番犬、止まる。
私が歌い出した途端、白い鳥が現れてまさかのパトの神殿のトップに気持ちよくフンを落とすというハプニングが起きた。もう私は奇跡クラッシャーって名前の方がいいかもしれない‥。
あれから笑いを堪える乙女達と一緒に歌うと、特に何も起きず‥。
さらに乙女達に「練習でも奇跡を起こすことのないスズ」「流石!」という有り難くない言葉を受け、もう心の中はボロボロである。ちょっとは加減してくれ!明日本番なのに!!
「さて、歌の練習はこれくらいにして、スズさんお部屋に案内しましょう。皆様も一度休まれてからお茶にしましょうか」
ディオ様の提案に皆笑顔で頷く。
イケメンの提案には素直だな‥と、思っているとラトさんが私の側へいそいそとやってくる。
「ああ、リトさんとマキアさんは神官に部屋を案内させますね」
すげなくディオ様に言われたラトさん。
一瞬にして不満顔である。わかりやすいなぁ‥。
腕をちょっとだけ引っ張って、ラトさんの耳元に小声で囁く。
「あの、部屋に荷物を置いたら、お茶でもしましょう?」
そう話すと、ラトさんは嬉しそうに微笑んで私の手を握るけれど、すぐにそっと手を離した。その手の温かさにホッとしたのに、すぐ離されてちょっと寂しくて‥。あとで部屋に来てくれたら手を繋げるかなぁなんて思ってハッとした。
違う!!私は翻訳アプリ!!
あっぶなー、何寂しいとか思ってるんだ私!!!
キリッと顔を上げると、ディオ様は私の方へ微笑みつつ手を差し出す。
「それではお部屋まで案内いたします」
「へ?」
ディオ様が私の手を握ると、柔らかく笑って「こちらです」と言って、手を引くけれど‥。ええと、ど、どういうことかな?!目を丸くして、でも手を振り払うこともできず、私はそのままディオ様の後を追うけれど‥。
乙女達の黄色い声が後ろで聞こえて、慌てて後ろを振り返るとラトさんがちょっと呆然とした顔をしてるのが見えた。
あ、ダメだ。
なんか、ダメな気がする。
ラトさんの所へ駆け出そうとしたその瞬間、ディオ様の足が止まって、私も思わず足を止める。
「スズさん」
「あ、はい」
「‥さっきのは、偶然だと思いますか?」
「へ?」
さっきのって、鳥のことを言ってるの?
できれば私としては偶然と思いたいけど‥。でも、以前も冬の歌を歌ったら白い鳥が現れた。ただ、それは誰かが逃がしてしまった鳥だったみたいだけど。
でも、二回も偶然に白い鳥が現れるのかな?
けど、私は奇跡もろくに起こせないポンコツ乙女だし。
「‥正直、確信が持てないんです。でも、以前も白い鳥が現れて‥」
「その時、鳥は何かしましたか?」
「何か?」
ただ口に咥えていた小石を落としたな。
「えっと‥」
言葉を繋げようとすると、廊下の向かいの扉がバタンと勢いよく開いて、さっき鳥のフンを落とされた大神官様が新しいローブを着て現れて、私は飛び上がりそうになる。と、ディオ様はサッと私の前に立って、大神官様にお辞儀をする。
すると大神官様はディオ様と後ろの私を見て、ジロッと睨む。
「‥これは、ベタルの乙女。今日のような珍事は明日にはぜひ起こさないようお願いいたしますよ?」
「は、はい!!」
やっぱり言われた〜〜!!
慌てて頭を下げると、ディオ様はすかさず「さきほどのは偶然ですから‥」と庇ってくれたけど、ごめんなさい‥。もうどっちかわからない〜。でも、この際だからもっとフンを落としておいて欲しかったかも。
大神官様は鼻息荒く、私達の前を通り過ぎていったけれど、随分とうちの神官さん達と雰囲気が違うなぁ。なんか威張りくさってる感じ?昔からあんな感じだったっけ?そんなことを思いつつ、顔を上げるとディオ様が私を心配そうに見つめている。
「大神官様がすみません‥」
「い、いえいえ、お祭りの前の準備って大変ですし!きっと気が立ってたんですよ!」
「そう言って頂けると‥。スズさんは優しいですね」
「いえ、それはどうかと?」
なにせフンをもっと落とされておけ!なんて思っちゃったし。
曖昧に笑うと、ディオ様は私の手をそっと握る。
「‥そう言える人は、優しい人だと思いますよ」
優しく微笑むと、私の手を引いて部屋まで案内してくれたけど‥。
ええっと、わかった。わかったけど、手を離してもいいんじゃないかなぁ〜〜?私は今は翻訳アプリでないし!って思ったけど、あれ?じゃあなんで手を繋いでるのかな?っていうか、手を繋ぐ必要そもそもあった?
‥歌の神様〜〜!!
もうなんか訳がわからない〜〜!!そう訴えつつ、振り返るとラトさんも乙女達もすでに部屋へ案内されつつ、真反対の廊下を歩いていて‥。結局、疑問符を抱えながら私とディオ様の二人で長い廊下を歩くのだった。




