

奏一郎は彩花に向かって言った。

「彩花……君が何かしたのかい?」

率直に聞いてみる。

「何が?」

本人も何が起きたのかわかっていない様子だ……しかし、本当にしても偶然にしても不思議なことだらけだ。あの光はそもそも何なのだろう? という疑問と、あの犬もどき自体なんなのかすらわからない。疑問だらけの奏一郎は困惑している。

「彩花……とりあえず無事でよかった。」

心の底からホッとすると、急に力が抜けへたり込んでしまう奏一郎。

と、そこにまたもや茂みからガサガサという音がした……しかし今回は安心できる要素があった会話が聞こえたのだ。

「おーい、誰かいるかぁ?」

人が居たと安堵した奏一郎はこちらから声を掛ける……これでやっと家に帰れるのだと。

「こっちでーす! ここに居まーす。」

山岳救助隊だろうか? なんでもいい。助けてくれるなら……。

ガサガサと音を立てやってきた人は肩までの長さを持つ金髪パーマで屈強な体をした男だった。しかしそれ以上に驚いたのは鎧を纏っていること、そして大きな剣を持っていること。

最初に出てきた男の後には銀髪ショートの女性、そして大きな盾を持った男、さらにはローブ姿のお爺さんと続いた……コスプレの集団だろうか? しかしこんな木々の生い茂った場所で何をしているのだろうか?

ともあれ久しぶりに人と出会えたことは良かった……。

「おーおーおー、オルトロスの鳴き声がしたと思ったら……もう、死んでるじゃねえか? お前さんがやったのかい? 兄さん」

オルトロス? 燃え続けるその死骸に目をやると、一つ気が付いたこの犬……頭が二つあるのはどう説明できる? 突然変異ということも考えられるが、ではあの光は一体? 謎が謎を呼びジグソーパズルのピースが上手くはまらない。

「え? あの突然光の壁ができたと思ったら、それが収束してその化け物をやっつけたんです。」

そう告げると、彼らは言った。

「それはどっちが使ったんだい? 召喚者の兄さんかい? それともお嬢ちゃんかい?」

その質問には答えられなかった……どちらが倒したのかは自分たちにもわからないのだ。

召喚者? どういう事だろう?

「あの……どういう事でしょう? それに皆さんの格好といい、それはどういう事でしょうか? ボクら実は迷子でして……」

そう伝えると彼らは親切にそして丁寧に説明してくれた。

「いいか? 落ち着いてよーく聞くんだよ? 君たちは召喚されたんだ……ここは、君たちの居た世界とは違う。ここはキュレスの森。俺たちは獰猛なオルトロスを退治する依頼でこの森に来たんだ……しかし、肝心のオルトロスを探している最中に君たちが倒した声を聞いてここまで来たんだ。君たちのような軽装で森に入るなんて命知らずな奴か、君たちのように召喚された人かのどちらかだ。」

召喚……俺からしてみたら迷惑な話でしかない……。

「召喚者ですか? ボクらは学校からの帰り道で突然光に包まれて気が付いたらこの森に居たんですが……」

いまだ状況を受け入れられない奏一郎……それもそうだろう。突然ここは異世界です……なんて言われても受け入れようがない。そういう小説や漫画があることは知っている……が、それはあくまで空想の中つまりフィクションでしかないと思っていたからだ。

しかし今オルトロスの件でそれが現実だと受け入れざるを得ない。

「そう、召喚者つまりここは君たちが居た世界とは別の世界。たまーにこうやって召喚者が送り込まれてくるんだけど、召喚した人物がどこかに居るんだろうね? まあ、こんなところに召喚されたんだ……探す術はないだろうけど。」

冷静に解説してくれる男……こんなところに召喚するなんて何が目的だ、俺たちに何をしろっていうんだ? 俺たちはただ家に向かって帰っていただけなのに、いきなりこんな世界に呼び出され何をしていいかもわからずにいるっていうのに……召喚した奴がこれでのんびりお茶でも飲んでたいら殴りつけたい気分だ。

