そうして魔族は月を目指した。
湯飲みを手にした少女と老人が同時に茶を啜る。
一つは熱く、一つはぬるめだ。
少女は猫舌だったから、老人のように熱い茶は飲めない。
ふわりと満足気に吐息を落とし、盆へ戻した時、湯飲みから立ち上っていた湯気が強風に打たれて掻き消えた。
少女は曇った眼鏡をズラし、テラスの下、魔王城の広場へ目を向けた。
そこは今、あらゆる種族が集まる大会議場となっている。
「ですからっ、先の戦いで人類は滅んだのです! 報復だなんだと、そのようなことを話している時間はありません!」
青白い肌に燕尾服を纏った魔族の男が机を叩いて声を張っていた。
「生き残りの人類が用いた超兵器により、我々が立っているこの大地、星そのものが砕けてしまったのです! 早急に対策を練らねば大変な事になるでしょう!!」
応じて机の上で人型の上半身を形作ったスライムが、器用に表面を震わせて声を放つ。
「問題は割れた地殻から溢れてきた例の雲だね。僕らは土に沁み込んでいけるけど、あれに近寄った奴は皆吸い込まれて出られなくなった。地面が傾いたり、浮き上がってるっていうのも本当だよ」
「それってぇ」
赤い毛先を弄んでいたサキュバスが隣から手を伸ばし、スライムに指を突っ込む。
あらゆる生物を誘淫する彼女に触れられて、液体生物は表面を波打たせた。
「やっぱり割れた地面ごと吹き飛ばされるって話ぃ? 皆噂してるよねぇ。実際に割れた時、幾つか空へ向けて飛んでいっちゃったって言ってるのも居るしさぁ」
「あっ、あっ、あっ、そ、そんなこと、言って、言ってる、あぁ……っ」
「皆死んじゃうのかなあ? だったらぁ、最後に思いっきり気持ち良くなっておくのもいいと思うなぁ」
続けて白衣を着たゴブリンが積み上げた書類へ手をやって混ざる。
「えー、例の雲についてですが、当初言われていた通りに重力を発生させているということが分かっておりまして、瓶一杯分でもかなりの――――」
「ええい話が纏まらない!」
報告を遮り、燕尾服の魔族は頭を抱えた。
「一体どうすればいいんだあ! 空の向こうまで飛ばされては、我ら魔族とて無事では居られないと言われているんだぞっ! そもそもどうして人類を今まで見過ごしてきたんだあ!」
勝手に混乱していく男を皆はあっさり見限り、その隙間を縫うようにして広場の入り口付近から大きな吐息が吹いてきた。
赤い鱗持つ竜族だ。
十列横隊のゴブリン兵士が余裕を以って潜り抜けられる大門へ身を預けた竜は、長い首を伸ばして会議の机を覗き込む。
「弱者の意見は必要ない。強者こそが全てを決める。生かすも、殺すも、滅ぼすもな」
だからと鼻先で示した先で、のんびりと茶を啜っていた眼鏡少女は集まる視線に隣の老人の裾を引っ張った。
「じいちゃん、じいちゃん。皆じいちゃんの意見欲しがってるみたいだよ」
「ほぎゃらほぉ」
何やら意味不明な呟きの後に老人、魔王は立ち上がった。
足元がふらつき、少女がそれを支える。
魔族や、それに従う各種族は全て、強者こそを信奉し、付き従う。
故に50年前に災厄と呼ばれた勇者を倒した魔王こそ、この窮地で皆を先導していける唯一の者だ。
魔王は腕を広げ、雲一つない空を仰いだ。
そうして顎が外れそうになりながらも声を放つ。
「お月様じゃ! お月様じゃあ!!」
自然、会議場に居た全ての者が空を仰いだ。
まだ昼間ではあったが、確かに月が浮かんでいる。
が、それだけだ。
誰もが首を捻って意図を測りかねた。
しかしそれもその筈なのだ。
発言に意図などない。
単に見上げた先に月があったから叫んだ。
だけなのだ。
かつて偉大なる魔王は比類なき力と叡智によって、あの恐ろしき勇者を倒し、人類を廃絶させた。
だが、魔族の時代が来て既に五十年。
いろいろあったが、すっかり平和になった世の中で魔王はボケていたのだ。
故に少女と並んでお茶でも啜ろうというもの。
