番犬、思い出される。
翌朝気持ちの良い朝にぱちっと目が覚め、身支度をした途端、
乙女達が勢いよく部屋に突入してきた。
「おはよー!起きた?すぐ歌の神様へ歌いに行くよ!」
「あとすぐ朝食用意しておくって!食べたら発声練習ね」
「それで会場でもう一度立ち位置チェックね」
「は、はーい」
乙女達の勢いすごい‥。
とはいえ、いつもこんな感じだったなぁと、2ヶ月ぶりの一緒の仕事にちょっと嬉しくなる。急いで着替えて部屋を出ると、扉の手前でラトさんとマキアさん、そして昨日の騎士さんが立っている。お、おおっと、ちょっと照れ臭いぞ?
ラトさんはパッと顔を明るくして私の側へ来る。
うん、番犬は今日も元気だ。
「皆さんおはようございます」
「おはようございます。いやぁ、乙女達って朝早いんだね」
マキアさんは初めて神殿で歌の乙女の守護をするので、新鮮な感じらしい。
ラトさんに朝早く叩き起こされてちょっと眠そうだ。ラトさんは守護騎士だから平気な顔をしてるけど、‥そういえば犬の特性で人の側で寝ないと落ち着かないって聞いたけど、ラトさんちゃんと寝られたのかな?
ラトさんを見上げると、嬉しそうな顔で微笑む。
うっ、朝からうちの大型犬が可愛いな‥。
「リトさん、あの‥」
こそっと耳元へ顔を近付けると、ラトさんは少ししゃがんで私の方へ耳を向けてくれた。流石、よくわかってる。
「昨日、ちゃんと眠れました?あの、そばにいないと寝られないって言ってたから‥」
私の言葉にラトさんは目を丸くして、眉を下げると小さく笑う。
えーと、それは寝れたって事?寝られなかったって事?
どっちかなぁ?って思っていると、乙女達が私の腕をポンポン叩いて、
「はいはい、まずは歌いに行くよ!」
「あとで好きなだけ話して!」
「マキアさーん、すぐ行くんで守護お願いします!」
「ねー、メイク道具あとで取りに行きたーい」
と、口々に言いつつ私を引っ張って神殿の奥へと急ぐ。
ご、ごめん!ラトさんまた後で!そう伝えると、ラトさんは小さく吹き出してコクコクと頷き、マキアさんと一緒についてきてくれた。うん、まぁ大丈夫って事でいいのかな?
歌を歌の神様に捧げたら、もうそこからは怒涛の勢いだ。
急いで朝食を食べ、発声練習、会場で立ち位置と流れのおさらい。そして着替えとメイクだ。
私の部屋で皆で一斉に着替えとメイクをすることになって、私がディオ様が贈ってくれた白いドレスのようなワンピースとローブを出して着替えると、乙女達がわっと声を上げる。
「わ!!なに、スズの衣装!!」
「へ?ああ、これはディオ様が着てくれって‥」
「うーわー、これ相当お高いやつじゃん!」
「やっぱりそうなの!??」
「このレース、有名なやつだよ。前に他の神殿で借りた時、引っ掛けて怒られたからよく知ってる」
何をしてるんだ、何を。
しかし、やっぱり相当高い衣装なんだろうなぁ‥。
裾がフレアになっているロングのワンピースを着て、くるっと回ってみるとレースの部分が日の光に当たってキラリと光って綺麗だ。
「綺麗だね〜!」
「っていうか、これ贈られてたって‥」
「完全に恋じゃないの?」
こ、恋!??
驚いて目を見開くけれど、恋の要素どこにもないと思うけど??
「違うと思うよ。完全にご厚意でしょ」
「そうかなぁ〜」
「っていうか、そんな事考える前に支度しようよ〜!」
そう言って、髪をセットしてからカバンに大事にしまっておいた箱から、ラトさんがくれた髪飾りを出して一つにまとめた髪の横につけると、乙女達がまたも目ざとくそれを見て、「見て、あれもきっと贈り物よ」「完全にラブじゃん」っていうけど、そうじゃない!これは、えーと、あれだ「ご主人様!綺麗なものですよ!」的な感じだ。
そんなことを思いつつ、鏡を見ると白い花の髪飾りがまるでラトさんのようにくっ付いているなぁと思って、知らず頬が緩んでしまう。
「スズ、顔がゆるゆる」
「う、そ、そんな事は‥」
「メイク道具は?持ってきた?」
「メイク??そんなのないよ。だってお給料カツカツだし」
「はぁああ!??スズ、そういうのはちゃんと支給して貰えるって知らないの?」
え、何それ知らない。
ぽかんと口を開けると、乙女達が部屋の向こうを見て、
「神官の爺ちゃん、絶対スズに教えなかったね」
「あれは相当可愛がってるからね〜!可愛くなったら彼氏ができちゃう!って思ってるよ」
「え!?そんな馬鹿な‥」
「「「「「あんた神官の爺ちゃん達に可愛がられてたの知らないの?」」」」」
皆に口を揃えて言われて驚いた。
そ、そうだったの??
「だから守護騎士に近付くなってスズには特に口酸っぱく言ってたんでしょ」
「ええええ?!」
「まぁ、ちゃんと守るあんたもあんただけどね」
そう言いつつ、乙女達は化粧道具を持って集まり始める。
「今日はそんな神官の爺ちゃんを驚かせようね!スズ」
にっこり笑って乙女達に囲まれたけど‥、私はもう両手を上げて頷くほかなかった‥。