「あの……帰る方法とかは無いんでしょうか? ボクたちこんなところに呼び出されても困るっていうか、家族だって心配してるだろうし……とにかく帰らなきゃいけないんですよ⁉」

自分の思ったことを率直に伝える。

「うーん、召喚者の帰し方かぁ……わりい……正直な話、俺たちもどうやって帰すか方法は知らねえんだ。ただこんな森に居続けるよりも街に行った方が何か手掛かりがあるかもしれねえ。どうだい? 俺たちと一緒に街まで一緒に行くかい?」

帰る方法がわからない……それが一番堪えた。でもそれで落ち込んでいる場合ではない……今は呑気にしている彩花もいずれ母さんや父さんに会いたいと言い出す筈だ。

今はまだ先ほどの虫を手に戯れているから良いが、それもいつか飽きが来る……そんなときに俺が支えてやらないと。

「そう……ですか……。帰る方法がわからないだけで、ボクら帰れるんですよね? ね? ね?」

必死に縋り付く奏一郎……その姿を見て彩花も不安になったのか、突然奏一郎にくっついてくる。質問に対して銀髪の女性が答える。

「元の世界帰ることは、可能性で言えばゼロに近いわよ……アタシも少しは召喚魔法をかじったけど、呼び出すことはできても帰すことは知られていないのよ。一般的には召喚は何か危機が迫った時に召喚術を駆使して、勇者的な存在を呼び出すことが目的なのよ……つまり二人は勇者候補って訳ね。」

勇者候補? そう言われてもピンとこない……王様に勇者となって魔王を倒してくれと言われた訳でもなく、ただ広大な森に召喚されいきなりオルトロスに襲われただけ……そしてようやく人に会えたかと思えば、こうやって召喚されたとか危機が迫ってるとかみんな自己都合じゃないか!

勝手に呼び出しておいて何事もなし、帰る方法もわからない……そんな理不尽なことがあるか!

心の中ではもう荒れ狂っていた。

「勇者……ですか……。ボクたちがその勇者だとしても、協力する必要はないですよね?」

基本的に許せない気持ちの方が強く出てしまった奏一郎……自己保身に走ってしまう。しかし大楯の男がこう言った。

「そりゃ、本人の意見が最優先だろうけど……この国じゃ王様の意見は絶対だぜ? そんな国に居たんじゃ、いつか徴兵されるだろうよ。」

そう言ってふんぞり返る。

「まあ、そういう事だから俺たち『フェンリルの牙』と一緒に来た方が得だと思うよ? 俺たちは旅の冒険者だから、この国を出ることだって簡単なことさ。違う国に行ってしまえばもう、こっちのもんだからね。」

ニヤリと笑う金髪の男。考えているだけでは何も進展が無いのはわかりきっている。行動しなくては話も進まないし、この国からの脱出及び元の世界への帰還方法が見つけられない。

「ボクは奏一郎といいます。こっちは妹の彩花です。ボクたちは元の世界に帰るために帰還方法を探したいです。」

彩花にも挨拶するように促す。

「彩花です……六歳です。よろしくおねがいします。」

たどたどしい感じで挨拶を済ませると金髪の男が言った。

「俺は俺たち『フェンリルの牙』のリーダーのジェフリー。銀髪のエルフはリスト、大楯の男はゴドルフィン、ローブを着たのが魔法使いのパトリックだ。まあ、帰還方法が見つかるかどうかはわからんが……よろしく頼む!」

一人一人の名前を覚えることは一度では難しいだろうから、関係を築いていくうちに覚えられるだろう。

「皆さんよろしくお願いします。」

そう言って彩花共々深々と頭を下げると、そこからの話が長かった。

「で? 結局、魔法を使ったのはどっちなんだい? 話によるとオルトロスを一撃で倒したみたいじゃないか? それだけの魔力の持ち主なんだから、しっかり鍛錬した方がこれからの旅路が楽になるって思うんだが……どうなんだい?」