しかし沈黙の中、白衣のゴブリンが手を打った。
「なっ、なるほど! 星が砕けて駄目になるなら、月に乗って逃げればいいのです! 流石は魔王様だ!」
一応は学者ということになっている男が理解を示したことで、なるほどそういうことかと多くが納得し、安堵した。
星が駄目になったなら、別の星へ行けばよい。
なんと簡単な話だろうか。
※ ※ ※
まず転移能力を持つ者が先行した。
が、最大出力で飛んでみても、大気圏外へ飛び出すのがやっとという所で、月との距離はまるで縮まりそうになかった。
彼らの中には過去に似たようなことをやろうとした者も居た為、頑張って息を止めて、熱かったり寒かったりするのを魔法で防護したのだが、調査に出た十名中八名がそのまま戻らなかった。
戻った二名も意識が混濁しており、更に一人は途中で力尽きて落下してきた為、話を聞くのは相当後になりそうだった。
これで分かったのは、月は転移だけで行くには遠いということだ。
次に同じく転移能力を用いて、箱に入ったまま飛んだ者が出た。
色々と経緯はあれど、箱ごと圧壊した為次に試す者が居なくなった。
不甲斐ないと翼を広げた竜族が雲の上まで飛びあがったが、彼らの翼は魔法により浮遊を帯びているとはいえ、羽ばたく力もあって初めて飛翔出来るものだ。自然、大気の薄くなった上空で転落するものが生じ、数多が海へと落ちた。
地上ではゴブリン達が数を生かして巨大な塔の建造を始め、サキュバス達が便乗した。意外と賛同者も多く、次々と資材が搬入されて建造は続いたが、おそらく完成前に星が砕けてしまうだろう。
さてアレコレと考え続ける者達を脇に、生体を持たない一部の霊などがふよふよと月を目指して移動を始めていた。
彼らが纏まって登っていく様は独特な光を帯びていて、幻想的な景色を生み出しこそしたが、そのまま何の連絡もなく数日が経過した。
成功したにせよ、失敗したにせよ、確認する術は無さそうだった。
月を目指す者達を傍らに、地殻の裏から湧き出した雲について研究がすすめられた。
まず、当初から言われていた通りに重力を発生させていることと、ガラスなどの容器へ収納が可能であることが分かった。
ただし、発生する重力に対して強度が不足すれば破壊されてしまう為、研究所では度々事故が発生し、そのままクレーターと化した場所もある。
物理的な方法で移動させることが可能であった為、ハーピーなどが風を起こして道を開け、遮断されていた連絡を回復させた一件は多くの者達を沸かせた。
ただ、吹き出し続ける雲と、風を正確に操り続けることの困難さ、更には海路などを用いた場合などは事故が発生し、そのまま雲に呑み込まれてしまった。
一月も経過すると、重力の雲と名付けられたソレらは地上に溢れ出し、生存圏を確保するべくゴーレムらを用いて壁を築き、雲を遮断した。膨大な魔力を消費して作られた防壁は常に風を発生させており、大抵の雲は近寄る事無く滞留していった。
この頃になると、新たな発見もあった。
重力の雲は、液体がそうであるように、表面張力を持っていたのだ。
全体としてはふわふわと雲のように漂っているように見えるが、雲に沈んだ森林部で、木々の頂上まで突き出している光景からこの事が明らかとなった。
ゴブリンが建造する塔は僅か一月で魔王城を越える程の大きさにも達したが、突貫工事の代償として各所の崩落が発生し、相当数が死亡した。
月へ。
その目標に従って多くの者が挑戦し、命を落とした。
けれど、最早星の崩壊が確かなものであると公表されたことで、一層狂気的な実験と試行錯誤が繰り返されるようになった。
竜族の一部が上空から紐を垂らし、重力の雲を引き上げ、海へ流す実験は、ある程度成功した。
既に大地の三割ほどが雲に覆われており、生存圏の確保は実に重要な案件となっていた。ただし、帆船一杯分を運搬する間に、十もの竜が雲に飲まれ、落下していった。
