番犬の手はリードがわり。
ラトさんはとにかく私の後ろを付いてきては、畑仕事を手伝ったり、薬を作るのを手伝ってくれたりした。
うん、とっても助かる。
助かるけど、番犬は欲しいとは思ったけど、こんな大きな人間を求めていた訳じゃない。私の心中は大変複雑だ。お昼ご飯にミートパスタを簡単に作って、テーブルに並べるとラトさんはそれをじっと見つめる。
「‥ええと、もしかして犬の呪いを受けてるから、人間の食べ物は受け付けない感じですかね?」
まさか今から骨を買いに行かないとダメか?!
ちょっと緊張しながらラトさんに尋ねると、フルフルと首を横に振った。
よ、良かった!人間の尊厳は保たれているようだ。ホッとしてフォークを渡すと、小さく微笑んでフォークを受け取ってくれた。
「い、いただきます」
「ワン」
‥うん、シュールだ。
そう思いつつ、ものすごい綺麗な顔をした犬の言葉しか話さないラトさんを見つめる。こんなに綺麗な顔だったんだなぁ〜。神殿にいると、神官の爺ちゃん達から「守護騎士に絶対近づかないように!近付くのは危険な時だけ!」って言われてたから知らなかったよ‥。乙女仲間は隠れて平気で話してた子もいたけどね‥。
まさかまた神殿の関係者と暮らすなんて思いもしなかったなぁ‥なんて思いつつ、パスタを食べる。そういえば味は口に合っているのだろうか。ちらりともう一度ラトさんを見ると、美味しそうに食べていて‥、私と目がパチリと合うと小さく微笑んだ。
くっ!!!相当な美形の微笑み!!
長く女子高生暮らしをしていて、男性にまっっっっっっったく耐性がないので、大変そわそわしてしまう。こんな美形とこれからしばらく共同生活なんてできるのだろうか‥。目先の欲に駆られて快諾してしまったとはいえ、私は自分の浅はかさに少しだけ後悔した。
「‥美味しい、ですか?」
「ワン!」
「それは良かったです。苦手な物とかあります?」
「ワン‥」
ラトさんは板切れに『特になし』と書いて見せてくれた。
うん、板切れで会話もできるしなんとかなる!為せば成る。私は静かに頷いて、「じゃあ夜はお魚にでもしましょう」と話すとラトさんは小さく頷いた。うん、好き嫌いのないワンコ‥じゃなくて人間で良かった。
「えーと、午後はですね私は作った薬を村のギルドに届けてきますね」
「ワン?」
「一応、この小さな村でもギルドがあるんですよ。まぁ、ここでは便利屋さんみたいになってますけど。色々商品を取り扱ってるんです。私はそこで作った薬を卸して貰ってるんです」
私にとっては大事な収入源。
なにせ若者よりもお年寄りも多いしね。
「だからお昼を食べ終えたら、ちょっと行ってきますね。ラトさんは来たばかりでしょうし、家で休んでて‥」
「きゅう‥」
「うっ、な、なんですか、その目は‥」
まるで置いていくの?
とばかりに私を見つめるラトさん。
そうだった‥犬の呪いを受けているんだった。一緒に‥行った方が安心できるかな?
「あの、ギルドの外で待っててくれるなら‥」
「ワン?」
「一緒に行きますか?」
「ワン!」
嬉しそうに微笑むラトさん‥。
いや、これは大型犬だ。大型犬。そう思う。
そうすれば美形への心臓の耐性ができるってもんだ。そう切り替えてしまえば、心もちょっと軽くなる。
「マキアさんが村長さんに話してくれてると思いますけど、話せないって設定でいきましょうね!」
「ワン!」
「あ、服とか雑貨とか足りてます?村は小さいけど色々売ってはいますけど」
「‥ワン‥」
「まぁ、行ってから気付いたら買い足していけばいいですね」
「ワン」
うん、本当に犬と話している気分だ。
でもおかげで心臓は幾分落ち着いている。
食べ終わってお皿を片付けると、ラトさんがいそいそと私の側へやってくると、手をぎゅっと握る。
「え?!な、なんで???」
私は大変元気だし、落ち込んでもいないぞ??
驚いてセフィを見上げると、板切れを目の前に出し、
『リードがわり』
「り、リード‥‥」
前世の記憶が突然思い出され、SとかMとかの符号が頭の上で浮かび上がったが、大急ぎで手で振り払った。あっぶな!!!私は清廉な乙女!!そんな道にはいくか!!呼吸を整えると、不思議そうな顔をして私を見つめるラトさん‥。そんな綺麗な瞳でこっちを見ないで‥。
「ワウ?」
「‥大丈夫です。ちょっと色々あったけど大丈夫。とりあえず行きましょうか」
「ワン!」
これは大型犬。
大型犬だ‥と、心の中で100回唱えてから、私とラトさんは家を出た。
先行きが大分不安な気持ちを抑えつつ‥。
リードは大事!