番犬、心配する。
歌の乙女達とおばちゃんは、私に守護騎士さんの住所を渡して帰っていったけれど‥、これをどうしろというんだ。これを。なにせ私は絶賛番犬を飼っていてね??なんて、そんなことを考えていると、
「ワウ‥」
「あ、ラトさん」
変身したままのラトさんがじとっと私の手に持っている紙を不満げに見つめている。‥さてはどこかで話を聞いていたな?ラトさんは私の側へ来ると、そっと手を差し出すので翻訳アプリである私はその手を握ったさ。
「‥送るのか?」
「‥そういう意味で手紙を送ることはしませんよ」
ラトさんが眉を下げて心配そうに私を見つめる。
だから〜〜、お付き合いして下さい!なんて送らないってば。
私はラトさんの手をちょっと軽く握る。
「ラトさんという番犬もいますしね。せいぜい送っても「お仕事お疲れ様!」程度ですよ」
「けれど、それだと誤解を生む」
「ええ〜、お疲れ様でもダメですか?」
「‥‥できれば」
私の顔を真剣に見つめたラトさんが、私の手をギュッと握り返して
「番犬は‥、心配になる」
ちょっと拗ねたような顔で見つめるラトさんに、ぐわしっと心臓を掴まれた。
ものすごく掴まれた。
やめて、今めっちゃ苦しい。
「‥そ、そうですか」
「ああ‥。スズ?胸を抑えているが大丈夫か?」
「大丈夫です。ひとまずお茶を飲んで落ち着きます」
「‥手紙は?」
「‥‥出しませんよ」
だから私の顔を覗き込まないでくれ。
ちょっと‥、いや、かなり心臓に悪いから。
ラトさんは私の出さないという言葉に嬉しそうに微笑み、家に戻ろうと手を引っ張る。たったそれだけなのに、嬉しそうな横顔にグッとまた胸が苦しくなる。あ、これダメだ。ものすごくダメかもしれない。
急に照れ臭くなって、ラトさんから思わず視線を外す。
翻訳アプリ、私は翻訳アプリ!そう頑張って思い込んで、家の中へ戻る。
「スズ、そういえば朝食は‥」
「あ、そうだった!乙女達のドタバタですっかり忘れてた!ごめんねラトさん、卵焼きと‥ベーコン焼きましょう!」
「ああ!一緒に作ろう」
ラトさんはフニャッと笑うと、私の手を離して卵が入った籠を持ってきてくれたけど、その顔に大変弱い私はちゃんと卵焼きができるだろうかと不安に思ってしまった‥。
フライパンに卵を流し込み、卵を焼いているとラトさんがすぐによそえるようにお皿を持ってきてくれた。この番犬なんと気が利いているんだ‥なんて感心する一方で、ドキドキしてしまうので私はお皿を受け取りつつ、この空気をどうにかしたくて、なんとか言葉を捻り出す。
「そ、そういえば、ラトさんは去っていった事になっちゃったけど、村長さんにどう説明します?」
自分でふと思いついた言葉を言っておいてなんだけど、そこにハッとした。
そうだ!自分のことで頭が一杯だった!!村長さんにどう説明しよう‥。そう思ってラトさんを見上げると、急いで板切れをどこからか持ってきて、素早く書きつける。
『マキアが村長にだけは上手く説明してくれた』
「あ、そうなんですね。それなら良かった‥。じゃあ今日は家事をしたらニーナさんに馬車で送ってもらったし、メガネも貸して頂いたお礼にチョコのパイ包みを作って持っていこうかな」
『俺も行く』
「えーと、でも、一応離れて行きましょうね?」
なにせ昨日の今日で違う男性を連れていたら、かなり誤解をされる。
いや、確実に誤解される。
しかし私の言葉にラトさんは大変不満顔である。
「噂が落ち着くまでは、ひとまずそんな感じで‥ね?」
「ワウ‥」
ラトさんは板切れに『どれくらいの期間だ?』と書くので、卵焼きをお皿にのせつつ、
「えーと、大体75日かなぁ‥」
「ワウ!!??」
目を丸くしてラトさんは私をまじまじと見たかと思うと、シュンと項垂れた。
気持ちよく項垂れた。
そ、そんなにダメか??
「ま、まぁ、でも家にいる時は一緒だし」
「ワウ‥」
そんな話をしていると、ラトさんがサッと窓の外を見る。
「ラトさん?」
と、玄関の扉がノックされて私は慌ててラトさんに隠れてもらおうとすると、
「おはようございまーす!ニーナでーす!!」
元気なニーナさんの声が聞こえて、目を丸くした。
え??まさかのニーナさん?私とラトさんは顔を見合わせると、急いで玄関へと向かったのだった。