地上に残っていた精神体の者が雲の内部を調査しようと壁を出たが、連絡用テレパシーには苦痛を示す意思のみが送り込まれ、途絶えた。極限の重力は精神体をも殺す事が明らかになり、先んじて脱出していった者達は重力の無い空間で拡散し、溶けてしまったのだという学説が発表された。
この頃になると、初期段階で試されていた事がそれぞれ複合される流れが生じていた。
転移魔法で空の向こう、宇宙と名付けられた場所へ飛び出て、片っ端から資材を投げる。
重力の無い宇宙では、投げた勢いはそのままに飛び続けてくれる。
と思われたのだが、数日後に殆どの資材が地上へ落下した。
身一つでは感じ取れないほどの場所へ行っても、未だ重力によって物体は引き寄せられていたのだ。
その為決死の覚悟で限界以上の転移を行い、感知刻印を打たれた物品を投げては転移を繰り返した。
結果として、七十六回分の転移を越えた先では星の重力に掴まらず、脱出出来ることが判明した。探知感応者を各所へ配置し連結させた上での計測で、地上で知らせを受けとった者以外の全てが死亡した。
対象者の転移限界距離から距離が算出され、以降、どうやって生存したままそこへ辿り着くかが焦点となった。
まず生活空間を確保する為の箱が求められた。
かつて木製の箱で宇宙へ飛び出した者は圧壊に巻き込まれて死亡している。
故に、より過酷な状況をと目を付けたのは、重力の雲だ。比較的薄まっている地域を狙えば、宇宙で受ける圧を再現することが出来るかもしれない。
竜族に運搬され、沈められた宇宙航行船は半分以上が圧壊し、けれど半分が生き残った。
気密などの問題と、呼吸の為の空気をどうするかという問題が打ちあがった。
大地の半分が重力の雲に覆われた。
※ ※ ※
相も変わらず少女と老人はテラスで茶を啜っていた。
最近では人も減り、静かになったのだが、白衣のゴブリンなどは定期的にやってきては報告を置いて行く。
「ねえじいちゃん」
「ふがるほふ」
「ふふふ。そうだねぇ」
茶の湯気で眼鏡を曇らせながら、少女は笑う。
月は遠くて、辿り着けるのかどうかは未だに分からない。
大地が半分になり、海の殆どは重力の雲に覆われて、おそらく水棲の魔族は死に絶えただろう。試行錯誤の過程で死んだ者達の数も、かつての総数の二割にも達している。
ゴブリンは変わらず塔を作っていて、最近ではテラスからも遠巻きに高い塔が出来てきているのが見える。けれど、ある高さから先へは、どうしても崩れてしまうようだった。
「滅びるのかなぁ、生き残るのかなぁ」
さっぱり分からない。
なのでのんびりと青空を見上げていて、ふと少女は気付いた。
「あれ……お月様、大きくなってる?」
※ ※ ※
噴出した重力の雲は表面張力を持ち、それは魔王城のある最大の大陸に引き寄せられていた。
全てを解明できたかは別として、雲が重力を発生させていることは確かなので、自然と偏った重力源は月を引き寄せた。
彼らは知る由も無かったが、月とはそもそも常に星の重力に捉われていて、それ故にぐるぐると周りを回っているのだ。
片寄りの出来た軌道は徐々に歪んでいき、遂にはっきりと自覚出来るほどに接近を果たしていたのだ。
そこである学者がひらめいた。
辿り着くことが難しいのであれば、月の方から来てもらえばいいのだ。
学者に賛同した者達が大陸へより多くの雲を引き込むべく活動し、その過程で幾つもの都市や集落が呑み込まれた。
ゴブリンの塔と名付けられた月を目指していた塔だが、度重なる崩落によって工事のボイコットが横行し、遂に建造が止まってしまった。しかし、重力の雲から逃げる為か、より高い場所を求めた者達が集まり、集落を形成していった。
一度は全滅したかと思われた水棲の魔族らだが、ある日巨大な水柱を伴って海上へ吹きあがり、そのまま塔へ合流してきた。
一部階層を水没させて勝手に占拠した者達と諍いは生まれたが、月の誘引策を練る者達が水柱に目を付けた。
