番犬、75日も待てない。
玄関を開けると、綺麗な金髪を片側に流して暖かそうなコートに身を包んでいる笑顔のニーナさんが立っていた。
「に、ニーナさん??」
「おはよ〜!寒いから中に入ってもいい?」
「あ、も、もちろんです!どうぞ」
「ありがと〜!」
サクサクと中に入ってくると私の焼いた卵焼きを見て、お腹がぐうっと鳴らすニーナさん‥。
「‥朝食、食べていきます?」
「あ、いいの?悪いわねぇ〜!」
清々しいくらい遠慮なく椅子に座って、朝ご飯を食べて行く気満々だな。
まぁ、いいか‥。なにせラトさんに変身できるメガネを貸してくれた上に、噂まで流してくれて、乙女達にはラトさんの存在を知られずに済んだのだ。いくらでも作っておくべきだろう。
厚切りに切ったベーコンとカリッと焼いたパンとお茶も添えると、ラトさんとニーナさんは目を輝かせて美味しそうに食べてくれた。
「はぁ〜、美味しかった!やっぱり人が作ってくれたご飯って美味しいわよね!」
「その辺は同意しますけど‥。あ、ニーナさん!メガネと噂と送迎までありがとうございました!チョコのパイ包みはちょっとだけ待って貰えると‥」
慌ててそう話すと、ニーナさんは豪快に笑った。
「パイ包みは急がなくていいわよ!昨日ものすごく面白かったし!」
「‥本当に面白いこと好きですねぇ」
「そりゃそうよ。この村ってば平和過ぎるんだもの!」
「だからって、ラトさんの噂はちょっと過激では?!」
「最初に、ちょっと喧嘩したって話をしただけなのに、随分と変化に富んだ噂になっちゃったわよね〜〜」
やっぱりか‥。
やっぱり途中から噂が改変したのか‥。
思わず頭を抱えると、ラトさんが心配そうに私の背中をさすってくれた。ううう、これ、どうやって収集つければいいんだ?
ニーナさんは私の淹れたお茶をゆっくり飲むと、
「番犬ちゃんさ、そのメガネしばらく貸してあげるよ」
「え?!いいんですか?」
「そもそも番犬ちゃん、ここにいるの黙っておいた方が良さそうだし」
「うっ、そ、そうですね‥」
「それに今度パトの神殿に行くんでしょ?スズ、もしかして一人で行く気?」
「え、いや、それは‥」
チラッとラトさんを見ると首を横に振り、板切れに『絶対ついて行く』と書いてある‥。いつの間に。
「でしょー?それなら変身したままのがいいでしょ!うちの村からも誰か見に行く可能性もあるしさ!」
「え、でも、いいんですか?」
「大丈夫!あと50年は故郷には帰る予定ないし!」
「50年‥」
エルフのニーナさんの予定年数が軽く半世紀‥。
でも、それなら落ち着くまで借りてていいのかな?ラトさんを見てから、ニーナさんを見つめると、それはそれは楽しそうに笑い、
「番犬ちゃんは実はいい奴で、自分が危険な仕事をしに行くから心配させまいと手酷く振ったふりをしたんだけど、それを聞いた弟が誤解して償いに来たって展開にしておくね!!」
「ねぇ、ニーナさんめっちゃ楽しんでるでしょう!??」
「もちろん!!他にも色々パターンを考えたんだけど、実は王子様とか‥どれがいい!?」
「‥最初の草案で結構です」
‥ラトさんを悪者のままにするのは忍びない。
そんな訳で、ニーナさんはそれはそれは楽しそうに噂を広めておくね!!と話してくれて‥、安心していいのか、そうでないのか‥。とにかくお願いすることにした。うん、もうあとは野となれ山となれだ。
面白そうにニヤニヤ笑うニーナさんが帰って、ようやく家が静かになるとサッと私の手を握り、
「パトへは一緒に行こう」
「気持ちいいくらいに笑顔〜〜!」
「もちろんだ。75日も待てない」
「‥うん、あれは古来から言われている統計データみたいなもので‥」
「‥‥一緒は嫌だろうか?」
「い、嫌とか言ってませんけどぉおおお!!!」
照れるんだよ!!
なんていうか、胸の奥がくすぐったいし、見つめられるとドキドキしちゃうんだよ!!お願いだから「ダメかなぁ」って伺うような瞳を私を見ないでくれい!!ついでに良心もチクチクするから!そう思って、私は視線を逸らした。
うん、まぁ、これでなんとかなるかな?
そんな事を思いつつ、私の顔をなおも覗こうとするラトさんから慌ててまた視線を逸らす私であった。




