番犬、譲れない場所。
乙女達に囲まれて動けないラトさんを置いて、ディオ様と一緒に会場の方へ歩いていくけれど‥、思わず顔を自分で背けたくせにラトさんが気になる。
あ〜〜!!!
なんで顔を背けちゃったんだ‥。
つい、ついね‥、もやっとしちゃって顔を背けちゃったけど、ラトさんは気にしてない‥よね?
そろっと、後ろを見るとラトさんが変わらず乙女達に囲まれているけれど、その顔が寂しそうに私を見ていて‥。ぱちっと目が合うと、嬉しそうな‥、でも泣きそうな顔になるから、胸の中が一気に締め付けられた。
気にしてるじゃん!!
なんでかわからないけど、めちゃくちゃ気にしてるじゃん!!
今すぐラトさんのそばに駆け寄りたくなってしまって、チラチラと後ろを見ていると、
「スズさん、ここが会場です」
ディオ様の声にハッとして前を見ると、以前歌った事がある会場に足が止まる。
天井がないので空がよく見える会場は、2階部分の中央にある丸いステージで歌うんだけど、1階からも3階からも満遍なく神殿に来た人に見られる設計になっているんだけど‥、ここで一人で歌うの?
明日の準備の為か、若い神官さん達や紺色のローブを着た大神官様が指示している姿が見えて、一気に緊張が走る。冬の祭りの為に飾り付けられている会場、こちらを見る神官さん達の視線‥。
うん、無理!!!
だって前は乙女達と一緒に歌ったのに‥、最後は一人!!
覚悟はしてたけど、圧倒的な大きな規模の会場に知らず足が震える。
ごめんなさい、歌の神様。私はこの大舞台で派手にやらかしてしまうかもです〜〜!!!ディオ様が説明してくれているけれど、話が頭に入っていかない。だめだ、私!緊張するな。まだ始まってもないのに‥。
と、するりと私の手を誰かが握る。
「え?」
手を握られて、驚いて顔を上げるとラトさんが心配そうに私を見つめている。
そうして、私にニコッと笑いかけてくれて‥、その途端ものすごく安心して、泣き出しそうになってしまった。
‥さっき、目を逸らしちゃったのに‥。
ラトさん、悲しそうにしてたのに‥。
私は無言でラトさんの手をぎゅっと握り返すと、ラトさんはちょっと驚いた顔をしたけれど、嬉しそうに微笑んでくれて、私はまたも胸が痛くなる。
「‥リトさん、ありがとう‥」
小さな声でなんとかお礼を言うと、ラトさんは目を細める。
私ときたら‥、自分の気持ちでラトさんを悲しそうな顔をさせたのに‥。今こうしてラトさんが繋いでくれた手でホッとするなんて勝手だな。
それになんとも言えない気持ちになっていると、乙女の一人がニマニマして、
「なに〜〜?一人で歌うからって今更緊張?」
「な、だ、だって‥」
「前回、村で歌ったんでしょ?それと同じだって!人数じゃないでしょ〜」
「‥うっ」
人数じゃない。
それは本当のことだ。
人数じゃなくて、歌の神様に、聴きに来てくれた人に歌うもの。捧げるもの。
神官の爺ちゃん達に口酸っぱく言われてた事を思い出して、かなり緊張していた体から知らず力が抜ける。
そうだ‥。
規模の大きさや、奇跡が起こせない自分が務まるかと思ってたけど、そもそも本来は歌の神様や皆の為に歌うんだ。しっかりしないと‥。
ディオ様を見上げて、
「‥すみません、ちょっと緊張してしまって‥」
「いいえ。それは当たり前ですよ、かくいう私もお話の前は緊張します」
「え、ディオ様も?」
「はい、ですから今回は乙女の皆さんをお呼びしたんですが、正解でしたか?」
もしかして‥、私が緊張すると思ってベタルの乙女達を呼んでくれたってこと?
ジワリとその優しさに嬉しくなって、ディオ様に微笑む。
「あの、色々気遣って頂いて、本当にありがとうございます」
「いえいえ、スズさんにそうやって笑って頂けて、何よりですよ」
後ろで見ていた乙女達がおおっと声を上げて、「やっぱりイケメンね」「これが大人」とかコソコソ言ってるけど、丸聞こえです‥。と、私の手をギュッとラトさんが握るので、なんだろう?と顔を上げると、ちょっと拗ねたように私を見ている。
‥もしかして、ちょっとヤキモチしてる感じ?
私はなるべく皆に気付かれないように、そっとラトさんの手を握り返す。
ありがとうって気持ちが伝わればいいな。もっと、こう‥そばにいてくれてありがとうって気持ちも伝わったらいいな‥。そんなことを思って視線だけラトさんを見上げると、嬉しそうにふにゃっと笑うのだった。