水をまき上げて伸びる柱に、大量の重力の雲が纏わりついていたからだ。
海からの救出作業が行われ、続々と、海底で死を待つばかりだった者達が合流していった。
そうして地上の殆どが雲と水に覆われてしまった頃。
白衣のゴブリンが、ある解決策を携えて魔王城を訪れた。
※ ※ ※
「月を限界まで地表へ引き寄せて、ゴブリンの塔より重力の雲ごと水柱を挙げるのです! 長く長くっ、高く高くっ、引き寄せられた月へ届かせることが出来れば脱出は可能になるでしょう!!」
ここまでの調査で星からの脱出距離が明らかとなり、また宇宙には呼吸の為の空気がないこと、なにより月には草の一本も生えていないことは判明している。
故に学者らは月には空気が無く、水が無く、このまま辿り着いても死ぬだけだと発言してきた。
だがこの方法が成功すれば、水の運搬と共に重力の雲に空気を引っ張り上げさせて、直接月へ送り込むことが出来るのだ。
「しかし月は遠い!」
誰かが反論した。
そうだ、月は遠い。
今や当たり前となったその事実にも、ゴブリンは堂々と応じる。
「月を本当の限界まで、水柱を届かせることの出来る限界まで近寄らせればいいのです!」
つまり、月を星へぶつけろと言ったも同然だった。
そんなことをしては地上にいる全ての者達が死滅する。
聞いていられるかと幾らかが席を立ったが、構わずゴブリンは続けた。
「おそらくですが、月も我々の星と同様に重力を持っています! なぜならこの星がかつてそうであったように、丸いからです! 重力の雲を納めた瓶に水を纏わせた場合、多少の型よりはあれど球体を作ります! だから、月が接近してくれれば、既に判明している脱出可能距離も短くなる! なんとなればっ、水柱自体を月が引き寄せてくれることでしょう!!」
だから接近し過ぎた月を星へ落としてしまえば全て終わりではないかと叫びがあがる。
「大丈夫! 大丈夫なのです!」
白衣のゴブリンは袖で汗を拭い、言葉を続けた。
「月が落下して壊れてしまう前に、この星自体を完全に破壊してしまえば、危険は最小限に抑えられるでしょう!」
どうやって?
「そもそもとしてっ、この星を破壊した超兵器があることを皆は忘れていませんか!? それを用いれば、不完全に壊れたこの星を破壊して、落下する月の通り道を作る事だって出来る筈です!!」
会議場が静まり返った。
暴挙も暴挙。
けれど塔の建造が絶望的となり、各所で続けられている実験もここしばらくはまともな成功例を報告していない。
少女はずずずとお茶を啜る。
隣で老人もまた、静かに見守っていた。
「私はここしばらく、滅びた人類の足跡を辿っていました。そうして、あの兵器の製造方法を記した研究書を発見したのです。ただし、これには一つ問題がありました」
問題、また問題だ。
月を目指して以来、その言葉ばかりが飛び出してくる。
けれど同時に、問題は解決していくものだという思考も馴染んでいた。
絶望はする、後悔もする、けれど、では次に何をしようかと、全ての生物は行動してきたのだ。
生き残るために。
そうして白衣のゴブリンは会議場から、今日初めてテラスを仰いだ。
「人類が星を砕いた超兵器。その材料には、人間が必要なのです、魔王様」
少女が湯飲みを置いた。
曇った眼鏡を外し、何の魔力も帯びていない黒の瞳を晒す。
肌はやや焼けていて、髪は長い。が、酷い環境で育ってきたのか艶は無い。魔族であれば当たり前に持っている、魔力による部位の先鋭化が彼女には存在しない。
「どうか、お傍に置いているその娘を使用する許可を頂きたい。我々が生き残る為に」
つまり少女は、魔王に拾われた、たった一人残された人類だったのだ。
※ ※ ※
あらゆる魔族が協力し、巨大な水柱が宇宙へと打ちあがっていく。