ジェフリーは結構魔法の事を気にしてるようで、しつこく聞いてきた……俺だってわかんないんだよな。それを素直にジェフリーに話すとジェフリーは驚いていた。

そしてパトリックを呼び寄せると話し始めた。

「パトリック石は持ってきてるか?」

そう言われるとパトリックは一言言った。

「ほれ、これが必要なんじゃろ?」

そう言うと、真っ白い石を取り出した。その石をジェフリーが受け取ると、今度は奏一郎に手渡してきた。

「この石は手にしたものに魔力があるかどうかを調べる為の石だ。これを二人に持ってもらえばすぐにわかるって代物だ。」

この石が光るのか……受け取ると石は仄かに輝いた……ということは俺がやったのか? そして、彩花にも石を持たせると。

凄まじい光が当たりを包む……彩花は驚いて石を落としてしまった。

「これで決まりだね……オルトロスを倒したのはお嬢ちゃんだ。」

そう言って納得すると、パトリックが「お嬢ちゃん魔法は使えるかい?」と言って聞いてくると。

「魔法? わたし魔法使えるの?」

答える彩花を諭すようにパトリックは言った。

「お嬢ちゃんには魔法の才能があるんじゃよ。それを活かしてこれからワシらと一緒に旅をしようじゃないか? どうじゃ? 夢のある話じゃろ?」

彩花はそれを聞いて少しだけ怖がっていたが、奏一郎の顔を覗き込んでくる……どうやら自分では判断が付かないようだ。

「彩花……ついて行ってみるかい? どうしたい?」

穏やかな奏一郎は優しく彩花に聞きだす。

「お兄ちゃんは? ……お兄ちゃんが居なきゃイヤっ!」

そう言ってしがみついて離れない……甘えん坊だなぁ。

「大丈夫だよ。お兄ちゃんも一緒だから。」

クスリと笑いながら答える……お兄ちゃんが彩花の事ちゃんと守ってやるからね。そう、思いながら微笑んだ。

それで落ち着いたのか怖がる素振りは見せなくなった。

「それなら行く!」

そう元気に答えるとパトリックの足下に行って「おじいちゃん、凄いおひげだね!」と、既に懐きはじめている。

「では、お嬢ちゃん……魔法の練習もしようかの? さっきも言ったがお嬢ちゃんは魔法の才能があるんじゃ、それを活かさないのは勿体ない。だから一緒に居る間は魔法の練習じゃな。良いかの?」

真剣な顔で彩花に問いかける。

「お兄ちゃん! わたしミソラちゃんみたいになれる?」

ミソラちゃんというのは朝にやってるテレビアニメで女の子の中では大人気だ。奏一郎自身は真面目に見たことは無いが彩花と一緒に軽く見ていた程度だ。知っているくらいの知識しかないが、魔女のミソラちゃんが悪役たちを魔法で改心させるというものだ。

