番犬、言葉を知る。
散々ニーナさんに面白がられて、ラトさんの背中しかもはや見えなかった私。
なんとかラトさんの背中越しからギルドで売って貰った薬代を手に入れると、ラトさんの手を引っ張って急いでギルドを飛び出した。
「ごめんね、ラトさん。あの人面白い事大好きなんだよね」
「ワウ‥」
ラトさんは大変複雑な顔をするけれど、大丈夫だよ。
確かに私はポンコツな乙女だし。
歌を歌っても奇跡は本当にささやかすぎて、こっちへ来た当初「歌って!」て言ってた皆も私のあまりの小さな奇跡に、若干残念そうだったもんね‥。
あ、ダメだ。思い出したら落ち込みそう‥。
ラトさんの手をぎゅっと握り返すと、ちょっと驚いた顔をする。
「すみません‥、今ちょっと色々思い出しちゃって‥」
「ワウ」
「あ、大丈夫です。ひとまず何か食べましょ!」
そう言って指差したのは、ギルドの向かいにあるお菓子の露天屋さん。
ズラッと瓶の中には色とりどりのお菓子が詰められていて、私は売れた薬代を手に、ズンズンと歩いて行く。
「おばちゃん、すみません。これとこれとこれ、袋に一杯入れて!」
「あら〜〜、スズちゃん。早速彼氏と買いに来てくれたの?」
「‥‥おばちゃん、病気療養の為に来た知人です」
「あら〜〜、そうなの?」
そわそわとした顔をするラトさんを横目に、喋りつつもお菓子を手早く袋一杯に入れてくれたおばちゃん。
「はい、これお金です」
「毎度あり〜。あ、そうだ、来月の頭には冬のお祭りでスズちゃんに歌ってもらう事になってるって村長のポノさんに聞いた?」
「え!?初耳です!!」
「やっぱり!もう〜〜、あの人ったら本当にのんびりしてるんだから。ともかく冬祭りで歌の乙女に歌ってもらう事になってるからよろしくね〜〜」
なんてこった!!
そんな大事なことをなんで忘れるんだ、うちの村長!
お菓子がたっぷり入った袋を受け取って、思わず呆然としてしまうと、ラトさんが私を心配そうに見つめる。あ、そうだ。説明しておかないと不安だよね。
おばちゃんにお礼を言ってから帰りながらお祭りについて説明する。
「歌の乙女って、力があれば王族や神殿で歌うんですけど、私みたいに小さな村や街に行った乙女は、お祭りとか神事があるとお手伝いの一環で歌ってお祝いするんですよ」
「ワウ」
でもな〜〜、私の歌はそれはしょぼい奇跡しか起こせないからなぁ。
はぁっと大きなため息を吐くと、ラトさんが私の手をギュッと握る。
「ラトさん?」
「わ、ワウ‥」
「もしかして元気付けようとしてます」
「ワン」
さっき再会したばかりなのに優しいなぁ。
こんな事なら、神殿にいる時にでもこっそり話せば良かった。
そんなことを思っていると、ラトさんが板切れを懐から出して、何かを急いで書いて私に見せた。
『歌を聴きたい』
「へ?」
『今』
「え、ええ〜〜?」
それはちょっと恥ずかしいな。
しかも期待するほど私は上手くないぞ?
私は小さく笑って、ラトさんを見上げる。
「歌は、その、上手じゃないので‥、その、また今度で」
「ワウ‥」
「そんな残念そうな顔をされても‥」
シュンとした顔に私の良心がギリギリと締め付けられる。
で、でも、そんなやたらと歌えるものじゃないんだよ‥。なにせ言葉にも旋律にも全てに力が宿っている。初めて歌の話を聞いた時は、言葉に力がある事実が怖くなって上手く寝られなかったくらいだ。
「‥昔、神殿で言葉には力があるって教えられたんです。‥ずうっと昔、私が住んでいた国では言葉に「言霊」って言う力があるって聞いてたのに、私はそれをちゃんと実感できなくて」
私がポツリポツリと話す言葉にラトさんが、耳を澄ますように聞いてくれて‥、なんだかそれだけで嬉しくて小さく笑いつつ言葉を繋げる。
「神殿で初めてちっちゃな奇跡を起こせた時、「ああ言葉って本当に生きているんだな」って思ったんです。だから歌を歌うのがちょっと怖いんですよね‥」
歌の乙女だというのに、小さい頃に「言葉」の力の大きさに触れて怖いと思った。誰かを傷つける。誰かを泣かせてしまう。苦しめてしまう。それは前世の記憶もあるから、余計にそう思ってしまったんだろう。
と、ラトさんが私の肩をトントンと叩く。
「ラトさん?」
板切れには文字がまた書かれていて、それに目をやると、
『素敵な考えだ』
ラトさんの綺麗な文字を見て、もう一度顔を上げてラトさんを見つめると、
「ワウ」
静かに頷いたラトさん。うん、きっとこの通りだって言いたいんだろう。
なんだけど、なんだろうこの締まらない空気。それでも、なんか締まらない空気が心地よくて思わず笑ってしまった。