重力の雲を伴い、大気圏を割り、勢いが足りなくなれば転移魔法で水そのものを送り込み、その水流に乗せて樽やら木箱やらが大量に運ばれていく。
月面全てを覆うほどの大気を送り込むには時間が足りない。
故に、幾つかのクレーターが選出され、その地下へ重力の雲を送り込むことでクレーター内部にコロニーを建設する方法が決定された。
月はもう、空を覆うほどに接近している。
もはや単なる落下だ。
あと数時間もすれば月は地表へ落下し、共に砕けてしまうだろう。
だから、そろそろだった。
「よいしょ、っと」
少女が大扉を開けると、玉座で待ち構える老人が居た。
本当は新天地での導き手として同行を懇願されていたのだが、すっかりボケてしまっていた魔王を見て、自然と諦め放置されたのだ。
赤い絨毯の上を歩き、老人の顔がはっきりと見える場所まで辿り着いた少女は、手にしていた木の棒を突き付ける。
魔王を相手に向けるような武器ではないが、恰好が重要なのだ。
「魔王エルドヴァーン」
星を吹き飛ばす兵器としての改造や手術は必要なかった。
そもそも少女は、魔王を死滅させる兵器として作られ、送り込まれたのだから。
「我は勇者アレスが娘、ミルムが子、ティア! 祖父の仇、そして滅びた人類の嘆き、受けてもらうぞ!!」
「ふ――――」
魔王は玉座にて衣を広げ、哄笑した。
「ふはははははははははははははははははははははははははは!!」
地殻の裏側から響くような笑い声に、今日まですっかりボケ老人として見ていたティアは目を丸くする。
だが魔王は構うものかと続けた。
「よくぞ辿り着いた!! さあ五十年前の続きを始めようか!! 既に人類は滅び、今また我らが魔族も滅びに瀕しているッ! だがなあ! 私がここに居る限りッ、魔族は滅びぬぞ! さあ世界を救いたいのならば私を討つが良い、勇者よ!!」
最早両腕を振り上げて立ち上がった魔王を前に、勇者は、そう勇者は、身を震わせて笑いだした。
「ふ、ふふ、あははははは!! あぁぁぁぁぁぁぁっ、すっかり騙された。なんだよ魔王、お前、全然ボケてないじゃんか……だったらなんで、僕を拾ったんだよ」
ティアは魔王の元へは辿り着けなかった。
準備も足りず、知識も不足し、死なば諸共で放り出された先であっさりと野垂れ死にしかかっていた所を、魔王自らに拾われ、今日まで傍で面倒見られていたのだ。
人類など見た事もない世代が増えてきた近頃では、ティアの種族を咎められることは無かった。そも、歴代の者ほどボケた魔王に見切りを付けて去って行ったのだから。
「言葉は不要。我らはいずれにせよ終わり行く。最後を其方と共に過ごせるのであれば、これほど愉しいことはあるまい」
「……うん。そうだね」
たった数年。
勇者は魔王を見定めようとし、魔王は懐かしい気配に胸躍らせた。
途中にどのような揺らぎがあったとして、今や魔王城で両者は対峙しているのだから。
「行くぞ、勇者よ」
「うん……ああっ、魔王!!」
武器を構える。
魔力を高める。
やることなんて決まっている。
最後の最後で、かつてを思い出し、かつてを望んだ。
高まる極限の魔力が星を砕いて行く。
すべてが一色に染まり行く景色の中で、ティアはかつて見上げた空を思い浮かべた。涙が頬を流れ落ちる。
「さあ、来なさいティア」
「っ、うんっ、じいちゃん!」
飛び込んで。
包まれて。
そうして星は砕け散った。
※ ※ ※
魔族は月を目指した。
辿り着けたのか、辿り着けなかったのかは分からない。
辿り着けたとして、計画通りに生存域を確保し、代を重ねていけたのか。
砕ける星の地殻に衝突し、月ごと壊れてしまったのかもしれない。
ただ、崩壊の中で、二つの命が身を寄せ合い、最期を迎えた。
幸せだったと、そう願う。
ご読了ありがとうございました。
もしよろしければ、ブクマや評価、感想など付けていって下さいませ。
気に入って頂けたなら、他にも色々とありますので読んでいってみてください。