「もしかしたらミソラちゃんよりも、凄い魔法使いになれるかもしれないよ?」

そうやって希望を持たせてあげることも兄の務めだ。

「ホントっ‼」

目をキラキラさせて答える。うん、いい傾向だ。

こうやって彩花の気を良くして、動きやすいように導いてあげる。

「ほんとほんと、彩花ならなれるよ!」

「わーい!」と言って喜ぶ彩花。それを優しく見守る兄……理想的な関係と言ってもいいだろう。

「お嬢ちゃん、ワシは厳しいぞ。ついてこられるかのう?」

パトリックはいたずらっぽく笑うと「おひげのお爺ちゃん……怖くないよ?」と言って彩花とパトリックは笑った。

「それじゃ、いつまでもここに居るわけにもいかない。そろそろ街に向かって歩くとしようか?」

ジェフリーが促すと皆頷き、街へと向かうことにした。

ジェフリー達を先頭に草木を分けて進んで行くと、当然モンスターと出くわしたりもする。それを奏一郎と彩花はジェフリー達に任せて見守っている。

ある時はスライムに遭遇し、またある時はオオカミの群れに遭遇したりと、歩き続ける事三時間、陽が落ちてきた……。あれだけ探していた川沿いにて。

「よしっ! 今日はこの辺りで野営することにしよう。」

そう言って銀髪エルフのリストはテキパキと食事の用意をする。大楯のゴドルフィンは川から水を汲み上げている。空は陽が落ちて星々の輝きと空の暗さで瑠璃色が広がっている。

ゴドルフィンはさらにテントを立て始めた。奏一郎は「ボクも手伝いますよ!」そう言って手伝うことにした……彩花はパトリックから魔法について学んでいる。

「魔法というのは集中、つまりは頭の中でイメージすることで発動するんじゃよ……そして、詠唱が必要なんじゃよ。」

身振り手振りを交えながら彩花に教えている。孫と接しているような気分なのだろうか? その顔には笑顔が浮かんでいる。

「頭の中でイメージするのと、えいしょうっていうのが必要なんだ? でも詠唱って何?」

詠唱とは魔法を発動させるのに必要とされているらしい言霊の一種だ。しかし彩花は先ほど詠唱をしないで魔法を使った……あれは一体何だったんだろう?

「詠唱は魔法を使うためにするお約束みたいなものかのう?」

優しく彩花にわかりやすいように伝えている。

「あの? 魔法は詠唱なしには発動しないんですか?」

テントを立てる作業をしながらパトリックに聞いてみた。

「基本的には魔法と詠唱は切っても切れぬ関係なんじゃよ。だから発動はせんと思うのじゃが……且つて居た勇者は無詠唱で魔法を使ったとか……。そんな伝承があるんじゃよ。」

伝説の勇者……まるでゲームの中のような単語だ。勇者か……彩花が伝説の勇者……なんとも現実味の無い話だ。

「あの……実は彩花の事なんですけど、オルトロスを退治した時の事なんですが……無詠唱だったんですよ。あれは魔法じゃなかったってことですかね?」

無詠唱の凄さがいまいちわからない奏一郎は今までの経緯を説明する。

「そ、それは本当か⁉ 本当であれば恐ろしいほどの素質を持っておるぞ!」

喜びとも驚きともとれる声を上げるパトリック。歓喜に打ちひしがれるパトリック……その顔には涙があった。

「まさかこのワシが勇者の教育に当たることになるとは……」

それは感無量といった感じだった。……いや、まだ勇者と決まった訳では……。

「まあ、お嬢ちゃんが勇者かどうかはさておき……素晴らしい才能を持ってるのは確かってことだな。」

ジェフリーが割って入る……もしかしてパトリックを止めに入った?

「でも勇者は異世界人が多いのよね? そう考えるとアヤカちゃんはその可能性大ってことよね?」

リストまで参戦してきた……みんなが憧れるヒーローがうちの妹というのは何の冗談だろう?

「可能性は高いな。世界を救うような偉大な子になるかもしれないぞ? といっても、今この世界が窮地に陥ってるわけじゃないけどな。」

そう言って笑い合う、みんなにつられて彩花も笑う。

そうして楽しく一夜を過ごした。夜は順番に見張り番をして『フェンリルの牙』のメンバーは過ごしていた。

仮に彩花の召喚に巻き込まれてしまったなら、いったい自分には何ができるんだろう? 眠れずにそんなことを考えていた……今日あったこと、そしてこれからの事を、自分が何をすべきなのかを考える。

彩花には魔法の才能がある……しかし自分には何もない。彩花の事を守るのは当然として『フェンリルの牙』のみんなには何が返せるだろう?

そんなことを考えながらウトウトしていると気が付いたら眠っていた……明日はどんな一日になるのだろうか?

不安と共に夜は更けていった。



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